第25話 カスパラ渓谷の異変

「にゃんか全然蟲いなくなってきたにゃ~」


 ミーアが少しつまらなさそうに、小石を蹴りながら俺の少し前方を歩いている。


「そうだね。魔物も出ないし」


 少し拍子抜けだった。


 チチュ、キザクラ、クマオと別行動を取り始めてから、半日以上の時間が経過していた。


 日は傾き始め、森の気温も早朝の心地よさに近づいている。


 パトリア城から魔力の泉までのルート、また魔力の泉からカスパラ渓谷までのルートは森とはいえ、割と整備されている。数々の冒険者がこの道を開拓し、少しずつ拡張していったのだろう。所々道しるべなんかもあり、とても親切設計だ。


「やっと蟲に慣れてきたのににゃ~。もっとぶっ〇したいにゃ」


 もとが嫌いだっただけに、積年の恨みでもあるというのだろうか。ミーアが物騒なことを言い始める。


 2人になってからこの辺りに到達するまでの間、ミーアは俺を守りながら蟲を軽々と排除してくれていた。


 彼女は別行動で2人っきりになれることがわかった段階で、すでにスキルが発動しており、戦闘力という意味では蟲に対して全く問題のない状態だったのだ。


 再度確認していたスキル発動中のミーアのステータスはこんな感じだ。


 攻撃力:E(D) ※スキル発動中

 守備力:D(C) ※スキル発動中

 素早さ:C(B) ※スキル発動中

 知 力:B(A) ※スキル発動中

 体 力:D(C) ※スキル発動中

 乳 房:E(D) 


 知力Aはこのゲーム世界の基準ではかなり上位の魔術師クラスだ。無詠唱魔法を操るレベルの彼女であれば、簡易結界を張りながら襲って来る蟲を範囲魔法であしらうことは造作もなく、「気持ち悪いにゃ~」とか言いながら風属性魔法でバンバン蟲の群れを切り刻んでいた。


 ちなみに、俺はミーアが展開してくれた結界内に入らないと死ぬので、その中で大人しくしていたのだが、その時ちょっと疑問に思っていたことがあった。


「ミーア」

「なんにゃ?」

「守ってもらっておいて、言うのもなんだけどさ」

「にゃ?」

「あの結界、超狭かったんだけど、あれわざと?」

「名付けて、イチャイチャラブ結界大作戦!気に入ってもらえたかにゃ?レオ様!」

「……」


 わかりやすく言うと、結界の効果範囲に入るには。意図的だったらしい。身動きとりにくくなかったのだろうか。

 

「レオ様の愛を感じにゃがら敵を殲滅する。まさに、一石二鳥にゃ!」


 ミーアはスキルが発動すると知力があがるので、おちゃらけてはいるが中身は割と賢くなる。リゼを退けた時に魔剣を破壊した機転なんかは、正直すごかった。


 このイチャイチャラブ結界大作戦とやらも、言われてみればわりと合理的なんじゃないかとさえ思えてくる。たぶん。


「獣王様~!」


 進行方向のルートから猛スピードでこちらに向かって来る、可愛らしい銀髪少女の姿があった。チチュだ。


「はぁはぁ……獣王様!なんか大変なことが起きてるよ!」


 息も切れ切れに不穏な報告をするチチュ。


 なにが起きた!?


