第4話 過去④ ~逃げ続けて~

 親父さんと女将さんを置いて、炎に包まれた街から逃れた俺とイルは、南に向かって逃げ続けた。


 特別、南に当てがあった訳ではない。


 ただ帝国領は北にあったから、そこから少しでも離れたかっただけだ。


 或いは、南に逃げ続ければどこかで親父さん達が待っているという、期待もあったのかもしれない。


 そんな訳がないのだが――――


 ◆◆◆


 南への旅は過酷だった。


 カーカス王国はあっという間に帝国軍によって制圧され、街同士を繋ぐ道路は、兵士と巨大な砲が取り付けられた車、『戦車』という兵器によって封鎖された。


 俺とイルはそれを避ける為に、誰も整備していない山の中の、道なき道を進む事を余儀なくされた。


 だが殆ど寝巻きのまま逃げ出した俺達は、食糧も水も、命を繋ぐ為に必要な物資は何も持っていなかった。


 昼は飢えと渇きが、夜は野生動物の声が、そして昼夜を問わず聞こえてくる砲撃音が逃げる俺達の心をすり減らしていった。


 太陽と星の位置から方角だけは分かっていたが、越えられない崖が俺達の目の前に立ち塞がり、その度に進路を変えたせいで自分達の居場所も分からなくなってしまった。


 幸いだったのは、暫く山の中を進んでいたら俺達と同じように逃げてきて力尽きたと思われる人の持ち物を拾えた事だった。


 持ち物には、食糧や水、ナイフ、毛布なんかがあって、これがなかったら力尽きていただろう。


 俺とイルは野生動物に食い荒らされて原型のない持ち主に感謝して道具を拾い、先に進んだ。


 そして、また何日か山の中を彷徨っていると小川が流れている少し開けた場所に出た。


「ウィロ、ちょっと休もう」


 ここまで殆ど休みなく逃げてきたからか、小川を見たイルが俺にそう言った。


 それを聞いた俺は、疲れからか地面にへたりこんでしまう。


 足が痛み、空腹のせいで頭痛もする。


 そんな俺にイルは寄り添うと、持ち物から乾パンを取り出して渡してきた。


 俺はそれを受け取り、直ぐに口に入れて一心不乱に食べた。


 量は多くなかったが、お腹に食べ物が入った事で頭痛が治まる。


「あっ・・・」


 だが夢中になって食べたせいで、イルの分まで食べてしまっていた。


 俺は慌ててイルに謝る。


「ご、ごめんね、イル・・・俺、全部食べちゃって・・・」


「いいの。それよりあれっぽっちじゃ全然足りないでしょ?」


「そ、そんな事・・・!」


 否定しようとしたら、それを遮るように俺の腹がグゥ~っと鳴った。


「あっ・・・!」


 自分だけ乾パンを食べておいてまだ厚かましく鳴る腹の虫に申し訳なさを感じたが、イルはそれを聞いて堪えきれなくなったように笑った。


「ふっ、ふふ・・・」


「わ、笑うなよ・・・」


 イルの笑いに恥ずかしさを覚え、顔が熱くなる。


 そんな俺を見て、イルは口元に手を当てて笑みを隠しながら言った。


「ごめん、ごめん。可愛くて、つい。でも、そうだよね。私はともかく、貴方は食べ物がないと駄目だよね」


 そう謂うとイルは少し考え込み、それから立ち上がった。


「ちょっと食べ物を探してくるね。ウィロはここにいて」


「えっ・・・?あ、危ないよ・・・!動物だって・・・て、帝国軍だっているかも・・・!」


「大丈夫、こんな山の中までは来ないよ。それよりも食べ物がないと貴方が倒れちゃう」


「我慢するよ!だから・・・」


 俺はイルから離れたくなくて彼女の服の裾を掴んで頼んだ。

 だけど彼女は俺の手を優しく引き剥がして告げた。


「直ぐに戻るからね」


 そうしてイルは小川を越え、草木を掻き分けて森の中へと入って行った。


 彼女の姿が森に消えると、途端に周囲が静かになった。


(イル・・・怪我してないかな・・・?ちゃんと戻ってくるかな・・・?また、会えるかな・・・? )


 そんな事を考えているとガサっと草木が揺れる音がした。


 一瞬イルかなと思って期待したが、その予想は次に聞こえてきた声でかき消された。


「隊長、足跡はこっちに続いてます」


「よし。目標は『銀髪の女』だ。生け捕りという命令だから注意しろ。それ以外は情報を引き出してから始末していい」


「「了解」」


 複数の男の声が重なる。


 そして草木がさっきよりもガサガサと揺れ、規律の取れた集団が姿を現した。


 腰を低くして、手には『銃』という帝国の最新武器を持った男達。


 それは紛れもない、帝国軍の兵士の姿であった。

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