二人の霊媒師 2
寒い。
スマホを見ると6時を過ぎていた。私は布団に包まりながら起きなくてはと思うがなかなか布団が私を離してくれない。そんなに私が好きなのかと言ってギューと抱きしめてあげたいが、もうそろそろ本当に起きないと今日は弟の京采(けいと)が一限があるからいつもより早く起きてくる。
京采が起きてくるまでにご飯の用意と大学に着いてお腹が空いた時用におにぎりを作らないといけない。
布団という恋人を心を鬼にして離し私はひんやりとした床に足を降ろしベッドから置き上がる。
「寒すぎる。暖房付けよう。」
と独り言を言いながら寒い寒いと両腕で自分自身を抱きしめるような格好で腕を掌で擦り、摩擦で少しでも暖かくなれと思いながら急いでキッチンに向かう。
ただ京采の部屋の前を通る時は足音に気をつけながら通る。
ギシギシと鳴る床板に小さく
「シー」
と言いながら少しでも静かにしてねと心の中で床に話しかけながら、一歩一歩とキッチンに向かう。
靴下を履いてくれば良かったかもしれない。
(やってしまったー。そうすれば少しでも音は鳴りにくくなるかもしれないし、この指先が凍るのではと思うくらいの寒さから少しはしのげたかもしれないのに)
そう思うが今更部屋に戻るのも面倒だという気持ちと京采の部屋の前を行ったり来たりしたら起きてしまうかもしれない。
深夜遅くまで働いていた京采に少しでも長く寝て貰うべく起こしたくないのだ。
京采とは腹違いの姉弟だ。
京采は自分の大学費を自分で出したいという理由から新宿のBARで働いていることは知っているが頑なにそのBARに遊びに行かせてくれない。
最初は京采が姉が来る事が恥ずかしくて来て欲しくないのかと思っていたが、毎日起きた出来事を夕飯の時間に楽しそうに笑顔で話す姿を見るとそうでは無いのかもしれないと思う。
普通の姉弟と違って私達の姉弟生活はまだまだ未熟だ。
未だに京采の考えていることや外のお友達、大学での過ごし方。また今まで私と出会うまでの過去を私は知らない。
いつも姉とはこんな感じなのだろうと思いながら試行錯誤で京采と話している。
一方で京采は人懐っこいのか最初から
「姉さん!姉さん!」
と大きなゴールデンレトリーバーの大型犬のようにして懐いてきた。
私と京采が出会ったのは私が大学生の時だった。
当時私は母と一緒にマンションで暮らしていた。小学生の時に離婚してから母と二人三脚で生きてきたのだ。
遅い時間まで私の学費、生活費を稼ぐ母に私は学校から帰ると友人達と過ごすよりも家事をする時間の方が多く、時々近所のおばさん達に多く作りすぎたからと言って食べ物を分けて貰うことも多かった。
友人達には恵まれており、一緒に放課後遊べないのに仲間外れにすることも虐めに繋がる事も無かった。皆私の私生活に例え幼くても理解し、話しについていけない時は細かく説明してグループの輪に入れてくれた。
その生活は大学生になっても続いた。
私は恵まれている生活に感謝の気持ちでいっぱいと引き換えに母にも友人達にも言えない事があった。
それは死んでいる人間が見えてしまう事だった。
最初のきっかけは小学生5年生の時である。
私はいつものように母が仕事から帰るまでに夕飯の準備をする為に買い物に出かけた。
走ってスーパーに向かっていた。確かあの時スーパーの安売りの時間が迫っていたからだったと思う。
私は毎日通るスーパーまでの道のりを走り途中途中止まっては息を整えてお店に一秒でも早く着くように走っていた。
そんな時、目の前で信号機が赤になったからなのか信号待ちをしている三輪車に乗った男の子が居た。その男の子の近くには親が居るわけでも無くただ一人ポツンと青信号になるのを待っていた。私はその男の子の存在にそこまで気にしていなかった。
どちらかと言うと信号が青になるギリギリにその信号に着いてしまう。一回休憩出来るかもしれないと思っていたくらいだった。
私が信号に着くと思っていた通りまだ信号機は赤だった。
「はぁはぁ」
と息を整える私に気にすること無くジッと道路を見ている男の子に少し不気味を感じつつも私はあまり見過ぎてはいけないと思って目線を逸らす。
そして赤信号が変わるのを待っている右から猛スピードでこちらに向かってくるトラックが来た。
多分もうそろそろ信号が変わってしまうのに対して止まりたく無い為、スピードを出して渡りたいのだろうと思い私は見ていた。すると視界の端で何かが動いた。
その動いたモノにハッと気づき見ると三輪車に乗った男の子が、トラックが猛スピードで向かって来ているのにも関わらず道路に飛び出したのだ。
私はこのままこの子が進んでしまっては確実にトラックに轢かれてしまう、そう思った。
私はトラックの運転手が気が付かないか運転席を見ると携帯を弄っていてこちらには全く気付いていなかった。
今ここに居るのは私しか居ない。
私しかこの子を救うことが出来ない。
そう思ったのが先なのかそれとも行動していたのが先なのかは覚えていない。
しかし、次に私が見た光景はトラックの前に飛び出して男の子を庇う事だった。
トラックの運転手は私達の姿を見て携帯を助手席に放り投げ急いでハンドルを切り急ブレーキを掛けた。
キキッーと大きなタイヤが道路に擦れる音と共にブレーキ音が聞こえた。
私は轢かれると思って思いっきり目を瞑りしっかりと男の子を抱きしめていた。
「あぶねーだろっ!いきなり車に飛び出して来てんじゃねーよ!クソガキがっ!ひき殺すぞ!」
とトラックの運転手は窓を開けて私達に怒鳴り声をあげた。
私は心臓が飛び出すように耳の奥まで心音が響き渡るような感覚だった。
私は言うだけ言ってまた走り出すトラックを横目に抱きしめていた男の子を見た。
しかし、そこには男の子も男の子が乗っていた三輪車も無かった。
私は一人だけその横断歩道に座り込んでいたのだ。
私は何事かと思いながら男の子を探すが見つからない。
「何だったの?」
と独り言を呟くと、呆然と横断歩道で座り込んで暫く動けなくなってしまった私の頬に何かが当たった。
「なんで、轢かれなかったの?死ねば良かったのに。」
と先程の男の子が私の頬に頬をくっつけて幼さのある話し方で言ってきたのだ。
私は悲鳴をあげた。
近くに居た人達が私が悲鳴をあげた事と先程トラックに撥ねられそうになったのを目撃していたのか、怪我をしていると思ったらしく数人の大人達がそれぞれ大丈夫かと聞きながら傍に来てくれたが、私はトラックに撥ねられかけた事よりも先程の男の子の事で頭がいっぱいになって大人達の声掛けにも返事が出来なかった。
今ならあの時の男の子は生きている人間では無かったと理解が出来る。
しかし、当時の私はその区別が出来ていなかった。いや正直に言うと今も危うい。
その日から境に私に対する悪意のあるモノと遭遇する事が多くなった。
最初は小さな事が多く階段から突き落とされる等が多くなったが特に、大きな怪我をする事は無かった。しかし、学校でも見覚えの無い人達に声を掛けられる事が多くなり私は何度か友人達の前でその人達と話している姿を目撃されては誰と話しているの?どうして一人で話しているの?と聞かれ見覚えの無い人達とは話掛けられても無視をするようになった。
母に打ち明けたのは高校生になってからである。
その頃にはもう人間の形をしたモノ以外のモノが見え感じるようになっていた。
それこそ、すれ違う人の肩に乗っかるようにして人間の形をしたモノが居るのは勿論のこと人によっては黒の煙のような雲が身体のあちこちに巻き付きその人の身体の一部を隠していた。
そんなある日いつものように電車で学校に向かう途中、私の斜め左前に居たサラリーマンが居た。その人は電話で取り引き先なのか誰かと話していた。
