第11話 ミッション未達!帰還します!

「やったか!?」


 俺はこの状況に似つかわしい、テンプレのセリフを言ってしまった。


 この発言をした場合、実際に「やっている」ことはほぼない。


「魔技『呪黒火葬ダークネスクリメイション』」


 地面にめり込んだ氷塊の下から、呪いの声がうっすら聞こえる。次の瞬間


 ゴオオオオオオオ


 リゼの墓石となっていた氷塊が黒炎とともに一斉に燃え盛った。

 

「氷が……燃えている」


 まるで液化天然ガスの凝固体に火を放ったように、黒炎はリゼに食い込んだ氷の集合体を包み込み、そして蒸発させた。


 ……やっぱ、「やったか!?」って言っちゃ、だめだよね。


「遊びが過ぎたようだ」


 氷塊の衝撃で穿たれた穴から、ずぶ濡れのリゼがゆっくりと姿を現す。


 ダメージを負っている箇所から黒煙を上げながら、こちらを凝視している。


 その姿はまさに、悪魔だった。


「地獄を、見せてやろう」


 右手をゆっくりと挙げるリゼ。その掌に再び黒炎が唸りをあげて渦巻く。


 本気のリゼ。絶望的な魔力量……。


 ミーアもクマオも、すでにスキルの効果が切れていた。


 バルゴスも疲弊し、動けない。


 これだけ大技を皆が連発すれば当然だ。さっきの連携で倒せなければ、正直勝機はないと思っていたが、悪いほうに運命は転がってしまった。


「なかなか楽しませてもらったぜ、雑魚ど……あ?」


 リゼが大技を放たない。なぜか突然、独り言を言い始めた。


「いまいいところなんだよ。邪魔すんじゃねぇよ」


 だれとしゃべっている?


「……わぁったよ!帰りゃいいんだろ!くそが!」


 悪態をつくリゼ。交信しているようだが、彼を留まらせることができる者がいるという事実が、より強大な敵の予感を感じさせる。


「命拾いしたな」


 大技を取り下げながら、リゼが俺に語り掛ける。


 命拾いしました。助かりました。ありがとうございました。声の主。


 いまは、とりあえずね。


「おい」


 またリゼが俺を睨み、呼びつける。

 え?もう終わったよね?はよ帰れよぉぉぉ!!!


「オマエだろ?そいつら強くしてんの。名乗れよ。覚えておいてやる」


 いや、いいです。名乗りたくないです。

 ぼくのことは、今日限りで忘れてください。


「レオ・ローレンハインツ」


 なんで言っちゃったの、俺のばかああああああ!!!


 雰囲気に飲まれてるんじゃないよぉぉぉぉ!!!


「いや……まぁ、いいか。また今度だ」


 いやってなんだよ!偽名じゃねぇよ!

 今度はありません。二度と会いたくありません。


「じゃあな!ローレンハインツの愚息よ!」


 そう言い残して、リゼはシュタッとその場から姿を消した。


 愚息て。失礼な。レオだって言ってんだろ。


 でもまぁとりあえず。


 よかったぁぁぁぁ!!ふぅぅぅぅぅぅぅ!!


「レオ様ぁぁぁぁぁぁ!!」


 ぶっ!


 俺の背中から急に抱きついてくるミーア。

 胸の感触を心地よく感じられるほどには、俺の心は落ち着きを取り戻しつつあった。


「レオ様の女は手を出されずにすみましたにゃ!ありがとにゃ!」


 ミーアが後ろから自分の顔を俺の顔にワシワシ擦り付けてくる。


 これ、ずっと言われそうだな……俺の女。


「王!」


 クマオもゆっくりと近づいてくる。

 片膝をつき、首を垂れる。


「レオでいいよ。王とか堅苦しいのはやめてくれないか。ぐえ」


 ミーアの抱擁力が強すぎてヘンな声が混じってしまう。


「御意!ではレオ様。ご無事で何よりです!」

「ああ。本当に助かったよ。ありがとな!クマオ」

「もったいなきお言葉!私、感動で声が出ません!」


 いや、めっちゃ大きい声でしゃべってるよ、あなた。


「レオ」


 バルゴスも俺の傍までやってくる。

 ただ、声に力がない。本当に、限界を超えて戦っていたのだろう。


 正直、すごいかっこよかった。


「お前には聞かなければならないことが山ほどある」


 いきなりそれ?もう!兄さん真面目か!


 奥義を知ってたこと?ミーアのこと?クマオのこと?ちょっと思い返しただけでも、たくさん説明不足なことがある。


 さて、なんて話せばいいのやら……


「だが、それは帰ってからにしよう。今は、強敵を退けたその指揮官としてのセンスにただ脱帽するだけだ」


 指揮官のセンス???そんなのあったか???


「的確な状況判断と指示力。それに味方を鼓舞する叙情的な言葉選び。たいしたものだな、レオ」


 自覚ないけど、なんかすげー褒められるよね、これ。


 悪い気はしない。むしろめちゃくちゃ嬉しい。


 転生前に、あまり褒められたことなかったもんな、俺。


「それに」

「?」

「いい仲間が、いるようだ」


 フッと微笑みながら、全裸で片膝をついたまま落涙するクマオと、俺の背中から締め上げるほどに強烈な抱擁を交わすミーアを交互に見ながら、バルゴスは言った。


 仲間、か。

 仲間ってこんな感じなんだな!


「それじゃ、帰ろうか!」


 明るく皆に帰還を促す俺。ただ、内心実ははほくそ笑んでいた。


 仲間を感じたからではない。


 グリズリーの歯、手に入ってない!ミッション未達じゃないですか!やだー!


 これはついに!フラグ回避、できちゃったんじゃないのー!!


「ああ、帰ろう」


 イエス!きた、これ!さあさあ胸を張って帰ろうではないか!


〇●〇●


―パトリア城 応接間―


「グリズリーの歯、無事入手いたしました、父上」


「よくやった!バルゴス!さすがは我が自慢の長男じゃ!」


なんでえええええええ!!!!!


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