「とにかく!早く合流予定地点まで急ごう!」



〇●〇●



 体力のない俺は、合流予定地点である次のキャンプ地まで走ることが困難であったため、途中からミーアにおんぶしてもらってここまで来た。


 な、情けねぇ……。


「レオ様……」


 クマオが暗い表情で見つめる先に、2人の若い男女の冒険者が横たわっていた。瞬間的に、もうすでに息がないことはこの場の空気で察した。


「色々手は施しましたが……」


 キザクラの表情も浮かばれない。赤黒く染まった彼女の両手が、この傷だらけの冒険者たちをなんとか助けようとしていたことを物語っている。


「この2人、カスパラ渓谷からなんとか逃げ伸びてきたらしいんだけど。詳しい状況を聞く前に死んじゃって。そこでなにが起きているかはわからないんだ……」


 チチュも往復の全力疾走でさすがに疲れた表情をしているが、諜報担当として、状況を整理できていないことに対するいらだちを感じているようにも見えた。


「ミーア、この2人を……」

「死んでたらもう無理にゃぁ」


 わかってはいたが、俺はミーアにすがってしまった。


 多分、この冒険者2人は恋人同士なのだろう。手をつないでいて、亡骸の表情も穏やかだ。


 なんかすごく、いたたまれない気持ちになる。


「……弔って、あげようか」


 ただ、死後間もないこともあり、いきなり埋葬するわけにもいかなかったので、持参していたテントに二人の死体を安置することにした。


 思い合う二人のつなぐ手は、そのままで。


 気休め程度だが、テントの周りを囲うように、多少効果時間の長い簡易な結界をミーアに張ってもらい、落ちていた大きめの枯木をクマオにテントの前まで運ばせた。


 俺とチチュで枯木の表面を滑らかにし、キザクラに【愛し合う二人を、どうか弔ってやってください】とナイフで刻んでもらった。


 次にここを通る冒険者がなにかを察し、埋葬してくれれば幸運だ。


 二人も浮かばれるだろう。


「みんな、これから夜になるけど、ゆっくりしている暇はなさそうだ。カスパラ渓谷でなにかが起きている。もしかしたら、仲間がピンチかもしれない」


 5人目の仲間はカスパラ渓谷の怪鳥。行く前にやられていたら、新フラグ回収不可で俺の命も終わるかもしれない。それは絶対に避けなければならない。


「このままパトリシアの森をルート通り抜ければ、すぐにカスパラ渓谷だよ。僕の目算だと、クマオさんが獣王様を抱えて走れば、少し休憩をはさみながらでもおそらく夜明け前には到達できると思う。蟲も魔物もいなければ、だけどね」


 エンカウント0の保証はないが、それでも行かなければならない。


「あと、キザクラ。アマネになってよ。そのほうが早いよ」


 そうだ。キザクラも夜通し走るのは難しいだろう。現状の彼女は普通の人間仕様だ。アマネだったらいけると思う。


「なってと言われてましても……」

「あーそうだったね。獣王様、お耳を」

「耳舐め禁止にゃー!!!」

「うるっさい!アンタ、獣王様と半日近くも二人きりだったんだから別にいいでしょ!我慢しなさい!」

「うぬぅぅ。わかったにゃ」


 チチュに一喝され、しぶしぶ納得のミーア。

 たまには状況考えてね。いま賢いんでしょ、アナタ。たぶん。


「コソコソ(……キザクラは絵がとても上手です。オカズは獣王様の裸体画です)」


 パァァァァァァ


 また、いたたまれない気持ちになった。


「……メスガキ。どんだけ知ってんのよ」

「こんなもんじゃないわよ。キツネ女」


 秘密を少しずつ暴露って言ってたアマネだったが、予想外の情報だったのだろうか。二人のバチバチがまた始まる。


 っと。おい!いきなり持ち上げるなよ!クマオ!


「さぁ、参りましょう!!」


 彼だけはなぜか意気揚々としている。でも、このくらいの気合がないとこの先乗り切れないよね。四の五の言わずに、


「ああ、行こうか!カスパラ渓谷へ!」



〇●〇●



 チチュの読み通り、夜明け前には目的地へたどり着くことができた。


 森の木々達に阻まれた視界が開け、もうすぐ渓谷の姿をはっきり確認できるところまですでに来ている。


 時折、鳥肌が立つ程気持ち悪い奇声が聞こえてきて、俺の背中には悪寒が走っていた。


「なっ!」


 目の前に広がる絶景。ただ、非常におかしな光景に叫ぶしかなかった。


「なんじゃこりゃあああああ!!!」


 なにかあるのはわかっていたが、カスパラ渓谷の今の状況は、俺たちの想像を遥かに超え、壮絶にヤバい事態となっていた。


 





 


 

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