第7話 愛ってなんだろう

「はぁ、しんどー……」


 ラトビア山へグリズリーの歯を入手するため、現地へ赴いていた俺たち一行。


 もともとない体力を振り絞り、重い足取りで目的地へと向かっていた。


「それでも誉あるローレンハインツ家の令息か!レオよ!」


 情けない弟の姿に思わず叱咤するバルゴス。

 

 すいませんね。体力なくて。


 バルゴス・ローレンハインツ。この世界では俺の兄貴にあたる存在だ。


 この辺境地で一番の実力者である。


「そうにゃ!レオ様の体力はミジンコ以下にゃ!」


 メイド服のネコ耳娘がひどいことを言ってくる。なんか、スキルのこと聞いてから冷たくないですかね、ミーアさん。


「こんな若い娘に負けて、悔しくないのか!」


 そんなこと言われましても。しんどいものはしんどい。めっちゃ煽ってくるじゃないですか、兄さん。


 ちなみに


 バルゴスは魔族と結託している件については何も知らない。

 

 彼がそれについて知るのは、主人公パーティが主要イベントでバルゴスに勝利した後の話。


 魔物と結託するなど言語道断!と言って主人公パーティと和解するって流れだ。


 実はいいヤツだったって話だね。


 ちなみに彼のステータスは事前に確認した限り、こんな感じだった。


 名 前:バルゴス・ローレンハインツ

 種 族:人間

 攻撃力:A

 守備力:B

 素早さ:C

 知 力:B

 体 力:A

 剣 技:『火炎斬刃バーンストライク

 奥 義:『氷尽乱舞アサルトブリザード


 奥義がやばかったんだよな。基礎ステータスも中盤にしては高くてキツかったが、ギリギリ勝てそうだと確信した瞬間に奥義を発動され、ジ・エンドだった。


 あの対象範囲の広さと一撃あたりのダメージは想定外だった。


「ね、ねぇ兄さん!兄さんの『氷尽乱舞アサルトブリザード』ってすごいよね!」


 俺の体力不足問題から話題を逸らすため、唐突にそんなことを聞いてみた。


 実際すごかったってのもあって、どういう構造になっているのか気になっていた。


「……なぜ、お前が私の奥義のことについて知っている?」


 バルゴスが氷のような冷たい表情に変わり、俺にプレッシャーを与えてくる。オーラを発し、こちらを威圧している。


 こ、こわい……あっ


 しまった!知らないんだ!奥義のこと!完全に俺の失言だ!どうする!?


「い、いや!あの、兄さんが修行しているところをこっそり……」

「……その件は後でゆっくり聞かせてもらおう。先客がいるようだ」


 俺は言い訳を並べることに必死で、前方の状況を把握するのが遅れた。


 すでに、目的地には到着していたようだ。


「もう闘ってるにゃー!乗り遅れたにゃーー!!」


 ミーアがジタバタ地団駄を踏んでいる。

 どうやら彼女は闘いたくてウズウズしていたらしい。


「グガアアアアア!!」

「くっ!なんだこのグリズリー!つえぇ!!」


 先客は3人の見知らぬ冒険者パーティだった。彼らもミッションでグリズリーを倒しに来ていたのだろう。


 戦闘中だったが、彼らの剣の実力では、分厚いグリズリーの体毛を引き裂くことができないでいる様子だった。。


「グオオオオオオオオオオオオオ!!」

「ひ、ひゃあああああ」


 グリズリーの激しい雄たけびに震え上がる冒険者パーティの3人。全員尻もちをつき、隙だらけになっている。


「や、やばっ……」

「ウゴオオオオオ!!」


 万事休すだ。あの冒険者パーティはここで全滅だろう。


 ご愁傷様。ちーん。


「あまり大きな声で喚くな、獣よ。耳障りだ」

「オオオオオ!!??」


 い、いつの間に!?

 バルゴスは気配も感じさせず、無音の行動で暴れるグリズリーの間合いに入っていた。そして


 ゴッ!


 重い鈍器で殴ったような鈍い効果音とともに、グリズリーはその動きを止め、ドスンという音とともに仰向けに倒れ込んだ。

 

 バルゴスは剣を抜いていなかった。

 今、何をしたんだ……。一体……。


「大丈夫か?危ないところだったな」

「あ、ありがとうございますううう」


 彼らの命を救ったバルゴスを崇める冒険者たち。


 いい男だよなぁ。ほんと。顔もいいし。


「レオ様、レオ様」


 一部始終をぼさっと眺めていた俺に小声で話しかけてくるミーア。


「なんだ?」

「アレ、あの熊にゃん」


 豪快に仰向けで倒れ込むグリズリーを指差すミーア。


 どうやら気絶しているだけのようだ。

 死んではいないっぽい。


「仲間にゃ!」

「はっ?」

「だから、あの熊にゃんは、レオ様のスキルで人になれるにゃ!」


 え?マジで?うそやん。


「だって、あの熊ゼッタイ【雄】だよね……」

「愛に男も女も関係ないにゃ!」


 ガシッ


「……ねぇ、なにしてるのかな、ミーアさん」

「決まってるにゃ!」


 俺の後頭部を右手でワシっと掴み、力を入れるミーアさん。


 ちょっと、痛いんだけど。頭。

 ……ええ。嫌な予感しかしません。


「いざ!覚醒の刻にゃ!」

「ちょちょちょちょっとおおおお!」

「はあああああああああ!!!」


 ミーアは右手一本で俺を宙に浮かせ、そのまま眠るグリズリーに向けて猛ダッシュをかます!

 

「そこをどけにゃああああああ」


 ドドドドドドドドドッ 


「う、うわっ」


 俺を右手で掴み上げ、猛突進してくるミーアの道を開ける冒険者たち!


「うおおおりゃあああ!」


 ガゴッ!


 大きく振りかぶったミーアの右手は、俺の顔面とグリズリーの顔面を強烈にすり合わせた!


 互いの唇を、触れ合わせるように。


「!!!!!!」

「……この愛は、認めるにゃ」


 フッとかっこつけた感じのミーア。

 いいことをしたと思っているのだろうか。

 だが……



 …………シーン…………



 場がおかしな沈黙に包まれる。


「はにゃ?光らないにゃ?間違えたのかにゃ??」


 俺とグリズリーの顔を力任せにグリグリとこすり続けるミーア。


 もう絶対そのやり方、間違えてる。間違えてるよ、ぐすん。


「……」


 後頭部からの圧力と擦り寄る熊顔との狭間で、うっすらと涙を浮かべながら、俺はこんなことを考えていた。


 神聖なる2回目のキッス。

 それは味とかどうでもよくなるほどに激しく、そして痛かった。

 

 



 








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