二人の霊媒師 3
10月の某日。夜中に緊急で呼び出しが入る。
俺は急いで準備して現場に向かう。今入っている情報では他者による殺しか自殺らしい。
俺は現場まで急いで向かうと道いっぱいに人集りが出来ていて交番警察の奴が立ち入り禁止のテープを広げて誰も入らないように仁王立ちで立っている。
俺はその人集りを縫うようにして進み仁王立ちをしている奴に警察手帳を見せると
「お疲れ様です!」
と敬礼をしてテープを持ち上げて中に入れるようにしてくれた。
俺は
「はい、お疲れ。」
と言いながらテープを潜る。
俺がこの道に入ってから何年経過したのかはもう覚えていない。
高校卒業してすぐに警察学校を受験しこの世界に入った。
最初は交番勤務から始まり俺の場合は第一志望が花形と呼ばれる刑事課に行く事が夢だったが途中交通系に行ったりとこの課に行き着くまで色々経験を積まされた。
そして今ではやっとこの課に配属されて今は50過ぎのおっさんである。
最近は妻の冷たさはもうほぼ慣れたが娘が反抗期なのかなかなか話をするどころか目も合わさなくなった。
妻に愚痴を言うと
「貴方が仕事ばかりしているからでしょう。仕方ないわよ。」
と言われて自分の部屋に入ってしまったのである。
仕事ばかりと言われても、家庭を守り生活費を稼ぐには必死に働かなくてはいけないし休日も呼び出されたら行かなくてはいけない。また時には上司との飲み会にも参加しないといけないのだ。
そうしなければ出世もさながら自分の課に推薦も出してくれない。そう思って俺はずっと頑張ってきたのに娘も妻もそれを理解してくれないのだ。
「はぁ~。」
と思い出して溜め息を着くと部下の寺平順平(てらだ じゅんぺい)が
「お疲れ様です。」
と声を掛けてきた。俺は
「おう。」
と言うと
「そうとう宮内さんお疲れみたいですが大丈夫ですか?」
「いや大丈夫だ。家庭の事を思い出して溜め息をついただけだ。」
「あー宮内さんの娘さん高校生でしたっけ?」
「そう、来年受験だから志望校について話をしようとしたらお父さんには関係ないからって言われて無視された。」
「マジッすか。宮内さんが学費稼いでるのにそんな態度されたら堪ったもんじゃないっすよね。」
「だろう?そういえばお前、前みたいに敬語が崩れてきているぞ!」
「あ、やべ。今後気を付けます!」
とふざけて敬礼をしてきたので俺は軽くポンとみぞおち辺りを叩くとわざとらしく寺平はウッと言って苦しそうにした。
寺平は26歳という若さで刑事課に配属された。
まだ色んな現場に慣れていないのにその場の空気に溶け込むのが上手いのか場慣れと体育会系と言われている警察の仕事に対して難なくこなす器用な奴だ。
俺は寺平の教育係を命じられて担当したが若いからなのか敬語が苦手らしくよく注意している。
「そういえばさっき鑑識さんに聞いたんですけど、今回の現場殺しっぽいですよ。」
「まだお前は現場を見てないのか?」
「はい、俺も今さっき来たばかりで。」
と髪の毛を現場に落とさないようにキャップを被りながら話す寺平を横目に俺も家の中に入るために現場を荒らさない、足跡を残さないように靴の上から被りを履いていると、前から鑑識の伊藤宮(いとう みや)が出てきた。俺達に気付くとお疲れ様ですと言ってきた。
そんな伊藤に寺平は
「中結構エグいっすか?」
と聞く。伊藤は真剣な顔でマスクを軽く外しながら30歳という若い女性にしてはガラガラの声で
「中はまぁ見たら分かると思いますが結構な感じです。先程来た他の刑事さん達は今外で吐いてます。」
と言った。俺はその言葉に緊張で背中を伸ばし姿勢を正したが一方寺平は緊張しないのか
「マジか~伊藤さんが言うなら結構エグい現場なんすね。」
と言った。
伊藤はそれだけを伝えるとまたマスクを戻して鑑識用の車に向かって歩いて行った。
俺は寺平と共に少し急ぎながら中に入る準備が出来ると中に入れさせて貰った。
中では鑑識が色んな場所を写真を撮ったり、指紋採取をしていた。
仕事をしている最中でも俺達が来たのが分かったのか、お疲れ様ですという言葉をかけてくる俺はその声に反応しては挨拶を軽く返す。寺平は俺と違って大きな声で返事をしていたがこの差がいつも年齢の違いなんだろうなと思わされる。
今回の現場は一軒家の洋風な家で玄関に入ってすぐに下駄箱が左手にありそこには沢山の写真やウェルカムボードというのが飾られスリッパが綺麗に隅に並べられ、家の中に入ってすぐには二階に上がる階段があった。
俺達は現場は何処かと近くの鑑識に聞くと一階にあるリビングです。と言われた。
リビングはすぐ左手にあるガラス張りの扉の向こうのようだ。
俺達は鑑識が触っても大丈夫だという場所を聞いて気を付けてリビングに入る。
今回の仏さん(遺体の事を指す)はどんな者なのか。と気合いを少し入れて中を覗くと他の刑事達がカバーされた仏さんの横を今にも吐きそうな顔で外に出ても良いか若い奴らは相談しあっていたり俺くらいの年齢の奴でも頭を抱えて立ち尽くしていた。
俺はそんなに酷い仏さんなのかと思いながら近づく。
カバーされている仏さんらしき人間はリビングにある向き合い型の椅子にそれぞれ座らせられている。足下がカバーの下から見えるがそれぞれ紺の靴下と白の靴下を履いて向き合っている人にしか見えなかったがカバーを外して見た時に先程までの余裕な気持ちで居た自分に叱責したくなった。
紺色の靴下を履いている人は男性のようでリビングの扉側に座っていたが、目ん玉が軽く飛び出しているのか瞼から軽く飛び出していて黒目が白く濁り目から血の涙が出ていた。そして口は大きく開いているから見えるからか歯茎には沢山のガラスの破片が細かく刺さっていて喉の奥にはそのガラスの一部なのか光って尖る何かが脳に向かって刺さっている。
そして舌は根元から引っこ抜かれたように無かった。
手は何かを持ち上げるようにして両手が天井に向いて上がっていて硬直していた。
そして腕は粉砕させられたのか四方八方に骨が飛びだしている。
血がまだ固まっていないのかまだその傷口からは流れ出ていて異様な遺体に長年沢山の遺体を見てきたがこんな事は初めてだった。
腰から下は特に目立った外傷は無かったが、もう一人の仏さんはもっと酷かった。
髪の長さが腰まであるから女性なのだろう。ただその身体は顔も分からない程雑巾を絞るように身体が強い何かに捻られたようにグルグルになっていた。
「こいつぁ。」
と言うと隣に居た寺平が外に勢いよく飛び出す。多分吐きに行ったのだろう。
さすがに俺もこの遺体を見るのは厳しい。冷静の感情では見るのはと思うほど胃から何かが出てくるような気持ちになる。
頭のような物も潰れている為耳から脳がこぼれ落ちている。ただ他の臓器についてはこんなにペシャンコにされているのにどこからか零れている訳ではない。もしやと思ったがさすがにそんな臓器が消えるような事の事件だったら
「こりゃあ人の仕業には思えねーな。」
と俺はつい口に出して言ってしまった。
今までこんな感情にはなったことが無いが誰かに殺されるという現場で抗わないという仏さんは見たことが無い。こんなに無抵抗に酷い殺され方をしているのは初めてだ。
どうしたものかと思い犯人の痕跡になる物を探していた。
遺体以外にも何かと思って他の部屋も探すが普通の特に金銭目的なように思えず引き出しが荒らされているという事も無い。そして俺は2階に上がった。2階は鑑識がもう調べ終わったのか写真を撮ったり指紋を採取している人が居ない。俺はそっと階段上がってすぐ左側にある部屋の扉を開ける。
そこは寝室だ。ベッドは綺麗に整えられたグレーのキングサイズ。大人二人が並んで寝ても余裕だろう。そんなベッドに並んで置いてある白い枕。
部屋に入ると部屋の左手にはクローゼットがあった。俺はそのクローゼットが何となく気になって引き戸式のクローゼットの扉を開けるとそこには沢山のお札が一面に貼られていてクローゼットなのにも関わらず洋服が一着も掛かっていなかった。
横暴に貼られ何枚かは床に落ちているお札の数々に圧倒されていたが一部がボコと何か四角い物が壁の真ん中が膨らんでいるのが分かる。俺はすぐさま1階に居た鑑識を呼ぶ。鑑識はすぐに2階に上がってきて俺がクローゼットのお札の向こうにある物を確認して欲しいと言うと何枚か写真を撮ってからゆっくりお札を剥がし始めた。沢山束になっているお札の中から出てきたのが一枚の絵だった。その絵は青空を背に白いワンピースを着た女の子が立っていてその両脇にはチューリップの花が咲いていた。
おさげの女の子は笑顔でこっちを見ている。チューリップも色んな色が使われていて可愛らしい感じの絵だ。
俺はなんだこれはと思いながら見るが特にその絵が気味が悪いとか特別な絵には思えない。鑑識も同じだったらしく数枚撮ってはお札の他に何か無いかとクローゼットの中を探していた。
俺はこの絵が何かあるのかもしれないと思いながら、他の部屋にも何か無いか探した。
「あの現場マジでヤバかったすよね~。」
と寺平が横に座って話す。
今回の事件の会議がこれから始まる。今回の殺され方からして非常に強い憎しみがあるのだろうというのと複数人による殺害ではという話がこれからされるのだ。
俺は会議場に集まる刑事達を見るが全員が特にこれと言った情報が得られなかったのだろう。椅子に座って他の者と首を傾げながら話す奴らが殆どだった。
寺平は俺が反応しないのを気にしていないのか隣で話し続ける。
「宮内さんが見つけた絵も鑑識さんの話だと異常があるように思えないって言ってたのさっき伊藤さんから聞きましたよー。俺あんな現場マジでビックリしたし、さすがに耐えられなかったっす。宮内さんは流石っすよねー。」
と言う寺平に
「おい、お前は今回は本当に人間の仕業に思うか?」
と聞くと寺平は一瞬ポカンとして
「幽霊とかって事っすか?そうっすねーあの遺体見て人間とは思いたくない気持ちはあります。だってさすがにあんなに痛めつける殺人が生きている人間がやってたら怖すぎっすよ。でも、幽霊とかは俺分かんなくて~。」
と頭を掻く寺平に
「俺も何となく気になって聞いてみただけだ。そろそろ会議が始まる。集中して少しでも多くの他の情報を手に入れてホシ(犯人のこと)を挙げないとならねー。」
と言って俺は姿勢を正しながら座り直す。
会議が始まり、それぞれがまだ事件発覚から時がそこまで経過している訳でもないのに被害者の情報をそれぞれ担当した分野を皆の前で発表する。
雰囲気的には学校の授業で次々に手を挙げて発表するような感じだが、空気的には人が亡くなっているのであのような和やかな雰囲気よりもかなり緊張と早くホシを見つける事に気合いを入れている奴が殆どだ。
俺もその空気に飲まれて一早くあの残酷な犯人を見つけてムショ(刑務所)にぶち込まないと気が済まない。そう思うとメモを取るペンへの力が一層強くなったような気がした。
被犠者
夫 日田陽一(にった よういち)34歳 妻 日田妃菜(にった ひな)32歳
4年前に社内恋愛の末結婚、2年前に現場となった一軒家を夫である陽一の名前でローンを組み購入。
陽一と妃菜は会社の先輩後輩で不動産会社で現在も事件前日まで会社に2人共出勤していた。会社での関係は良好で家庭内の問題を会社に持ち込む関係では無いとの情報。
また二人は近所付き合いも積極的に行っており、妃菜はゴミ出しでは近所の人達と話をするや会社から帰宅した際には声を掛けたら気さくに会話をしてくれる人と会話をするのがとても楽しそうにしていた様子だった。
一方陽一は妃菜よりも早く出勤するからか朝は毎日走って近くのバス停まで行く姿が見られている。ただ陽一もどんなに忙しそうにしていても挨拶をすると必ず大きな声で返してくれるので近所のマダム達の間では爽やかな青年が来たとファンクラブが出来て居たという。
今回の事件については近所の住民も含めて同じ職場の人間達も皆口を揃えて、誰かに恨まれたり憎まれるような夫婦では無かったと言う。
夫婦それぞれのご両親も健在で北海道に夫の実家があり、妻の実家は東京だが現場からは一時間掛かる所に居り親子関係は良好でよく妻の母親がよく遊びに来ているのが近所に住む住人からも本人からも証言がある。
また夫の両親とは頻繁には会えないものの良好な関係を築いていた事を証言している。
また二人の両親含め職場の人達近所の人達のアリバイも全て証明されている。
今回の被疑者にはローンはあっても金銭での目立ったトラブルも現場からの情報でも通帳クレジットカードが盗まれて部屋が荒らされている形跡が無い事から二人への個人的な恨み、憎しみが原因なのではという話になった。
刑事のそれぞれの情報を開示した後、鑑識官が夫婦の死亡解剖をして気が付いた事を遺体の映像をスクリーンで流しながら発言するが、何人かは現場を思い出したのか今にも吐きそうという顔をしていた。
夫の陽一の喉には花瓶の一部が胃から脳の途中までを食道を通して刺されているがどこからその一部が体内に入ったのか説明が出来ないと言う。ただこの花瓶のような一部のガラスが脳を直撃した事で目が飛び出し目の奥の血管が切れ目から血が出ていたのだ。
また骨が粉砕は鑑識でも分からないという顔で内側から弾かれるように骨が粉砕されていたらしい。
(どういう事だ?)
