第28話 無敵で強欲なアイドル

「たゆたいし不浄の赤火……」


 第二形態に移行したミーアは、間髪入れずに極大魔法の詠唱を開始していた。 


「煉獄の墓標は炎十字の編綴を持って自壊の刻に沈む」

 

 キッスの余韻などまるでない。ここにいる誰もが、脳をつんざく羽音と共に迫る巨大な蟲の一個師団に、恐れおののいていた。この場は目下覚醒中のミーアに託すしかないのだ!


「護り焦がれろ―焦熱大炎!炎帝鎮魂迦ファイヤーレクイエム!!にゃー!」


 矢継ぎ早にミーアが詠唱を終えると、かざした彼女の右手から赫い魔力の奔流がほとばしる!それらはすぐに拡散し、視界いっぱいに広がり、赤い光の玉が上下左右至る所に等間隔で配置されていた。


 網目の継ぎ目だけで構成されたようなその前方空間の光景は、まるでレーザーポインタが規則正しく配列されているようだった。


「さあ、来るがいいにゃ!」


 すでに仕事を終えた感を出しているミーア。

 いや、まだ蟲こっち到達してないよ!ほんとに大丈夫!?


 俺、この魔法の効果とか全く覚えてないけど……。


「ネコ、やるじゃない……」


 チチュがぼそっとつぶやく。と時を同じくして、無計画に突進してくる巨大な蟲の一匹が、センサーのような赤い光の玉に触れた。瞬間、


 ボフッ


 蟲の形を組成していた肉が一瞬で灰となり、骨だけとなった躯が地に落ちた。


 さらに、その接触が起動スイッチであるかのように、等間隔の赤光玉が連結を開始。


 完全な網目状となり俺たちがいる場所へのアクセスを完全に封鎖した!


「あら、蟲さんたち、動き止まっちゃいましたわね」


 さすがに察したのか。アマネが言った通り、巨大な蟲の師団は空中で一斉にその動きを止めていた。


 自動的かと思っていたが、やはり意思的なものがありそうな行動パターンだ。統率も取れている。


「でも、この魔法はそんなに甘くなかったと思いますわよ♪」


 え?


「奥までイくにゃ!ファイヤーレクイエム!」


 なんてことだ。ミーアがそう指示を出すと、平面上に張り巡らされた炎帝の網は、立体軌道となり、3次元で展開を始めた。しかも、音速で。


「す、すげぇ……」


 ボフッという単音がボボボボと連続音に変わり、なんかよくわからないうちに、蟲の一個師団はすべて灰と化し、大量の骨が渓谷の底へと落ちていった。


 魔法の効果が止み、空間は平常の状態を取り戻す。


 怒りを向けていた魔物達も、蟲のこの無残な光景を目の当たりにしたからなのか。少し大人しくなったように見える。敵の戦意を奪うという意味でも、この極大魔法の効果はこの場において絶大だった。


「あ、ああ!そういえば!!」


 戦局は落ち着きを取り戻し始めている。

 だが、大事なことを忘れていた。


「クジャク、どうなった!?骨になってないよね??」


 俺は急に辺りをキョロキョロ見渡した。

 ……見当たらない。まさか!


「大丈夫にゃ!焼き鳥にはなってないはずにゃ!」


 いや、その火力で焼き鳥で済むわけないでしょ。


「レオ様!あそこに倒れておりますぞ!」


 クマオがクジャクを見つけてくれたみたいだ!よかった!


 ただ、さっきのクマオシャウトで気絶して落下したのかもしれない。


 生存確認を急いでしなきゃ!


「さらにあちらの方角!また蟲の群れが来ております!さっきより大きくて数も膨大でありますぞ!」


 指さしてくれるのはありがたいけど、その空の方角を視てもまだ点にしか見えない。


 どんだけ見えてんだよ、クマオ。すげぇ視力だな。


「ミーア!クジャクを助けに行くよ!一緒に来てくれるか?」

「はぁん!レオ様ぁ。地獄の底の釜の飯まで一緒に食べるにゃ!」


 ちょっと何言ってるのかわかりませんが、ついて来るってことでいいんだよね!


「みんなはここで待機して戦局を注視しててほしい!なにかあったらすぐ知らせて!」


 少し勢いに任せて指示したが、みんな納得してくれたようだ。たぶん!


