第26話 怪鳥を探せ!

「この中から特定の誰かを探すのは、さすがに骨が折れますわね」


 パトリシアの森を抜け、カスパラ渓谷を一望できる地点まで辿り着いた俺たち一行。全体を俯瞰できるこの場所から見える光景に、アマネが思わずため息をついた。


 渓谷の壮大な風景は、今、壮絶な戦闘の舞台と化していた。断崖絶壁、流れる清流、隆起した岩肌、赤茶色の土の大地。どこを見渡しても、魔物と蟲の戦いの痕跡が広がっている。


 渓谷全体が一つの戦場となり、至る所で、無数の魔物と蟲たちが激しい戦いを繰り広げていた。


 時折聞こえる超音波のような羽音や魔物達の奇声に三半規管が刺激され、すごく気持ちが悪い。


「それだけじゃないよ。次の目的地、ソラマ大聖堂もここを超えなきゃものすごい遠回りになっちゃっうから、どうしてもこの渓谷を越えなきゃいけない」


 クマオの後ろに隠れ、蟲を見ないようにしながらチチュが事実を告げる。


 ただ、どう考えても今ここを突き進むのは自殺行為だ。もともと複雑な地形で、ちょっと足を踏みはずすだけでも命ないのに、魔物や蟲がこれだけの数うごめいていたら、そりゃ命がいくつあっても足らない。


「森に魔物も蟲もいにゃかったのは、みんなここに集まってたからにゃのかにゃ?」


 ミーア!!どうしたんだ!!珍しくまともな事言うじゃないか!!


 俺もそう思うよ。


「そうだね。ここで両者の火種となるなにかがあったのかもしれない。ただ……」


 どうすればいいんだろう。この膨大な数の魔物の中から獣人化できる仲間を見つけ且つ、渓谷の反対側まで渡るには……。立ち止まっている暇はないのに。


「やめといたほうがいいぜ、兄ちゃんたち。あっち側には行けねぇよ」


 とある冒険者らしき1人のおじさんが声をかけてきた。


 この全体を俯瞰できる場所は案外広く、また蟲や魔物の戦場にはまだなっていない安全地帯だったので、人が集まるにはちょうどよい場となっていた。そして、足止めを喰らっているのは俺たちだけではなく、いくつかの冒険者も先に進めず困っていたのだ。


「おじさんはいつからここに?」

「昨日からだ。一晩キャンプ張って落ち着くのを待ってたんだが、全然収まる気配がなくて困ってんだ」


 煙草に火をつけ煙をふかしながら、冒険者のおじさんは教えてくれた。あれ、そういえば……


「おじさん、大聖堂方面からこっちに抜けてきた若い冒険者2人、見なかった?」


 ルート的には弔った二人はここを通っているはず。 


「ああ、いたよ。結構ひでぇ傷だったから、ここにいる連中らで助けようとしたんだがな。どういうワケか切りかかってきて、森のほうへ逃げて行ったんで、どうしようもなかったなぁ」


 おじさん冒険者が遠い目をしている。少し後悔しているのか。


 多分、あまりにも苛烈な戦場を突破してきたから、全員敵に見えてたんだろうな。


 むしろ越えてきたこと自体すごいことだ。あの冒険者2人はかなりの手練れだったのかもしれない。


「わたくしからもいいかしら?」


 アマネが会話に加わってくる。


「昨日からここにいらっしゃったということは、この阿鼻叫喚な戦場の状況も結構見ていらしたのしょう?なにか気づいたこと、ありませんでした?」

「お、ねぇちゃん。色気すごいねぇ。どうだい?今夜イッパツ……」

「わたくしの意に沿う回答が得られれば、考えて差し上げますわよ♪」


 妖艶なニッコリ笑顔で平然と返すアマネ。


 お、大人だ。おっさん、絶対非童貞だろ!童貞にそんな発言はできない!ゆるさん!


 ……って俺のばか。そんなことどうでもいいだろ、今。


「うーん、そうだなぁ。蟲側はなんというか、動くものに勝手に反応して集まっていってるような感じだな。自動的というか……。明確に戦う意思のようなものはないんじゃないか。ただ数が多いし、結構デカくて飛べるヤツも多いから魔物側は物量で押し込まれてやられてる感じだな」


 意外に的を射た答えが聞けた。さすがはおっさん冒険者。長くやってるだけあって、いい経験則を持っている。知らんけど。


「でも、今の状況を分析すると、戦力的には均衡してるよね?その話してる内容だと魔物側が不利な印象を受けるよ」


 チチュも割り込んでくる。確かにそうだ。


「ああ、いい着眼点だ、可愛らしい嬢ちゃん。どうだい?今夜イッパツ……」

「ロリコンきめぇ」


 ただのスケベオヤジだった。


「じ、冗談だよ。そうなんだ。普通なら蟲がとっくに魔物を制圧してもいい頃合いなんだが、そうはなってない。蟲が得意とする空中戦で制空権を取ってるスゲー魔物が1匹いるんだよ。そいつのおかげで魔物側はなんとか戦局を保ってる」


 おお!なんかそいつっぽくないか?仲間!

 空中戦ってことは鳥でしょ?しかも強いんでしょ?

 絶対怪鳥じゃん!期待大!!


「そいつはどいつにゃ!早くおしえるにゃ!」


 ミーアも参戦。おいしいところを持っていこうとしているのか?


「そう急かすなよ、猫耳のコスプレ嬢ちゃん。お、アンタいい身体してんな!どうだい?今夜イッパツ……」

「ファイトーーーー!イッパァーーーツ」


 バチコォォォォン!!


「ほげえええええええええ!!!」

「……」


 ミーアさんに大人の余裕などなかった。不快に感じた者は即排除。


 淫・即・殴 それが彼女の正義なのだろう。


「ちょ、ミーアさん。一番聞かなきゃいけないところ、聞けませんでしたわよ」

「ほんと、直情的だね!ネコ娘は!一回蟲に頭喰われたらいいんじゃないの?」

「私はレオ様のお・ん・な、にゃのー!!」


 こっちはこっちで収集つかなくなってきた。毎回このコント見なきゃいけないのかな……


「レオ様ーーーー!!!」


 クマオが呼んでいる。


「私ーーーー!!!見つけましたよーーーー!!!仲間ーーーーー!!!」

「……」


 無駄な茶番で時間を無駄にしたことを、俺は結構、悔いていた。

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