と鑑識の発言にその場に居る刑事がヒソヒソと話す。
鑑識は少し咳払いをした後に今度は妻の妃菜について話す。
妃菜は特に酷く。夫よりも遺体の解剖が難しいほどに身体をねじ曲げられて硬直していたらしい。腕もまるで自転車のタイヤがパンクしたようにペシャンコに潰れ身体を抱きしめるようにして潰れ、身体はグルグルと回され骨は粉々に粉砕されていた。
また頭のてっぺんまで綺麗に捻られていることで脳も潰され耳から出ていた。
鑑識はこの遺体を解剖したところ臓器が綺麗にくり抜かられて居たと言う。
ただこの妻の妃菜も夫の陽一と同じくこれだけの外傷があってもどこからその様な力を加えられたのか、二人共無抵抗の状態で椅子に座っていた事から鈍器のような物で攻撃された、または睡眠薬系を飲まされていた。あるいは違法薬物を摂取させられていたという事は全く無く、死因となった外傷以外は特に問題は無かったが、鑑識もさすがにこのような遺体を見たのは例外が無いと言い発言の為に立ち上がって居たが情報を言い終わると椅子に静かに座った。
会議室では皆が頭を抱えていた。
何を特定とし場所を含め人間関係も絞って情報を得ていくのか正直分からなかったのである。
最終的に相当上も悩んだ挙げ句に他殺の線を濃く考え元恋人の存在、また暴力団関係と繋がりが二人だけでは無く周囲にも無かったか調べ、徹底して恨まれていなかったという証拠を集めろという内容でお開きになった。
俺はメモを取り終わると溜め息を着いて会議室の茶色いシミだらけの白なのかクリーム色なのか分からない天井を見る。
今回の事件は長引きそうだと思い家族の事を思い出した。
俺がこの事件にまたのめり込めば娘の受験について妻と話す事が出来ずに俺が居ない所でどんどん進み家庭内でまた一層孤立するのだろうと思うと長場(長く掛かりそうになる事件の事)の事件は勘弁してくれと思った。
天井に向かって溜め息を何度も着いたからか隣に居た寺平が荷物を片付けながら
「宮内さんもあの遺体の映像キツかったですよね。俺もあの映像見て現場の事を思い出して気持ち悪くなりました。」
と言う寺平は顔を天井にまだ仰向けにしたままの状態のままでチラッと横目で見るといつもの焼けた肌が青白くなっていた。
俺は溜め息を着きながら頭を戻し大きな溜め息を着く。
「俺は今そんな事を思っていねーよ。」
と言うと寺平は大きな声で、えぇ?とわざと大きな態度で驚くと
「マジッすか?俺絶対あの遺体の映像見てあんな風に天井見ているのかと思ってました。」
「ちげーよ。今回の事件お前本当にマル暴(暴力団関係)が関わっていると思うか?」
「確かに、あの殺しは普通じゃ無いですし。上がマル暴の話をし出した時は拷問か何かを受けたという事なのかと思いましたけど。でもあの二人闇金に手を出しているようには思えないんでどうなのかなとは思いました。まぁ後は個人的に殺人がしたかったという通り魔的な不法侵入の可能性も捨てられないんすけどね。」
「お前にしては珍しく頭が切れるじゃねーか。お前の事だから遺体の映像見て気分が悪くなっているだけかと思っていた。」
「・・・・確かに遺体の映像で頭真っ白になりましたけど、さすがに俺も宮内さんに今までこき使われてスパルタに教育受けたのでこれくらいは考えられましたよ。」
「そうか。俺の教育のお陰だな。出世して給料上がったら何か奢れよ。」
「いやっすよ~。」
と言う寺平は少し笑って言う。俺はその表情に少し安心する。これぐらいの若い者だとあの現場はかなりキツイだろう。正直下手をすれば捜査から外れたいと言いかねない事もある。それでは経験値もそうだが成長と出世のチャンスを逃してしまう。寺平には厳しいかもしれないが乗り越えなくてはならない事がこの警察という仕事では多いのだ。
ただ、ここまで笑えるなら暫くは大丈夫だろうと寺平の精神的な事も気にしつつ俺はもう一度今日の情報を書いたメモを読んでいた。
そうしていると一つの事を思い出し急いで椅子から立ち上がりある人物を部屋の隅から隅まで探していた。
寺平はその様子を見て
「どうしたんすか?」
と不安そうに聞いてくる。俺はそんな言葉を無視して一人の人物が部屋から出ようとしているのを見つけた。
「おい、伊藤!」
と呼ぶと今日も一つ結びに纏めて吊り上がった目でチラッと俺を見ると荷物を腕に抱えた状態で部屋から出る足を止めた。
俺はその様子を見てすぐに小走りで駆け寄る。伊藤は俺が近くに来るのを他の刑事が部屋から出るのを邪魔しないように少し避けながら待ってくれた。
「呼び止めてすまねーな。」
と少し息を切らせながら話す。この歳になるとこの距離でも小走りをすると息が上がるのは本当に体力勝負のこの仕事には必須なのに段々とこの課がお前には無理になって来ているぞと言われているようで耳を塞ぎたくなる。
そんな気持ちを余所に俺が来るのをジッと待ってくれた伊藤に
「おい、今日の報告で無かったがあのお札は何だったんだ?」
あぁ。と今日も変わらずガラガラの声で
「あのお札はまだ何とも・・・。」
「何者かが悪戯とか犯人がわざとしたとかねーのか?」
「あのお札は奥さんの妃菜さんの指紋しか着いて無かったんですよ。それに丁寧にお札の上の方には両面テープが貼られていて壁に貼ってあったんです。」
「丁寧に壁に奥さんが貼っていたと?」
「はい。しわ一つ無く貼っていて鑑識も奥さんが趣味か何か意味があったと考えているのですが情報を発表するには今回の事件に関与しているのかは分からなくて。」
「あの絵はどうだった?」
「あの女の子の絵ですか?特に何かあるとは思えなくて指紋も今回の被害者の二人以外に複数の指紋がありましたけれども、特に目立った外傷は無かったので。」
「一応その絵の写真とか資料があったら貰えるか?」
と伊藤に言う。伊藤は
「少し待っててください。」
と言いながら近くにあった机に腕に抱えていたノートパソコンを置くと画像を探し始めた。
そんな俺等のやり取りを黙って見ていた寺平が
「宮内さん、あの言ってた絵が何か気になるんすか?」
と聞いてきた。
「何となくな。あんなにお札が貼られているのは奇妙だろ。」
と言いながら伊藤が見つけてくれた画像を見ながら印刷して貰えるように頼む。
伊藤は急いで印刷機に向かう姿を見て俺はパソコンで画像を一部大きく表示したりして見るが、絵の裏には金色の絵の具で「エノグチ」とローマ字でサインがされていた。
あれから俺達は班で協力しながら被害者の日田陽一、妃菜について調べるが元恋人とも綺麗に別れていたらしく元恋人に話を聞きに行っても別れる際に揉めただの最近は会ったのか?という質問も全て無いと言われて真っ白の答えしか出てこない。
俺達は溜め息をつきながらお互いの手の内にある情報を班で共有する。
どうしたものかと思い俺は必死に悩みながら一度帰宅した。
長く調べるのに家を空けていて着替えが足らなくなったのだ。
涼しくなってきたとは言えここまで動き回っているとムワッとした自分の汗の臭いがスーツから臭う。さすがに自分自身でもこれではと思い家に戻ることを他の奴らには伝え、皆睡眠を削りながらの操作に目の下にクマを作りながら返事をしてきた。
俺も一度少しは仮眠を取る時間を取っても良いかもしれないと思って玄関のドアに鍵を刺し開ける。
家の中はもう深夜遅いのにまだ電気が着いていた。
(誰かまだ起きているのか?)
と思い電気が着いているリビングに直行する。
すると妻がおにぎりを作っていた。
「ただいま。」
と言うと妻は少し驚きおにぎりを握ったまま固まり
「ビックリした。帰ってくるなら一言連絡してよ。」
「悪い、忘れてた。今追っている事件がどうも長くなりそうだから一度着替えを取りに帰ってきたんだ。」
「お風呂は?入った方が良さそうだけれど、時間はあるの?」
「今すぐ戻らなきゃいけねーという状況のもんじゃねーから風呂入るわ。」
と言うとお湯炊きのボタンを肘でポンと押すとまたおにぎりを握り始めた。
「そのおにぎり食べて良いのか?」
「何言ってんのよ!これは詩茉(しま)の夜食よ!」
「何だってこんな時間に食べるんだ。夕飯は食べてねーのか?」
「あのね~あの子は今勉強中なの。来年受験よ?勉強するの当たり前でしょ?」
「そうか?あいつ志望校見つけたのか?」
「はぁ~これだから貴方って言う人は・・・・。あの子はとっくに行きたい学校見つけているわよ。」
「どこだ?」
「自分で聞いてみなさいよ。久しぶりに少しでも娘の顔を見てあげて。」
と言って三つ三角に握られたおにぎりを載せた皿を俺に渡してきた。
娘と話すのか。気まずいなと思ったのが顔に出たのか妻に追い払われるようにしてリビングから追い出された。
俺は娘の部屋がある2階の方をチラッと見て溜め息をついてお皿を運ぶ。
娘の部屋の前に行くと扉の隙間から部屋の光が漏れている。
コンコンと優しく叩くと中から、はーいという声が聞こえる。久しぶりの娘の声だ。
俺はそっと扉を開けて部屋の中に居る娘に声を掛ける。
詩茉は俺が扉を開けたことに気が付いていないのかイヤホンを耳に刺しながら何か必死にノートにメモをしている。
俺はその姿を見ていつのタイミングでどこにおにぎりを置けば良いのか分からず扉の所でアタフタしてしまった。
娘は暫く扉を叩く音がしてから誰も来ないことに不思議に思ったのかイヤホンを片方外しながら椅子をゆっくり動かして扉の方を見た。
「お父さん?」
と言う娘の声に俺はハッと動きが止まる。おにぎりを抱えたまま立ち尽くす父親の姿を見て娘はどう思うのか分からない。正直この後どう声を掛けて行動する事が正解なのかが分からない。
「帰ってきてたんだね。」
と娘はイヤホンを両方外して音楽を止めた。
「あぁ。」
とぶっきらぼうに答えておにぎりを娘に差し出すと、黙ってその皿を受け取り机の上に置いた。娘の机の上には沢山の問題集が開かれていて俺は高卒だし受験の日々ももう昔の事過ぎて覚えていない。何もしていないと思っていたので感心と共に娘の成長を感じる。あんなに小さくて今にも壊れそうだった娘がこんなに立派に成長していたのかと思うと寂しさもあった。
「なに?」
と俺の感動と引き換えに娘は冷たい眼差しでおにぎりを頬張っている。
「いや、何も無いが。勉強ちゃんとしてるんだな。」
と言うとまた面倒な事起きたと言わんばかりに溜め息を着いて
「当たり前でしょ?なんなの?マジで。」
と今時の若い子が使う言葉で言うウザイという文字が顔に大きく書かれている気がするが妻が言っていたように少し娘と話さないと受験が終わって高校生活が終われば一人暮らしをするかもしれない。そう思うと今こうやって顔を合わせる機会も残り幾つあるのかと考えては寂しさが一層増した。
「志望大学見つけたんだな。」
「またその話?お父さんには関係ないでしょう?」
と話をしたくないと言わんばかりに俺に背中を向ける娘に俺は
「そんな事は無いだろう?」
といつもよりも冷静に、いやもしかしたら今回の担当している事件の事で疲れていたからかもしれないが俺はいつもよりも何倍も落ち着いた話し方で娘に声を掛けた。
「お父さんは心配なんだ。なぜだか分かるか?俺は高卒だから大学受験について想像も出来ないし、した事もない。」
そう言うと娘はさっきまで背中を向けて話さないオーラを出していたのが、少しずつおにぎりをまだ頬張りながらこちらを恐る恐る見て来た。
「それで?」
「だから教えて欲しいんだ。お前が何を考えているのかを知りたい。」
といつもなら恥ずかしくて言えるはず無い言葉が勝手に俺の口を通して娘に伝えた。
娘は少し考えながら
「分かった。でも先にお風呂に入ってきて。さっきから悪臭が凄いから」
と言って部屋の隅にあったファブリーズを掛け始めた。俺はそんなに臭かったのかと思いながら部屋を後にした。
妻に娘の話をするとよかったじゃないと言いながら
「スーツはこの袋の中に入れて、臭すぎて触りたくないから。」
と言われて妻と娘による暴言というパンチを食らって落ち込みながらお風呂に入った。
お風呂から上がりさっぱりした気持ちでリビングに向かうとそこには妻と娘が話していた。俺は冷蔵庫から麦茶が入っているボトルを取り出してコップに注いでいると娘が
「お父さんの今担当している事件ってテレビでやってる奴?」
と聞いてくる。娘が話掛けてくれた事に喜びもあるが事件については家族でも話せないので軽く、まぁなと言って麦茶を飲んだ。
「そっかー。今その話学校でもちきりなんだよね~。」
と言う娘に対して娘の向かい側に座っていた妻がその話に反応し
「へぇ、そんなに皆話をしているの?」
「うん。だってあんな静かな住宅街で起きた一家殺人事件でしょ?皆犯人が捕まっていない事で犯人が逃亡しているって話で怖がっている子も居ればあの奥さんの事を知っていますって言う人も出てきて凄いよ。」
「奥さんの知り合いがわざわざ文か何かを発信しているの?」
「何でもお客さんだったらしいよ。その人はYouTuberで今住んでいる家を紹介してくれた人が今回殺された女の人だって言ってたよ~。」
「でも、それも本当か分からないんでしょ?」
「ううん、証拠にその時に案内された映像が流されてたよ。」
「へぇ~。常にYouTuberはあれなのかな、カメラを回しているの?」
「さぁ、どうだろう?ただそのYouTuber曰く対応は悪かったって言ってたよ。」
「え?でもテレビでは好印象でって言ってなかった?」
「うん、それが何でも時々どこかに向かってブツブツその女の人が何か言うから黙ってて貰えないか?って声が入るから黙ってて欲しいって言ったらキレられたって言ってたよ。」
と話す娘に俺はどういう事だ?と思った。そんな話は今の所どこからもそんな情報は得られていない。
「その映像どこで見れるんだ?」
と慌てて聞くと娘が机に置いてあったスマホを弄ると俺に動画を見せてきた。
その動画はある水色の半袖Tシャツを着たガリガリの男性が固定されたカメラに向かって一人話している映像だった。
「みなさん、こんにちは。もしかしたらこんばんはかもしれないですね。
ミズキリンです。
今日俺が話したい事は最近話題になっているあの事件についてです。
俺はあの事件で殺されたと言われて居る女性に今ここに住んでいる部屋を紹介されました。人が実際に亡くなっていて不謹慎かもしれない、炎上するかもしれないと思うと話すべきかと思っていましたが、俺は毎日流されている報道を見て疑問に思ったので今回俺が実際に見た真実を伝えた方が良いと思い動画にしました。
俺がこれから流す映像は俺がこの部屋を紹介された時の映像です。」
と言った後映像が切り替わる。
その映像は誰かがまだ家具が置かれていない部屋の中を映した物で、色んな所にカメラを無言で回している。
暫くすると先程のミズキリンが画面に映り
