「私、善良な市民です」。「いいや! キミのような危険人物は一生監禁するしかない。この呪いの指輪(婚約指輪)で逃げられなくしてやるから覚悟するがいい」。ヤンデレ侯爵による監禁に見せかけた転生令嬢溺愛記録

すぎモン/ 詩田門 文

「私、善良な市民です」。「いいや! キミのような危険人物は一生監禁するしかない。この呪いの指輪(婚約指輪)で逃げられなくしてやるから覚悟するがいい」。ヤンデレ侯爵による監禁に見せかけた転生令嬢溺愛記録

「……というわけでブラックウィドウ商会の娘、ナーガ・オッシー・ブラックウィドウよ。今日からキミを監禁する」


「何が『というわけで』なんですか? ヴィスコ・マスルスキー侯爵。いかにお貴族様でも、これは犯罪ですよ?」


「世間にバレなければ、何も問題ない」


「問題大ありです!」




 ソファに腰かけ、優雅に微笑む銀髪の美男子。

 若き侯爵家当主、ヴィスコ・マスルスキーだ。


 眼鏡の下から覗くアイスブルーの瞳はとても綺麗だけど、ヤバい光を放っている。

 

 この野郎はふざけたことに、私、ナーガ・オッシー・ブラックウィドウを誘拐しやがった。




 今日は天気がいいので、ひとりで買い物に出かけていたの。


 そしたら急に気分が悪くなって……。


 ふらついたところを支えてきたのが、この見た目だけはいいお貴族様ってわけよ。

 流れるような動作で、私を馬車に押し込みやがって。


 私の首からそっと針を抜いていたところ、ちゃんと見たんだからね。

 あれって吹き矢で飛ばした、麻酔針でしょう?




「私、善良な市民なのに……」


「いいや、キミは危険人物だよ」


「確かにそうですね。私の美しさに、正気を失う男が続々出てきて大変ですよ。侯爵様みたいにね」


 もちろん、自虐的な冗談だ。

 私の容姿はいたって地味。


 いつだって肌は荒れているし、髪はボサボサ。

 スタイルだって、そんなに良くない。


 お貴族様の間では、ボン・キュッ・ボーンがもてはやされるのだ。


 私はよく動くから太らず、スレンダーなのが自慢。


 だけどマスルスキー侯爵から見て、魅力的な女だとは思われないだろう。




 両親からも、「なんでこんなにブスなんだろうねえ」なんて言われて育った。


 なんでってそりゃ、遺伝子材料が悪いからに決まってるでしょ。




「ああ、本当に危険だよ。キミはその可愛らしさで男をたぶらかす、小悪魔だ。人目に触れていい存在じゃない」


「あ……あの……? 侯爵様?」


 アイスブルーの瞳から放たれる狂気の光が、2000ルーメンぐらい輝きを増したような気がする。

 美しさのあまり顔面凶器なそのお顔で、にじり寄るのはやめて!

 心臓に悪いわ!


 私は怖くなって、後ずさりした。

 ……が、ふかふかソファの背もたれに阻まれる。


 怯える私に正気を取り戻したのか、マスルスキー侯爵は咳払いを入れて姿勢を正した。

 眼鏡のブリッジを中指で押し上げると、レンズがキラリと光る。


 あ、その眼鏡って実家のブラックウィドウ商会が販売してるやつじゃない。

 私が発案したのよね。

 

 小さい頃、近眼でものすごく目つきの悪い少年に会って。


 あの子もウチの眼鏡、使っているのかな?




「もちろんキミの美しさも危険だが、それ以上に危険なのは頭脳と発想力だ。この眼鏡という便利な道具だって、10年前までは存在していなかった。当時8歳の子供が、王国の文化に革命を起こしたんだ。その天才的な頭脳を欲しがる者が、この国や周辺諸国にどれだけいると思う?」


「うっ……!」


 やっぱり、ちょ~っとやり過ぎちゃったかしら?


 はい、私ナーガは転生者ってやつです。


 前世は地球生まれ。

 日本国育ち。


 理系の科学オタ女子で、楽しい発明品を作っては実験動画をYouTubeにアップするのが趣味でした。


 過激な実験に失敗して、爆死しちゃったけどね。


 河原だったから周囲に被害は出なかったはずだけど、消防署とかには迷惑かけちゃったかな?

 反省しております。


 だけど爆死した時の実験動画を、サイトにアップできなかったのは心残りだな~。




 んで、死んじゃったあとは前世の記憶を残したまま、近世ヨーロッパっぽいこの世界に転生してきたってわけ。


 平凡な商家の娘、ナーガ・オッシー・ブラックウィドウとしてね。




 記憶を持ったままファンタジー世界に転生したら、やることは決まっているじゃない。


 知識チートによる、技術や文化の革命よ!


 日本の小説投稿サイトでは、そういう物語がすっごく流行っていたのよ!




「両親の功績と偽装しているが、知る者は知っている。ブラックウィドウ商会の画期的な商品は、娘が発明したものだとな」


「あちゃ~。バレバレなんですね」


「少しは自重も覚えなさい。このままではキミの頭脳を欲する者から誘拐されたり、他国の者からうとまれて暗殺されるぞ」


「侯爵様も、私が欲しいから誘拐したのですか?」


「ああ。キミの全てが欲しい」


 だから目つきがヤバいんですって!

 あー! もう!




「わかりましたよ。侯爵様の望む発明品を作りますから、家に帰してもらえますか?」


「い……いや。キミが欲しいと言ったのはそういう意味では……」


 どうしたのかな?

 顔を真っ赤にして、モゴモゴしてる。


 私、何かやっちゃいました?




「せめて両親や婚約者には、連絡させていただけませんか? 心配していると思いますので」


 心配っていうか、折檻されるからね。

 あの毒親どもから。


 私には、婚約者がいる。

 20も年上な、大商会の代表だ。


 でっぷり太った油ギッシュハゲで、全然好みじゃない。

 だけどすごいお金持ちだから、別にいいかな~って。


 両親にしては、いい縁談を持ってきてくれたな~って。




「ダメだ。連絡などさせぬ。それにキミとあの大商人の婚約は、破棄させた」


「……え? 破棄させたってどういうことですか?」


「侯爵家の権力と、情報操作力を甘く見ないでくれ。代理人を立てたり書類を偽造したりして、何とか婚約破棄にこぎつけた」


「おんどりゃー! 当人の意思を無視して何してくれとるんじゃーい! 私の玉の輿こしライフを返せー!」


 不敬罪など知ったことか。

 私はマスルスキー侯爵の襟元を掴み、ガクガクと揺さぶった。




「せ……責任は私が取る!」


「へえ……。それって私を、一生養ってくれるという意味ですか?」


「無論だ」


出資者パトロンというやつですね。いいでしょう。侯爵様のために、発明家ナーガ・オッシー・ブラックウィドウは頭脳と技術の全てを捧げましょう」


「養うとは、そういう意味では……。それに私が欲しいのは頭脳ではなく……その……」


 「マスルスキー侯爵は凄く頭が切れる」という噂だったけど、こうやって話しているとモゴモゴしてばかりだ。全然切れ者に見えない。


 じれったいな~。




「新製品のアイディアはいくつかありますので、それを侯爵様に提供します。監禁するっておっしゃいましたけど、試作品の材料買い出しぐらいは行かせてください」


「それもダメだ。外に出たら、変な奴に攫われるぞ」


「このブーメラン侯爵!」


 言葉の意味がわからなかったらしくて、侯爵はきょとんとしていた。


 ああ、ブーメランもこの世界にはないの?