しきりに電話の向こうの相手に謝罪をしているのか電話を掛けながらペコペコと頭を下げる仕草に、電話をしてる時ってどうして目の前に誰も居ないのにお辞儀とかしちゃうんだろうと思いながらボーとそのサラリーマンを見ていた。
するとそのサラリーマンの背中に何か黒い煙が見えた。
サラリーマンの後ろ姿を完全に覆うその黒い煙はモクモクと蠢いていた。
何かの生き物のようにして動く煙にサラリーマンは気が付かない。
私はよく町中で見る煙より悪意に満ちた煙に恐怖心で動けずジッとその後ろ姿を凝視していた。
電車が来るアナウンスが頭上で流れる。
私はそのアナウンスが遠くから聞こえるように思えた。
私の身体は金縛りにでもなっているかのように指先一つ動く事が出来ずに居た。
そして右から電車が来る音が聞こえる。
プーと大きな音を立てて来る電車。
その電車が今私の目の前を通過しようとした瞬間、サラリーマンは背後から突き飛ばされたように勢いよく電話をしながら電車に飛び込んだ。
ガンという大きな衝撃音と共に電車の急ブレーキの音がする。
私は今目の前で起きた事がまるで夢のように感じた。
何が起きたのか理解するまでに時間が掛かる。近くに居た人々は悲鳴をあげる。
電車の先端が見える位置に居る人達が悲鳴をあげて逃げる人も居れば中にはスマホで写真、動画を撮っている人も居る。
私はそんな光景を黙ってみるしかなかった。
暫くして駅員さんが止まった電車の先端を見に次々と集まり、ブルーシートを持って来て先端が見えないように、事故現場が見えないように隠す駅員さんが現れ暫く電車がストップすることを大きな声でホームに居る人間達に呼び掛ける。
私はそんな光景を黙ってみていた。動くことが出来なかったのだ。
そして動けるようになった頃にあのサラリーマンの背後に蠢いていた煙が無いことに気が付いた。
私は何とか学校に着いて心ここにあらずの状態で授業を何とか受けて家に帰り、買い物に出かけた。
今朝見てしまった事を少しでも供養したかったからなのか、もう覚えていないがふと近くにある寺に行きたくなったのだ。
私は寺に行くと住職さんが庭の掃除をしていた。
住職さんは私に気が付くと驚いた顔をして小走りで私の方に走ってきた。
「あんた、大丈夫か?」
と声を掛けられ、私は何かが心の中の紐が切れたのか急にその場に座り込み大声をあげて泣いた。
何が悲しかったのか分からない。サラリーマンが目の前で亡くなった事なのか、それとも急にこんなモノが見えるようになって誰にも言えない事なのか。分からないが溢れる涙は止まらずただただ地面を涙で濡らしていった。
私が泣き疲れて少しずつ落ち着きを取り戻すとずっと傍で背中を擦ってくれていた住職さんが
「あんた、これは辛かったね。」
と言ってきた。私は呼吸が乱れて声がカスカスの状態にも関わらず
「分かるんですか?」
と聞いた。住職さんは辛そうな私の心が手に取るように分かると言ったような顔で
「あんた、分かっちまう子なんだね。よく一人で今まで耐えてきたね。」
と言った。
「今日、学校に行く時にサラリーマンが電車に飛び込んだんです。目の前で。そのサラリーマンの背後に何か悪意が籠もった煙が見えていたのに、私何も出来なかった。」
と言いながら私は涙を再び流した。
私は見えていたのに何も出来なかった。いや何もしなかったのだ。もし私がその煙を消したりサラリーマンを電車の線路近くから離れさせたり出来ていれば彼は死なずにすんだのかもしれない。
私が彼を見殺しにした様なものだと思うと心臓が握り潰されるような痛みが私の左胸に広がる。
次々と涙が出てきて嗚咽をする私の背中を黙って擦ってくれる住職さんが私の様子をジッと見ながら
「貴方はこれからその悪意あるモノを祓う力が使えるようになる。ただ貴方は優しすぎる。今日のサラリーマンは貴方のせいでは無い。貴方が苦しむ必要は無いのです。」
と言って私にもう大丈夫。と何度も声を掛けてくれた。
暫くすると完全に落ち着きを取り戻した私は高校生にもなって子供のように泣きじゃくり、完全に他人である住職さんに迷惑を掛けただけでは無く仕事の邪魔をしてしまった事に気が付き恥ずかしくなって何度も住職さんにペコペコと頭を下げて謝罪をした。
そんな私の何が面白かったのか住職さんは声をあげて笑うと
「貴方が今日ここに足を運んだのもきっと運命でしょう。そうだ少し待ちなさい。」
と言ってしゃがみ込んでいた私を立たせ、少しその場に待つように言うと住職さんは寺の中にある建物の中に入って行った。
何事かと思いながら手荷物からピンクのハンカチを出し涙を拭っていると住職さんが建物から出てきて小走りで私の方に来た。
「これ。この珠々を貴方は常に持っていなさい。」
と緑色の珠々を私に渡して来た。
私は緑色の珠々を両手で受け取り、色んな角度からその珠々を見る。
珠々は夕焼け空の光を反射させるようにキラキラと宝石のように水晶のように思えた。
「この緑の珠々は。」
「貴方は緑色の自然の色が見える。貴方の心は自然と共にある事で強くなり、精神を安定させることが出来る。自然の風も自然の木々達も皆貴方の強い味方になる。」
「自然。私はその力を扱って人を救う事が出来ますか?」
「もちろん。私には分かる。貴方の力はとても強い。来たときにこんなに強い力を持った人を初めて見た。ただ今は扱えないだけ、いつか必ず力の使い方が分かり人の為になる。」
と言った。
私は珠々をもう一度見て住職さんにお礼を言うと、もうそろそろ帰りなさいと言われその場を後にした。
私はスーパーに行かなくてはいけない事を思いだし、珠々を制服のポケットに入れた。
あの日から私は様々なモノと触れ合う事にした。
今まで無関心を貫いてきたがこれ以上無関心を貫き通す訳にもいかない。日々悪意に満ちたモノが私の周囲に来るのであれば跳ね返さなくてはいけないと思うようになったのだ。
私は友人から始まり近所の人達を中心に煙がついていれば試行錯誤のやり方でその煙に触れてその人の身体から離れるように珠々を左手に持って念を込めるがなかなか煙を消す事が出来ない日々が続いた。
どうしたら煙が消えるのか授業中もずっと考え家の中でも考え続ける。
そして私は珠々をくれた住職さんに訪ねることにした。
住職さんは私の姿を見ると笑顔で出迎えてくれた。
「この間の子だね。少し前から貴方が来る事を木々達が教えてくれてたよ。」
と言う。木々達と話せるのかと不思議に思ったが、私も人の煙のようなモノが見えてしまうタイプの人間だ。様々な人間が居て当たり前なのだ。そう思うと不思議に思った気持ちも消えていた。
「先日はお世話になりました。また珠々もくださり有り難うございました。」
と言うと
「いやいや貴方がそれで前向きになったのならそれで良いんだよ。」
と優しい笑顔を向けてくれた。
何て優しい人なのか。私もこの人のように人に優しくなれないものかと思った。
「あの、聞きたい事があって本日はお伺いしたんです。あの、どうしても珠々を使って煙の祓い方が分からないのです。どうか教えて頂けませんか?」
と聞くと住職さんは顎を手で擦りながら考え込むと
「私は貴方のような力を持っている訳では無いので、どうしたら良いのかについてまではお教えする事は難しいと思います。ただ、私達住職はお経をただ唱えます。何か悩みがある方達が助けを求めに来て頂いた際には仏様の力をお借りしてただ唱えます。」
「お経。それは修行をしないと扱えませんか?」
「そうですね。我々はある場所に一定の期間修行する事によって師匠から認められて一人前になるのです。ただそのお経を扱えるのかどうかはその方によるかと思います。何度も何度もお経を唱え、覚え坐禅をし常に自分自身と向き合うのです。そう我々は教えられました。」
「私に出来ますでしょうか?」