「これが俺のこれからの新生活をスタートさせる部屋です!なんで今回動画を回したかというと以前住んでいた所が皆さんがご存じの通り霊が出る部屋だったので今回はオーブ(霊がそこに居るとカメラに写る人魂のようなモノ)が無いかまた誰か映ってはいけない人が映っていないか!後で編集してお届けしたいと思います!」
と笑顔で言う映像には特に気になる事は無さそうだが何が問題なのだろうか。俺はそのまま娘と妻と一緒にその映像を見続けた。
「先程の映像では分からないと思う方も多いでしょう。ただこの言葉の所々に女性のうめき声というかブツブツ何かを言っているのが聞こえてくるのでもう一度そこだけをピックアップして音をわざと大きくして流しますね!」
と言うとまた先程の映像が流れる
部屋を回している映像に戻ると何処の部屋なのか黒いズボンを履いて上は白のYシャツを着た一人の女性らしき人物が見切れるようにして映像に映っている。音量を上げる表示が画面に映りその女性をわざとアップにして切り取った映像がまた画面いっぱいにされて映される。
その女性は壁を見ながら何かを言っている。
俺は何だ?と思ったがその声がはっきりとは聞き取れず、ただ女性が何かを言っているようにしか見えなかった。
「この映像に映っている女性は例の事件で殺された方です。その方が何を言っているのかについては俺はチラッとしか聞こえてませんが、来ないで、来ないでと何かを呟いているようでした。でも俺はその声が映像に入ってしまうので一度丁寧に静かにして貰えせんか?と言いました。ただその女性は俺の声に反応してくれなくて何度かお願いをしたんです。そしたら急にこっちを見たと思ったら怒鳴り声をあげて、静かにしろ!あいつが来るだろうが!て言ってきたんです。
俺マジで怖くて何事だよって思ったんですけれど、意味が分からなかったので俺はその時はさすがに女性だしこの家に決めてたので揉め事起こしたくなかったのでこの映像は没にしていたんですけど、その女性が今回殺されたという事で流しました。
この女性は最初は普通に丁寧だったんですけれども、途中途中変で誰かが来るって言い出したと思ったらお母さんがここに居るよって言い出したりで落ち着きが無く帰りもブツブツ何かに対して話しかけて居る。まるで自分の子供に話しかけているような言葉を言ってました。なので今回の報道されている内容とは違うという事を伝えたくて。」
という所で俺は映像を止めた。
妻と娘は急に止められた事に不満に思ったのか俺の顔をチラッと見るが俺は震えが止まらなかった。
すぐに娘にそのURLをLINEで送って貰った。これはと思い班の奴ら全員に一斉にその動画を観るように送る。
寺平からすぐに反応があり
「了解っす!」
ていうスタンプが送られてきた。あいつらしい。そんな急に慌てだした俺に娘が
「これ何か関係がやっぱりあるんだね。やっぱり本当だったんだ。あの噂。」
と言い出した。俺は本当は今すぐにでも職場に戻りたかったが娘の言葉が気になる。
「どんな噂だ?」
と聞くと
「あの二人が呪い殺されたって事。」
「呪い?」
「そう、この動画が出回ってからの情報で目撃情報というかそういうのがいっぱい出回るようになって報道では話されないからどうかなっていう噂話にしか過ぎないんだけれど、奥さんが色んな所でお札を貰っているという噂があるの。」
「札・・・・」
このお札の件についてはどこにも漏らしていないはずだ。誰も警察内の人間以外は知られていない。しかし何故娘がそれを知っているのか。
「どこからその情報を知ったんだ?」
「お父さん、動揺しすぎ。しょうがないから黙っててあげる。でもこの情報はちゃんとした証拠は無いの。最初の出所は分からないけれどツイッターでその夫婦を目撃したとか、後は奥さんが買いに来ていたのを知っているとか。よくお札集めをしているのか奥さんが担当したお客さんという人がツイッターで匿名でよく効果があるお札について教えて欲しいって言われた。て言ってたりそういうのが今もの凄く情報として出回ってるよ。」
「そうか。」
と言った後そんな情報や目撃については会議では出てこなかった話だ。所詮ツイッターの匿名で証拠になる物が何も無いという点では見逃されたのかもしれないが俺の長年の勘が正しければこれはマル暴(暴力団)に関する事件じゃない。
俺の勘は今まで触れたくない所を見えそうになっていた。
脳がその答えを拒否をする。そんな事を言った暁には下手すればどこか違う所に飛ばされる可能性もある。
悩む俺に娘が
「お父さんが何に悩んでいるのか分かる気がする。だからヒントだけあげるね。今若い子を中心にもう一つ噂がある。それは霊媒師。その霊媒師は新宿二丁目のBARにいる。その人に頼みたいことがあれば話してみたら良いよ。」
と言って俺に家族のグループLINEでは無く、個人のLINEでそのBARの住所を添付してきた。
(霊媒師)
俺が今最も否定したい事だがこれは行くべきなのかもしれない。
そう思い俺は荷物を片手にまた職場戻ることにした。戻ったら班の奴らに話してみよう。そう思って俺は家を飛び出した。
班の奴らはあの動画を見て俺が思っていることを黙って聞いてくれた。
誰一人笑わなかった。理由はもちろんあの異常な殺され方である。普通に血だらけで発見されたのであれば人間の仕業にしか有り得ないと笑われていたのかもしれないが、今回の事件は人間の仕業には思えない程の残酷さだった。
班の奴らは俺にこれからの事を相談し始めた。二人はこの動画のYouTuberに連絡を取り話を聞く係と他の目撃情報が無いのかお札が全てどこで買われた物なのかを調べる係、俺と寺平はBARで話を聞く係となった。
俺達は早速BARに電話をすることにした。すぐに店には繋がりそこに霊媒師を名乗る者が居るかと話す。
「俺ですが。」
と受話器の向こうからそう答えが返ってきた。
寺平は興奮するかのように俺の電話している姿を見てくる。俺は寺平少しは落ち着くようにとジェスチャーをしながら話を進める。するともう上がりなので明日はバイトが休みという事だった。なので直接お話をさせて頂くべく家の住所を聞くと素直に教えてくれた。俺達が本当の警察官じゃ無かった場合の事を考えないのかと少し親心が出てしまったが、スムーズに話が進むことにまずは感謝しないといけない。そう思い俺は住所をメモに取る。
次の日はまた冬の季節を少しずつ近づいてくるように俺の手先までひんやりとした風が包み込む。俺と寺平は警察の車で自称霊媒師の家に向かった。
車の中は少し暖かくホッとする気持ちとこれから霊媒師という人達に会うことに緊張をしていた。すると寺平が何か紙袋を手に持っている。
「おい、これは何だ?」
「あー、これは絵っす!」
「これは・・・」
と紙袋の中にある絵を触れないように見せてくる寺平に
「なんでそんな物持ってきたんだ!」
と怒ると
「だって、宮内さんこの絵めっちゃ気になってたじゃ無いっすか!!伊藤さんに借りて手袋を着けてなら触っても良いって言われたんで持って来ました!!」
俺は頭を抱えたくなった。これから自称でしかない霊媒師に会いに行くのだ。溜め息を着く俺を余所に寺平は
「さぁ!出発しましょう!」
とシートベルトを付ける。普通の警察官であれば若い奴が運転するのだが寺平はとても運転が下手なので俺がなるべく運転するようにしている。特に誰かに会いに行く時や疲れが溜まっている時は寺平の運転は危険でしか無いからだ。
警視庁の本部から暫く走った所に自称霊媒師の家があった。
大きな立派な門に大きな一軒家の屋根が見える。あのBARで働いている人がこんな所に住んでいるのかと思うくらい立派な建物に寺平も驚いているようだった。
寺平に俺は肘で突っつくと車から降りてインターホンを押させた。
寺平はインターホン越しで家主と話しているのか暫くして運転席側の窓をコンコンと叩いたので窓を開けると
「家の中に余分な駐車場があるようなんで門から入ってすぐ左に止めてくださいとの事っす!」
「分かった。」
と言うと寺平は俺を案内する為か小走りで門の近くに行く。暫くしてから門が少しずつ開いていく。
俺は運転席側の窓を閉めて門が完全に開くまで待った。
寺平の指示に従い俺は車を駐め車から降りる。
車から降りるとザワザワと声のような音が聞こえてきた。どこから聞こえるのか探すと庭に立派な木が立っていた。俺はその木に暫く見とれてしまっていた。そんな俺を急かすように寺平は助手席から紙袋を持ち早く早くと言った。
俺は車に鍵を掛けて前を歩く寺平に着いていった。
玄関の近くにあるインターホンを鳴らすと中から男性が出てきた。
「こんにちは!」
と寺平がその男性に話し掛ける。男性は小さく会釈をすると中に入れと言うような仕草をした。俺達はそれぞれお邪魔しますと言いながら玄関の中に入る。
男性は
「こちらに」
と小さく無表情で玄関のすぐ近くにある畳の部屋の客間に案内した。
俺達はそれぞれ客間に正座して座ると横から寺平がコソっと俺の耳元で
「すっげーイケメン君っすよね!!俺ここに来る前にチラッとツイッターで検索して調べてきたんすけどすげー女の子達から人気でよく相談とかで訪れる子達が多いみたいっすよ。」
と言ってきた。俺はツイッターが疎いからこういう風に行動をしてくれる寺平には本当に感謝している。だがイケメンが出て来たから興奮をしている寺平に落ち着けと軽く拳でげんこつをする。寺平は痛くないのにオーバーに「いてぇ」と身体をよろけさせた。
俺達がそんなやり取りをしている中にお茶が入ったコップをお盆に乗せてイケメンが部屋に入ってきた。
俺達はそのイケメンの目線を感じて同時に黙る。寺平もさすがに緊張しているのか姿勢を元に戻してイケメンが置いてくれるお茶にお礼を言っていた。
イケメンは俺達の前に正座をすると
「七星京采(ななせ けいと)です。本日はわざわざお越しくださり有り難うございます。」
と言った。無表情だが優しくて頼りになる声をしている。
「いえ、こちらの方こそいきなり押しかけてしまいすみません。」
と答える。俺はこのイケメンが本当に霊媒師なのか疑問を抱いていた。霊媒師という時点で俺は信じられないのだが俺の娘とさほど変わらない年齢の子が霊媒師なんてと思いながら今回の事件について話をする。
「先日起きた事件を知っていますでしょうか?」
「一家殺人事件ですか?」
「はい。若い夫婦が惨殺された事件です。その事件が怪異ではと我々は思い今回ご相談したくこちらにお伺いした次第です。」
「そうでしたか。事件の事は知っていますがどのような事件なのかは詳細は分からないので教えて頂くことは可能でしょうか?」
と言われる。俺は報道で流されている事を話す。七星さんはメモを取る事無く俺の顔をジーと見つめて聞いてくる。頷きも少ない彼だが何故だか彼は真剣に俺の話を聞いているのが伝わってきた。
話し終えると七星さんは
「なるほど。」
と小さく呟くとお茶を一口飲んだ。俺も真似してお茶を飲む。一気に話しすぎて喉が渇いたのだ。暫く七星さんは考えると
「この話は今の俺ではどうしようも出来ないので姉を同席させても宜しいでしょうか?」
と言った。この人に姉が居るのかと思い、どうぞと言うと七星さんはポケットからスマホを取り出して何処かに電話を掛け始めた。
「お姉さんも美人さんなんですかね。」
と関係の無い話をしてくる寺平に俺は軽く後頭部を殴った。
暫く電話をした後七星さんが電話を切りスマホの画面を閉じると座り直して俺達の事をジッと見てきた。
「今姉に電話した所用事が済んだのですぐに帰宅するとの事なので30分程時間を頂いても宜しいですか?」
と聞いてくる。俺達は頷くと有り難うございます。と言って部屋の外に出て行ってしまった。
俺は七星さんが部屋を出た後に緊張が解れるのが分かった。寺平も同じなようで足を崩しながら
「イケメンの迫力なんですかね~」
と言ってきた。俺は寺平が言うイケメンの迫力とは違う何かを七星さんから感じていた。
30分くらい経過した頃に玄関を開ける音がする。
可愛らしい鈴のような声で
「ただいま~」
という声がする。
すぐに七星さんがその人に駆け寄り
「お帰り姉さん。お疲れ様。」
と言った。先程まで俺達に向けていた声のトーンが余りにも違いすぎて俺達はチラッと玄関の方を見た。
すると七星さんと一緒に一人の女性が現れた。
その女性はハーフ顔で妻と娘が夢中で見ていたディズニーの実写版の美女と野獣に出てくる主人公の女の子にそっくりだった。
日本人とのハーフのような綺麗な顔立ちの女性が俺達を見ると笑顔で挨拶をしてきた。
「お待たせしました!」
という声に寺平が息を飲むのが分かった。チラッと横目で見ると寺平は完全にときめいた顔をしている。確かにこんな美人を見たらときめくのも仕方ないのかもしれない。
お姉さんは先に手洗いうがいをした後に弟から客間の外で話を軽く聞いていた。
暫くコソコソと洗面所で話しているのが聞こえたが暫く経ってお姉さんが部屋に入ってきた。
「長らくお待たせしてしまい大変すみません。今弟から軽くですが今回の相談事について話を聞きました。」
と言い出した所に七星さん(弟)が部屋に姉の分のお茶を運んできた。
テーブルに置くお茶を見て弟にありがとう。と言う姿に弟はニコッと笑って返事をする。先程までの無表情さは全く無くなっていた。
「それで今回の話なのですが、何をどうして欲しいのかお伺いしても宜しいですか?」
とお姉さんが聞いて来る。
「今回の事件を解決すべく協力をして頂きたいのです。」
と言うと
「そうなんですね。協力というのは何か不明な点でしたり、何か不可解な事が事件現場にあるのでしょうか?」
「はい、遺体が余りにも人間の仕業には考えられないような状態でして。」
「もうご遺体は火葬されてしまったのでしょうか?」
「いちおう死亡解剖をしてもうこれ以上は調べるところが無いと鑑識が判断し今は火葬してご両親の所にまだあるかと思います。急な出来事ですのでお墓に今は入られているかは分かりません。」
「そうですか。分かりました。今回の事件についてはきっとそちらに行かないといけなくなると思います。特に事件現場を拝見させて頂けたらとても違うかと。」
「上の者に協力許可を得ますので許可が下りましたら大丈夫です。」
「それは良かったです!それでは早速一つの問題については解決しましょう。」
と掌を顔の前にパチパチと軽く叩く姿は一見愛らしいが一つの問題を解決をするとはどういう事か。俺達は戸惑っていると
「彼が持ってきた紙袋の中身を見せて頂けませんか?」
と聞いてきた。
寺平は急に指名されてフヘ?と変な声を出しながら紙袋を机に置く。俺はすぐに
「すみません。これ今回の事件の証拠品なんでこちらの手袋を付けて頂けますか?」
と言い白い手袋を渡すとお姉さんが笑顔で手袋を受け取り素直に着けてくれた。
「少しブカブカですねっ!」
と言ってその場の雰囲気を和ます姿に完全に寺平は恋に落ちた顔をしていた。