 こりゃあ作ったら儲けられそうね。




「もう! 勝手に出て行きますからね!」


「それは無理だな。左手の薬指を見なさい」


 言われた通り左手に視線を落とすと、指輪がめられていた。


 まあ、綺麗な指輪……って、なんじゃこりゃあ~!


 結婚指輪とか婚約指輪とか嵌める指に、何着けてくれちゃってるの~!?




 ……あっ、そうだった。


 地球と違って、この世界には婚約指輪とか結婚指輪の概念ってないんだっけ?


 指輪って単なる装飾品だったり、魔法を込める魔道具だったりするのよね。




「その指輪には、魔法が込められている。この屋敷に張られた結界の外へは、出られないようにする魔法だ」


「なんですってーーーー!? そんな呪いのアイテム、こうして……。ぬ! 抜けない!」


「それを外せるのは、魔法を使える貴族だけだ」


 こんちくしょー!

 ファンタジーのバカヤロー!


 私は魔力がほとんどなく、魔法はからきしなのだ。

 これでは指輪を外せない。




「ブラックウィドウ嬢よ。これまで貴族たる私に吐いた暴言の数々、許しがたい。相応の罰を受けてもらおうか?」


「ば……罰?」


 この野郎は、私を監禁するとか言ってた。

 

 監禁とくれば次は……凌辱!?


 やめて!

 私に乱暴する気でしょう?

 エロ同人みたいに!

 エロ同人みたいに!




 マスルスキー侯爵が指を鳴らすと、メイドさん達が応接室に飛び込んできた。

 メイドさんというよりは、訓練された特殊部隊みたいな動きね。


「連れて行け」


 あるじの指示に従い、メイドさん達は私を拘束する。

 そのまま部屋の外へと連れ出された。




「薄い本展開は嫌ぁーーーーっ!」


 魂の叫びが、侯爵邸の廊下にむなしく響いた。






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「……素晴らしい!」


「……どうも」


 あー。

 どうせ私じゃなくて、ドレスや装飾品のことを言ってるんだよね。


 ま、自分でわかってるよ。

 身につけてる人間が、負けてるってことぐらいは。


 でも、ちょっとぐらい夢見てもいいじゃない。


 メイドさん達から磨き上げられた自分を鏡で見て、ビックリしたよ。


 完全に別人だった。

 綺麗すぎて、腰が抜けそう。

 まるで貴族令嬢だね。




「この貴族コスプレ強制が、罰なのですか?」


「いや、これからさ」


 眼鏡キラーンはやめれ。

 インテリどSっぽくて怖いわ。




「今からキミに、貴族令嬢としての所作を仕込む」


「ほへ?」


 いやいや、意味がわからないよ。

 何で私が、そんなことしなくちゃいけないの?




「私が講師だ。厳しくいくからな」


「あのー、できれば他の方に教わりたいなー……なんて」


「ふむ。ならば私のマナー講師でもあった、執事にさせるか? 彼は厳しいぞ? 私は小さい頃、間違う度に鞭で叩かれていたが」


 ひええええっ。

 そんなの日本では虐待だよ! 虐待!




「……侯爵様がいいです」


「そうか……。私がいいか……。ふふふ……」


 何この人?

 瞳が暗い光を放っていて怖いんですけど。




「では、始めようか」


「お……お手柔らかにお願いします……」




 侯爵はね、確かに鞭で叩いたりなんてしてこなかったよ。

 教え方もていねいで、分かりやすかったよ。


 でも、めっちゃ要求が厳しくて、私疲れちゃった。


 だいたいこんなことしなきゃいけない意味が、全然わかんなーい。






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 謎の貴族令嬢教育を受け始めてから、1週間が経った。

 そろそろ実家に連絡しないと、ポイズンペアレント達がめっちゃキレてるはずだな~。


 貴族教育の時間以外は、かなり自由にさせてもらっている。


 発明の材料も、大抵のものは侯爵に頼めば手に入れてくれた。


 ついでになぜか、お花とかまでくれた。




 「監禁する」なんて言われてビクビクしていたけど、屋敷内は自由に歩けるしそんなに不便はしてない。


 ただな~。

 屋外には、あんまり出ないように言われてるんだよね~。


 何かを警戒している?

