第1話 辺境伯の悪役令息に転生したようです

「破滅フラグ回避の秘訣は、愛じゃよ、愛。ラブ・イズ・オーヴァーじゃああ!」


 俺が転生してすぐに、舞い降りてきた神が力説してくる。


 ラブ・イズ・オーヴァーて。愛、終わってんじゃん!いるのかいらないのかどっちだよ!


 ていうか神。あんた、実は暇すぎてしょうがないんだろ……。


 このじいさんとはさっき会ったばかりだ。

 俺の運命を変えた、爆上げテンションの変態神。異世界チーレムへの転生ルートを爆散し、大人気ゲーム『創生のディストピア』の辺境伯の令息という微妙なキャラに転生させた張本人。


 あ、いや、もともとここに転生させるつもりだったらしい(女神談)


「そうじゃ、お主の運命はすでに決まっておったんじゃぞ!」


 神様なので心が読める。会話しなくても会話できるので便利だ。


 ちなみに今俺と神がいるのは、ゲーム内の南端、辺境にあるパトリア城の一室。


 あのカードギャンブルで出てきた絵柄の城だ。


……てかさ、転生前のあのカードギャンブル、マジなんだったの?


「ステータス画面、カモォオォン↑」


 そんな俺の素朴な疑問に答える気など到底なく、DJ風の抑揚をつけたしゃべりで、当たり前のようにステータス画面を呼び出すウキウキの神。


「あ、これ、お主も念じたら使えるから♪」と助言を受けつつ、目の前に現れたその画面を凝視した。


名 前:レオ・ローレンハインツ

年 齢:16歳

種 族:人間?

称 号:チェケラッチョ

攻撃力:H

守備力:A

素早さ:M

知 力:E

体 力:T

幸 運:U

スキル:『ザ・ビースト…』


「…………」

「手違いがあったでのぉ。色々サービスしといたぞい」


 無言の俺。ニッコニコの神。いや、いろいろ意味わからんし。


 名前、年齢はゲームの特性上、表面的なのであまり変えられないのだろう。


 問題はモブキャラなので表に出ない、隠れている設定。そう、種族より下の部分だ。


「種族はまあ、いいとして。称号はこれ、アンタ完全にふざけてるだろ?」

「サービスじゃ♪」

「サービスじゃ♪じゃねぇぇぇぇ!それにこのメインステータス!」


 1番の問題はここだ。


「攻撃力「H」とか素早さ「M」ってなんだよ!基準全然わかんねーよ!」

「ふっふっふ。それはのぉ、若いの。タテから読むのじゃ」


 縦読み?H、A、M、E、T、U……はめつ


「ステキじゃろ?」

「うっぜぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


思わず大きな声を出してしまった。心読まれるので一緒だろ、もう!ほんとこのじじぃ、マジなんなの?