そんな姉の行動に微笑みながらも先程から寺平を鋭い目つきで睨み付ける弟の姿が姉の斜め後ろの背後から見え俺は何故か仲間外れにされている気分になった。
暫く姉は手袋越しで絵を色んな角度から見る。
「なるほど~。この絵を額縁から出しても大丈夫ですか?」
「えぇ。もう鑑識は終わっている物ですし空気に触れても大丈夫かと。」
「有り難うございます。」
と言って額縁の留め具を優しく外す。
その仕草も品があって姉が持っている絵が何か特別な絵のように思えてきた。
「やはり。」
と姉はその絵を見て動きが止まる。
「こちらの絵についてですが、二枚重なって居るようなんですが剥がさせて頂くことは可能ですか?」
「え?」
「この絵が一見一枚に見えますが、ほんの少しだけ違う感じがして今横を見たら本当にわずかですがもう一枚重なって居るのが見えたので。」
と言う。俺は急いで
「鑑識の者に確認するので待ってて貰ってもいいですか?」
と言い部屋を後にした。鑑識の伊藤に電話をすると何コールかした後にガラガラで眠そうな声で出た。
「宮内さんどうしました~?」
「おい、あの寺平に渡した絵のことだが・・・」
「あー、今日朝一番にそちらの寺平君が持って行った絵ですね~。それがどうしました~?」
「どうしたもこうしたもんじゃねー!」
「と言いますと?」
「今霊媒師という人の家に来ているんだがその絵が二枚重なっているって言うんだ。」
「ふーん、なるほどね。それ確認した?」
と言われて俺はハッと気が付き寺平に
「その絵本当に二枚か確認しろ!」
と言うと寺平は先程のデレーとした顔を引き締めて手袋をはめると姉から絵を借りて色んな角度から見る。暫くすると
「宮内さん、ここっす。ここが少しズレてます。」
と言う。俺は通話状態のまま客間にまた入り寺平が指している所を見た。
良く見ると若干だが紙の厚さで陰が出来ている。
「伊藤、俺も今見たが確かに二枚になっている。どうする?一度持ち帰って鑑識するか?」
「んーそうだねー。その絵特に気にしてなかったけれど宮内さん結構気にしてたでしょ?そういう刑事の勘って当たるからねー。」
と言って電話を切った。
俺はまた電話を掛けた。その相手は俺の上司だ。
上司に今の現状を伝えると
「どうしてそこまで行動するのに俺に判断を聞かなかったんだ。」
と言われたが特に何かを言われること無く七星姉弟を事件の参考人として事件解決に関与する事を認めてくれた。
俺はすぐに部屋に戻り七星さん姉弟にそれを伝える。
姉は「すぐにでも行きましょう。」と言ってすぐに立ち上がり出かける準備をする。
弟は姉が行くならと言う顔で着いてくる。寺平と俺は急いで証拠品を紙袋に戻し家を出た。
鑑識の伊藤が白いワンピースを着た女の子の絵を何度も光に照らしながら手袋をはめた状態で見返す。
なかなか見つからないようだったが暫くして
「ここか。」
と言ってピンセットを使って綺麗に剥がす。
ペリペリと言いながら絵が剥がされていく。その光景を俺達は見守る。ゆっくりと剥がされた絵ともう一枚の紙が出てきた。全員がもう一枚の絵を見て息を飲んだ音が俺以外にも聞こえた。
もう一枚の絵にはビッシリと髪の毛と赤黒い文字が書かれていたのである。
髪は誰の髪か分からないが真っ黒の髪の毛がビッシリ紙一面に敷き詰められている。そしてその上から赤黒い文字が書かれている。
髪の毛にベッタリ付くのを見て全員が言葉を失う。伊藤はその紙をそっと起き光で照らしながら他に何か無いか必死に探している。
俺と寺平は何も言えなくなっていた。想像を越した出来事を理解するなんてすぐには無理だと思っていると、七星さん(姉)が俺達の空気を壊した。
「やはりそうでしたか。」
「え?」
と寺平が俺よりも早く反応する。俺は七星姉弟を見た
姉弟は俺達と違って真剣に絵を見ている。
「最初弟から電話が来た時電話の向こうから何か聞こえてきていたんです。木々達も騒いでいましたし、それで急いで帰ってきたのです。」
「何かとは?」
「電話の向こうから誰かを呼びながら探している声が聞こえたものですから、弟にどなたか迷子の子が居るの?と聞いたら刑事さん達以外には近くにはいらっしゃらないという事と今回は家で出来るお祓いでは無いこと、また弟が私の力が必要だという事を伝えてきたんです。」
俺はあの家で姉を待っていた時の事を思い出したが声など俺達がヒソヒソ話していただけで他にはして居なかったし、姉と電話していた弟は俺達が居た部屋から出て少し距離があったはずだ。それなのにこの絵から声が聞こえたというのか。俺は霊媒師なんて正直会ってもすぐには信じて居なかった。いや今も信じているのか言われると難しく、娘が教えてくれた情報だったとはいえ未だに信じるのはと思っている。
しかし、この絵には長年刑事としての勘が働き俺は何かあるのでは無いかと思っていたが他の奴らは全く気にしている素振りが無かったのだ。それが当っていた事に俺の勘が当たっていた事に対する嬉しさとこの奇妙な絵が何をしてくるのだろうかという見えない何かがその絵から溢れ出ているような気がして肌寒く感じた。
寺平も同じ気持ちなのか顔がまた真っ青になって伊藤が他に何か無いかと探していたのが見つからなかったのか静かに机の上に置いたのを見届けていた。
すると背後から力強い声がする
「宮内、寺平何か見つかったか?」
と上司と同じ班の奴らが一緒に扉の所に立ってこちらを見ていた。
俺は何が何だか分からないが俺が説明しなければ寺平にはもっと無理だろうと思い今起きた絵を驚きと恐怖で動かなくなった身体を動かして説明する。
上司は冷静だったが班の奴らは俺達と同じ気持ちなのか顔が真っ白である。そうでなくてもここ連日の捜査に疲れ目にはくっきりとクマが出来て不健康に見えるのに余計に体調が悪そうに見えた。
「これはどういう事だ?」
と上司が俺達を通して伊藤に問いかける。伊藤は少し咳払いをした後
「絵画が二枚に重なっていると言われたのでもう一度詳しく見た所丁寧にきっちりと二枚の紙が重なっていてピンセットで剥がした所このような人間の毛髪のような髪の毛と共にベッタリとした絵の具なのか血なのか分かりませんが上から塗られているというのが見つかりました。今他の者に毛髪が人間の物なのか調べて貰って私はこの赤黒い色が何かを調べます。」
と言って伊藤は作業に入った。俺達はその姿を見届けて部屋から出る。廊下に出ると班の一人が俺達にコソッと耳打ちする。
「その人達誰だ?」
と言い班の奴らにも上司にも七星姉弟を紹介していない事に気が付いて
「この人達は霊媒師の七星さんでご姉弟で活動されています。」
と上司を見ながら班の奴らにも分かるように言うと七星さん(姉)が一歩前に出て
「七星柑奈(ななせ かんな)と申します。また弟の七星京采(ななせ けいと)です。ご挨拶が遅くなり大変申し訳ございません。」
と言ってお辞儀をする。その所作に惚れるように班の奴らは先程までの顔色がすっかり元に戻りむしろ頬がピンク色になって不健康そうな顔色が急に健康的に変化した。上司は姉弟を見比べて
「似ているようで少し違うんですね。」
と言った。どういう意味なのかは俺達は分からなかったが
「私達は腹違いなのです。弟は私達の父親似で私は実の母に似ていると言われます。」
「そうでしたか、知らずとは言え失礼な事を申し上げました。」
とペコリと頭を下げる上司に軽く胸の前で両手を小さく振りながら
「そんな!隠している事でもありませんしお気になさらないでください。私達は事件について力になる事があるのであればと思ってここに来ただけですので。」
と言う。
「なんて心が広くて美人なんだ!」
と訳が分からない事を言う寺平を班の奴ら全員で軽く殴ったが俺だけは少し力を入れて寺平の背中を殴った。
「いていてっ!DVっすよ。」
と膨れっ面になる寺平に先程の絵画に対する雰囲気が一気に柔らくなったが寺平は
「さっきの俺達が七星さんの家に行った時にどんな声が聞こえたんすか?」
と話を元に戻した。俺達は一瞬は気が紛れたがまた気持ちを引き締めて姉の柑奈さんの顔を見た。上司はどういう事なのか分からないのか
「どういう事だ?」
と聞く
「私が先程刑事さん達が訪問してくださった時に弟から事情を伺っている際に女性の声が電話の奥から聞こえ誰かを探しているようでしたので、何事かと思って急いで帰宅しましたら刑事さん達しか家に居りませんでしたので。」
と言う。
「何か音楽を流していたりとかはしていなかったのか?」
と上司が俺と寺平に言うが寺平が顔を思いっきり振りながら
「そんな事絶対してないです!」
と言う。俺も同じだったので寺平の意見に頷きそんな事はしていないと上司に目でメッセージを送る。俺達の意見が一致したのを見て上司は頭を片手で抱えながら
「こういうのは、まぁ事件現場でも耳にすることはあるけれどな。ただ俺は初めて今そういうのを経験して正直困惑している。それでその絵に沢山人間らしき物の髪の毛があったと。」
俺達は上司の言葉に言葉が詰まる。犯人の目星が人間であって欲しいと思っていたがここまで来ると見えない何かなのではと考えたくないモノが犯人な気がして気持ちがモヤモヤし、被害者の事や残された遺族を考えるとやるせない気持ちになる。
「とりあえず、明後日ある捜査会議に七星姉弟に出席して貰って話を聞いて貰った方が良いのでは無いか?」
と上司が言い出す。こんな自称しかないかもしれない人達を捜査会議に参加させるのか?とその場に居た者は口に出さずとも全員が思っていただろう。
七星姉弟をチラッと見ると二人共何を考えているのか分からないような無表情な顔をしている。班の一人が柑奈さんに
「結構グロイと言いますか酷い現場で捜査をしている刑事でも結構精神的に来る事件ですが大丈夫ですか?」
と聞くと柑奈さんは弟の京采さんを見ながら
「京采は大丈夫?私は先程の声を聞いてしまったからあの絵をどうにかして差し上げたいのだけれど、貴方は無理しなくても良いのよ。」
と言うが弟は横に顔を振りながら
「俺は姉さんの傍に居たいから良い。姉さんが警察に協力するなら俺もする。」
とまるでお母さんから離れたくない小さい子供のような事を言い出し俺はこんな大学生にもなって姉離れが出来ていないのかとイケメンと男でも釘付けになるような顔立ちをしているのに残念な性格なのかもしれないと思った。しかし、姉は気にしていないのか
「京采がそう言うのなら良いわ。でも何かあった時は必ず自分だけを守りなさい。今回は死人が出ているのよ。何が起きるのか私でも分からないわ。でも貴方の事は必ず私が守るけれどももしも私が何か起きた時には必ず自分の事を考える事。それを約束して。」
と指切りをするように小指を立てて弟に向ける。弟の京采さんは何か言いたい事があったのだろうか少し何かを言いかけては姉に言っても仕方が無いという顔で力を抜きながら指切りをした。
そんな姉弟のやり取りを俺達刑事達は見守っていた。
七星姉弟が捜査に加わるという話は会議の始まる前に指揮を取っている先輩刑事達が言うとあちらこちらから
「霊媒師?嘘くせーな。」
「いきなり霊がとか変な事抜かすなよ。」
「訳分かんねー奴連れてくんな、捜査の邪魔だろ!」
という怒号が上がるが七星姉弟を見てその声がピタリと止む。まぁ皆あまりにもの美男美女に驚いたのと若い人だという事に声も出ないのだろう。中には一目惚れでもしているような顔をしているのも居るが隣に居る寺平においては姉の柑奈さんの顔を見てデレデレと鼻の下を伸ばしていた。これだから男社会はと思ってしまう。
そんな俺達の目線は気にしないのか慣れているのか七星姉弟は皆の前でお辞儀をしながら
「今紹介をして頂きました姉の七星柑奈(ななせ かんな)と腹違いの弟の七星京采(ななせ けいと)です。微力ながらではございますが皆さんの捜査を邪魔しないように協力出来ればと思っております。宜しくお願い致します。」
と言う。その姉の姿を横に弟の京采も礼をする。
俺達はその姉弟の姿に圧倒されたのかそれとも姉の所作が美しかったからなのか分からないが文句を言う人が誰も居なくなった。
そして捜査の情報が次々と発表が行われる。
夫 陽一は真面目な性格で他に女性の影が無い、元恋人とも円満に別れ元恋人にはもう次に恋人が居り陽一の事は殺害されたというのは悲しい出来事だが今は別れてから連絡を取っていないとの事、また妻 妃菜は恋人が居たのは高校生の時らしくその人はもう結婚しており今は海外に住んでいる事が分かった。連絡を取った所最近は勿論の事連絡先を消してしまったので知らないという事と今回の事件を捜査で知りかなりショックを受けている様子だったと他の班が発表する。俺達はそれを必死にメモを取る。
また暴力団関係についてはまだ確実では無いが関わっているという話は今の所見つかっていないとの事。ローンを組んだ会社もきちんとした所で闇金に手を出したり陽一、妃菜の周囲でもそんな人物が居る気配も無かった。
人間関係において妃菜は殺される半年まえから変な姿が目撃されている。
それは俺達の班が調べたお札を売っている神社や寺でもの凄い形相でこのお札の効果について聞いてきたりはあったようで妃菜の写真を神社や寺に居る人達に見せたところ数人がこの女性を覚えていると話した。
また、職場でも度々トラブルがあり妃菜が突然着替え室で急に怯えたりという行動はあったが特に人に八つ当たりをするという事が無かったので仕事と家庭で疲れているのだろうとしか思っていなかったと妃菜の後輩にあたる人達が次々と証言した。
実際にお客とのトラブルで俺達が見たあの動画のYouTuberに連絡した所、動画を例の動画をすぐに送って来てくれた為音声を担当している鑑識がパソコンを使って妃菜が何を呟いているのかを音声拡大をしたところ
「ママはここに居るよ。大丈夫居るから。ね?そんなに大声出さないで?大丈夫、もう大丈夫。」
と言っているのが分かった。
その音声を鑑識流し他の刑事も俺も
「妻 妃菜が妊娠していたという事は無いのでしょうか?」
と疑問の声が上がる。
二人の両親を調べた班がその言葉に応え
「妻の妃菜のご両親は父は会社員、母は専業主婦ですが特に娘からそのような事は聞いていなく、家に遊びに行った際でも変わった様子は全く無かったそうです。また夫の陽一の父は家の造る為の柱を造る工場の社長をしており妻はその工場の経理をしているとの事で特にお盆に妻の妃菜を連れて帰省した際にも変わった様子は無かったと証言を得ています。」
ここまで出て来ると知り合いとの人間関係に問題が無いこともさながら妊娠説も低いのかもしれない。つわりのような体調を崩している様子も結婚生活において悩んでいる姿も妻の母親はよく夫婦に会ったり娘と会っていたが無かったと言う。
もし妊娠していたら妻の母親には言うのでは無いだろうかという結論が出た。
また遺体について分かった事は内部からの破壊に近いとの事。
「どういう事だ?」
と遺体解剖について説明途中に他の刑事が話を遮って質問をする。
