第2話 過去② ~変わる世界と戦争前夜~

 俺が7歳になる頃、世界は極度の緊張状態にあった。


 原因はカーカス王国から幾つか国を挟んで北に位置する大国、フルゴル帝国の急速な経済発展と軍事拡大だ。


 背景には、帝国で大量に採れる『銀光石ぎんこうせき』という石が深く関わっている。


 この『銀光石』は大昔から採掘されていた銀色に輝く不思議な石で、発見当初は宝石の一種だと思われていた。


 だがこの石は、空気中に置いておくと徐々にその輝きが失せてただの石となってしまう。


 形成過程も使用方法も謎に満ちており、故にこれまでは一部の富豪やマニアがコレクションとして所持しているだけの変わった石に過ぎなかった。


 だが、一人の男の登場によって『銀光石』を取り巻く情勢は一変した。


 その男の名前は、サイナス・アエスティウム。


 病気で退いたとされる前女帝に代わってフルゴル帝国の新皇帝となり、後に『白銀帝』と呼ばれる男だ。


 彼は『銀光石』に驚く程のエネルギーが秘められている事を突き止め、さらにそれを利用する方法も編み出した。


 そして帝位に就くや否や、石のエネルギーを用いてこれまでとは全く違う新技術や新製品を作り上げていった。


 一つに離れた相手とも会話できる『通信』という技術、


 一つに馬よりも早く、動力で大地を走る『列車』や『車』という乗り物、


 一つに弓矢よりも遥かに強力な鉄の弾を飛ばす『銃』という武器、


 その他にも、医療、農林漁業、建築、生活用品などで便利な物を次々と世に送り出し、帝国は日進月歩の大発展を続けていた。


 そんな帝国の動きに当初『銀光石』の実用化を懐疑的に見ていた各国も目の色を変えて焦り始めた。


 なんせ帝国には『銀光石』以外の各種資源も豊富にあるのだ。


 そこにこれらの新技術が加われば、帝国による世界制覇すら視野に入ってくる。


 各国、主に大陸中央から南方の大国達は、この帝国の増長を止める為に包囲網を敷いて圧力を掛け始めた。


 禁輸措置、国境封鎖、軍事恫喝・・・等々。


 だがそのどれも発展の真っ只中にいる帝国の歩みを止める事は出来なかった。


 むしろ数々の圧力を受けた帝国は態度を硬化させ、さらに発展し続ける帝国のおこぼれに与ろうと幾つかの国は包囲網から脱退。


 世界は、帝国派と反帝国派で真っ二つになろうとしていた。



 ◆◆◆


「大変だ。聞いたか?」


「何をだい?」


 ある日の昼下がり。


 店の一番忙しい時間帯が過ぎ、店内の客が疎らになってきた頃、近くに住む常連のおじさんが店にやってきてカウンターにいた女将さんと親父さんに話しかけていた。


 このおじさんは元商人で今でも色々な伝手を持っており情報通で有名だった。


 俺とイルは接客もそこそこに、厨房へ戻るフリをして三人の話に聞き耳を立てる。


北方四国ほっぽうよんこくが正式にフルゴル帝国に下ったそうだ。これでこの国は帝国と国境を接しちまった。いつ戦争になってもおかしくないぜ」


「大げさな・・・」


「大げさなもんかよ。この国は帝国が中央大陸へ進出する足掛かりになるし、中央と南の大国とも密って訳じゃない。踏み潰すには丁度良いんだ」


「・・・」


「王国軍は防備を固めてるらしいが・・・帝国と戦争になったら絶対勝てんよ。この街は国境にも近い。逃げる準備だけはしといた方がいいぞ」


 おじさんはそう言うとカウンターから離れ、店を出ていった。


「あんた・・・」


 静かになった店内に女将さんの声が響く。


「・・・店は暫く閉めよう。物資を集めて南へ避難するんだ。帝国から離れれば安全だ」


 それから女将さんと親父さんが今後の方針を話し合う声がする。


 その声はどこか不安そうで、初めて聞く二人のそんな声に俺の胸の中にも不安が渦巻いていく。


「大丈夫だよ」


 そんな俺をイルは優しく抱き寄せると安心させるように囁いた。


「何があっても、あなたは私が守ってみせるからね」


「・・・ん」


 言いながらイルが俺をさらに強く抱き締める。


 少し苦しい位だ。


 だけどそれで俺の中にあった不安は消えていき、イルの暖かさだけが残った。



 ◆◆◆


 イルは暖かかった。

 いつだって暖かさだけを俺に与えてくれた。


 だけど俺は、彼女が与えてくれた暖かさにどれだけ応えてあげられたんだろう?


 ・・・少なくともこの時の俺は、俺を抱き締めるイルの手が震えている事に気付かなかったし、彼女がどんな表情をしていたかも分からなかった。

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