 例えば私の発明品が欲しい、隣国のスパイとか?




 ディナーの時だった。


 執事さんがマスルスキー侯爵に、そっと何かを耳打ちした。

 侯爵は短くうなずくと、私に声をかけてきた。




「ナーガ。今夜は私の寝室で寝なさい」


 ……は!?

 それってひょっとしなくても……そういう意味だよね?


「お貴族様の命には、逆らえませんね。さらば私の純潔」


「違う。私の寝室で、1人で寝なさいという意味だ」


「え? どうしてなのですか? 侯爵様は、今夜どちらで寝られるのです?」


「キミの部屋だ」


「……変態」


「一体何を想像しているのだ。とにかく朝まで私の寝室に閉じこもって、大人しくしていなさい」


 これは理由を教えてくれない雰囲気ね。

 仕方ない。




「わかりました。侯爵様のゴージャスふかふかベッドを占拠して、朝まで爆睡します。ヨダレで枕を濡らしていても、恨まないでくださいね」


「……何か怪しいな? 扉の前に見張りをつけるから、こっそり抜け出そうとしても無駄だぞ?」


 ……チッ!

 疑り深い侯爵め。


 とりあえず私は大人しく、侯爵の寝室で夜を迎えた。






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 ――深夜。


 私はこっそりと、侯爵寝室のドアを開けた。


 廊下は明かりがともっているから、けっこう明るいね。




「ナーガ様? どうかなさったのですか?」


 扉の前で寝ずの番をしていたメイドさんが、いぶかしげに聞いてくる。




「うん、ちょっとね。ごめんなさい。侯爵様から怒られそうになったら、私のせいにして構わないから」


 メイドさんが飛び退く前に、私は手に持ったスプレー缶からガスを噴射した。

 催眠ガスだ。

 

 スプレー缶も催眠ガスも、この世界で再現するのは苦労したよ。


 メイドさんは、一瞬で意識を失った。

 頭を打ったりしたらいけないので、抱き留める。


 壁際に引きずって行って、背中を預けるように座らせた。

 隣に観葉植物の鉢を持ってきて、カモフラージュする。


 よし。

 これでしばらくは、私が寝室を抜け出したことはバレないだろう。


 私は忍び足で廊下を進み、3階から2階へと降りる。

 目指すは私が借りていた、来客用の寝室だ。


 廊下の角を曲がろうとした時、何やらバタバタと音がした。

 私は身を乗り出して、そーっと様子を伺う。


 すると私が借りていた部屋の扉が、勢いよく吹っ飛んだ。


 中から男の人が、転がり出てくる。




「な……ナーガじゃないな! きさま何者だ!?」


「屋敷の主の顔も知らずに、乗り込んできたのか? 下調べが甘い」


 男の人に続いて、マスルスキー侯爵が出てきた。


 ……マジですか?

 借り物とはいえ、それって私の寝間着なんですが?

 やっぱり変態だったか……。


 ムカつくのが、美形の侯爵にはめちゃくちゃ似合ってるんだよね。

 骨格は少しゴツイけど痩せてるから、女性と言われても区別がつかない。


 それより気になるのが、あの転がり出てきた男の声。

 ものすごく聞き覚えがあるんですけど。




 男は私の方に走り寄ってきて、背後に回り込んだ。

 そのまま首に、ナイフを突きつけてくる。




「動くな! 侯爵! ……この女は侯爵夫人か? 妻の首をへし折られたくなければ、大人しくしていろ」


 そう言われて、侯爵は近寄れなくなってしまった。

 私、侯爵夫人じゃないんですけど?