「妻の妃菜に関して自分を抱きしめるように腕が潰れていましたが、腕には潰された時に出来る内出血や骨の折れ方からして内側から腕が少しずつ潰れたと考えられます。また妻の臓器でしたが綺麗に胃から大腸までくり抜かれており切り口も綺麗な刃物で切られていたのが分かりました。しかしその臓器を取り出した形跡が無く忽然と丸々消えたような遺体でした。夫の陽一ですが腕の骨も鈍器で殴られて出来たような外傷はなく内側から爆発したような骨の折れ方をしていて舌ですが妻の臓器を切った物と同じ刃物を使用してか切り口は全く同じでした。」
そう話が終わるとザワザワと周囲がそれぞれの席に座ったまま話始める。皆暴力関係か誰かによる殺人だと思いたい反面この殺しは普通じゃ無いことを突きつけられて混乱しているのだ。
続いて鑑識があの絵画について話始めた。
「夫婦の寝室のクローゼットの中にお札の下で飾られていた絵画ですが宮内さんと寺平さん、また霊媒師の方達によって二枚の紙が重なっていることが分かりました。
この絵を剥がすと一枚の画用紙にそれぞれなり、絵の色からは判別出来なかったので見逃していましたが人間の毛髪が一面に貼られていることが分かりました。ただ髪の先を切った物らしく毛根は無くハサミのような物で適当な長さに切られているのが分かり、とくに几帳面に切られたという点はありませんでした。赤黒い文字に関しましてこちらは人間の血で間違いありません。ただこの絵の一枚目と二枚目の用紙は少し違く一枚目の方が少しザラつきかんがあり画家のこだわりの用紙のようでしたが二枚目は表面のザラつき感が抑えめの用紙でスルスルと絵の具で書けそうな用紙でした。」
絵画については俺達は知っていたが一枚目と二枚目の用紙が違う事に対して絵を描いた人物の嫌がらせだと思っていたのでもしかしたら一枚目は画家でその絵を利用して違う人物が嫌がらせした可能性が高いのではと俺は思った。
するとこれから俺がやらなくてはいけない事は絵画が何処で買われた物かによる。ただ絵画のエノグチに関しては調べが終わっており、日本を拠点に個展の一部を借りては絵を数枚販売している画家で特に今回の被害者と関係は無い事は分かっている。ならばそのエノグチの絵を誰が購入したのか調べられるかもしれないと思い俺はメモに思った事を書く。
そんな時に霊媒師の姉、七星柑奈が手を挙げる。
「発言をしても宜しいでしょうか?本日お話をお伺いしまして大変良く事件について理解が出来ました。」
と言ったのだ。この言葉に他の刑事が野次を飛ばす。
「おい!ねーちゃん!俺達は必死になってこの情報を集めたんだ!こんな訳分かんねー状況で何が理解出来たんだ!言えよ!」
と言う刑事に向かって柑奈さんは怒ることも怖がることもせずただニコッと笑う。その隣では弟の京采さんが野次を飛ばした刑事を今すぐにでも殴りそうなそんな殺気に満ちた目で見ていた。そんな姉弟の対称的な態度に他の刑事も含めて俺もペンが止まり姉弟を黙って見ることしか出来なかった。
「確かに皆さんが一生懸命調べてくださったお陰でここまで情報が集まった事に対してさすが刑事さん達です!と尊敬でしかありません。ただ私が分かったのは今回の事件を解決する為に必要な事です。」
「事件解決だと?」
と他の刑事がまた口を出す。
「はい!そうです!」
とその刑事に対して笑顔で答えると部屋全体の人の目を見ながら柑奈はこの場に似合わないような優しい表情で
「この事件解決に必要な事は事件現場に今回被害者のご両親がそれぞれ被害者の骨壺を持って来て頂きお話をする事かと。」
と言った。
その言葉に失笑する者も居れば呆れたと言わんばかりに馬鹿にする人も居たが寺平だけは違ったらしく急に立ったかと思うと
「それは良い案だと思います!」
と言い出した。俺は咄嗟に寺平を椅子に座らせようと静かにしろと言いながらスーツの裾を引っ張るが寺平はキラキラした目で
「何すか?だってここに居る全員が本当は分かっていることじゃないすか。これは人間が殺したにしてはやり方が説明出来る事じゃないっすよ!あれすか?ドラマみたいに誰か適当な人間を犯人にするんすか?」
と興奮して俺に向かって言い出す。
「そんな事誰も言ってねーだろ。」
と言うと
「じゃあ宮内さんはこの遺体に対して変だと思わないんすか?なんで被害者は無抵抗で惨殺されたのか。また恨みや憎しみの人間関係に目立った問題は無く、今回の遺体はどう見たって憎しみと恨みがめっちゃあるようにしか思え無いっす!それに絵だって宮内さんめっちゃ気になってたじゃないっすか!!!!」
と大きな声で駄々をこねる子供のようにして言った。俺は
「確かにそうだが・・・」
とそれ以上の言葉が出なかった。俺は周りを気まずく見渡すと皆が俺達に注目している。これは俺が何かを言わないといけないのかとまた寺平の顔を見ると捨てられた子犬のような顔をして見てくるので溜め息を着いた後
「俺からも七星さんのやり方を一度試して良いと思います。正直俺自身もこんな遺体は初めてですし、今の状態ではグルグルと答えが無い答えを探しているようで良くないかと。ただ七星さんには申し訳ないのですが、こちらも刑事として物的証拠が無い限り事件は解決出来ません。なので霊媒師の考え方とは別行動に他の思い当たる節探し捜査するのはいかかでしょうか?」
と言うと先程まで俺達に注目していた刑事達がそれぞれ顔を見合わせてボソボソと何かを言っているが
「俺達の班は全員宮内と寺平の意見に賛同します!」
と同じ班の奴らが次々と言ってくれたお陰で仕方ないという空気になり指揮を務めている刑事も最後は認めてくれた。
結果俺と寺平は霊媒師に同行、同じく賛同してくれた班の奴らは絵画の購入した時期と購入者の特定、また他の刑事達には被害者のご両親との関係をもう一度調べること、時期的にいつ頃から急に妻の様子がどのように変になり本当に妊娠の可能性が無いのかを徹底的に証拠を含めて捜査する事が決まった。俺は捜査会議が終わってから椅子の背に思いっきりもたれかかり溜め息を着いて天井を見る。俺としたことが若者に上手く乗せられて訳が分からない所に捜査をしなくてはいけなくなった。
俺は刑事なってこんな経験をする事も自分の意思で選んだ事も想像していなかった。きっと前の自分だったらこんな事を認めていなかっただろう。意地でも証拠を見つけて犯人を捜していたに違いない。
そんな俺の横で
「初めて霊媒師の力を目の前で見れますね!」
とウキウキしている寺平を見て俺はまた大きく溜め息をついた。
俺と寺平は事件現場に車で向かう。事件発覚日から一度も俺は行っていないのであの時の光景を思い出しながら運転をする。
寺平も珍しく緊張しているのか現場に着く時まで一言も俺に話掛けてこなかった。
現場に行くと立ち入り禁止と警察官が家の前に立っていた。
俺達は車を止めた後に暫く被害者それぞれのご両親と霊媒師を待った。
待ち合わせの時間に近づき被害者のご両親がそれぞれ骨壺入れた袋を大事に抱えながら現場に歩いて向かってくる。
ここまで来るのにどんな気持ちなのかを考えるとこんな事をしてて良いのかと焦る気持ちもあるが俺は黙ってこれから起きる事を見るしか無いと思った。
そして待ち合わせ時間から5分くらい遅れて七星姉弟が現れる。霊媒師と言うのだから何かしら特別な格好で来るのかと思っていたが弟はジーパンに長袖Yシャツ、姉は少し薄紅色のワンピースに上から白いぶ厚めのカーディガンを着て来た。
俺は全員が集まったのを確認して駐在している警察官に警察手帳を見せるて中に入れさせて貰った。家の鍵は俺が所持していた為鍵を差し込んで中に入る。
事件発覚当時とは違って静かな家に不気味さを感じる。
そうでなくても涼しいこの季節に家の中からそれ以上に寒い風が俺の身体を巻き付くようにしてくるのに身震いを感じながら俺は中に入った。
俺達は靴を脱ぎ中にそれぞれ入る。
何処に向かって良いのか分からず俺が柑奈さんを見ると俺の視線を感じたのか
「リビングに入ってください。」
といつもの笑顔が無く無表情にそう答える。
俺はその言葉に従いリビングに入る。リビングに入るとあの時の事が鮮明に浮かび上がってきた。寺平も同じなのだろうか青白い顔をして顔も強張っている。
ただ俺達とは対称的に日田陽一の母はリビングに入るなり泣き崩れてその場に座り込みそうになるのを必死に父親が支え、日田妃菜の両親はジッと娘の死んだ場所を見つめながら下唇を噛みしめて、娘が眠る骨壺を持った母親は骨壺を大切にしかし力強く胸に抱きしめて立ち尽くしていた。
そんなご両親達に七星柑奈さんと京采さんは俺達の横に来ると
「これからお祓いをしますのでもう少しだけテーブルから離れた所に居て頂けますか?」
と姉の柑奈さんに言われる。俺達は何が起きるのか分からなかったがとにかくそれに従わなくてはと思い俺が動こうとすると
「そういえば寺平さん、あの絵持って来てくれましたか?」
と柑奈さんが寺平に聞く。
寺平は先程までの青白く強張った顔をまだ保ちながらいつの間にか持っていた紙袋を柑奈に渡す。柑奈は袋を受け取ると手袋をはめた弟にその袋を渡した。
「本日は遠い所からお越し頂きましてありがとうございます。」
と柑奈さんがそれぞれのご両親に言う。
「本日、お祓いをさせて頂きます七星柑奈と申します。」
と言うと陽一の父親が
「お祓い?どういう事ですか?」
と聞いてきた。
「今回の事件について何処までお聞きになってますか?」
「それは今捜査中だけれども、息子と妃菜さんが残酷な殺され方をしたのは知っています。このリビングの椅子に座ったまま殺されていたと。」
と言いながら陽一の父は涙声になっていく。きっと自分の息子が殺された場所を見て想像してしまったのだろうかそれとも息子がここで殺された時に感じた痛みや恐怖を想像したのかはたまた息子を失った悲しみが一気に押し寄せたのかは俺には分からない。
「そうです。まさにこの場所でお二人は亡くなりました。」
という柑奈さんの言葉に陽一の母はその場に座り込み胸に抱く息子の遺骨を抱きしめて泣き始めた。俺達はただそれを見守るしか出来ない。そんな光景を目にしても柑奈さんと京采さんの表情は無に近く遺族に対する同情の気持ちが感じられなかった。
「苦しいでしょう。とてもお辛いでしょう。ただ未だに殺された二人は苦しみ続けているのです。お二人の為にも私と弟は今日ここに来ました。」
「娘がまだ苦しんでいると言うのか?」
と怒りを込めたような声で妃菜の父親が先程までの放心状態から急に強気の目に変わって柑奈さんを睨み付ける。しかし、柑奈さんは特に気にしないという顔で
「お母様方にご協力をお願いしたいのですが、お二人の遺骨をそれぞれ机の上に置いて頂けますか?その場所は最後に座っていた席の場所でお願いします。」
と言われそれぞれ戸惑いながら遺骨を机に置く。妃菜の父親は納得していないからかずっと柑奈さんを睨み付けていた。
「ありがとうございます。」
と言いながらポケットから緑色の珠々を出して左手に持つとジッと骨壺を机に置く母親達の姿を見ている。
母親達は骨壺を袋から出し、風呂敷でマトリョーシカのように自分の子供達に少しでも寒さを和らげようという母親の愛なのか何枚も重ねていたのを静かに取っていく。
風呂敷から出来てきたそれぞれの骨壺が机の上に並ぶと柑奈さんが呼吸を整え始めた。
暫く呼吸音が聞こえ珠々をあやとりのようにしてジャラジャラと言わせながら指に絡めては外すという仕草をする。弟はそんな姉を黙って見つめ遺族達は何が始まるのかとジッと静かに見つめ、妃菜の父も先程の怒りが消えてジッと真剣に柑奈さんを見つめている。
暫く珠々を鳴らした後柑奈さんが突然口を開いた。
「そうでしたか。」
という言葉に全員が呼吸も忘れる程固まって柑奈さんを見つめる。そんな目線を気にせず何かに集中する柑奈さんが誰かと話し始めた。
「とてもお苦しいですね。えぇ、聞こえています。見えています。大丈夫です。そこはともて苦しくて痛いのですね。お二人ともが今味わっている感覚を今私も同じ感覚を味わっています。とても痛くてとても寒い、冷たい苦しいそんな感覚ですね。でも大丈夫です。お二人がずっと声を挙げて教えてくれていたお陰で私がここに来てお二人の力になる事が出来るのです。」
とどうも被害者二人と話しているように骨壺をジッと無表情で見ながら珠々を鳴らして話す姿はとても奇妙な光景にしか思えない。何と話しているのだろうか?と俺はジッと柑奈さんの横顔を見ていると少しして柑奈さんの動きが止まる。珠々の鳴らす音が止まった後柑奈さんは骨壺に目を見開きながらそして口が少しずつ開いていく。骨壺に何かあった訳でも動いたわけでも無いのに急に会話と珠々の音が止まる。俺と寺平は顔を見合わせて何が起きたのか分からないという顔でお互いを見る事が出来ずその様子は遺族達も同じで何が起きているのかと言わんばかりにそれぞれが顔を見合わせる。
暫くして柑奈さんが珠々を鳴らすのを止めてチラッと陽一の母を見た。
「どうしてあんな事をしたのですか?」
と聞く。俺達は意味が分からないという顔で陽一の母を見た。陽一の母はまだ泣いていたのか涙をハンカチで拭きながら柑奈さんの方を見る。
「どういう事ですか?」
と鼻を啜りながら聞く陽一の母にもう一度柑奈さんは今度はゆっくりとした声で
「どうしてあんな事をしたのですか?」
と聞いた。ジッと口を力なく開き目も血走ったようにして開く柑奈さんの顔はいつもと印象が全く違う別人に思える程だ。
「だから何のことよ!」
とそんな柑奈さんにイライラしたのかハンカチを強く掴みながら大きい声で言うのに対して柑奈さんは冷静だった。
「分からないんですか?今回貴方の息子さんと妃菜さんをこんな目に遭わせたのは貴方ですよね?」
と言った。何の事か分からない陽一の父親と妃菜の両親はバッと陽一の母を見る。陽一の母は何か思い当たる節があるのか目を段々と開き涙をボロボロと流しながら
「知らない、知らない。」
と言い出した。
「おい、お前なんかしたのか?」
と陽一の父親は妻の肩を強く掴むと前後に揺さぶるようにして発狂に近い怒りの感情を込めて聞く。
「お前陽一に妃菜さんに何かしたのか!!!!」
と怒鳴られる陽一の母は夫の声に応えず柑奈さんの方を見る
「私は関係ない!なんで!」
と言う姿に柑奈さんは
「いえ、貴方ですよね?自覚ありますよね?」
と言った。その表情はとても冷たく氷の女王のように思える程の鋭く尖った氷を陽一の母親に突きつけるようにして話す。
「私は、私は・・・・」
「おい、何をお前はやったと聞いているんだ!答えろ!!」
「私は直接は何もしていないわ!」
と発狂しながら夫婦で言い合う姿に柑奈さんは口を閉じて今度は呆れた表情で陽一の両親を見た。
「えぇ、貴方は直接はしていませんが貴方の生き霊がしましたよ。」
と言った途端に陽一の両親の言い合いが止まった。
生き霊?
