第4話
俊介は昔からしつこく、気に入った相手をからかい倒す悪癖があった。
昔から大人びていたがその実、誰よりも子供っぽくて、粘着質で悪戯好きそれが宮原俊介という男だ。
昔はよく健一もターゲットにされて恥を掻かされたなと、当時の色々を思い出して思わずまた苦笑いが漏れる。
女性陣が退室して、居間には野郎二人だけとなると、なんとなくお互いに口数が減った。
電話越しでは色々盛り上がれたのだが、いざこうして対面してみると話題がポンとは出てこない。
とは言えこのまま何も話さないのも味気ないので、取りあえずは無難な話題から攻めていくことにする。
「あーところでお前、仕事の方はどうなんだよ、調子は」
「んーぼちぼちかな。どうにかこうにか上手くやってるよ」
「よく言うよエリートが、確かそこそこ大手の証券会社だっただろうお前の勤務先って。そういや二人とも、今日仕事どうしたんだ?」
「ご心配なく、なんかあっても良いように公休も含めて、まるっと一週間有給貰ってきてますから」
「はぁー、よくもまぁ、このご時世にそれだけ休みが貰えたもんだな」
「日頃の勤勉真面目な勤務態度と、学生時代の堅実慎重な就職活動のたまものだよ」
「よくもまぁぬけぬけと」
呆れたような表情を浮かべて健一は残っていたお茶を一気に流し込む。
「……ところでさ」
急に俊介の口調が、何かを窺う様な物になる。
一体、何かと思っていると。
「何で二人は結婚しないの?」
さっきの傷が癒えたと思ったら、同じ場所をもう一度刺され思わず顔が苦る。
「……なんでそんなこと聞くんだよ」
「こんな風に同棲までして、殆ど結婚してるようなもんなのに、頑なに籍だけは入れようとしないからさ、あんた達」
「別に頑なにって訳じゃねぇ。ただタイミングってもんがなだ」
「て事は、タイミングがあればするつもりはあるんだ」
「それは……」
図らずも言質を取られ、しまったと顔をしかめるがもう遅い。
「その気があるなら、早いうちに言っちゃった方がいいよ。タイミングなんて見計らってたらズルズルいっちゃうし」
「何だよ、自分が結婚したからって、分かったような事言い出しやがって。自慢のつもりか?」
嫌味っぽい言い方になったのは、図星を疲れた八つ当たりだ。すでにズルズル行き始めてるのは薄々分かっている。
しかし俊介は気を悪くする様子もなく。
「それでも、言いたいことは言えるうちに言っておかないと。明日がどうなるかなんて、誰も教えてくれないんだからさ」
存外、冗談でもなさそうな口調でそんな意味深な事を言うものだから、思わず健一の表情が険しくなる。
健一に対して苛立ったわけじゃない。
ただ、やたらと実感がこもっているというか。
冗談や軽口ではない、その言葉がどうにも引っかかった。
「なぁ、お前――」
「お待たせー! お昼準の備ができましたぁ」
居間に威勢の良い声が響く。
昼食の準備を終えた、春と真奈美が二人して大量の料理を持って、戻ってきたのだ。
張り切っていただけあって、今日の品数はいつもより多い。
あれよあれよと言う間に、料理が炬燵の上に並べられ、気が付けば四人で手を合わせ、いただきますをしていた。
いつもよりも少し賑やかな昼食が始まり、そうしている内に健一が抱いた違和感は、平和な日常の中に埋もれてしまった。
「この煮物おいしいですね」
「そう? 良かったぁ」
「この葉っぱ? は何なんですか? 初めて見ましたけど」
「それはね、にんじんの葉っぱのバター炒めなの」
「えっ! にんじんに葉っぱなんて、あるんですか!」
「いや逆に、葉っぱがあることを知らなかったことに、軽く衝撃なんだけど。まさか木になるとでも思ってたとか?」
「俊介くん、うるさい」
「スーパーとかで売ってるにんじんは、葉っぱ取っちゃうもんねぇ、知らなくてもしょうがないよ。これね、天ぷらとかにしてもおいしいの」
「へぇー、勉強になります」
余程珍しいのか、真奈実は春の作った料理に感心しきりで、春の方は昨日から用意していた料理を褒められてご満悦の様子だ。