「ふう……。まさかナーガと入れ替わっているとはな。だが、夫人を人質に取られては動けまい。――さあ! ナーガの奴を連れてこい!」


「はい。ここにいますけど」


「……は?」


 男が私の顔を確認しようとした瞬間、催眠ガスを吹き付けてやった。


 さすが私の発明品。

 一瞬で昏倒したよ。




 ……私の父親は。




「なるほど。侯爵様は、事前に情報を入手していたんですね。父親が私を取り戻しに、ここへ忍び込んでくるという情報を」


「……そうだ。キミを大商会の代表相手に売り飛ばし、そいつと協力してキミを研究室に閉じ込める。あとは死ぬまで、発明を続けさせるつもりだったそうだ」


「毒親だと分かってはいましたけど、やっぱりショックですね。娘として、扱ってもらえないというのは……」


 この人達にとって私は、発明品を生み出す道具。

 そう思ってるから、分からなかったんだよね。


 私がナーガ・O・ブラックウィドウだってこと。


 いくらこの1週間で、別人みたいに綺麗になったとはいえ……。


 正面から、顔を見たはずなのに……。

 18年間も、一緒に暮らしてきたのに……。




 突然ポロっと涙がこぼれて、自分でもビックリした。




「ナーガ……」


「来ないで! 侯爵様!」




 歪む視界の中、私は駆け出していた。






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「こんなところに居たのか……」




 チッ! 見つかった!

 目ざとい侯爵め!


 私は侯爵邸の庭にある、休憩所ガゼボの中に居た。


 今の姿を、侯爵には見られたくない。


 涙と鼻水が垂れて、不細工なんだもん。


 ……あれ?

 何で私、侯爵に不細工な姿を見られたくないんだろう。


 よくわからないけど、腹が立ってきた。

 ついつい八つ当たりで、侯爵に辛辣な言葉を投げつけてしまう。




「どうせ侯爵も、私の頭脳と発明品が目当てなんでしょ? やってられないわ! こんなことなら、知識チートなんてするんじゃなかった!」


 思えば両親も、私が赤ん坊の頃は優しかったのだ。

 ブラックウィドウ商会は小さくて貧しかったけど、私は幸せだったのだ。


 両親がおかしくなり始めたのは、私が前世の知識で発明をしはじめてから。


 自業自得だ。


 私が前世の知識を封印して、普通の女の子として暮らしていたら……。

 今でも両親は善良なままで、貧しくても幸せだったかもしれないのに……。




「そんなことを言うものではない。キミの発明品は、多くの人々の暮らしを豊かにした。私だって、キミの発明品に救われた者のひとりだ」


「……え?」


 侯爵は私の正面に来ると、そっと眼鏡を外した。


 相変わらず綺麗なアイスブルーの瞳だけど……。


 目つきが悪い。

 美形が台無しだ。




「この通り、私は眼鏡がないとロクに見えなくてな。外すと目つきが悪くなってしまう」


 この目つきの悪さ……どこかで……あっ!




「あの時の少年!」


「思い出してくれたか」




 そうそう!

 私がこの世界で、眼鏡を作り出すきっかけになった少年だ!


 目つきの悪さばかり印象に残ってて、現在の超絶美形ヴィスコ・マスルスキー侯爵と全然イメージ重ならなかったよ。




「キミが眼鏡を発明してくれたことより、私はキミがくれた言葉が嬉しかったんだ」


「あ……あれ~? 私あの時、なんて言ったんでしたっけ?」


「『目に見えるものだけが、世界の全てじゃない』。そう言ったんだよ」




 あ……。

 私、そんなこと言ったんだ……。


 そうだった。

 当時の私、見た目が8歳児だったけど、中身が大人だったから……。

 外見だけで、人は判断できないんだぞって意味で言ったんだ。




「目つきの悪さのせいで、当時の私は社交界でも浮いていた。だが、キミの言葉があったおかげで腐らずに済んだんだ。知識や教養といった目に見えない部分を研鑽した結果、若くして侯爵家を任せてもらえるほどになった。全部キミのおかげだ」


