第8話 言ってみたかった台詞

「レオ様に手柄をあげてほしかっただけにゃ」


 訝しむバルゴスに対して、明らかに適当なことを言うミーア。

 悪びれる様子もない。


 手柄って、もしかして歯の回収のこと言ってる?


 いや、そんなわけないでしょ。


「なるほど!レオは臆病だからな!手助けしてやったと言うわけか!」

「そうにゃ!レオ様はチキン野郎にゃからな!」


 え?信じちゃうんだ、それ。

 バルゴスってバカなの?


「あーいてててて……」


 強制接吻の呪縛からようやく解放され、激烈に痛む口元を押さえながらヨロヨロと立ち上がる俺。


 言ってみれば顔面同士で思いっきり正面衝突したようなもの。骨折しててもおかしくない。


「おい、ミーア!」

「なんにゃ?」

「おまえいい加減に……いや、いい」

「????」


 彼女はおそらく今の行動で、本気でグリズリーを獣人化できると思ったのだろう。短絡的な性格にはちょっと慣れてきていたので、あえて怒ることはしないでおいた。


 俺のためにやってくれたんだよね。

 ……恨みとかじゃ、ないよね?


「いやー助かりました!じゃ、俺らコイツの体毛もらって帰りますんで……」


 ちゃっかりミッションを達成しようとグリズリーに手を伸ばす冒険者の1人。


 なんかずるいだろ、それ。


 ガシッ!


「黙って帰れ。今のお前たちに、それを持って帰る資格はない」


 冒険者の腕を激しくつかみ、力を込めるバルガス。


 そうだそうだー!そんな甘くないぞー!


「ひっ!す、すんませんでしたー!」


 バルゴスの圧にビビった彼らは、一目散にラトビア山を降りて行った。



……はずだった、



「ぎゃああああああああああ」

「!!!!」


 彼らの降りて行った方角から絶叫が3つこだまする!


 ……断末魔が聞こえた方向からゆっくりとこちらに向かって上がってくる1つの人影。


 なんだ……


「……レオ、逃げるんだ」

「えっ?」


 キイイイイイィィィン!!


 俺の目の前で、激しく刃を交錯させるバルガスと影の主!


 敵の黒刃から滴る血が、下山していた冒険者たちの末路を物語っている。


「ほっ、やるじゃねぇか」

「誰だ、貴様」


 バキッ


 そのまま、剣撃の勢いで敵を後方まで退かせるバルゴス。間合いができたため、戦闘体制に入る。


「ああ、お前のことは知っているぞ。バルゴス・ローレンハインツ伯爵令息、だな。この辺りじゃ有名な一流の剣士らしいじゃないか」


 不敵で不気味な笑みを浮かべ、バルゴスの素性を語る謎の男。細い体躯に黒装束のような燕尾服を纏った蝙蝠のような男だ。


 そして俺は、この人物にまったく心当たりがなかった。


「俺は、リゼ。リゼ・シュナイダー公爵令息。北の辺境地を統べる公爵家の長兄だ」


 わざわざ自己紹介をしてくるリゼ。

 シュナイダー家って。そんなのあったか?

 まったく覚えてない。


「シュナイダー家のご令息様が、こんなところになんの用だ」


 戦闘体制を崩さず、隙を伺うバルゴスの後ろで、俺は密かにリゼのステータスを確認した。


 名 前:リゼ・シュナイダー

 種 族:人間

 攻撃力:S

 守備力:S

 素早さ:AA

 知 力:S

 体 力:AA

 魔 技:『????』

 魔 技:『????』


 やばすぎる。ありえない。勝てる訳がない。魔王より強い。


「レ、レオ様ぁ。あの蝙蝠男怖いにゃ……」


 俺の背中の後ろに隠れるミーア。

 その声と身体は震えている。


 本気で怖がっている。こんなミーアは初めて見た。あの男のヤバさを獣の本能が直感的に感じているのだろう。


「いくぞ」


 戦闘態勢から攻撃へ移ろうとするバルガス。


 だめだ、兄さん!戦ってはいけない!


「っ!」


 声がでない!やばい!


 一足飛びで間合いを詰めるバルガス。燃え盛る火炎の斬撃がリゼを捉えた!


火炎斬刃バーンストライク・・・・っ!」


 かのように見えた。だが、


 ガッ


「そんなむやみに突っ込んじゃダメだろ」


 リゼは斬撃を交わしもせず、カウンターのような形でバルガスの頭を左手で鷲づかんでいた。そして、


 ドゴッ


 そのまま地面に叩きつけられた!

 剣すら、使わないで。倒された……。


 あの勢いで後頭部を打ちつけては……。

 バルゴスはもう、生きてはいないかもしれない。


「さて」


 こちらをギョロりと一瞥するリゼ。

 悪寒がする。生きた心地がしない。


 そのまま、ゆっくりとした足取りで俺たちのところにやってくる。


「(逃げろ!何やってる!逃げるんだ!)」


 心の中でそう唱えるだけで、足がすくんで動けない。

 

 やがて、その男は俺とミーアの前に立ちはだかった。


「なにか言い残すことはあるか?ガキども」


 あまりにも突然。死が身近になる。頭でなにも考えられなくなっている。


 うつむき、顔をあげることができない。


「レ、レオ様ぁ……」

 

 俺の背中にしがみつき、顔をうずめるミーア。


 この男に勝つのに、彼女の能力を上げるどうこうは関係ない。


 能力が上がっても到底、この男に勝てはしないだろう。


「……」


 無言のままうつむく俺。死を覚悟する。


 ……だが、なぜだろう。もうあきらめているはずなのに。


 俺はなぜか、この状況では考えられない一言を発してしまった。


「俺の女に……」

「あ?」


 顔を上げ、そしてリゼのやつを精一杯の憎しみを込めて、睨みつけながら、こう続けた!


「手ぇ出すんじゃねぇよ!!!」


【発動条件が満たされました。スキル『ザ・ビースト(獣の王は愛とともに)』展開します】


 俺の耳に聞き覚えのある機械音が鳴る。

 周りには淡い光のカーテンが展開。そして、横たわるグリズリーにも同様の効果が現れている。これは……


 ミーアが覚醒したときと同じ状況だ!


 発動条件はわからなかったけど、これは絶対そうだと確信できる!


 パァァァァァァ


「おいおい、一体なんだってんだよ!」


 パキッ


 リゼは瞬間的に俺たちへ向けて刃を振り下ろすが、通らない。


 この能力が発動するときは、守護領域も同時展開しているらしい。


「我が王に凶刃を向ける下郎はお前か」


 光に包まれたグリズリーから、野太い声が聞こえる。


 そして次の瞬間、


 ドドドドドドドドド、ドゴッ!!


「ぐはっ!」


 光から現れた巨大な体躯のナニかが、リゼに強烈な体当たりをぶちかまし、俺たちの傍からにっくき蝙蝠男を派手に吹っ飛ばしてくれたのだ!

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