「それは分かりません。お経の書いた紙を後で渡しましょう。そのお経が貴方の力を扱うきっかけになるかは分かりません。ただ貴方が集中できるのであれば少しは気持ちが違うのではないのでしょうか?」
そう言われて寺の建物に案内された。
住職さんは履き物を脱ぎ部屋の中にあるタンスのような棚の引き出しから一枚の紙を渡しに渡してきた。
そこに書いてあったのは般若心経という題に沢山の文字が並んである。
「これが。」
と言うと
「フリガナが振ってあるから読めるかと思いますよ。」
と言われて右から順に読んでいく。
「摩訶般若波羅蜜多心経
観自在菩薩。行深般若波羅蜜多時。照見五蘊皆空
度一切苦厄 舎利子 色不異空 空不異色 色即是空
空即是色 受想行識亦復如是 舎利子 是諸法空相
不生不滅 不垢不浄 不増不減 是故空中・・・」
沢山の漢字が並んでいる。横にはフリガナがふられているがこの文を覚えるのには時間が掛かりそうだと思った。しかし、もしこのお経が私の力の使い方のきっかけになるのであればと思い、私は住職さんにお礼を言って走って家に帰った。
家に帰ると母が走って帰ってきた私にビックリしながら
「そんなに慌ててどうしたの?」
と聞いてきたが、今の私の頭にはこのお経を覚える事が先だった。母の言葉に耳も傾けずに私は自分の部屋に入るとお経の紙をずっと見つめ何度も何度も唱えた。
母はこっそり部屋を見に来たが私は気にすることも無くただ何度も頭に叩き込むようにしてお経を覚えたのだった。
それから暫くしてまた黒い悪意が籠もった煙に出会った。
あの煙は間違いなくあの時のサラリーマンの背中に取り憑いていた煙に似ていた。
あの時の煙とは少し違うように思えるが、何をしでかすか分からない。しかもその煙はベビーカーを押して歩く妊婦さんのお腹に纏わり付いていた。
いつもなら知らないふりをしてしまうだろう。でも私には珠々もお経もある。ここで知らないふりをしてお腹の赤ちゃんだけでは無くお母さんにも何かあったらベビーカーに乗っているこの子供がどんな辛い悲しい思いをするだろうかと考えると私は居ても立ってもいられずにその妊婦さんに話掛けた。
「こんにちは。」
と声を掛けると制服を着ているのもあるからかそこまで警戒はされずに
「こんにちは。」
と返してくれた。ただここからが難題だった。急に現れた女子高生に貴方のお腹に煙が巻いてますよなんて言った日には変人扱いだけでは無く学校にも迷惑を掛けるかもしれない。
悩む私にベビーカーに乗っている子供が私の手を握った。私はベビーカーの子供と目線が合うようにしてしゃがみ
「こんにちは。」
と声を掛けるするとベビーカーに乗った子供は私の何が面白かったのか分からないがキャッキャッと笑ってくれた。
「可愛いお子さんですね。つい可愛くて声かけちゃいました。今お幾つなんですか?」
と聞くと
「そうなのね。今この子は一歳よ。」
と答える。
「もうすぐお兄ちゃんになるのかな?」
とベビーカーに乗っている子供に聞くと
「そうなの!よくこの子が男の子って分かったわね!よく女の子と間違えられるのよ!」
と驚いた顔をしてベビーカーに乗った子供の頭を優しく撫でた。
「えーそうなんですね!こんなイケメンさんだからきっと男の子かな?と思ったんです!間違えなくて良かった~ちょっと安心です。」
と笑顔で言うとお母さんがフフフと口元に手を当てながら笑う。
「そういえばもうお腹のお子さんは性別は分かっているのですか?」
「えぇ!多分女の子よ!生まれてきてから男の子になっているかもしれないけれども、エコーで見る限りでは女の子と言われてるわ!」
「そうなんですね~。もし良かったら元気に生まれてきてねという気持ちをお腹の子に送っても良いですか?」
「あらっ!そんな嬉しい事を言って貰えるなんて!ありがとう!是非お腹の子に話掛けてあげて!」
と言われ、私はポケットにある珠々を左手に持ってお腹を擦らせて貰った。
珠々を出した事で驚かれるかと思いきやそこまで本気で祈ってくれるのかと思ったのかフフフと笑いながらお腹を触らせてくれるお母さんに本当に感謝した。
お腹を触ると煙が私を巻き付いて来た。
何とも寂しい心臓に突き刺さる冷たい氷の柱のような感覚がする。
この氷を溶かさないといけない。
そして私は暗記していた般若心経を唱える。目を瞑りお腹を優しく撫でながら私は煙が消えること一心にお経を唱えた。
すると私のみぞおちから暖かいお日様のような感覚が私の心臓を伝ってお腹を触る手の指先まで伝わった感覚がした。
するとお腹に巻き付いていた煙が少しずつ消えていき私の心臓に刺していた氷の柱が少しずつ溶けていく。
この感覚になるのは生まれて初めての経験だった。暫くすると煙は完全に消えた。
私はお腹の子にもう大丈夫だよ。という気持ちを込めて最後にお腹に静かに当てるとお腹の子がお腹を蹴った。
ボンとお腹の中から衝撃を受けるとお母さんが
「あらっ!今蹴ったわ!きっとお姉さんの気持ちが伝わったのね!元気に生まれてくるよ!て言ってるんだわ!」
と笑顔になる。その笑顔に私は心の底からホッとし初めて人を救った事が嬉しかった。
私はお母さんとベビーカーの子供に手を振って挨拶をして小さくガッツポーズをした。
私は私の力を初めて人の為に使えたのだ。私には人を救える力があるのだと思うと嬉しくて仕方が無かった。
煙は薄いモノから黒く悪意が遠くからでも感じ取れるようなモノまで様々だった。しかし毎日出会うわけでは無い。ただ出会った際には出来る限り祓うようにしていたが自覚が無い人からはよく拒否されてしまうことも少なくなかった。
私は近所の人達の中では少し有名になりつつあった。
何でも近所に住むよく私に話しかけてくれたお婆さんの煙を祓ったことから噂が立ったらしい。
その日はいつものように学校から帰り途中、いつもなら私の家から数軒先の所にある一軒家に住んでいるお婆さんがいつも庭に咲く花に水やりをしているのにその日は何故か居ない。
不思議に思って家を見ると排気口から煙が見えた。そして匂いがしたのだ。
一瞬は火事かガス漏れかと思ったがこの匂いが普通の匂いでは無かった。
何とも言えない冷たく鼻から何か人影の気配がしたのだ。
なんだ?と思いながらインターフォンを鳴らす。
すると旦那さんが出てきた。
「すみません、龍王寺 柑奈(りゅうおうじ かんな)です。いつもお婆さんにお世話になっていて。いつもならこの時間にお会いするのにいらっしゃらないから何か遭ったのではと思って。」
と言うと
「少し待っててください。」
と言ってプツンと言う音がした。暫くしてから旦那さんが玄関から出てくる。
「龍王寺さんの所の娘さんだね。お帰りなさい。実は家内が朝から様子が変でね。病院にも行ったんだが原因が分からないんだ。」
と困ったような溜め息をついて旦那さんは言うと「一目でも家内に会っていくか?」と言って家の中に案内してくれた。
家の中に入った瞬間に身体に巨大な縫い針が何本の頭から足の指先まで一気に刺してくるような痛みがした。
その痛みに私は固まる。
そして家の中からは先程の何とも言えない人影を感じさせるような匂いがしてくる。こんな匂いを嗅ぐのは生まれて初めてで他の物に例えるのには難しかった。
私が玄関の入り口で固まっている姿に旦那さんは疑問に思い
「どうした?大丈夫か?」
と聞いてきた。私は冷や汗をかきながら
「大丈夫です。」
と何とか動きにくくなった口を動かして答えると一歩ずつ家の中に引きずるようにして入った。玄関のドアが閉まり旦那さんにお婆さんが居る部屋に案内された。
しかし、お婆さんの部屋に近づくにつれ巨大な縫い針が私の身体を裂こうとし、更に匂いが強くなった。人影から声に変わり鼻を通して脳に直接誰かが、いや複数の人間の声が重なって聞こえてきた。
何だこの感覚はと思うが私には分からない。ただ今すぐお婆さんの部屋に入らなくてはいけない事だけは分かる。
そしてお婆さんの部屋の前に立つと扉の隙間から物凄い暗黒な悪意に満ち溢れた何かが漏れ出している。
この空間は危険だと察知し、旦那さんに
「私の背後に下がっていただけますか?」
と言って旦那さんを守るようにして私はお婆さんの部屋の扉に立ち向かう。
私の尋常じゃ無い様子に旦那さんは心配そうに見守っていた。私は制服のポケットから珠々を取り出し左手に巻き付けた後、部屋の扉をゆっくり開ける。
部屋の中は静かだった。お婆さんは部屋の真ん中に布団を敷いて寝ていた。しかし部屋の隅から隅までに黒い煙だけでは無く人間のようなモノがお婆さんの布団の周りにも上にもお婆さんの顔を覗き込むような姿勢で何人も居たのだ。
私は珠々を咄嗟にあやとりをするようにして鳴らしながらお経を唱えた。
するとお婆さんの周囲にも布団の上にも居た人間の形をしたモノが一斉に私を見た。そのモノ達には顔が無い。ただ全身真っ黒に焦げたような皮膚をした人間の形をしたモノが私をジッと静かに見る。まるでこれ以上入ってくるなと言わんばかりに私をジッと睨み付けてきた。
私はそんな感覚に恐怖を覚え帰りたくなったが負けられないと思った。
正直ここで引き返せば私は助かるかもしれない。ただお婆さんに何か恐ろしい事が起きる事は間違いないのだ。
負けるものかと思い一層私は珠々を大きな音で鳴らしお経を唱える声が大きくなった。そして唱えながら今すぐ去れというメッセージを飛ばす。
今すぐそのお婆さんから立ち去れとただそれだけを思ってお経を唱える。
お経が三周した時、部屋の煙が消えていった。もう少しだと私は思い一歩部屋の中に足を踏み入れた。
するとお婆さんを中心に私に何か圧力のような空気で出来た壁を何度も打ち付けて来た。私はその痛みに耐えながらもお経を唱える事を止めなかった。そしてお婆さんの周囲、布団の上に纏わり付く人のようなモノ達に
「今すぐその方から去りなさい。そうでなければ今すぐお前らを消すぞ。」
と低い声で言うと。その人のようなモノ達は少しずつ私から距離を取り始めた。
「さぁ、去れ。今すぐに去れ。甘く見るなよ。お前らごときを簡単にひねり潰すこと等簡単なんだ。それが嫌なら去れ。消すぞ。」
と言うと一人また一人とお婆さんの周りから消えていく。私は最後の一人が去るまで珠々を鳴らしお経を唱え続けた。
そして最後の一人が去った後部屋の空気が一変した。先程まで黒くて悪意が籠もった煙で充満していた部屋が明るくなり、また何とも言えない人影を思わせる匂いも消えどこか神聖の場所に思えるような空間が出来上がった。
旦那さんはその一部始終を部屋の外で覗くようにして見ていた。その姿が視界の端に入ったので
「もう大丈夫です。」
と微笑んで言うと旦那さんはその場に腰を抜かして
「今のは何だったんだ?」
と言っていた。するとその声に反応したのかお婆さんが目を覚ました
「はぁ~」
と溜め息をつく声がして私はお婆さんの顔を見ると
「死ぬかと思ったわ」
と話始めた。どうも数日前から身体が鉛のように重く呼吸がしづらいだけでは無く、背中の皮を剥がされるようなそんな痛みがあったようだった。
午前中は動けていたので旦那さんと一緒に病院に行けたが検査結果は何も異常が見つからないので疲れているのだろうと思い帰宅した。しかし家に帰ってからは背中の痛みだけでは無く上半身を何か巨大なスコップで抉られるような感覚がし始めて何度もその痛みに耐えていたようだった。
しかし、私がお経を唱え始めた頃実はお婆さんは目を覚ましていたのだ。
その私がお経を唱え始めてから巨大なスコップの動きが鈍くなりやがて先程までの痛みが嘘のように消えたと話してきた。
私はその話をお婆さんの手を取って撫でながら黙って聞いていた。
そんな光景を理解するのが難しいのか旦那さんは部屋の外で腰を抜かしたままだった。
その日から私の噂は近所で広まった。
中には巫女さんなのではという人も居たが噂をする人達ほぼ全員が私を霊媒師なのではという風に話始めた。
私はそんなたいそうな者ではありませんと答えながらも、近所の人達の悩みを次々と聞いては呪いや霊に関する事であれば解決してはまた噂が広まった。
そんな噂が母の耳にも入った。母はその話を聞いて何事かと私が驚いたくらいに家に駆け込んで来ては噂話が本当なのかと聞いてきた。
私は噂はあくまで噂だから何とも言えないけれども、最近近所の人達を中心に相談事を聞いては悩みを解決しているのだと話した。
ただ、普通の悩み事では無くて幽霊とか呪いしか対応が出来ない事またこの力は昔からあったのだという事を話すと
「はぁ~。そんな事になってたなんて母さん何も知らなかったよ。あんたが部屋の中でお経唱えてたのは知ってたけれども変になったのかなとかお経にハマっているのかしらと思ってたくらいにしか考えてなかったわ。そう。そんな昔からそんな経験をしていたのね。
あんたには話してなかったけれどもあんたのお父さんのお母さん。まぁお祖母ちゃんがあんたと同じような事をよく話してたのは覚えてるよ。お父さんとお祖母ちゃんは仲が悪くてあまり会いに行けてなかったけれども所謂イタコさんと近所から呼ばれてるという話を聞いたことがあるわ。ただ、今はお祖母ちゃんが何処に住んでいるのかも分からないくらい接する事無くお父さんと離婚したからね~。きっと血筋かな~。」
と話してきた。
私のこの力は父方の祖母から受け継いだのかと思うと長年会っていない父には何とも思わないが祖母には感謝の気持ちでいっぱいになった。
祖母はどんな人だったのだろうか。またどんな力があって人を救っているのか気になったが母の話からして知ることは難しそうだ。
それから月日が経ち私は大学生になった。
受験勉強は大変で勉強を傍らに霊媒師の仕事もしていた。
仕事と言ってもお金が貰えるわけでは無い。
中にはお金を渡してくる人も居たが私は商売にしているわけで無いという事を説明してお断りしていた。それは母も承知済みで、経験値を積む修行の一環として私は活動していた。
ただ大学に通い始めてからは今までの人数の比では無くなった。
大学生になると車の免許を持つ子が増え、車で友人とドライブに行くという話があちらこちらで耳にするようになった。ただ夏の前には肝試しならぬ心霊スポットに行く人が増えてそこで何かを持って帰ってきてしまったという相談が一気に増えた。
最初は私は同じ学部の友人達にも話していなかったのだが、SNSが普及されて私の口コミを見た人達が出てきて本当にそういう力があるのかと聞いてきた。
私は最初は素直に答えていたが段々と興味本位で聞いてくるのでは無く私の話した内容が嘘だとか作り話だとか言う声を耳にしてからは話さなくなった。
ただその頃から私はまた違う力が目覚めてきていた。その力は生きている人間の考えている事また欲しい言葉が分かるようになった。悩み事を相談される前に何をこの人が悩んでいるのか分かってしまう。また今日とても邪悪なモノに会うぞという日には木々達が騒ぐのだ。近所の庭に咲く花達が学校に生える木々達が風に吹かれながら私に用心するようにと伝えてくる。私はその声を聞いて身構えたりお祓いの仕方を変えたりしていた。
暫くそんな生活が続くと母から一枚の白い封筒を渡された。
表書きには私の名前が書かれていて、裏には七星京采(ななせ けいと)と名前が書かれていた。七星は私の旧姓だ。だが京采という名前の人物に心当たりが無かった。
だが何となく気になり封筒の封を開ける。
中には一枚の紙が入っていた。決して綺麗な字とは言えない男子の字で書かれていた。
「拝啓 龍王寺 柑奈様
私は七星京采です。実は私は貴方の腹違いの弟です。今は地元の高校に通っています。父から私が中学生の時に私には腹違いの姉が居ることを聞きました。私が原因で龍王寺さんには大変ご迷惑だけでは無く人生を家庭を壊してしまった事に深く傷つきどうしても謝罪したいと思い手紙を書きました。今は父方の祖母と一緒に暮らしています。ただどうしても直接龍王寺さんに謝罪の機会を頂けたらと思います。お返事お待ちしております。」
と書いてあった。
私に腹違いの姉弟がいたのか。驚きはしたもののどうして今頃になって手紙を出したのか。また謝罪を何故この人がして私もされないといけないのか。
謝罪をされた所で過去は変えられない。何が目的なのか。と思いすぐさま返事で謝罪のお断りと謝罪などして頂かなくて結構ですと書いて出した。
父も父だ。自分がしでかした事を自分の子供に話して子供に罪悪感を植え付ける等何を考えているのかと思うと身勝手な父に怒りの感情を覚えた。
しかし、腹違いの弟からの手紙はしつこかった。
何度断っても一度だけでもと言って聞いてくれないのだ。
さすがに切手代の事を考えるとキリが無いと思い、一度だけならという理由で会うことにした。
場所は相手が高校生というので地元の場所の方が良いだろうと思い、弟が住んでいる場所の最寄り駅にあるカフェで会うことにした。
顔もどんな人なのかも分からないがこれで来なかったらそれもそれだと思い私は約束の日まで大学のレポートに追われ、霊媒師の仕事にも追われる生活をしていた。
約束の日母には一応隠し事はしたくなかったので、腹違いの弟から手紙が来たから会いに行ってくると簡単に説明した。母は今更何で?と私と同じ事を言ってきたがまぁ何かあったらすぐに帰っておいでと言って送り出してくれた。
私はスマホを片手に弟の最寄り駅までの行き方を調べて向かう。
もちろん今日も珠々は肌身離さず持って来ていた。
最寄り駅は乗り換えも少なく簡単に着いた。駅からカフェの場所も分かりやすく、カフェの店員に七星という者と待ち合わせをしているのですがもう来てますでしょうか?と聞くと他のお客さんにそれとなく聞いて貰い、まだ弟が来ていない事を把握した。
「私は龍王寺という者です。高校生くらいの男の子で七星さんという方いらしたら私の席に案内して頂けますか?」
と話すと店員はメモを取り
「畏まりました。」
と言って私を空いている席に案内してくれた。
私はスマホの時計を見ながらどんな感じの弟が来るのかと思い少し興味が湧いてきた。
来るまでは興味が無かったのだが、ここまで来たら一目でも見てみたいと思い店員さんが出してくれた冷えた水を一口飲んだ。
約束の時間から暫く経過してから店員さんに連れられて一人の青年が私の席の所に来た。
私は弟の姿を初めて見てどうするべきなのか立って挨拶するべきなのかと悩んでいると弟は店員さんにお礼を言うと
「初めまして。七星京采です。」
と言い会釈してきた。
弟は私が想像していたよりも背が高く180㎝くらいあり髪は母が好きなタイタニックという映画に出てきたレオナルド・ディカプリオのような髪型で生まれつき茶色なのか染めても大丈夫の学校なのか分からないが茶髪で、父に似た日本人は慣れしたハーフ顔の爽やかな感じの青年が私の前に立っている。
私は弟に席に座るように促すともう一度礼をして弟は私の目の前の席に座った。
弟が座るのを確認すると店員さんがお水を持ってきてくれた。
「メニューお決まりですか?」
と聞く店員さんの目線は弟の事をジッと見つめている。
なるほど、弟はイケメンの部類に入るのか。と思い女性が一目惚れするような人が私の弟だという事について少し優越感に似た感情が出てきたがあまりにも店員さんに対しても失礼だと思い気持ちを切り替えた。
メニュー表を急いで開いて飲み物の覧を見る。
私はオレンジジュースを頼むと弟も
「じゃあ同じので。」
と言ってメニュー表を片付けた。
弟は思っていた以上に無表情な子だった。暫く黙っていたが姉として私が口を開いた。
「どうして私に手紙をくれたの?」
と聞くとお水が入ったコップを両手の指先でちょんちょんと軽くタッチするように弄りながら
「父さんから。中学生の時に父さんから姉さんの話を聞いたんです。その時に俺本当に俺が居なかったら姉さんから父さんを奪わなくても良かったんじゃ無いかと思ったら罪悪感で押しつぶされそうになって、それで祖母ちゃんに話をしたら手紙を書いてみたらどうだ?て言われて今だって思った時に高校生になってからですけどやっと言えそうだって思って書いて出しました。」
「そうだったの。でもね手紙にも書いたけれど京采くんが罪悪感を感じるのは違うよ。私の両親が離婚したのは両親が決めたことで決して貴方は関係ないの。だから罪悪感とか謝罪とかは一切要らないのよ。」
「でも。俺どうしても姉さんに会いたくて。」
「うん。その気持ちは手紙に沢山文字で書いてくれたでしょう?だから伝わってきているよ。」
「それだけじゃない。俺が姉さんに会いたかったのはそれだけじゃない。」
とボソボソと聞こえづらい低い声で弟が答えたときに店員さんがオレンジジュースをお盆に乗せて持ってきた。
私は店員さんがオレンジジュースを目の前に持って来てくれた事に対して小さくお礼を言うと店員さんが去ってしまって暫く気まずい空気が流れた。
弟に何て聞いて良いのか分からなかった。さっきのが聞き間違えでなければ弟は謝罪の気持ちだけ会いに来たわけでは無いらしい。ならば何が理由で私に会いたかったのか。
聞くタイミングを失ってしまった私は黙ることしか出来なかった。
すると弟が小さい声でボソボソと
「俺、姉さんの話実は高校の同級生に聞いてた。姉さんが霊媒師をしているっていう噂が俺の学校の奴らもしてて霊媒師なんているのかっていう話をたまたま聞いてそれで名前を聞いたら父さんから聞いてた名前と一緒だったから。それで父さんに姉さんの特徴を聞いたんだけど昔の姿しか知らないって言われて、でも祖母ちゃんが姉さんのお母さんと父さんが離婚するまで姉さんの写真を送ってたみたいで祖母ちゃんに頼んだら見せてくれてそれで、俺、噂の人が姉さんなのか知りたくてその霊媒師って名乗っている人がどんな人なのかとかどこに居るのかとか聞いて調べて大学に一度その霊媒師に会いに行った事がある。遠くからだったけれど姉さんの昔の写真と霊媒師の顔を比較したら面影があったから。それで噂の霊媒師は姉さんなんだって分かって。それで手紙を出した。」
と言いながらオレンジジュースをしきりにストローでかき混ぜる弟の姿はあまりにも幼い子供のように見えた。
「そっか。京采くんの学校でも噂になっていたんだね。そこまでの事はしていないはずなんだけれども。でも、どうして霊媒師の人に会いたかったの?霊媒師が私であっても特に気にすることは無いよね?腹違いの姉が霊媒師という仕事をしているのが恥ずかしいとかそういう気持ちにさせちゃったのかな?」
と聞くと弟はオレンジジュースを見つめていた顔を勢いよく上げて私の目をまっすぐに見ながら
「恥ずかしいなんて思わない!!」
と大きな声で叫んだ。その声は店のお客さん含めて店員さんもビックリしてしまう程だった。
私も先程までボソボソ話していた子が急に大声を出したので驚いたが周囲の目を気にして弟の代わりに謝罪をし、弟の顔を見ると弟の目には今にでも溢れそうに涙が溜まっていた。私は泣かせてしまったと思い急いで未使用のお手拭きを袋から出して弟の涙が零れないように拭いてあげながら
「ごめん、ごめん。意地悪なことを言っちゃったね。ごめんね。でもね、どうして霊媒師の私に会いに来たのか聞いても良いかな?」
と小さい子をあやすようにして聞くと、弟は私からお手拭きを取り目を力強く雑に拭き鼻をズズっと鳴らすと
「俺も同じ力があるから。」
と言った。
私はその言葉を理解するのに少し時間を要していると弟が続けて
「俺も同じように幽霊とか呪いが分かる。それも小さい頃から分かって母さんにはそれが原因で捨てられて父さんに預けられた。だけど父さんも俺が壁に向かって話してたり、変な煙が見えたりした時にその煙について聞いたりしてくるのが気味が悪いからか祖母ちゃんの所に預けられた。祖母ちゃんは近所の人達とか警察の人からイタコさんって呼ばれてて俺の話も全部聞いてくれるし、気になることは祖母ちゃんに聞けば分かったから今は楽に暮らしてる。でも、霊媒師をしている姉さんの話を聞いて俺は疑問に思って祖母ちゃんに聞いて納得するだけだったのに姉さんはその力を誰かの為に使おうとしている姿を聞いて、実際に姉さんの姿を見て遠くから見るんじゃ無くて直接話がしたいと思った。」
なるほど。確かにお母さんも父方の祖母が同じような力を持っていると言っていた。もし祖母の遺伝として私達姉弟にその力が与えられたのであれば弟が私に会いに来たかった理由も納得出来る。
「そっか。そういう事か理解出来た。話してくれて有り難う。じゃあ京采くんはいつかはお祖母さんみたいにイタコさんの後を継ぐの?」
「俺はイタコさんにはならない。でも、名前は違うけど姉さんみたいに霊媒師になりたい。」
「霊媒師か。お祖母さんにはその事は伝えたの?」
「うん。姉さんが霊媒師をしている事を伝えた時に話した。でも祖母ちゃんは俺にはそこまでの力が無いって。強い霊や呪いを祓える程の力が無いって言うから。」
「そうか。そこまでお祖母さんは分かるんだね。じゃあ軽いお祓いをする専門家になろうと思っているのであってる?」
「んー。俺こんなこと言うと引かれてしまうと思うけど、姉さんと一緒に霊媒師をしたい。一人だと出来なくてもきっと二人なら多くの事が出来ると思うし、それにもし祖母ちゃんが死んだら俺また一人になるし。姉さんが嫌じゃ無かったら姉さんと一緒に霊媒師をしたい。」
と力強い目で訴えてきた。私が腹違いの弟と一緒に霊媒師をするというのか。
「それは無理かな。」
「どうして?迷惑はかけない!絶対にかけないから!」
「違う違うそういう事じゃ無いよ。あのね私がしているのはボランティアにしか過ぎないの。だからお祖母さんみたいに警察の人からお願いされたりする程の経験値も無いし力もどれだけあるのか分からない。だから私が出来る範囲でしか私も出来ないからお金は基本貰っていないの。」
「じゃあ俺もボランティアでやる。」
「うん。でもボランティアでするにはとても怖い経験をするし時には助けられなくて辛い思いをするかもしれない。誰かに責められるかもしれない。私は自分の意思でこの道を選んだけれども京采くんには怖い思いや傷つく出来事をなるべく避けて欲しいなって思うんだ。分かるかな?」
「分かる。でも俺も興味方位で言ってるわけじゃ無い。きっとこの力を持って生まれてきたのも何か理由があると思ってる。それが強くなくて小さい事しか祓えなくてもそれでも良いからこの力は本物で人の為に役立ってるんだって。何も意味が無い力じゃないんだって証明したい。」
ここまで言われると私は困ったな~と言うしか無かった。暫く考えた後
「今日ってお祖母さんは在宅かな?」
と聞いた。弟は話がズレたからなのか少し疑問に思ったような表情をしながら
「うん。今日は何も予定が無いから家で今ゆっくり過ごしてると思う。」
「それなら良かった。今からお祖母さんに会いに行こう!そしてボランティアとしてでも霊媒師をして良いのか聞いてみよう!」
と言うと、弟はポカンとした顔をして私が弟の了承も得ずにレジに向かう後ろ姿を急いで荷物を抱えて着いてきた。
弟と祖母の家までは最寄り駅からバスで10分程だった。
そこから5分程歩くと大きな木の門が見えた。そうとう祖母のイタコさんは稼げるのかと思うほどの広くて大きな家だった。
弟は門の隣にある小さい扉に鍵を刺し私を門の中に案内した。
門の中に入ると木々達が風に吹かれて話す声が聞こえた。
学校でも近所の人達の庭に生えている木々達よりも何十倍も神聖に思える程、輝き匂いも鼻の奥まで浄化されるような心臓にまで浄化された空気が満ちる気持ちになった。
少しでも足を踏み入れて分かる程ここは今まで生きてきて見てきたどんな場所や建物よりも神聖な場所なのが分かった。暫くその光景に見とれていると玄関が開き中から白髪を後ろでお団子にして腰を曲げて小さい黄色い花柄が描かれた水色のワンピースを着たお祖母さんが出てきた。背は低く後ろに手を組んで出てきたお祖母さんにこの人が私の祖母なのかと思った。
祖母は私達の前に来て私の事を見上げながら
「お前が柑奈だね。大きくなったね。木々達が騒いでいたよ。お前さんが来るって騒いでうるさくて仕方がなかった。さぁそんな所に突っ立ってないで家に入りな。」
そう言うと、すぐに家の中に入ろうとしたので私と弟は祖母の後を小走りで着いていった。
部屋に上がると客間だと思われる畳の部屋に案内された。
祖母はキッチンでお茶を入れてくると言って席を外し、私と弟は祖母にどうやって話を切り出して話すかをコソコソと話した。
暫くしてまだ話が纏まらないうちに祖母が三人分のお茶を木のお盆に乗せて戻ってきた。祖母が私と弟の前にお茶を出してくれるのに対して軽く私はお礼を言いながら弟の脇腹をツンツンとする。しかし弟はどう話して良いのか分からないのか頭が真っ白になっているのか固まってしまっていた。
仕方がないと思い私は意を決して祖母の方に身体を向け
「本日はいきなり押しかけてしまい本当にすみません。実はお祖母さんに話したい事があって本日はお邪魔させてもらいました。」
と言うとお茶をズズズと音を立てながら飲む祖母は静かにお茶を机に置くと
「その前にお前さんの話をしな。今は何をしているんだ?今日の話をする前にもう一人の孫の話を聞かせな。」
と言ってきた。私は緊張で話を省きすぎた、落ち着かなくてはと思い深呼吸を一度してから話始めた。
「私は今大学生です。私立の大学に通っています。そして母と二人で今はマンションに住んでいます。小学生の時をきっかけに幽霊や呪いを見ることが出来、ある事をきっかけに人の為にこの力を使いたいと思い近くの寺の住職さんに力のコントロールの仕方について学び今はこの緑の珠々とお経を唱える事で力のコントロールをして霊媒師として近所の人を始め同じ大学に通う人達、また口コミで来た方達相手にお祓いをしています。」
と大まかな内容を話すと祖母は私の顔をジッと見ながら
「そうかい。お前さんも私の力を受け継いてしまったかい。でもお前さんは見るからにして京采とは違って相当な力の持ち主だね。」
「祖母ちゃんそんなに俺と姉さんの力は違うの?」
さっきまで放心状態だった弟が知らないうちに復活していて祖母に身を乗り出すようにして聞く。
「まぁモノを見る力は同じくらいだよ。見たくないモノ感じたくないモノが見えてしまったり感じてしまうのは同じだね。でも柑奈の場合は京采とは違って強い恨みが籠もった怨念に対してもまた悪霊に対しても力のコントロールさえ出来れば祓うのは容易だよ。今もまだ修行中なんだろ?これから柑奈の噂が回れば今まで出会った事が無いモノに出会う。その時までに今は地道に経験値を上げてやり方臨機応変に対応する力を身につけなくては駄目だろうね。ただ、お前さんの魂は知名度が上がれば上がるほど悪霊には大好物な物になるよ。身体の一部でも喜ぶ霊も出てくる。そんなやり方は孫には勧めたくないが正直それくらいの事をしないと祓えない奴らにも出会うことになる。その覚悟を持ってそれでも人を助けたいのであればその道を行けば良い。」
「はい。有り難うございます。」
私は素直に祖母の言葉に感謝した。今まで人を助けることに迷いが無かったが最近ではSNSを始め知らない人からの興味方位で聞かれる言葉達にこれからどんな風に噂が回り、これから一人で戦うのかを思うと恐怖が今までの生活を送る中で全く無かったと言ったら嘘になる。正直怖かった。この力の限界を知るのが怖い。その限界が来た時に人をこれ以上救えなくなるのはとても怖かった。今日会ったばかり、いや幼い頃には数回は会っているかもしれないが祖母の言葉の重さに私は心が救われるような気がした。
弟はその祖母の話に
「俺は?」
と聞く。
「京采。お前は見えても感じても祓えるのはもう少し軽めのモノだ。人を死に追いやろうとしているモノに関してはお前では出来ない。お前の力は悩みを持つ人には効果があっても死を感じさせられる恐怖と戦う人に対しては弱くそしてお前自身の魂を必ず食い散らかすだろう。」
「でも俺姉さんと一緒に霊媒師をしたいんだ!」
「何度もその話はしただろう。それは危険だ。お前が足手纏いになってみろ。柑奈一人であれば祓えたモノもお前を守るために柑奈も危ない目に遭うかもしれない。お前は腹違いでも姉を殺したいのか?」
「そんな事一切思っていない。でも俺も姉さんと一緒に霊媒師をしたいんだ!」
「だから危険と言っているだろう。もし死と隣り合わせの現場に行って悪霊が柑奈では無くお前に標的を絞ったらどうやって対応するつもりだ?殴ろうが蹴ろうがどうやってもあいつらには効きはしない。どうやって姉に迷惑をかけずに対応するんだ。言ってみな。」
とフンと言わんばかりな祖母の態度に京采はまた目に涙を溜めてボロボロと泣き出して両手を太ももの上で握りしめ全身で悔しいという気持ちを表現していた。ただ私は祖母がどうしてこんな態度に出ているのかそして京采の願いが叶う方法が見えていた。
ボロボロ泣き出す弟を横目に
「それならば私が京采を守ります。約束します。ただ、京采さんにも経験を体験をして貰いますが基本は私の背中の後ろに居て貰うようにします。またもし万が一私が力がコントロール出来ず京采さんに危ない目に遭わせそうになった時の為に他に京采さんを守れる物を作れるようになります。その為にお祖母さん私を弟子にしてくれませんか?」
と言った。私の言葉に京采は目をこれでもかというくらい開きながら涙がまだ零れている。なんなら鼻水も出ているのが見えた。
私はティッシュを弟に渡しながら祖母を見ると祖母はお腹を抱えて笑い出した。
「やはり木々達が言っていた通りの子だ!今までのお前さんの生活は全部あの木々達が全部教えてくれていた。すまない試すようなことをして。きっとそう言うだろうと思っていたし、お前さんも私が求めている事が分かっていたのだろう。」
と言いながらガハハハハと大きな口を開けて笑う。
私はやはり祖母も分かっていたのかと思っていたし驚きもしなかった。
理由は簡単だ先程見た木々達は私の存在について知っていたからだ。今まで初めて出会った木々達は私の事を探るように話掛けてきたりするが、この家の木々達はそれが無かったのだ。
「だからあの木々達は私に対して初対面でも私の事を知っているかのような顔をしていたんですね。」
と言うと
「やはり気が付いていたのか。」
と少し意地悪そうな顔で祖母は私の顔を見る。
「えぇ、私が門に入った時から木々達の初対面の人、お客が来たという反応では無かったのでお祖母さんの事は母からも少しですが耳にしていたのでもしかしたらその方法を使っているのかなとは思っていました。」
「やはり私の孫だ。それに今までの活躍からしてもお前さんは怯えること無く立ち向かえる子だからね、それが出来るなら修行の意味があるね。」
その言葉を聞いて私よりも弟がいち早く反応し
「それなら姉さんを祖母ちゃんの弟子にするの?」
と聞く。祖母は洟垂れながら聞く弟の顔を見て鼻水を拭うように指示をしながら
「あぁ、こんな風になるとは思ってもいなかったがそうした方がこれから柑奈の為にもなるし、私が孫に出来ることがあるのなら私も全力で協力するよ。」
と言ってきた。
その言葉に私よりも弟が喜ぶ。最初の印象とは違い大型犬のようにコロコロと表情を変える姿は初めて今日初めて会ったにも関わらず愛おしい私の弟だと思わされた。
あの日を境に私は祖母の弟子になり、大学の授業が無い時は祖母のイタコさんの仕事に一緒に着いて行っては私も協力してお祓いをしたりしたが祖母は基本は自分の身体に死者の魂を降臨させて悩みを解決するという方法だったので祖母の仕事を間近で見させて貰うことで様々な経験や体験をさせて貰った。
ただ祖母は歳のこともあって上手く身体を動かせなくなっていた。
ベッドから起き上がることも難しく私が会ったあの頃も足が悪かったが日に日に悪くなり、京采が介護をしていたが時々は私も協力をしていた。
だが私が丁度就活で忙しくしていた頃祖母が倒れたという知らせを京采から聞いた。私は説明会をそこそこに祖母の居る病院まで行くと祖母は何処か遠くを見ていた。
京采の話によるといつものようにイタコさんに仕事で行った先である死者の魂を呼び出したがその死者が居た場所が悪かったのか祖母の魂を半分持って行ってしまったというのだ。
祖母に限ってそんな初歩的なミスなどするのかと思い私は左手に珠々を持ち祖母の近くに座って祖母を見る。
祖母の魂は確かに少ない。
思った以上に抉られて持って行かれている。
このままの状態では祖母は確実に死ぬ。どうにか魂を呼び戻せないかと思い祖母の心臓に珠々を擦るようにして祖母の魂を探る。
祖母の抉られた魂がある所は霧が濃い一面何も無い場所に草一本も生えていない所に居る。私は祖母に呼び掛けるが祖母の反応が無い。
祖母の魂に呼び掛けるが祖母はただ空を見ているだけだった。
祖母の魂を強制的に呼び戻すには祖母が抉られた分と同じ価値の物を提供する必要があると感じた。祖母がどんな人からどんな魂を呼び出すように言われたのかは分からないが、祖母の魂を強制的に呼び出すには一つの方法がある。私は近くに居た看護師さんに
「この部屋ってライターとか使えますか?火災報知器作動しますか?」
と聞くと
「えぇ、ここは煙草とか厳禁ですし火災報知器が反応すると思いますよ。」
「それならば何処ならライターを使用しても良いですか?出来れば一目がつかなくて集中が出来る静かな所が良いのですが。」
「ちょっとだけお待ち頂けますか?すぐに先生に確認して場所を確保しますので。」
と言って看護師さんは走って医者に話を聞きに行ってくれた。
その間に私は準備をするためにスーツのジャケットを脱いで鞄の上に置く祖母の魂の位置を何度も確認しながらどの方角に居るのか、また身体までの距離を測る。
私が無言で何かを探っている行動に対し京采は
「姉さん、祖母ちゃん戻るよね?」
と聞いてきた。
「分からない。正直戻っても数分かもしれない。でも今の場所はお祖母さんの魂は救われない人の為にここまでやって来たのにこんな事は許してはいけない。お祖母さんの魂を必ずくっつけるから。大丈夫、絶対に私がするから。」
と言うとバタバタと看護師さんと医者が部屋に入ってくる。私は簡単に説明をして一刻も早く行動しないと手遅れになると言うと喫煙所が外にあるそこなら静かであって誰かが邪魔する事は無いと言う。私はそこに祖母を運んで貰うように指示をする。
私はジャケットと鞄を京采に預けると祖母が看護師さん達に運ばれて行くのを一緒に着いていった。
外に出て祖母の魂の位置をまた確認するすると少し祖母の魂が霧の中に移動していた。
まずい、このままでは祖母は霧の中に入ってしまう。そうなってしまっては祖母の抉られた魂を呼び戻すことは難しい。一刻も早く戻すしか無い。
