第3話 過去③ ~戦火~
常連のおじさんから忠告を受けて数日後、俺達が住んでいた街にカーカス王国から避難命令が出た。
帝国は既に国境付近に軍を集結させており、いつ開戦してもおかしくないらしい。
俺達はおじさんから事前に聞いていたお陰もあって、避難の身支度は済んでいた。
後は王国軍の誘導を待って避難を始めるだけだった。
けど、いつだって何かが起きるのは突然だ。
それはいきなり始まった。
◆◆◆
明日から避難が始まる。
あの日、俺達はそれに備えて早めにベッドに入って休んだ。
そして時が過ぎ、段々と空が白んできた頃。
いきなり世界が割れたのかと思う程の轟音が、街全体に響き渡った。
「うわぁ!!」
寝ていた俺はその音によってベッドから転げ落ちるようにして飛び起きた。
「ウィロ!」
隣で寝ていたイルも同時に目を覚まして、俺の元へ駆け寄ってくる。
その間も世界を割らんとする轟音は立て続けに響き渡っていた。
衝撃で家の中にある物がカタカタ揺れて落ちる。
「立ってウィロ!逃げるよ!」
「う、うん!」
そう言われイルに抱き起こされた俺は、避難の為に用意しておいたバッグを勝木、彼女と共に一階へ向かおうとする。
その時だった。
「っ・・・!!!」
寝室の扉に手を掛けていたイルが突然顔を強張らせ、俺を抱き締めてきた。
同時に今までよりも大きな破壊音がして、家の屋根が崩壊する。
いや、屋根だけではない。
壁も、床も、全てが吹き飛んでいく。
現実感のない浮遊感が俺の身体を襲い、周囲の景色がやたらスローに見えてくる。
そして、崩壊した家の破片があらゆる角度から俺達に降り注いできた。
(ああ・・・死んだ)
漠然と、そう思った。
この破片に全身を打ち抜かれて崩壊する家に巻き込まれて死ぬ。
その筈だった。
「・・・んんっ!」
だけどその時不思議な事が起こった。
俺を抱き締めていたイルの身体から、銀色の光が放たれ始めたのだ。
そしてそれは俺達を――――俺を守るようにして輝き、その光に阻まれて崩壊した家の破片や瓦礫は勢いを失い、俺までは届かない。
落下していく衝撃さえも銀色の光が和らげてくれて、俺達は傷一つなく地面に降りる事が出来た。
やがてイルの身体から出ていた銀色の光は、出てきた時のように彼女の身体に収まって消えてしまった。
今のは一体?
「ウィロ!大丈夫!?怪我はない!?」
光の消えたイルが俺へ聞いてくる。
「・・・え、あ・・・だ、大丈夫・・・」
ぼーっとしていた俺がそれにかろうじて返事をすると、彼女はホッとした顔になった。
そして、まだまだ轟音が続く周囲を見回す。
「きっと直ぐに帝国軍がやってくる。逃げるよ」
「ま、待って・・・!まだ女将さん達・・・が・・・」
俺はそう言って家があった所に視線を向ける。
だが、そこにあったのは倒壊して潰れたかつて家だったものの残骸だけだった。
「あっ・・・ああっ・・・」
嘘だ。そんな筈・・・
俺は、フラフラと倒壊した家に向かって歩き出す。
だけどそんな俺の手をイルが掴み、自分の方に引っ張った。
そのまま彼女に引きずられるように倒壊した家から離れていく。
「い、イル・・・!お、女将さんと親父さんがまだ・・・!」
「女将さん達は大丈夫!今は逃げるの!しっかり歩いて!」
イルは俺にそう言ったけど、俺だって馬鹿じゃない。
女将さんと親父さんはまだあの家にいる。
戻らないと・・・
助けないと・・・
俺はそう言おうとイルを見た。
その時、額に、頬にポツポツと水滴が垂れてきた。
それが雨ではないのはイルの顔を見たら直ぐに分かった。
彼女は・・・泣いていた。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」と小声で何度も呟きながら泣いていた。
俺はそれを見て、もう何も言えなかった。
もう一度遠ざかっていく家を振り返る。
未だに続く砲撃により倒壊した周囲の建物から火が回って俺達の家を飲み込もうとしていた。
いや、俺達の家だけではない。
街の全てが炎に包まれていく。
遊んだ広場も、隠れた路地裏も、知り合いや常連さんの家も。
「ウィロ!振り返らない!私だけ見てなさい!」
「・・・っ!」
イルから厳しい声が飛ぶ。
その声に、俺は真っ直ぐ前を向くとイルに手を引かれながら走った。
走りながらいつの間にか俺の目からも涙がボタボタと流れていた。
もう、女将さんにも親父さんにも会えない。
あの優しい日常には永久に戻れない。
全てが炎の中に消えていく。
全て、全て、全て。
◆◆◆
その日、カーカス王国は、フルゴル帝国と開戦した。
そして、その日の内に敗戦した。
帝国は『銀光石』を用いた新兵器を世界で初めて実戦投入したが、その実力は、カーカス王国の――――世界の想像を遥かに越えていた。
『通信』、『列車』、『車』、『銃』、それらが合わさった帝国の軍事力をまざまざと見せつける結果となった。
そんな中で、戦火から逃れた者達の事を話題に出す人は誰もいなかった。
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