第5話
「泊まっていかない? って、これから実家に帰るって言ってるだろうが。折角の帰省に水を差してやるなよ」
突然な提案を健一は窘めるが、春はだってぇと不服の声を上げる。
「折角シュンちゃんが帰ってきてくれたんだし、それに真奈美さんとも色々お話ししたいし……」
「おまえなぁ、子供じゃないんだから」
「別に構わないよ、俺は」
「は?」
思わぬ回答に、健一が驚きの表情で俊介を見る。
「どうしても、今日中に実家に行かないといけない訳じゃないし、健一達が迷惑じゃないならこっちとしてはそれでも全然」
その俊介の言葉に我が意を得たりと、春が畳みかけてくる。
「ほら、シュンちゃんもこう言ってるし。ねっケンちゃん、ねっ」
何がねっなのかはさっぱりだったが、春はすっかりおねだりモードになっている。
「いや、でもな」
健一は横目でチラリと真奈実を見て、貴方はそれでいいんですか? と無言で訪ねる。
その意図が通じたのかは定かではないが、真奈実は静かに俊介の方を見ると。
「俊介君がそうしたいのなら私はそれでいいよ」
三体一。
もう一度、春の方を見てみればチワワの様な目で健一の事を見つめている。
健一は右手で自分の頭を掻いた。
「……まぁ、部屋も余ってることだしな」
しょうがないと健一が白旗を揚げると、春は「やったー」と諸手を挙げながら、はしゃいだような声を上げて喜んだ。
お前、今、歳幾つだよ。
偶に同い年だと言うことを、疑いたくなる。
「さてそういうことなら、お買い物に行って、夕ご飯の食材買ってこないと」
「今からか?」
「だって今、家にある物だけだと大した物、作れないし」
そうは言うが、基本的に雪の多いこの時期は、頻繁に外に出なくてもいいよう一度の買い物で、大量にまとめ買いすることが習慣付いている。
冷蔵庫の中身を完全に把握している訳では無いが、それでも食材にはまだ余裕があるはずだ。
だと言うのに、まったく一体どれだけ作るつもりなのかと少し呆れるが。
楽しそうに張り切っている春の様子を見ていると、しょうがないかという気分になってくる。
「分かった、じゃあ車出してやるよ」
「え、いいよわざわざ。行くのはいつものスーパーだし、歩いていけるよ」
「いい分けねぇだろ。こんな雪の中」
健一が顎をしゃくって窓を指す。その向こうでは今も雪が降り続いている。
「大丈夫だよこれくらいなら、慣れてるし」
「そう言う問題じゃ無い」
外を見れば今も雪が降り続け、気温は下手をすれば氷点下に言っているかもしれない。
春の言ういつものスーパーはここから歩いて十五分程かかる、往復で三十分だ。
そんな中をわざわざ長時間、寒い思いをして歩いて行くこともない。
「いいから乗っかってけ。俊介、悪いけど少しの間、留守番頼むわ」
「過保護過ぎるよぉ、もう」
春の不平を無視して健一は席を立った。
玄関から家の外に出ると、車庫に止めてあった車を家の前へと回すがなぜだか、春は中々家から出て来なかった。
手持ち無沙汰になってハンドルにもたれかかりながら、なんとも無しに曇天からフワフワと降りてくる雪を眺めているとふとある記憶が頭を過ぎり、思わず大きなため息が漏れた。
それは正直、健一にとってあまり思い出したくない苦い記憶だ。
春はそれから大体、十分ほど経ったタイミングで家から出てきた。
「ごめんね、おまたせ」
そう言って車に乗り込んでくる、その顔はよく見れば軽く化粧をしてあるようだ。
ちょっとの買い物で、わざわざそんなことしなくてもと健一は思うが多分そう言う訳にも行かないのだろう。
春が助手席に乗り、シートベルトを付けたタイミングを見計らって、健一はエンジンを掛ける。
今も降り積もる雪の中で車を走らせながら、健一はさっき頭を過ぎった記憶を思い浮かべる。
俊介がこの町を去っていったあの日。あの日もこんな風に雪が降っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます