第6話 過去⑥ ~母~
暗く、冷たい闇の中にいた。
起きてるのか、眠っているのか酷く曖昧だった。
暫くすると闇が濃さを増し、冷たさが俺を絡めとった。
それに抗う力は俺には残っていなかった。
俺は引きずられるまま、もう戻れないであろう暗黒の中へと引きずり込まれていった。
その時――――銀色の光が輝いた。
目が眩むほどのその光は、まるで俺を守るかのように暗黒を照らし出し、そして、俺の中へと流れ込んできた。
光がドクリ、ドクリと生きてるかのように流れ込む度に、温かさと熱さが身体を満たしていく。
やがて、意識は光で一杯になって――――
◆◆◆
「んっ・・・」
目を覚ますと聞こえてきたのは雨の音だった。
周囲を確認すると、どうやら小さな洞窟の中にいるようで、出口らしき穴から覗いている外は既に薄暗かった。
もう陽が落ちかけているようだった。
俺は起き上がり、自分の状態を確認する。
すると撃たれたはずの腹部からの出血は止まっており、傷痕もまるで最初からなかったかのように塞がっていた。
「???」
(何が・・・どうなったんだろう?兵士は?イルは何処に?)
頭の中に様々な疑問が浮かぶ。
そんな俺に洞窟の少し奥から声がかけられた。
「ウィロ・・・」
「イル!」
それはイルの――――大切な人の声だった。
俺は直ぐに彼女の元へと行こうとした。
だが、
「そこで止まって・・・こっちに来ちゃ駄目・・・」
「えっ?」
イルは動きかけた俺を言葉で静止した。
意味が分からず困惑していると彼女は弱々しい声で続けた。
「夜が明けたら・・・南に進んで・・・方角は、前に教えたよね・・・迷いやすいから目印をつけて・・・行くんだよ・・・」
「ちょ、ちょっと待って!いきなり何を言ってんだよ!まるで・・・まるでここでお別れみたいじゃないか!」
俺は彼女の声の弱々しさに焦りと不安を感じ、それでも近寄る為の一歩が踏み出せず、代わりに声を大きくしながらイルに言い返した。
彼女は俺の叫びに冷静に応えた。
「そうだよ・・・私とは・・・ここで・・・お別れ・・・」
「な、なんで・・・!?ま、まさか・・・ イル、怪我してるの!?」
「・・・」
「そうなんでしょ!?だったら何か取ってくるよ!薬草でも薬でも!いるものがあれば言って!」
「・・・・・・」
「イル!!!」
俺は、彼女の静止を振り切って遂にイルに向かって一歩踏み出した。
同じく外でも陽が落ちて、雲の隙間から月が顔を覗かせていた。
その月から放たれた月光が洞窟の中にも届いて、奥の方にいたイルの姿を照らしだす。
彼女は石を背に力なく横たわっており、その姿は・・・血塗れだった。
「イル!?」
俺は直ぐに駆け寄った。
彼女の身体には撃たれた箇所が何ヵ所もあり、そこから出血していた。
「あっ・・・!ああっ・・・!」
言葉が出ず、呻くような声しか出ない。
そんな俺にイルは力なく笑うと言った。
「やっぱり・・・誤魔化せないよね・・・ごめんね・・・離れる・・・つもりだったのに・・・もう、動けなくて・・・」
「ど、どうしたらいいの!?どうしたらイルは助かるの!?」
俺は彼女へと尋ねた。
イルは多くの事を知っていたから、きっとこの状況からも助かる方法があると信じていた。
だけど、彼女は俺を見つめると申し訳無さそうに言った。
「これは・・・もう無理・・・かなぁ・・・」
「そんな・・・!」
頭の中がパニックになる。
その時、俺は、自分も撃たれていた事を思い出した。
「そ、そうだ・・・!俺も、俺も撃たれたんだ・・・!」
「・・・」
「でも今は治ってる・・・!イルが治してくれたんでしょ・・・!?」
「・・・」
「家が壊れた時もそうだった!イルには何か・・・不思議な力があるんでしょ!?それを使ってよ!」
「・・・」
「もしイルが知られたくないなら俺、誰にも言わない!ずっと黙ってるから!だから・・・!」
僅かな望みをかけてイルへと懇願する。
だけど、彼女は首を横に振った。
「あれは・・・もう・・・使えないんだぁ・・・」
「・・・っ!俺を治したせい!?そのせいで自分を治せなかったの!?」
「違うよ・・・もう・・・限界だっただけ・・・私は・・・『神様』なんかじゃないから・・・」
『神様』
意味の分からない単語だったがそれを質問する余裕はこの時の俺にはなかった。
ただ、イルが居なくなる事実が悲しくて、認めたくなくて、彼女に何もしてあげられない自分が悔しかった。
「ねぇ、ウィロ・・・最後にお願いしてもいい?」
俯いて涙を流す俺にイルがそう聞いてきた。
「な、なに・・・?」
俺は顔を上げて応える。
すると彼女は洞窟の入口を見て言った。
「月が・・・見たいの・・・連れてってくれる・・・?」
「・・・分かった」
俺はイルのお願いを叶える為に、彼女を担ぎ上げた。
まだ子供だった当時の俺ではあり得ない力だったが、その時は違和感に気付かなかった。
俺はイルを洞窟の入口まで運ぶとそっと下ろした。
彼女はお礼を言うと入口に寄りかかり、夜空に浮かぶ月を見上げた。
月明かりが彼女の銀髪をさらに輝かせ、横顔を照らす。
それは、いつか見た時みたいに、どこか遠くに置いてきた大事なものを想うように優しく、それでいてとても悲しそうで、そして、
どこまでも、綺麗だった。
やがてイルは満足したように息を吐き出すと、俺の方を見た。
「ありがとう、ウィロ・・・貴方のおかげで夢が叶った・・・」
「夢・・・?」
俺が聞き返すとイルは頷き、それから少し恥ずかしそうに言った。
「私ね・・・『お母さん』になりたかったの・・・私のね・・・お母さんは・・・強くて、優しくて・・・いつかこんな人になりたいってずっと思ってた・・・」
話しながらイルが手を伸ばして、俺の頬に触れた。
ひんやりとして、冷たい手だった。
俺は自分の手を、頬に触れている彼女の手に重ねた。
そして、その手にすがるように俺は呟いた。
「・・・・・・母さん」
「・・・うん・・・ウィロ、私の大事な息子・・・出会えて良かった・・・ずっと・・・・・・愛してる・・・」
生きて――――
その言葉を最後に、俺の頬に触れていたイルの手から力が抜けていく。
俺は、涙を流しながら必死で冷たくなった彼女の手を握り続けていた。
◆◆◆
時々、イルは何者だったのか考える。
その度にこう思う。
彼女は俺の『母』だった、と。
隠していた事、伝えられなかった事、沢山あるのかも知れない。
だけど、彼女は紛れもなく俺を愛して、守ってくれた。
そしてきっと、今も守り続けてくれているのだろう。
俺の中で。
あの銀色の光と共に。
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