と俺は思った。何故ここに生き霊が関連するのか分からない。
「貴方、妃菜さんがお嫌いでしたでしょう。確か陽一さんのお父様は工場の社長をやられているとか。」
「嫌いじゃないわよ!息子が連れてきた子よ?それにお父さんの会社は関係ないでしょ?!」
と髪を振り解きながら発狂する陽一の母に柑奈さんは問いかける。
「いえ、嫌いだったはずです。だからこの絵を送られたのではありませんか?貴方の気持ちを込めて自分の髪の毛と血文字と一緒に。」
と言うと弟の京采さんが手袋を着けたまま紙袋から二枚の紙を出して机の真ん中に置く。
その絵を見た時に妃菜の母親が悲鳴を挙げ父親は言葉を失った。
「これは何だ?」
と奇妙な物を見るように絵と妻を見る陽一の父。
妻は絵を見ると更に目を見開かせ言葉に詰まった。
「こちらの絵ですが陽一さんと妃菜さんの寝室にありますクローゼットの中に飾られていたようです。」
「クローゼットの中?」
と聞き返す妃菜の父親に対して柑奈さんは無表情な顔に戻りながら
「そうです。警察の話だとどうもこの絵の上には沢山のお札が貼られていたとか。」
と言う柑奈さんの言葉に驚く妃菜の両親と陽一の父。陽一の母だけはまだ絵を見ていた。
「この絵が最初のきっかけだったのです。この絵は陽一さんのお母様が妃菜さんに送られた物で間違い無いでしょうか?」
と陽一の母に聞くとチラッと柑奈さんの方を見る。
「はい。」
と先程までの発狂していた力強さはどこに行ってしまったのかと聞きたくなるくらい力が抜け落ちたように話す陽一の母に驚愕する夫。
「お母様は陽一さんが旦那さんの仕事を引き継ぎ次期社長として一緒に居たかったのでしょう。その陽一さんが東京に出てしまいそこで就職してしまった。その事で何度も母親と喧嘩をしたと陽一さんが話していますが合ってますか?」
と聞く柑奈さんの言葉に驚きながら頷く陽一の母。
陽一さんが話していると言うのに対して俺は柑奈さんよりも机の上に並んである骨壺を見た。何もここに居る人達の会話も勿論だが骨壺にも変化は無い。どういう事なのかと思っていると柑奈さんは続けて
「そうでしたか、それで陽一さんが妃菜さんと結婚して東京のこの家を買った事へのプレゼントとしてこの絵を送ったのですね。自分の息子を東京に住まわせて自分の元から完全に奪った恨みを込め髪の毛と血文字を絵に貼って。」
と言うと陽一の母は柑奈さんをジッと見つめると静かに頷いた。
妃菜さんの父親はそれを見て一気に怒りの感情が爆発したかのように陽一の母親を殴りそうになりながら
「どうして娘にそんな物を送ったんだ!!お前のせいで娘が死んだ!娘を返せ!」
と叫び妻が泣きながら妃菜の父親を止める。
そんな光景と自分の妻が息子とその奥さんに対してそんな贈り物と感情を持っていた事を知らなかったという気持ちで混乱している陽一の父。
陽一の母はそんな周囲の様子を気にする事なく柑奈さんにボソボソと話し始めた。
「陽一は私の宝物。陽一はずっと一緒に居ると想っていたのに、急に東京で就職するなんて言うから。ずっと私に地元で就職すると言っていたのに急に東京に内定が決まったとお父さんと一緒に居る時に言い出して。お父さんが悪いのよ。ちゃんと陽一が地元で就職するか会社を継ぐように言わないから。
私は何度も陽一と話したわ。陽一には今までしっかり者に育てたのは私よ?陽一にお母さんの言う事を聞いてと頼んでも駄目だった。そしたら妃菜さんを連れて家に来たのよ。
ずっとお母さんは変な人と交際なんかして人生を壊されないように見張っていたのに私に黙って妃菜さんと付き合っていて急に結婚だなんて。」
「お前何言っているんだ?俺は陽一に会社を継いで貰おうなんて思っていなかった。それに東京に就職が決まったのを見てどうして自分の手元に置こうとするんだ。陽一もいい歳だっただろう?いつまでも子供じゃないんだ。それくらいお前だって・・・」
「そんなくらい分かってるわよ!!でも陽一は私が産んで育てたのよ?私の傍に居るべきだったのよ!!!」
と発狂する陽一の母。
「私はずっとあの子を大切に真っ直ぐに育って欲しかっただけなのに私を置いて東京で暮らすだなんて・・・・どうして私がすぐ駆け寄れない所に、遠くに離れて行くのよ。」
と泣き出す陽一の母に呆然と見る夫。
「それと妃菜は何が関係があるんですか?」
とこちらも涙を流しながら陽一の母を睨み付ける妃菜の母と父。
妃菜の母は
「そんなに陽一さんが大切ならどうしてこんな物を送ったんですか!妃菜を巻き込む必要があったんですか?貴方が陽一さんを大切に思うように私達も娘を、妃菜をとても大切にして育ててきたんです。それをどうして貴方が妃菜を・・・」
と言うと妃菜の母は父の胸に顔を埋めながら号泣した。
妃菜の父は妻を支えながら
「妃菜に具体的に何をしたんですか?絵に髪の毛を貼り付ける以外に何を他にしたんですか?どうして殺したんですか?」
と聞く。
陽一の母は顔を横に振りながら
「この絵しか私は送っても居ないし家にも仕事をしているから行けないわ。正月に来てくれる時にしか陽一にも妃菜さんにも会ってなかった。会わせて貰えなかったわ。二人共仕事をしていて休日に来る事も出来なかった。私は本当にこの絵を送った以外に何もしてない。本当に二人を殺してないわ。」
と涙ながらに訴える。
俺達は遺族達の知られざる姿に驚き言葉を失ってただ寺平とその場に立って見ているのがやっとだった。
そんな俺達を余所に
「いえ、貴方が二人を殺したのです。貴方が送ったこの髪の毛と血に込められた想いが貴方の代わりに二人を殺したのです。貴方が送った絵が来てから妃菜さんには聞こえない声が聞こえ苦しみその声から逃げる為に沢山のお札を買っては絵に貼っていたようです。妃菜さんはお義母さんに受け入れて貰いたかったという気持ちから絵に疑問を持ちつつも疑う自分を責めていたと仰っています。そしてお札を付けても付けても変わらない現状に妃菜さんは苦しみその妃菜さんを見て心配する陽一さん。今もこの状況を聞いて妃菜さんは驚き悲しみ、陽一さんは固まってお母さんの事を見ていますよ。」
そう柑奈さんの言葉に陽一さんの母はその場に崩れ落ちる。
「ただ私は陽一が傍に居て欲しかっただけなの。」
と泣き出す陽一の母に全員が言葉を掛けられずにただ立ち尽くしていた。そんな空気を壊したのは柑奈さんだった。
「そうですか。」
と何かとまた話し始めたのだ。
「どうしたんですか?」
と寺平が話掛ける。先程までと違ってもう顔色はいつの間にかいつも通りに戻り、強張っていた顔ももう無かった。
「本当にこのお二人は優しいお方ですね。今の話を聞いてもなお陽一さんのお母様を救いたいと仰っています。人を呪わば穴二つ。この言葉の意味通り誰かを呪えば自分にも必ず返ってくる。自分が呪いを掛けた事でお二人を呪い殺した陽一さんのお母様には必ずそれ相応の苦しみが来ます。もちろん最愛の息子さんを失った事への悲しみは相当の物でしょうが貴方が死ぬ時にはそれ相応の痛みと苦しみ、恐怖を味わうでしょう。それも息子さん達を殺した貴方の生き霊が返ってきて殺されるでしょう。しかし、お二人はその事を望んでいません。どうにかして助けて欲しいと先程から何度も私に話しかけています。正直私からすれば人を呪うのであればそれ相応の覚悟が無ければするなと苦しめと言いたい所ですし、妃菜さんは完全に巻き込まれただけです。妃菜さんの気持ちに同情したい気持ちでいっぱいですがお二人がそこまで言うのであればお祓いを致しますが。妃菜さんのご両親は如何致しますか?」
と妃菜さんのご両親に向かって聞く。二人は顔を見合わせて
「娘がそう望んでいるのなら。」
と言う。
「分かりました。陽一さんのご両親はどうしますか?奥さんの事を許せますか?」
「妻の事を許せるかは分かりません。陽一は私にとってもとても大切な息子です。その息子を奪った妻に対して怒りが無いかと言われたら無理です。どうしてそんな事が考えられこんな事が出来たのかと思うと本当に私の妻なのかと思うくらいです。それでも、それでも今ここに本当に陽一と妃菜さんが居て今までの話を聞いていた上で助けて欲しいと言うのならばどうか、妻を助けてやって欲しいです。」
と涙ながらに言う柑奈さんはその言葉聞きジッと陽一さんの母を見る。
「私に覚悟があって私の髪の毛と共に絵を送ったのかと言われたらありませんでした。ただ、息子をどうにかして取り戻したいという一心と妃菜さんに対して息子を取った憎しみもありましたが邪魔しないで欲しいという気持ちで送ってしまいました。その気持ちが、結果息子を、息子を、あんな目に遭わせ妃菜さんもあんな目に遭わせてしまった事自分自身が恐ろしくて堪らないです。救われて良いのかも私は分かりません。私は息子と妃菜さんを殺したのです。それで私だけ助かろうなんて。」
とまだその場に座り込んで涙をボロボロ流す陽一の母に
「分かりました。これから貴方に対してお祓いをします。」
「え?」
と陽一の母は顔を上げて柑奈さんを見る。
「貴方が助かりたいと言ったらどんなに陽一さん達がお願いしてきてもお断りしようかと思っていましたが今回は私が祓います。ただ二度と人を呪うという気持ち、行動を取らないでください。それだけは約束してください。」
と柑奈さんは言う。そう言うと柑奈さんは珠々をまたジャラジャラと鳴らし始める。
「まず陽一さんと妃菜さんが安心して貰えるように陽一さんのお母様の生き霊を祓いますので皆さんはもう少しお互いに寄って頂いて貰って宜しいでしょうか。今回の生き霊は人を殺しております。もう人を殺す方法ももう味わい普通の悪霊と違って自分の力の使い方を学んでいます。正直このお祓いをする際には何がこの家に起きるのかは分かりません。刑事さん達も出来れば遺族の方と固まってガラスが無い所に一緒に移動して居てくれませんか?」
と言う。俺達は遺族の方達の近くに行くとガラスが無い所が京采さんの傍にある廊下側の壁しかなかったのでそこに移動した。
「京采珠々出して。」
と柑奈さんは京采さんに言うと京采さんは黙って腕に付けていた小さい珠々を触り始めた。
「それではこれから陽一さんのお母様の生き霊をここに呼びます。陽一さんと妃菜さん、これからお二方が経験した事件当日の時をもう起こします。二人の苦しい痛かった最期の出来事が目の前でまた起きてしまいますが決してもう一度お二人に体験させる訳でありません。ただ当時の事を思い出させてしまうかもしれませんが耐えて頂けますでしょうか。」
と言う。暫く骨壺を見ていたと思ったら近づいて
「こうして手を繋いで居て頂けますか?」
と言うと柑奈さんは骨壺では無くて椅子に向かって両手をそれぞれ伸ばし手を広げて何かを掴むようにして自分の目の前に引き寄せた。
「そうです。やっとお二人が一緒になれましたね。後で皆さんにお伝えしますので大丈夫ですよ。今はもう一度あの時の事件当日の事を思い出しても私も弟も傍に居ますので心配しないで今は二人で手を取り合って一人では無いという事を忘れないその気持ちだけを持ち続けてください。」
と言うと俺達の方に身体を向けた。
「今から皆様には事件当日に今回の被害者の日田陽一さん、妃菜さんを襲った悪霊をもう一度この場所に呼びますので呼んだ後に何が起こるかについては私にも分かりません。人間を殺した味をもう一度味わいたいと思うかもしれませんし、人を殺す楽しみを味わおうとするかもしれません。ただ一つだけ皆様と約束致します。私の弟の京采が必ず皆様の事をお守りし私が弟の事も含めて命をかけて守ります。なので何がこれから起きてもパニックを起こして何処かに隠れたり今居る場所から離れたりせずに皆さんは固まってそこに居ててください。また霊が話掛けてきても返事をせず話さずそのままその場に居ててください。約束出来ますか?」
と聞く。俺達はこれから起きるのがどういうのか分からないがただ尋常じゃ無い事が起きるのは分かるが誰も何を答えて良いのか分からないのか黙って柑奈さんを見つめる事しか出来ない。俺は震えそうになる気持ちを抑えながら
「死人が出ては俺達刑事が困る。」
と言った。俺の声は震えていたのかもしれない、ただ刑事としてここに居る人達を死なせる訳にはいかない。俺の意地でもある言葉に柑奈さんは無表情だった顔をニコッと笑ったかと思ったら
「刑事さん達の為にも無事に生きなくてはなりませんね。」
と言った。俺達は少し心に光が見えたようにホッとした感情が心臓に風と共に入ってきたような気がした。
「姉さん。」
と一人俺達を守るという役割を与えられた京采さんが姉に対して不安そうに心配そうに声をかける。そんな弟を慰めるように柑奈さんは骨壺から京采さんの前に移動するとあやすようにソッと京采さんの頭を撫でた。
「大丈夫よ。大丈夫。姉さんは負けないわ。だから安心して集中しなさい。これは京采にしか出来ない事よ。分かった?」
「姉さんがそう言うなら、ただお願いだから無理しないで。怖いよ。」
「怖くないわ!私には京采が居て京采には私が居る。ね?怖くないでしょ?」
と微笑む柑奈さんの笑顔に少しホッとしたのか小さく頷く。その姿は小さい子が姉に慰められているようでこんなに背が高く立派な青年が姉に甘えているようで無表情の彼の姿には思いも付かない態度だった。
暫く京采さんの頭を撫でていたが京采さんが腕の珠々を触って構えたのを見て微笑んでいた顔が一気に無表情になる。そして京采さんの後ろに居る俺達に
「それでは始めますね。」
と言いまた骨壺の所に行き仁王立ちになり緑の珠々を左手にまた珠々を持ち先程のようにあやとりをする様にジャラジャラと鳴らし始め少し深呼吸をすると
「おい、お前さっきから近くに居るだろう?」
と今までの姿とは一変してキツい口調に低い声で髪の毛と血文字でいっぱいの絵に向かって話始める。
「さっきからこちらの様子を見てはクスクスと笑っているのが聞こえているんだ。気味の悪い奴だな。どうした?まだ何か面白いのか?」
と珠々を鳴らしながら言う。そして突然絵を見ながら柑奈さんはハハハハハハと口を大きく開けて笑い出し
「お前もしや二人殺して一人前になったつもりなのか?ハハッこれは滑稽だな。確かにお前は二人殺しているがそれはお前だけの力じゃ無い。陽一さんのお母さんの念い(おもい)が絵に込められたからお前が生まれその念いのお陰で殺せたんだ。お前にもう価値は無い。さぁどう出て来る。」
とニヤリとして今度はジャラジャラと珠々を言わせながら部屋のあちらこちらへと移動する。
「どうした、出てこないのか?私はここに居るぞ!どうした~先程までのお前の余裕さが無くなってきているぞ。ハハッ図星で怖いのか?」
