第20話 共同戦線

―パトリア城 外庭園―


「ゆっくり花なんか眺めて、余裕じゃない」


 季節の花が咲き乱れる美しきパトリア城外庭園。


 エロンティーカ7世が投げ飛ばしたリゼを追い、俺たちは城の壁にポッカリ空いた庭園へ通じる穴を抜け、再びリゼと対峙していた。


「汚ねぇモンばっか見てきたからな。たまにはいいだろ」


 目を細め、新調した魔剣の切っ先で花々を弄びながら、リゼは言った。


 相変わらず、底が見えない男だ。ただ、若干の切なさを感じるのはなぜだろうか。


「ついでだから、聞いておきたいのだけれど」


 戦闘モードに入っていたエロンティーカ7世がリゼに問いかける。努めて冷静でいようとしているように見える。


「魔可四十八衆。わたしの大切な仲間たち。半減しちゃったんだけど、下手人はアナタよね?」

「!!」


 なんだって?


「いや、正確には38人だな。四十八衆だから、残りは10人か?おまえを含めて」


 挑発的な表情でエロンティーカ7世を煽るような態度のリゼ。


 一人で、やったってのかよ……。身を持って実感していたが、本当に恐ろしい化物だ。


 これで人間とか信じられないな。


「……ボッキンも、やったのかしら?竜魔人ボッキン」

「名前など知らんが竜っぽいやつは殺したぞ。クソ雑魚だったな。そいつ」


 竜魔人ボッキン?そんなやついたかな……。


 ゲーム知識、ほんと曖昧だな、俺。


「そう……」


 下を向き消え入りそう声でエロンティーカ7世はつぶやいた。


 そのボッキンとかいう魔族?もエロンティーカ7世にとって大切なだれかだったのかな。


 ボッキン……。


「なんだ?そいつはお前の……!」


 ギィン、という金属が食い込むような音とともに、エロンティーカ7世はリゼとの間合いを一気に詰め、すでに攻撃を開始していた。


 リゼの魔剣とエロンティーカ7世の禍々しく伸びた爪が、つばぜり合いをしている。


「アナタはアタシの大切なカレシを傷つけ、親友を奪った。楽に死ねると思わないことね!」


 ……申し訳ない。こんな状況なのに、カレシとボッキンが気になって仕方ない。


「てめぇらに用はねぇって、言ってんだろがぁぁぁ!」


 リゼが叫ぶ!と同時に、


 ズバババババババ!


「!!」


 エロンティーカ7世が声にならない声を張り上げる!


 表現できないほどのリゼによる超高速斬撃が、競り合っていたエロンティーカ7世の爪、から上の部位もすべてバラバラに切り刻んでいた!右腕が、無くなっている!


「秒で死ね」


 追撃で瞬殺。リゼは構えを瞬時に『突き』へと変え、エロンティーカ7世を串刺しにした!


 かのように見えたが、間一髪、タンッと軽快な音とともに、エロンティーカ7世は黒き翼をはためかせ、空中へ回避行動をとっていた。


「普通にやっても無理そうね。右腕の傷もやっかいそうだし。最初から全力でイかせてもらうわ!」


 エロンティーカ7世が浮かぶ位置の真下の地面に、おびただしい量の血液が空中から流れ落ちている。魔族とはいえ、放置しておけば失血死は確実だろう。


 なんとかしてあげないと……。


「秘術『幻影闘舞イリュージョンダンス』」


 左手で呪印を組み、術を発動させるエロンティーカ7世。


 この術は知っている。


「なんだ……」


 術発動と同時に、周囲一体が濃霧に包まれ、まったく何も見えなくなる。


 リゼの薄いとまどいの声だけがかすかに聞こえた気がした。


「この間はごめんなさいね。ちょっと急いでたから雑に戦って。今日はマジメにやらせてもらうわよ」


 エロンティーカ7世の声が四方から同時に鼓膜へ届く。四方と言ってもどの方角から入ってきているのかわからない。方向感覚がまるでわからず、夢を見せられているような気分だ。


 ゲームでは感覚的なものはわからなかったが、術のヤバさは覚えている。


 『幻影闘舞イリュージョンダンス』 

 五感すべてを狂わせる幻術。


 ゲーム上では、解呪の法というレアアイテムを使って、初めてまともに戦えるタイプの非常に強力な幻術だ。なにも持っていなければ、通常は相手にならない。


「ったく。やっかいな術使いやがって……」


 リゼの毒づくセリフもどこから聞こえているのかわからない。


 俺はとりあえず、余計なことをしなければいいのか。


「リゼちゃんは動かないでね。すぐ終わるから」


 どこからともなく響くエロンティーカ7世の優しい言葉。


 これは、勝てる……のか?


「くそっ!どこにいやがる!オネエやろ……!」

「すぐそばにいるわよ」

「!」

「アナタは、どんな味がするのかしら」


 ガ ブ


「ぐあああああああああ!!」


 幻術が晴れる!眼前が開き、視界を取り戻す。


「!!」


 おぞましい光景だった。なんと説明すればよいのだろう。


 リゼの肩に、右腕のない悪魔が食いついている。


 そう、まさしく食べようとしていたのだ。


 あれは捕食。人間を喰らうタイプの魔族は確かにいたが、エロンティーカ7世がその部類に属する魔族だった記憶はない。裏設定なのか?


「ああああああ……ってもういいか?」

「!!」


 なっ!


「そう来るのは想定済みだぜ」


 よく見ると、エロンティーカ7世の牙がリゼの肩を喰い破れていない!


 血がまったく噴き出さない!読まれて防御を一点集中されていたのか!?


 ガツッ


 エロンティーカ7世の頭がリゼに捕まれ、中吊りにされる。再び貫く構えのリゼ!今度こそ、やられる!


「……アナタの油断癖、ほんと治らないようで安心するわ」

「なんだと、この死に損ない……ぐほあっ!」


 それはデジャブのようだった。


 リゼの死角から密かに迫り、強烈なタックルをかまして吹っ飛ばしていたのは、まぎれもなくクマオのそれだった。


 


 


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