第7話 過去⑦ ~出会い~

 それから夜が明けるとイルの亡骸を埋め、俺は彼女が示した通り南に向かって歩き始めた。


 山中には切り立った崖や大きな沢が何度も出てきて行く手を阻んだが、進み続けている途中で俺は自分が空腹を全く感じなくなっており、力や反射神経、傷の回復速度が常人離れしていってる事に気が付いた。


 俺はその身体をフルに活用して険しい道を乗り越えていった。


 ただそれでも何度か体調に異変を感じる事があった。


 その時は決まって身体中が熱くなり、頭がぼっーとして、吐き気もした。

 こうなると安静にして体調が戻るのを待つしかなかった。


 体調が戻るのを待っている間は不安だった。


 今、襲われたらどうしよう?

 何も残ってないのに何の為に歩くのか?

 死ねば女将さんや親父さん、イルに会えるのでは?


 そんな絶望と誘惑が何度も頭をよぎった。


 俺はその都度イルの言葉を思い出して自分を励まし、いつしか『生き延びたらどうしよう?』と考えるようになった。


 そしてそれは、この戦争を起こした帝国への怒りを生み出していった。


 それから何週間か経ち、ようやく山中を抜けた辺りで、周辺を警備していた反帝国の連合国の兵士に捕まった。


 イルに教わった方法で方角だけを頼りに南へと進んでいたが、どうやらとうにカーカス王国を越えて、南の連合国へと入っていたらしい。


 捕まった俺は兵士の詰所で尋問を受けた。

 聞かれた事には全て素直に答えた。


 カーカス王国から戦争によって故郷を追われて逃げてきた事。


 知り合いはみんな生死不明で、家族は育ての親も『母さん』も死んだ事。


 尋問した兵士は子供一人でここまで来れた事に少し不審そうにしていたが、それ以上に山中の生活で見た目だけはボロボロになっていた俺に酷い扱いはしなかった。


 そのうち尋問も終わり、俺は難民という事で似た境遇の人達がいる難民キャンプへと移された。


 そこでの生活は、正直あまり良いものではなかった。


 配給される食糧も物資も限られていたから、スリや暴力は往々にしてあったし、俺のような孤児は色々なもの的にもされた。


 騒ぐ親も力もないから簡単に拐われて、運良く見つかっても変わり果てた、凄惨な姿になってる事は珍しくなかった。


 俺は幸いにして力が強くなっていたから、狙ってくる大人は叩きのめし、二度と襲ってこれないようにして自分の身を守った。


 こんな所で死ぬ訳にはいかなかった。



 必ず帝国に思い知らせてやる。



 いつの間にかイルの最後の言葉よりも、それが何も残ってない俺の原動力になっていた。



 ◆◆◆



 ある日、転機が訪れた。


 それは、難民キャンプの中心地に貼られた雑な一枚の貼り紙だった。


 どうやら難民の中から兵士を募る貼り紙らしい。


 手書きで書かれたそれには、祖国奪還を謳う調子の良い安っぽい言葉が連なっていた。


 俺は入隊条件の欄を確認した。

 条件は、男女問わずの十五歳以上、四十歳以下。


 上限はともかく、下限は当時まだ十歳にもなっていない俺には無理な条件だった。


 だけど、何年も待っている事など俺に出来なかった。


 俺は入隊者を募っていた連合国の詰所へ行き、頭を下げて「兵士にして下さい!」と頼んだ。


 担当していた兵士は最初こそ優しく断っていたが、俺があまりにもしつこいので徐々に酷い言葉を使い出し、最後には暴力を振るって追い出した。


 だが、強くなっていた俺の身体はそんなものではビクともせず、翌日にはケロっとした顔でまた詰所に顔を出していた。


 そんな事が暫く続き、ある時、いつものように詰所に押し掛けて、いつものように殴られていると、其処らにいる兵士とは違う、上等な軍服を纏った一人の軍人が話し掛けてきた。


「面白い事をやってますね、キミ」


 そう言う軍人の顔は、言葉とは裏腹にちっとも面白そうには見えず、むしろ冷淡に地面に這いつくばる俺を見下ろしていた。


「・・・」


 俺は何も応えず、黙って軍人を見上げた。


 俺達は暫く見つめあって、それから軍人の方が尋ねた。


「キミ、ここの兵士に勝てますか?」


「勝てる」


 俺はそれに即答した。


 途端に俺の答えを聞いてた兵士達からバカにするような失笑が聞こえてきた。


 だが、軍人の男だけは違った。


 彼はニコリともせず冷淡な表情のまま周囲を見渡し、一番笑っていた兵士の一人へと言った。


「そこの一等兵クン。それだけ余裕なら彼と戦っても勝てるのでしょうね」


「はっ・・・?え、ええ、そりゃ子供ですし・・・」


「そうですか。では戦ってみなさい。条件は素手、膝をついた方が負けという事で」


 そう言って軍人は直ぐに戦闘準備をするよう指示を出す。


 指名された兵士は明らかに嫌そうにしながらも立場や階級が違い過ぎるのか、軍人の言葉に黙って従い、周りの兵士も机や椅子を退けて、戦闘の為の空間を作っていく。


 その間、軍人は屈んで俺に視線を合わせて言った。


「今度、新しい部隊が新設されます。もし勝つ事が出来たら、そこにキミを連れていくと約束しましょう」


「・・・そこなら・・・帝国に思い知らせる事が出来るのか?」


 俺がそう尋ねると軍人は肩を竦め、初めて感情を乗せて口を開いた。


「さぁ?ただ、ここのの為の募集よりは期待していいと思いますよ。それともこの誘いでは足りませんか?」


「いや、十分だ」


 俺は軍人の言葉を受けて立ち上がり、指名された兵士へと顔を向けた。


 兵士の方は既に上着を脱ぎ、鍛え上げた肉体を見せつけるようにファイティングポーズをとっていた。


 表情もニヤニヤとしていて、自分が負ける未来などまるで考えてないのが伺える。


「それでは始めて下さい」


 軍人の合図により、俺と兵士は作られたファイトリングの上で向かい合う。


 そして、先に仕掛けてきたのは兵士の方だった。


 彼が放とうとしたのは、回し蹴り。


 体格差とリーチ差を考えれば、子供相手なら一撃で勝負が終わるほどの必殺の蹴りだった。


 だが、俺の目には兵士がどう動くのか、何をしようとしているのか、その一挙手一投足がはっきりと視えていた。


 そして、兵士が回し蹴りを放とうとしたその瞬間、とんでもない速度で互いの間合いを詰め、前に出ていた彼の軸足を踵で思い切り踏んづけた。


 足の骨が軋む音が響く。


「いぎっ・・・!!!」


 軸足を踏んづけられた兵士は、痛みを絞り出すようなうめき声を上げて身体を開き、致命的な隙を晒してしまう。


 俺はそのままがら空きとなった兵士の鳩尾に右の拳をめり込ませた。


 ドパァンという破裂音と共に、俺の倍の体重はあるだろう兵士の身体が地面から数センチ浮き上がり、そのまま膝から崩れ落ちる。


 腹部を押さえ踞った兵士は「おっ・・・おっ・・・」とか細い声を漏らし、起き上がる事が出来なかった。


「「・・・・・・」」


 周囲で見物していた兵士達は、あまりの光景に言葉もなく硬直していた。


 それはあの軍人も同じで、冷淡だった表情を強張らせ、目を見開いて俺を見つめていた。


 俺は、そんな彼に向かって言った。


「俺の勝ちでいいか?」


「・・・・・・ええ」


 彼は冷静さを取り戻すように、二、三度瞬きして俺の言葉を肯定した。


 そして手を叩き、硬直している兵士達を元に戻すと彼ら全体に呼びかけた。


「今日、ここで見た事は、連合国軍情報部の名の元に他言無用でお願いします。これから正式な通達がありますが、情報部としての命令は参謀総長の命令と同等の権限を持ちます。故に違反者には最悪、死罪もあり得ますから徹底するように」


 軍人は兵士達にそう告げると、俺を伴って詰所を出た。


 外に出ると彼は直ぐに俺に聞いてきた。


「今からここを立ちます。持っていくものがあれば用意して下さい」


 俺はその問いに首を横に振り、持ってく物はなにもない、このまま立てる事を伝えた。


 軍人はそれを聞くと俺を難民キャンプの出口まで連れていった。


 そこには、連合国製の車が止まっていて、これまで見てきた兵士とは何処か違う二人の兵士がその車の前後に立っていた。


 彼らはやってきた俺を一瞥すると直ぐに軍人の方に視線を戻して敬礼をした。


 軍人は手を上げてそれに応じ、俺に車に乗るよう促す。


 俺が乗るとそのまま全員乗り込み、車が動き出して難民キャンプを離れていった。

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