と言うとミシミシと階段から何かが降りてくるのが聞こえてきた。
2階には誰も居ない。見張りの警察官にも今回の事を話して居て入らないようにして貰っているのだ。誰も居るわけが無いのに大きな人間が上からゆっくりと階段を降りてくるのが分かる。他の人達も同じで寺平は涙目になって俺を見てくる。俺も震えているのかもしれないがただ動くことも自分の事を気にする余裕も無く皆がそれぞれリビングの扉を見ている姿を見るのに精一杯だった。
ミシ ミシ ミシ ミシ ミシ
と少しずつ近づいてくる。リビングの扉付近に止まったのかそれとももう少し階段側に居るのか分からないが音が止まり柑奈さんが珠々をジャラジャラと鳴らす音が部屋中に響く。柑奈さんは小さく
「京采」
と呼んだ。京采さんはそれが合図のようにして珠々を触りながらお経を唱え始めた。
それを確認するとリビングのドアに向かって骨壺の傍から誰かを柑奈さんが呼ぶ。
「ねぇ、そこに居ないでおいでよ。あの時も二人を殺すためにここの部屋に入ったんだろう?必死にお前が来る事を拒否する二人をお前は襲い殺したんだろう?どうした。何故そこで止まる。入って来い。」
その声に反応したのかギギギギとリビングのドアが独りでに開く。俺達は息を飲んだ。母親達はそれぞれ小さく悲鳴を挙げたがすぐに自分の口を押さえて声を殺した。
何だ?何か居るのか?俺は一生懸命見るが何も見えない。しかしはっきりと何モノかがドアを開いたのは分かる。
「そうだ。お前さっきからずっとこっちを伺っていただろう?私ずっとここに来た時からお前の事は分かっていた。ただ、思っていた以上に小物だな。」
と言うとヤレヤレと言わんばかりに顔を振ると溜め息を着いた。どう見たってドア付近にいる奴はこういう経験が無い俺でも尋常じゃ無いモノでしか無い事くらい分かる。そいつにわざと喧嘩を吹っかけるように話す柑奈さんが怖く見える。霊媒師はこういうもんなのか分からないが俺には柑奈さんと何も居ないリビングのドアを交互に見る事しか出来なかった。
「どうした~そこで止まるな止まるな~!!ハハッ私を観察しているのか?それとも小物呼ばわりが図星で動けないのか?」
と言うと何かがまたミシミシと音を立てながら今度はリビングの部屋に入ってくる。
何が入ってきたのかは分からない、何も見えない。ただ京采さんのお経に一層力が入ったのは分かる。他の人達も同じなのか声を殺しながら音がする方を凝視していた。
「やっと来たか~待ちくたびれるかと思ったぞ。」
と笑いながら音がする方に身体を向けて珠々をジャラジャラと鳴らしながら何かに話掛ける。
「フフフ フフフフフッフフ フウウウウッッフ ッッッッッッッッッッッッッッフフフ」
という声が聞こえる。誰か笑っているのか?何かが頭上から笑っているのか部屋が反響してそう聞こえるのかは分からないが誰も笑っていないのに籠もった女の声が聞こえてくる。
「面白いか~そうか~」
と言いながら音がする方に一歩ずつ柑奈さんは近づいて行く。俺は危険だと思った、こんな異常なモノに自分から近づくなんてと思うが声が出ない。刑事として市民を守る為に警察官になったのに何かが起きてからでは遅すぎる。俺は動かない身体を動かそうとした時前にいたお経を唱えている京采さんが俺の前に立ちはだかり動くなと目でメッセージを送って来る。
俺はその目に動けなくなり大人しく見守るしか無い。
そんな俺達の事はお構いなしなのか柑奈さんはどんどん音がする方に歩いて行く。
「お前は何が面白いのか知りたくも無いがどうせ自分が強いと勘違いしているのだろう。だからお前は力を見せにここに今来たんだろう?あの日もそうだったな。二人がリビングの椅子に座るようにお前は頭の中をコントロールしたんだろう?・・・・そうかその前から妃菜さんに対して脳を弄っていたのか。だから彼女はそれを拒否する為にお札を買っては貼り付けていたんだな。妃菜さんが一人の時を狙って絵の裏側から声を掛けて存在に気付いて欲しくて何度も妃菜さんに存在を示していた。妃菜さんはそれに気が付くが陽一さんの母親が送ってきた物だから捨てる事も出来ずにお前を見ないという形でどうにかしようとしていたのか。なるほどな~それでお前はあの日に二人を惨殺したと・・・・・それで?」
と聞く。それまで何モノかの笑い声が聞こえていたのが柑奈さんの問いかけにピタリと止まる。
「それでどうしたいんだ?」
と柑奈さんはそこに何モノかの頭があるのか分からないが部屋から入ってきて数歩の所に居る何かに対して問う。
「コロス」
と何かが聞こえた。掠れた何か音がする。
「は?」
と聞き返す柑奈さんに何モノかがプツンと切れたかのようにして
「コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス コロス ココココッコココココココココッコ コロオロロロロロオロrコロスコロスコロス!!!」
と言い出した。俺は恐怖で腰が抜けそうになる。一気に部屋の空気が変わり殺気に満ちた空気になる。身体がいつの間にか震えている。
「そうか、殺すのか。私を殺したいのか?そうか~!」
と笑顔になる柑奈さんはもう不気味そのものだった。何故そこまでそいつを煽るのか俺には分からないそれにこれ以上煽って本当に殺されるかもしれないのだ。柑奈さんはそれを分かっているのだろうか?
「コロスコロスコロスコロスコロスコロスコココココk コココ ッッッッッッッッッkコロ コロスコロコロス!!!!!!!!!」
と発狂に近い声が響くのに対して不気味に笑顔を浮かべながら柑奈さんは
「無理だろ。」
と
言った。その言葉に反応してか先程の発狂が止まる。
「無理だろ。普通に考えて、お前生まれてばかりなのに私を殺せる訳がないだろう。後な教えておくけれども、人間の形をしていても大きいモノになればなるほど強いと勘違いしがちだが、実はそれはハリボテにしかすぎない。特にお前みたいにスカスカのモノに私を殺せる訳が無い。諦めろ。」
と言いその場から骨壺が置かれた机に移動して
「こんな雑魚が二人の大事な命を奪うなんて。お前はここに来て私を殺したかったのかもしれないが、逆にこの部屋に入ってきた時点でお前は終わりだ。ここから出られないし、お前を今から祓う。もうお前は終わりだ。」
と言うと今度は珠々をもう一度ジャッジャッと言わせるとまたジャラジャラさせてお経を唱え始めた。何か一点を見つめながら先程の不気味な笑顔から一変し無表情になる。
お経を唱えてまだ少しの時に部屋が大きく揺れ始めた。地震のような、震度5ぐらいの揺れに俺達は立てなくなりその場にしゃがみ込む。陽一の母と妃菜の母はそれぞれ手を取り合い必死に恐怖のこの現状を耐えている。寺平は腰はペシャンとなって鼻水まで垂らしながら悲鳴を挙げまいと必死に両手を口に当てて耐えている。俺は腰を抜かしたままそんな光景を見届けるしか出来なかった。
京采さんだけはこの揺れに耐えてずっと仁王立ちだ。柑奈さんも同じく仁王立ちでお経を唱えている。そんな揺れが1分か2分だっただろう。俺にはもっと長く感じたが多分現実的にはそれくらいの時間に違いないそれくらいの時間が経過して急に揺れが止まった。ピタリと止まった揺れに二人のそれぞれのお経が重なって聞こえてくる。静かになったのか?と思った矢先にリビングの食器棚に仕舞われていた皿が一気に飛んできた。俺達の方に飛んで来る皿に身を守る体勢をして抵抗する事しか出来ない。必死に皿が来ないように頭を守りながら耐えているとその皿の攻撃が止んだ。
頭を守っていた腕を解き周りを見る遺族を含めて寺平も頭を咄嗟に守っていたが怪我一つしていない。俺達の前に立っていた京采さんにも怪我は一つもしていないが何かを見て驚愕し顔がどんどん真っ青になっていく。
目を大きく見開く先には柑奈さんが仁王立ちで立っていた。
「姉さん!!」
と叫ぶ京采さんに俺は柑奈さんを見つめているとボタボタと赤い固まりが柑奈さんの足下に落ちる。
血の塊だ。俺は咄嗟に思い柑奈さんの傍に行こうとした。京采さんも同じ気持ちだったのだろう、動こうとしてその場から姉の方に重心を傾けた時に
「止めるな!!お経を唱え続けろ!!」
と柑奈さんの声が聞こえた。怒鳴られてビクッとした京采さんは心配そうな顔をしながらまたお経を唱え始める。
一方柑奈さんは呼吸を整えると
「まだ私は死なないぞ?どうした。これだけか?」
と言うとまたお経を唱え始める。柑奈さんの周りには皿が散乱していて粉々だ。そこを仁王立ちにしたままお経を唱えているが下には次々と血がボタボタと固まりのように流れていく。このままだと大量出血で死ぬかもしれないが俺は情けない事に動けずにその場に座り込んでいるだけだった。
暫くお経を唱えていると今度はドタドタと部屋の中を暴れ回る音がする。
どこから聞こえるのかその場所場所によって違い部屋の角から角へと蹴っては飛んでいるようにして何かがこの部屋で暴れている。
お経はそれでも止まず姉弟がそれぞれ珠々を持ち、姉はジャラジャラと鳴らしながら唱える。するとリビングの窓がガシャン!と割れその破片が空中に浮き柑奈さんの方に向いた。遺族の人達が悲鳴を挙げる。俺も危ないと叫び柑奈さんに避難するように呼び掛ける。京采さんは俺達を守りながらも姉の柑奈さんの方に行きたいのだろう片方の足に体重を掛けては飛び出したいのを必死に我慢しているのが分かる。
柑奈さんはそんな皆の心配を余所にお経を唱えて続けている。窓ガラスの破片が自分に向いているのが分かっているのだろうか、気付いていないのかもしれないが一心不乱に絵にお経を唱えていると柑奈さんに向いていたガラス達がバランスを崩すようにしてユラユラとその場に揺れ始めてガチャンガチャンとしたに落ちていく。その様子をチラッと柑奈さんは見るとお経を唱えながら髪の毛と血文字が書かれた絵ともう一枚の白いワンピースの女の子が描かれた絵を持つと台所の流しに行く。
その絵をそれぞれ手に持ったかと思ったらカーディガンのポケットからライターを出した。そしてその絵に火を付けると部屋中に悲鳴が響く。誰かが悲鳴を挙げている訳では無い、先程から攻撃をして来た何モノかが悲鳴を挙げて苦しんでいるのだ。その悲鳴が聞こえないという表情でお経を唱えながら絵を燃やし流し台に放り投げて珠々をまた鳴らしながら燃える絵を見つめる。
どれくらい時が経過したのか分からないが、悲鳴が小さくなり聞こえなくなり部屋の空気も殺気に溢れていたのが無くなり軽くなる。入ってきた時とは全く違った浄化された空気のように部屋中が軽く明るくなった気がする。
柑奈さんはジャッジャッと最後に珠々を鳴らすとお経を終わらせた。そのタイミングで京采さんのお経も終わりを迎える。
二人のお経が止まると柑奈さんが骨壺の方にゆっくり歩き始めた。周囲は皿の破片や窓ガラスの破片でいっぱいだがそれを気にしないという顔でその上を平気で靴下で歩きガラスを踏みながら骨壺の前に行くと、
「日田陽一さん、妃菜さん終わりましたよ。とても嫌な事を思い出させてしまいましたが大丈夫ですか?・・・・そうですか、良かったです。もちろん約束は守りますから、えぇ分かりました。」
と言うと今度は俺達の方を向いて
「陽一さんと妃菜さんの恐怖を体験した事についてお祓いをさせて頂きますので何かお二人に今伝えたいことはありますか?お二人の魂はもう成仏されますのでご心配されなくても大丈夫ですが今のままだと恐怖が魂にこびり付いてしまっていていつまでも苦しまなくてはいけないので。」
と言う柑奈さんの姿は皿や窓ガラスがお腹や胸に刺さっていて薄紅色のワンピースが赤く染まっていてお腹は広く血が広がっているのでかなりの深手を負っているはずだ、それなのに柑奈さんは顔を歪めずに遺族に最後の言葉を二人に投げかけろと言う。
遺族達は柑奈さんの姿を見て固まりながらもそれぞれの夫婦が目を見合わせ最初に口を開いたのは陽一の父だった。
「陽一、妃菜さんこんな怖い思いをさせてしまって申し訳なかった。二人をこんな目に遭わせてしまってもう取り返しがつかないのに謝罪しか出来ない俺を許し欲しい。」
と声を震えさせながら言う。
陽一の父が陽一の母の背中を軽く押すと妻は涙をまた溢れるように流しながら
「本当にごめんなさい。陽一、母さん自分の事を押し付けて陽一の事を沢山苦しめてた。母さんは自分の事しか考えて無くて陽一の気持ちを考えて無くて本当にごめんなさい。妃菜さん、私は正直妃菜さんに陽一を取られた気持ちでいたの妃菜さんが北海道に来て一緒に住んでくれるって言ってくれると思ってこの家で住んでいられないようにすれば傍に二人で来てくれると思っていたの。まさかこんな事になると思わなくて、謝ってももう二人に会える訳では無い大事な子を私は、私は・・・」
と泣き崩れる。そんな言葉を隣で聞く妃菜の母親は連れられて涙を流し
「妃菜、私にとっては最高の娘よ。それはこれからも変わらないわ。お母さんの子供に産まれてきてくれてありがとう。・・・・・・欲を言って良いのならもう一度貴方を抱きしめたい。私にとって宝物の妃菜、妃菜の笑う声が妃菜の声をもう一度聞きたいわ。お願いお母さんから離れないで。お願いだから戻ってきて。」
と号泣する妃菜の母を必死に支える夫である妃菜の父が
「妃菜、お父さんもお母さんと同じだ。俺達の所に来てくれて有り難う。妃菜、お父さんはずっと妃菜を想っている。妃菜がお父さんと言って呼んでくる声が今でも聞こえてくるよ。もう一度妃菜にお父さんも会いたい。妃菜の笑顔をもう一度見たい。情けないお父さんでごめんな。陽一君、妃菜を頼む。俺達がそっちに行くまで妃菜を守ってあげて欲しい。」
と頭を下げる。
柑奈さんはその言葉聞きながら台所に行きキッチンにある塩を手掴みすると陽一、妃菜がそれぞれ殺された時に座っていた場所に塩を蒔くように掛けるとそこに人型のようにして塩が浮いた。
遺族の人達が各々に
「妃菜!!」「陽一!!」
と叫び近づくがその塩で造られた人型は一瞬で消えてしまった。
ただ俺は消える前に見えたのは二人がずっと手を強く繋ぎ自分達の両親に柔やかに笑顔を向けていた。
塩は床や椅子、机にパラパラと落ちると跡形も無くなっていたので今見たのが現実かたまたまそう見えたのか分からないが先程経験した事から俺は実際にそこに陽一さんと妃菜さんが椅子に座っていたのだと思う事にした。
あれから数日が経過した。
俺達はあの後椅子に縋り付いて泣く遺族を慰めつつも柑奈さんの怪我を見るとお腹には沢山破片が刺さっていて一番深く刺さっているのもあったので急いで救急車を呼んだ。