「ま、基礎ステはさすがにサービスできんかったから、全部最低じゃ」


 だれの指示なの?あんた神なんでしょ?しかもなんか微妙に感性が古いよね?転生前の俺の父さん(43)と同じ匂いがする。


「レオ様!!何事ですかぁ!!」


 部屋の外から声が聞こえてくる。思わず大声を出してしまい、メイドを呼び寄せてしまったようだ。


「ほら、お主が大声出すから大事なスキルの説明、できんかったじゃろが」

「てめぇぇのせいだろがぁぁぁぁ!!」


 また大声を出してしまう。ドタドタ部屋に近づく足音。もうすぐ入ってくるだろう。


 そう、このスキルが一番気になるのだ。


『ザ・ビースト』


 直訳すると獣だが、ここまでふざけられると本当にわからん。


「レオ様!大丈夫ですか?」


 ドアを激しく押し開きながら突入してくるメイド。肩で息をしながら、心配してくれる。


「どなたかいらっしゃっていたのですか?会話が聞こえたような…」

「いや、なんでもない」


 神はもう消えていた。このゲーム世界で存在を確認されるわけにはいかないのだろう。


 まだ聞きたいことはたくさんあったが、しょうがない。


「ああ、それよりレオ様。お客様がいらっしゃっていますが、どうされますか?」

「ここ(自室)に通してくれ」

「かしこまりました」


……遠くのほうから、意識に直接語りかける、耳慣れた声が聞こえてきた。


「愛じゃぞ、愛」


〇●〇●


「……ったく。なんで俺がこんな事しなきゃいけないんだよ」


 そうぼやきながら、城の周辺を囲っているパトリシアの森をゆっくりとした足取りで進む俺たち。突き出した樹々の枝がたまに俺の腕や足を刺してきて痛い。


「これもあのにっくき勇者パーティ気取りの冒険者たちを倒すためです。我慢しましょう!レオ様」


 護衛で付き添う兵士の一人が気分を盛り上げようと俺を鼓舞してくる。いや、俺は別に憎くはないんだけどね。


 今、俺と護衛の兵士3人、それとさっきの来客者から同行で連れて行くよう命じられたネコっぽい魔物1匹と一緒に、パトリシアの森の奥地にある「魔力の泉」を目指していた。


 来客者からの依頼で、泉の水を汲み上げて持って帰るためだ。


 来客者は、このゲームの中ボスで、物語のかなりの部分で絡んでくるメイン悪役のエロンティーカ7世だった。


 上級魔族だ。世界征服を目論む魔族が、この辺境地を領土とするため、魔王に派遣された魔可四十八衆の1人、という設定だったような気がする。


 設定は覚えているが、ストーリーは正直ほぼ覚えていない。たいしたイベントではなかったと思う。


 ただ、エロンティーカ7世がこの地域を征服するため、辺境伯の令息を騙して内側から人間たちを征服しようとしていたのはなんとなく覚えている。


 で、その辺境伯の令息ってのが俺ってわけだ。


……エロンティーカ7世ってインパクト強すぎない?キャラも濃いからさすがに覚えたわ。


「それにしても、レオ様。私、魔物と旅を共にするのは初めてなのですが…」


 兵士の1人が話しかけてくる。視線はエロンティーカが使わせたネコっぽい魔物のほうを見ている。


「襲ってこなければ、かわいいものなのですね。動物と変わりません」


 テクテク4足歩行で横を歩く魔物はほぼネコだ。俺もかわいいと思っていた。


 ちなみに魔物は魔族に使役される存在で、魔族の指示で人間を襲う、襲わないが決まるらしい。


 魔物は獣型、魔族は人型のカテゴライズとのこと。ゲームプロデューサーの制作秘話に書いてあったのをネットで読んだ記憶がある。


「いつか本当の意味で、魔物や魔族達とも心を通わせられる日が来るといいですんですけどね」

「そんな日は永遠にこねぇよ」


 突然だった。


「がはっ!」


 兵士の1人が血を吐き、その場にうつぶせに倒れる。背中から血が噴き出す。凶刃に貫かれている!


「ガルルルルゥゥ!」


 ネコの魔物が激しく威嚇しているのがわかる。俺は恐怖で、その場を動くことができなかった。


「レオ様!ここは我々にまかせてお逃げ・・・っっ!!」

「がっ!!」


 俺を守ろうとしていた兵士2人は光とともに突然降り注いだ稲妻に討たれ、その場に倒れこんだ。身体からはプスプスと煙が上がっている。


「モブは黙っててね。ウザイから♪」


 木の陰から黒衣を纏った魔術師の女が現れる。今のは雷属性の無詠唱魔法だった。この世界で無詠唱の使い手は手練れだ。


「フロイト・ローレンハインツ伯爵がご令息。レオ・ローレンハインツ殿とお見受けする」


 さらにもう1人。今度は空中から颯爽と俺の前に立ちはだかる男がいた。素性を確認してくるが、答える義理はない。


 ってか、声でねぇ……。そして、この男の顔には見覚えがあった。


 ハルバート・オデッセイ 主人公パーティと競うように世界を救っていくが、物語終盤で上級魔族に全滅させられる冒険者パーティのリーダーだ。


 こんなところで出会うフラグがあったのか!


「恨みはないが、全ては世界のため。貴方にはここで死んでいただく」


 えっ?剣で俺の胸貫く態勢取ってない?めっちゃ至近距離だし!マジ、死ぬ!これは死ぬってぇぇぇ!!


 もう絶対、ストーリー変わってるよぉーーー!!


「御免!」


 グサッ


 鋭い一閃に吹き上がる血飛沫。俺は胸を激しく貫かれ……てない?じゃあこの血飛沫は……。


「邪魔をするな、魔物」

「……ガフゥ」


 貫かれたのはネコの……魔物?俺を、守ったのか?


 魔物が刺さった剣を振り払うハルバート。


 膝をつく俺の手元にビクビクと痙攣し、このままでは確実に死ぬという状態のネコが飛んでくる。


「ネコ……?」

「フゥ、フゥゥゥ……」


 肺を貫かれ、呼吸がまともにできないネコを、俺は力いっぱい抱きしめた。


「ごめん、ごめんなぁ……」


 無力な自分と、無残な魔物の姿に涙が溢れてくる。このまま、終わる、のか。俺は。


【発動条件が満たされました。スキル『ザ・ビースト(獣の王は愛とともに)』展開します】


 脳内に無機質な機械音声が鳴る。ゲームっぽいなぁと思うのと同時に、なにか、すごい能力が発動する予感があった。


 これが、神の言っていた本当のサービスなのか!


「くっ!なにかまずいぞ、これは!皆、一旦引くんだ」


 ハルバートが仲間を呼び寄せ、俺と距離を取った。俺の周りには淡い光のカーテンがゆらめいている。


 そしてその優しい光は、俺が抱きしめていたネコの魔物を包み込むように集まり始め……


 パァァァァァァ


「……へっ?」


 光が晴れ、視界が開けた先。いや、目の前だけど。目を疑うとはこのことかと自覚する。


「これは、もふもふシッポ…… そして、プリケツ!?」


 そう、なんということでしょう。なんと、死にかけのネコの魔物は……


「もう!痛ったいわね!なんてことしてくれてんのよ!!……にゃん!」


 目の前に現れたプリケツの主は、取ってつけたように語尾に「にゃん」をつけ、なびく美しい薄茶の髪と、白黒まだら模様の猫耳を揺らしながら、ハルバート一行に立ちはだかるのであった。










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