その様子は歳の近い友達と話している様で、何も知らなければ、とても今日初めて会ったもの同士とは思えないほどだ。
春は昔からそうだった。
人懐っこくて誰にでも物怖じせず、明るくて前向きで誰とでも仲良くしようとする。
料理を人に振る舞うのが好きで、作りすぎたおかずなんかをよく近所に配って回りその評判も上々、お返しに畑で取れた野菜なんかをよく貰ってくる。
その時についでに、おすすめの調理法なんかも聞いてくるらしく、食卓に健一の知らない料理が出るときは、十中八九春が誰かからレシピを調達してきたときだ。
どちらかと言えば人見知りの気がある健一としてはそんな彼女を尊敬していて。そう言った自分にはない魅力に惹かれていた。
もっとも、こうしてすぐさま馴染むことが出来たのは、真奈実側の素養もあるのだろうが。
「良かったよ、仲良く出来そうで」
盛り上がる女性陣を眺めながら、不意にそんなことを言ったのは俊介だ。
脈絡のないその言葉を、不思議に思った春が訪ねる。
「どうしたの急に?」
「いや、自分の奥さんと友達が、仲悪いのなんて嫌だろ」
「あ、そっかー、真奈美さんってシュンちゃんのお嫁さんなんだよね、なんだか不思議な感じだなぁ」
「何を今更なことを言ってんだよ、お前は」
「そうだけど、改めてそう思ったの。ねぇ、真奈美さんって、歳は幾つなんですか?」
「今年で二十五です」
「あ、それじゃあ同い年なんだ。以外、正直年上だと思ってました」
「え、そうなんですか」
歳を多く見積もられて凹んだのか、真奈美の姿勢が僅かに傾ぐが、春が慌てて「違うの、違うの」と自分の顔の前で手を振った。
「老けてるとかそう言う意味じゃなくて、真奈美さんってかっこいいから、私よりもお姉さんなのかなって」
「かっこいいなんて、別にそんな……」
今度は満更でもなかったのかさっきとは打って変わって、恥ずかしそうにしている真奈美。
さっき俊介にからかわれていたときといいクールそうに見えて、以外と喜怒哀楽が分かりやすい質なのかもしれない。
取り留めのない会話をしながら、昼食はを食べていると、BGM代わりに流していたテレビで、あるニュースが流れた。
一週間前に、どこぞの刑務所から脱走したなんとかという囚人が、未だに捕まっていないと言うような内容だった。
普段からテレビは、流し見る程度にしか見ないので細かいところはよく知らないが、それはここ数日毎日のように、報道されている事件で流石に健一の印象にも残っていた。
「まだ捕まってないんだな、この脱獄犯」
なんとも無しに健一がそう呟くと、同じくなんともなしと言った感じに。
「ああ、それなら明日には捕まるんじゃ無かったかな。たしか伊豆の辺りで」
「ほーん」と自然と流そうとして、ふと引っかかる。
「やけに詳しいんだな」
「え? あーいやなに。なんとなぁくそうなるんじゃないかなぁ、ていう予想? 根拠はないよ」
「根拠が無いと言う割にはやたら具体的じゃないか。なんだ? 予知能力にでも目覚めたか?」
「そんなのがあるなら今頃、宝くじでも当てて億万長者だよ」
「そりゃそうだ」
健一が笑うと、それに釣られて俊介も笑った。
そうして賑やかな昼食が続き炬燵に並べられていた料理がそろそろ無くなろうかという頃
「ねぇシュンちゃん、今日はこれからどうするの?」
不意に春が俊介にそんなことを聞いた。
「ここを出たら、俺の実家に行くつもり」
「じゃあシュンちゃん達、しばらくは実家の方にいるの?」
「どうだろう? 念のためお休みは多く貰ってるけど、いつまで居るかとかそういうのは特に決めてないな」
「そっか、そうなんだね、うん」
「おい、春。お前、話をどこに持ってこうとしてる?」
なんとなく思惑を察してやんわりと釘を刺すが、
「ねぇ、シュンちゃん、今日良かったらウチに泊まっていかない?」
春は伺うような声で、健一が思ったとおりのことを提案してきたのだった。
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