 そう言われると、なんか照れるな。

 だけど……。


「それは侯爵様ご自身が、頑張ったからですよ」


「そうだな、私は頑張った。だから報酬をもらえないだろうか?」


「はい? 私、侯爵様が喜ぶようなものなんて、持っていませんよ?」


「欲しいのはキミ自身。ナーガ、私と結婚してくれ」


 


 ……やだ。

 ちょっとトクンときちゃった。


 でも、すぐに冷静になったよ。


 だって……。




「平民の私と侯爵のあなたでは、結婚できません」


「その問題は、来週解決されるよ。ブラックウィドウ子爵」


「……ブラックウィドウ子爵? 誰です? それ?」


「だからキミだよ。両親の手柄になっていた発明の功績が、キミ自身のものだと判明しつつあるんだよ。来週国王陛下から、じょしゃくのお達しがあるはずだ」


 えええええっ!?

 私、貴族になっちゃうの!?


 しかもいきなり子爵!?

 ちょっと待って!

 心の準備が!

 他にも色々準備が!


 ……あっ!

 そういうことか!




「侯爵様が私に貴族教育をして下さった理由、分かりました。叙爵のお達しがあってから勉強や訓練をしても、式典までには間に合わないからですね」


「そうだ。叙爵式典で貴族らしくない振る舞いをすれば、他の貴族から舐められたり、攻撃される材料になってしまう」


 ヒエッ! 恐ろしい世界。

 そんな世界に飛び込んで行くのは、とっても不安。


 だけど……。




「不安ならば、わたしが支えよう。だから結婚して欲しいんだ、ナーガ。わたしの心に光を灯してくれた、女神よ」


 ううっ。

 女神とか、聞いてて恥ずいわ。


 だけどマスルスキー侯爵みたいなイケメンが言うと、ドキドキしちゃうのよね。


 王国法では爵位持ち同士も結婚して、子の代に爵位を分配できたはず。

 ……となれば、障害はなし。




「……条件があります」


「言ってくれ」


「私の左手薬指に着けられた指輪。これに込めた、魔法の内容を変更してください。そして同じ魔法を込めた指輪を、侯爵様にも着けてもらいたい」


「どんな内容にするんだ?」


「『の愛を誓う』という、宣誓の魔法です」


 確か、そういう魔法があるのよね。

 宣誓を破ったら、何らかの効果が発動するって魔法だったはず。

 指輪が砕けちゃうとかにしようかしら?




「わかった。キミへの愛を裏切った時、わたしが即死するように魔法をかけておこう」


「重っ! 私はそんな重い魔法が込められた指輪、着けたくはありません」


「ははは……。キミの指輪は、別の宣誓魔法にしておこう」


「侯爵様の指輪も、即死はやめてください。侯爵様がいなくなるなんて、私は嫌です」


「ナーガ……。本当にキミは、可愛らしい人だ……。わたしのことは、名前で呼んでくれ……」


「ヴィスコ様……」




 眼鏡を外したヴィスコ様と、見つめ合う。

 不思議と目つきは悪くなかった。


 これは私の顔に、むりやり焦点を合わせていないからね。


 何だろう?

 不思議な感じ。


 顔じゃなくて、魂を見られているような。


 この人なら、私の全てを受け入れてくれるかもしれない。


 前世の私も。


 今を生きる、ナーガ・O・ブラックウィドウも。






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 その後。

 王国では求婚する時に、指輪を渡す文化が定着したよ。


 もちろん私が、そうなるように仕向けたんだけどね。


 宣誓魔法を付与した指輪は、新生ブラックウィドウ商会が取り扱っております。

 もう売れて売れてウハウハよ。


 私とヴィスコ様の指輪には、どんな宣誓魔法がかけられたのかって?


 そんなの知らなくていいわ。






 誓いが破られることなんて、ないのだから。





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