 ……てっ、おおう!ミーアさん!いきなりお姫様抱っことか恥ずかしいんですが。


「速度アアアアップ!いっくにゃぁぁぁ!」


 自バフで速度をさらに上げ、ものすごいスピードで駆け出すミーア。


 ほんと、第二形態のミーアはなんでもできるよね。無敵じゃん。


 ただこの重力加速度……。現場までは耐えられないかもしれない。



〇●〇●



 すぐに現場へ到着した。

 結構な距離があったはずだが、ものの数十秒でクジャクの前に降り立った。


 酔った。気持ち悪い。


「ねぇ……ミーア……」

「ちょっと回復してる暇、ないかもしれないにゃ」


 ミーアが吐きそうな俺と傷ついたクジャクを背に、警戒態勢をとる。


 すぐに着いたのはいいものの、現場は問題を抱えていた。


 クマオもクジャクに的を絞って見ていたため、周囲の索敵まで気が回らなかったのだろう。


 ……まだいっぱい生きてました、蟲。岩陰からゾロゾロ出てくる。


 幸い、クジャクは無事で蟲に食べられたりしてはいない様子。だが、ケガをして意識を失っている。ミーアに回復してもらいたいのは山々だが、蟲から俺たちを守らなければならないので、対処が難しいだろう。


「獣人化すれば……」


 そう。俺は経験上、獣人化を成せば傷が回復することをミーアの件から学んでいた。ただ、そのトリガーとなる言葉が今はわからない。色々投げかけてみるしかないのだが……。


「キララさん!お、応援してます!」


 キシャアアアア


 俺の推し活行動に蟲の不協和音で返事をされる。お前ではない。


 反応がないようなので、もっと、推しとして相応しい言葉をかけなければ!


「ライブ行きます!グッズ買います!SNSで毎日応援書き込みます!フォローします!……ええっと、それから」


 キシャアアアア


 黙れ蟲。ミーア、早く殲滅してくれ。


「なにやってるにゃ!レオ様!そんなの推しじゃないにゃ!」


 次々襲い掛かる蟲を魔法で薙ぎ払いながら、ミーアが推しの神髄をわかっていないとばかりに否定してくる。


 いや、推しってそういうんじゃないの?俺、推しとかいなかったからわからんのだけど……。


「しょうがない、にゃ!」


 蟲の一瞬の隙をつき、瞬時に俺の懐に入るミーア。服のフトコロに手を入れ、財布を引っ張り出す。


 ちょちょちょちょ?え?俺の持ち金盗んで、どうすんの?


「受け取れにゃーーーー!」


 そして、振りかぶり、投げつける!クジャクに!


 まさか、そんな!


 パアアアアアアアアア


 マジか。推しって金かよ。


「ようやく会えたね!獣王様!わたし、待ってたよ!」


 光の中から現れたキララは、まるでステージのバックライトを浴びているように神々しいアイドルだった。背中には七色の翼を携え、キラキラの衣装を身にまとい、燃えるような赤いロングの髪がツヤツヤになびいている。言うに及ばず、ちょっと次元の違う可愛さ。瞳には力強く輝く星の紋様……はなかった。


「またライバル増えて複雑にゃぁ」


 登場の光に目が眩んだミーアと蟲たちが、動きを止めている。


 いや、見とれているのだろうか。そのくらい、彼女は眩しかった。


「応援ありがとう!獣王様!ちょっとステージ終わらせてくるから、待っててね♪」


 殺人的なウィンクを受け、俺のハートはドッキドキ。とか思っていたら、キララは地面を蹴り上げ空高く舞い上がった。


 ぐんぐん高度を増し、その姿がとても小さく見えるほどに高く飛び立っていった。


 ちなみにパンツは見えない。

 パンツは見えない。


「みんな!今日はわたしのために集まってくれてありがとう~!でも、ステキな時間てあっという間!今日はもうおしまいなの!キララ、すっごい、楽しかったよ!!それじゃ、また会える日を夢見て!まったね~」


 どこから用意したのか、マイクのような小道具を持ち、この渓谷全体に響き渡る声で帰省を促すキララ。


 いや、そんなライブ終わったみたいな呼びかけで撤退するわけな……


 え?うそでしょ?


「あにゃ?蟲コロどもみんな帰っていくにゃ」


 ここにいる蟲だけではない。クマオが確認した蟲の大群も、渓谷中にうろつく魔物の群れも、ゆっくりとした足取りでこの場から皆立ち去っていく様子が伺える。大人しく帰路についている。


 ……そんなの、アリなの??


 シュタ!


「ただいま!獣王様!今日の最推しは獣王様でしたよ!さすがです!」


 華麗に降り立ち、屈託のない笑顔で彼女は言った。


 ついに5人目の仲間、キララが獣人化を果たした。ただ、推しというのは厄介で、金がかかるらしい。でも、俺の全財産持っていかれると、この先の色々な出費を賄えないのでとても困る。


「キララ、さん。お金、ちょっとだけ返してくれないかな?」


 無駄だと思いつつも、念のため聞いてみる。


「いいですよ!ただし……」


 え?いいの?


「金利は高いですよ♪」


 わーい貸してもらえるんだ!ラッキー……


 ……うちのアイドルは、無敵で最強で強欲な、金の亡者でした。


 



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