京采さんは柑奈さんの様子を見て
「姉さんが死んじゃう!」
と取り乱して泣くのでそれまで椅子に縋り付いて泣いていたそれぞれのご両親達が京采さんの姿を見ては慰めるという状況に変わり柑奈さんはお祓いをしている時には感じていなかったのか苦しそうに痛みに顔を歪めながらその場に倒れ込みながら京采さんに
「大丈夫よ、心配しないで。」
と言って安心させようとしていたが京采さんの耳には入っていないのかパニックになっていた。俺は寺平に止血の応急処置をするように言うと玄関の外に居る警察官に話し掛けた。警察官は大丈夫ですか?とガラスの音と俺達の声が凄かったのか心配されたが俺は救急車が来たら案内するようにと言って中にまた入った。
寺平は止血の応急処置が終わったのか俺の傍に来ると
「宮内さん!」
と駆け寄ってきた何かあったのかと思ったら
「俺まだ震えてるんすけど、宮内さんはどうっすか?」
と先程まで鼻水垂らして号泣していたのがスッキリしたような顔で言ってくる。
「そりゃあれだけの事が起きたらこえーだろ。」
と言うとそうですよね!と言ってきた。
救急車は思っていたよりも早く来て救急隊が家に入ってくる。状態確認をするとすぐに病院にとの事であった。俺達は警察が管理する病院に連れて行くように指示をし救急隊はその大学病院に受け入れの電話をしていた。
そんな状況を見ながら柑奈さんが遺族達を周囲に集めた。皆京采さんの事を慰めるのに必死だったが救急隊が怪我の状況を確認され応急処置の様子を見られながら柑奈さんは遺族達を呼ぶ傍に行くと
「陽一さんと妃菜さんからの伝言を預かっていました。タイミングを逃してしまったのですがお二人と約束したので、お二人の願いは一緒に居ることです。今骨壺がそれぞれ違う所にありますがいつかは一緒に傍に居たいと。お二人はそう望んでいます。お墓の件に関しましては何も私からは言えませんがお二人の願いを聞いてあげてください。」
と言いそのまま意識を失ってしまった。
その後は遺族達がその願いを聞いて涙を流すのかと思いきや意識を失った姉を見て半狂乱になる京采さんを止めるのに俺達は必死になった。
俺は今娘が最近若い子に人気だという雑貨を持って病院の前に居る。
本当は菓子折が良いかと思ったが柑奈さんの怪我の状態は酷く深手を負っていたので賞味期限付きの物は返って迷惑ではと思い娘に相談した所最近出来た雑貨屋さんが可愛いというので有名らしいので柑奈さん達が使えそうな色を選んで購入し持った来たのだ。
俺は病院に入って部屋番号を確認しながら入院部屋まで行くと柑奈さんが入院している部屋の前にバラの花束を持った寺平が立っていた。
「お前何してるんだ?」
と聞くとギャーと叫び尻餅をつく。俺は冷ややかな目で寺平を見る。こいつの事なら何がしたいのか何しに来たのか手に取るように分かる。
「みや!宮内さん!!なんでここに?」
「何でってお前な~今日柑奈さんの退院日だろ。この間の礼をしなくてはと思ったのと今回の事件について報告しに来たんだ。それにしてもお前病院にバラは無いだろう。」
「宮内さん、俺にはこれから重要な任務があるんです!」
「多分、いや絶対嫌がられるぞ。」
「いえ、俺は伝えなくてはいけない時があるってこの間の事を体験して思ったんです!いつ想いが伝えられなくなるかもしれないなら後悔しない道を!俺は!」
と叫ぶので俺は無視して病室に入った。寺平は俺のその行動に
「あー!まだ心の準備が出来ていないのに!」
と叫ぶ。その声が聞こえたのかそれともその前から聞こえていたのかドアを開けるとそこには京采さんが居た。
ヌッとそこに立つ京采さんに寺平はもう一度悲鳴を挙げたので俺はうるさいと寺平の頭にげんこつをした。そんな様子が面白かったのかベッドの所で荷物を整理しながらフフフとコロコロした鈴のような声で笑う柑奈さんの姿があった。
俺は京采さんの横を通り過ぎて手土産というか退院祝いというのを渡すと、パァと明るい笑顔になって
「これ最近インスタグラムで有名の雑貨さんですよね!えー!可愛い!」
と言いながらキャッキャッとその場を飛び跳ねたので俺は慌てて
「柑奈さん、そんなに動いたら怪我が!」
と言ったら
「大丈夫ですよ!もう今は痛みにも慣れましたし、覚悟して悪霊を祓ったのでこれくらいで済んで良かったな~くらいにしか思いませんし。」
と笑いながら一番深手だったお腹の傷を擦りながら言う。俺はその笑顔にホッとしながらあの後の出来事を話した。
あれから俺と寺平はご遺族にはそれぞれ遺骨を持って帰って貰ったが、陽一の母については事件の参考人として署まで同行して貰い事件に話を聞いた。
柑奈さんが言っていた以上の事は無かったが、今回の事件はお蔵入りになった。
理由は人間が犯人では無いからだ。これ以上の捜査は無用となり、捜査も表上は一応しているという形で小さい人数での捜査となったが俺達はその捜査から外されて始末書を書かされる羽目になった。理由は器物ソンカイと証拠品を勝手に燃やしたという理由だ。器物ソンカイは俺達の仕業では無いがあの状況を説明するには難しく誰も信じないだろうという理由から俺達が壊したと上から怒られ、絵も勝手に燃やしたのは証拠を壊したのと同じだと。しかし、捜査上ではそこまで絵に拘っている刑事も居なかったのでそこまで誰かに追求されることは無かったが、俺と寺平はその事について居残りで書かされて寺平は半分泣きながら書いていた。そういう俺もこの歳でこんな事をさせられるとは思っても居なかった。
その話をすると口に手を当てて笑いながら聞いてくれる柑奈さんに寺平は京采さんの阻止をすり抜けて大声で
「七星柑奈さん!好きです!付き合ってください!」
と花束を差し出してきた。しかしすぐに京采さんに捕まり
「俺の姉さんに訳が分からない事を言わないでくれませんか?」
とドアの方に寺平は追いやられていた。俺はその二人を見ながら一層笑う柑奈さんに
「これで良かったんですかね。」
と聞いた。俺は刑事として犯人は人間だと勝手に決め被害者の為にもと思って捜査をしていたが今回の事件をこのような形で終わらせて良いのか分からなくてつい聞いてしまった。俺はすぐに
「いや、何でも無いです。すみません、くだらない事を聞いて。」
と言ったが柑奈さんはジッと俺を見て
「物事には説明や証明が出来ない事もあります。私もその一人で霊媒師に証明や証拠も資格も無いんです。だから中には嘘だろうと思う方もいらっしゃいます。ただそれでも私がこの力を持って生まれたには意味があってその力を使って一人でも多くの人を救いたいんです。今回の事件では陽一さんと妃菜さんの魂が救われました。それは刑事さん達が沢山の時間を使って捜査をしてくれたお陰で陽一さんと妃菜さんの事が分かり魂に触れる事が出来たのです。なのできっと陽一さんと妃菜さんは刑事さん達にとても感謝をしていると思いますよ。」
と言ってきた。俺はその言葉に何故かホッとした。決してこの事件の結果に対して不安だったわけではない。俺も今まで沢山の事件を担当したが未解決のままにされている事件も多い。それを考えたら今回事件の結末もいつもの事なのだ。なのにどうしてホッと俺はしたのか分からない。そう思っていると
「刑事さん、刑事さんの悩みもきっと解決出来ると思いますよ。」
と柑奈さんは優しく微笑む。俺はその笑顔と言葉の意味が分からずジッと柑奈さんを見ていると寺平が京采さんにドアの向こうに追い出されるのに必死で抵抗しながら
「あー!宮内さん!浮気してるー!!」
と叫んだ。俺は寺平を睨み付けると寺平が静かになった。そんな様子を柑奈さんはまた声を出して笑った。
俺は今日久しぶりに定時で家に帰ってきた。娘の詩茉のお陰で柑奈さんにも贈り物を渡せた。詩茉は学校から帰ってきたばかりらしくキッチンで飲み物を飲んでいた。
「ただいま」
「お帰り~。」
「この間お前が言ってた雑貨を差し入れしたらその人とても喜んでたぞ。」
「え?お父さんもしかして一人であのお店行ったの?」
「そうだが・・・・何か変か?」
と言う父にお腹を抱えてガハハハと笑う娘。俺はそんな娘に戸惑いながら狼狽えていると
「いや、変は言い過ぎかもしれないけれどあのファンシーなお店によく一人で行ったね!何か贈り物で喜ぶ物は無いか?て聞いてきたけれども、まさか一人で本当に行くとは思わなかった!」
と笑いながら言うので俺はこんなおじさんが行って変だったのだろうか?と思いながら娘に
「相手もそう思ったんだろうか、父さんみたいなこんなオッサンが何買って来てるんだと思っただろうか?」
「そんな事を思うような人なの?」
「いや、多分そういう事は思わないと思うがあまりにも喜んでくれたからお前に感謝してたんだが・・・」
「なら良いんじゃ無い?それにもし変だって後から言われたら私のせいにすれば良いじゃん!」
「さすがにそこまでは・・・」
と俺は頭を掻きながら話す。自分のイメージを保つ為に詩茉のせいにするのはやり過ぎだと思うがそこまで笑われるのかと落ち込む自分も居る。
「まぁまぁ、そこまで落ち込まないで!私勉強するから自分の部屋に行くけど。」
と言い飲んだコップを流しに置き学校の鞄を持って部屋に行こうとするので
「あぁ、勉強頑張れよ。」
と言って俺は背広を脱いで椅子に掛けた。俺が背を向けていたからなのか詩茉が部屋を出て行く時
「ねぇ!お父さんにはなかなか恥ずかしくて言えなかったけれども私将来刑事になるから。」
と言って部屋を出て自分の部屋に行ってしまった。俺はそんな詩茉の言葉を理解するまで時間が掛かったのか詩茉が居た場所を見続けて今何を娘は言ったのかを考えていた所に妻が帰ってきて俺は
「あいつ、刑事を目指してるのか?」
と聞くと
「帰ってきて早々になーに?詩茉から聞いたの?本人が言うならそうじゃない?あの子昔からお父さんみたいな警察官になりたいって言ってたじゃない。」
と言った。俺は柑奈さんの言葉を思い出した。
「刑事さん、刑事さんの悩みもきっと解決出来ると思いますよ。」
あの時の言葉はもしかしたらこの事かもしれない。
「ただいま~。」
と誰も居ない家に私は声を掛ける。買い物袋を床に置いて靴を脱ぐ。もうそろそろ寒い寒い冬が来る。今年はテレビのニュースでは暖冬と言っていたがそれでももう段々寒くなってきた。暖房もそろそろかなと思い私はキッチンに向かって重い荷物を運んだ。
夕飯の食べ物を冷蔵庫に入れていると携帯が鳴った。
また京采かなと思いながら携帯の画面を見ると知らない番号が表示されていた。
「はい。」
「七星、龍王寺柑奈(ななせ、りゅうおうじ かんな)さんですか?」
「はい、どちら様でしょうか?」
「私警視庁捜査一課の小野と申します。先日は事件解決にご協力頂きありがとうございます。」
「いえ、私は何も。」
「今回本当は家にお伺いした方がと思っていたのですが、その前にアポを取らせて頂けたらと思いご連絡致しました。」
「何のアポですか?」
「私は七星さんのお祖母様の知り合いでして、七星さんもご存じかもしれませんがお祖母様はとても事件を解決に協力してくださっていたのでもし七星さんがお嫌で無ければ亡くなったお祖母様と同様にこれから事件の捜査に協力して頂けませんでしょうか?」
「協力ですか?」
「はい、協力金としてお祖母様に祓っていた金額と同じ金額のお金を支払います。なのでお祖母様と同じく捜査に協力して欲しいのです。」
「正直、私は祖母と違い霊媒師を仕事にはしていません。なのでお金を貰えるからという理由では霊媒師としてそちらのお話を引き受ける気はありません。」
「そうですか、ただこちらもどうしても協力をして頂きたいので後日そちらの家に直接お会いして話だけでも聞いて貰えないでしょうか?」
「私の気持ちは変わりませんがそれでもと言うのであれば。」
「ありがとうございます。ただ、私は今捜査を担当している事件がありましてなかなかそちらにお伺い出来ないと思いますので、碧葉(あおば)という刑事が今担当している事件が解決した際にそちらに私の代わりにお伺いするのでも構いませんか?」
「分かりました。また日程が決まりましたらご連絡を頂けますか?」
「はい、大変お忙しい時に突然のお電話失礼いたしました。また日を改めてご連絡致します。」
と言って私は電話を切った。
「警察と協力。」
私の祖母は警察官に協力をする事で生計を立てていた。この立派の家が購入できたのもそのお陰だと生前言っていた。
私は溜め息をつきながら携帯を鞄に閉まって買ってきた食べ物を全部冷蔵庫に閉まっては袋をまた畳み鞄の中に片付ける。
一息ついて洗面所で手を洗わなくてはいけないなと思いつつ庭にあるいつ見ても立派な木を見て自然を感じたくて玄関に向かってサンダルを履き庭に出た。
冷たい風が私の頬に当たる。私はその風の匂いを嗅ぎながら木に近づき頬を木の幹に付けて寄りかかった。
あの事件で出来た傷はまだ完治していない。正直忘れていた痛みで傷がまだある事を認識することもある。今回の事件はたまたまこの傷だけで済んだのだと思うと改めて良かったと思う。遺族の方達も刑事さん達も京采も怪我を誰もしなかった。それだけが私の救いだった。もしこれから祖母のように警察に協力すれば今回の事件のような出来事を何度も体験するだろうその時に祖母のような死を迎えるのでは無いかと思うと恐ろしかった。
あの様な経験をあの思いを京采にさせたくないのだ。
私はここに引っ越してから京采に一人にしないと何度も言ってきたのに私がこれから危ない橋を渡る度に京采は怖がるかもしれない。不安にさせてしまうかもしれないそう思うとあのような事件に協力するのも無理になってしまうだろう。
ただ、私はもっと自分の力を試したい祖母よりも上手く力をコントロール出来たらと思う自分も居るのだ。どうしたものかと思い木に話かけたが返事をしてくれない。
どうして無視をするのかと言っても黙ったままである。
きっと自分で考えろという意味なんだろう。
溜め息をつきながら木にもたれ自然の匂いを肺一杯に吸い込むと思いっきり息を吐いた。今の私はまだまだ未熟なのだ。そんな霊媒師がお金を貰って仕事にして良いわけが無い。
もっともっと経験値を高めて私の力を高めなくてはいけないのだ。
それまではこの力を無闇に人様を巻き込むのは絶対にしてはいけない。
そう思って私は木の幹に周囲の人が傷つかないように京采が一人がならないようにと願いを込めてソッと撫でた。
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