私は祖母の魂に対してこちらに少しでも戻るようにお経を唱える。
祖母の魂は反応しない。ただこの方法でもう少しこちらに戻ってきて貰わなければこちらも行動が出来ない。
そんな私の様子を息を殺して医者と看護師、そして京采が見守る。
お経を唱え始めて暫く立ってから祖母の魂がゆっくりとこちらに戻ってきた。もう少しもう少しだ、いつも以上に緊張して震える手を押さえお経を唱え続けると少しずつ祖母が霧から距離を取り始めた、するとベッドに寝ていた祖母が急に悲鳴をあげ始めた。
「ギャアアアアアア」
と叫ぶ祖母。
頭と足をバタバタと動かし藻掻き苦しむ祖母の胸から珠々を離さないようにして私は祖母に跨がった。
祖母の力はとても強く振り落とされそうになる。それでも私は珠々を胸に当ててお経を唱え続ける。お経を唱える声が大きくなるがそんなのは構わない。
そしてお経が何周目か行った時に祖母の魂が目の前に来たのが見えた。私は珠々を祖母の胸から離し祖母の魂にグルグルと巻き付けながら京采に叫び声を上げながら
「鞄に入っているライターとハサミを渡せ!」
と言うと京采は呆然と見ていたがハッと息を飲むと急いで私の鞄の中を漁る。
そんな中でも祖母の魂は私の珠々から逃げようとする。いや祖母の魂に何か紐が見える。この紐が祖母の魂をどこかに連れて行こうとしているのだ。
「クソ野郎!」
とつい私は糸の向こう側に居る奴に対して怒りの感情が出た。
向こう側に居る奴は普通の霊ではない。この感覚は悪霊に近い、いや海外で言う悪魔なのかもしれない。それでもこのまま祖母の魂を持って行かれてたまるかと思い私はお経を一層に力を入れ直して唱え、祖母の魂の引っ張り合いをしていた。
なかなか京采からライターとハサミが来ない。
イライラして見ると焦っているのかなかなか見つからないようだった。
するとそんな光景に固まって見ていた医者がライターとハサミを持って来て渡してくれた。
「すみません。」
と言ライターとハサミを受け取ると私は珠々を片手持ちにして祖母の胸に押し付ける。
祖母の身体は未だに藻掻き苦しみ悲鳴をあげている。
私はそんな祖母を押さえ込みながら自分の髪をざっくりと切り祖母の身体に落ちた髪を集めて珠々を持っている手に持ち替えると切り落とした髪にライターで火を付けた。
煙を上げて燃える髪を私は珠々越しに祖母に当てる
「この人の魂から今すぐ手を離せ、代わりにこの髪を貴様にやる。今すぐにその紐を放せ!」
と言う。祖母は
「ウギャアアアアアアアア」
と身体が火に包まれて苦しむ人のようにしてのたうちまわりながら苦しむ、歪んだ顔がこれでもかという位口が開くもう少し開いたら口が裂けそうになるくらいに大きく口を開けて苦しむ祖母の姿に私は怒鳴り声に近い声で
「今すぐに解放しろ。ほらお前が欲しい物はこれだろう、今お前の目の前にある髪を持って行けそして今すぐ祖母の元から去れ!!」
そう言いながらまたお経を唱えるお経が進むにつれて祖母の苦しみは一層強くなる。祖母の口の端が裂け血が滲む。祖母の身体を壊すつもりかと思いそんな事はさせないと思い私は怒鳴り声でお経を唱える。髪がどんどん燃えて私の手に火が近づいて来る。
燃えた髪が火が私の手にあたり熱い、ただ今離す訳にはいかないのだ。
これ以上時間を掛けるわけにはいかない。
焦る気持ちを抑えながらお経を唱える。
すると少しずつ祖母の叫びが小さくなる。
祖母の藻掻き苦しんで動き回っていた身体に少しずつ力が抜けてきた、祖母の魂は少しずつ祖母の身体に入り祖母の身体を引っ張っていた紐が力なく祖母の身体に横たわっている。もう少しで祖母の魂を身体に戻せると思い最後の力を振り絞る。
いつの間にか汗でびっしょりになったYシャツに額も汗だくでボタボタと祖母の身体に垂れる。
そんな状況を理解し確認できる程に私は少し冷静さを取り戻していた。
暫くその状況が続き祖母の魂が戻ったのを確認し、祖母の呼吸が安定したのを見て私は祖母に跨がっていた姿勢からベッドから降りて汗を腕で拭った。
化粧がYシャツについてしまってファンデーションが腕に色づく、それでも祖母が戻って来れたことに安堵の方が勝った。
祖母をまた看護師さん達によって部屋に移動される。私はハサミとライターを医者にお礼を言って返した。
京采は涙を流しながら言葉が出ないという表情だった。
私は京采を立たせて鞄とジャケットを持って祖母の所に一緒に歩いた。
祖母は暫く寝ていたが深夜遅くに目を覚ました。
病院に無理を言って目を覚ますまで傍に居させて欲しいと言い、特別に居させて貰っていた。祖母は薄く目を開けて私の顔を見ると
「すまなかったね。」
と掠れた声で言った。私はすぐに看護師さんを呼ぼうとしたが祖母がそれを止めた。
「柑奈、すまなかった。ミスなんてレベルじゃない事をしてしまった。私の魂の一部と引き換えにこんな風に髪形にしてしまったね。」
「そんな事は気にしないでください。お祖母さんの命と比べたら私の髪で済んで本当に良かったです。」
「多分もう私は長くない。きっともうそろそろお別れだ。それは柑奈も分かっていただろう。」
涙が両目から溢れて止まらない京采が私が祖母と話しているのに気が付いたのか目を覚まし祖母ちゃん!と寄り添う。
「京采、良いか泣くな。祖母ちゃんは救われた。柑奈があのまま私の魂を引き裂いた状態で居たら私はあの世で苦しまなくてはいけなかった。でも柑奈が必死に戻してくれたお陰でこうやって最期に孫と話せて祖母ちゃんは嬉しい。」
「それでも私にもっと経験と力のコントロールが出来ていればお祖母さんの時間をもっと長く出来た。すみません。」
と涙を流す私の涙をソッと祖母は拭い優しい目で
「謝るな。柑奈、京采は私にとって自慢の孫だ。それを忘れるな。いいな、今の自分達の力には可能性は無限大にあるだからここで人を救う事を諦めずに最後までやり遂げなさい。いいね。」
と言うと祖母はそのまま息を引き取った。
私達は声を上げて泣いた。祖母の身体は温かったが魂が遠くに連れて行くのが見えた。
私は祖母が亡くなって、祖母の葬式も含めて私と京采が中心となって行った。
私は離婚後会っていなかった父に祖母の葬式で会い、父に祖母の家を京采に譲るように話をした。最初は渋っていた父だが京采と私の養育費を払わなかった事を言うと渋々承諾した。
京采は家に戻ってからは放心状態で食欲も無いようだった。私はそんな京采を見て一つの考えを決めていた。
京采を学校に無理矢理行かせ私は家に一度戻った。
母は今回の事を知っていたし、祖母の弟子になっていた事も知っていた。
母は私が家に戻ってきたのを見て
「決めたの?」
と聞いてきた。母は何も言わなくても私の事が分かるらしい。私は頷くと
「そう。時々は戻ってきなさいね、連絡も必ず毎日するのよ。分かった?」
と言われた。
京采が学校から戻ってきた。力なく鍵を回し玄関のドアを開ける京采に私は走って
「お帰り。」
と言うと京采は驚いていた。
「今日から私もここに住むわ。京采を一人にはしないわ。貴方には腹違いでも姉が居るのそれを忘れては駄目よ。」
と言うと京采は力一杯私に抱きついてきた。
私はそんな京采の頭を優しく撫でた。
7時を知らせるアラームが鳴る。
俺はまだ眠くて仕方ないけれども授業の単位の事を考えて開かない目を力が入らないのを無理矢理こじ開けてスマホのアラームを止めた。
音が鳴り止むと自然と溜め息が出る。
昨日はバイト先の店長の現哉さんが気に入っているお客さんが来てくれた事でテンションがいつもより高くそのお客さんに
「良いお酒が入ったの~!今日は来てくれたお礼って事で開けちゃいましょうよ~」
と言って無理矢理注文させては現哉さんも一緒に飲んでぐでんぐでんに酔っ払ってしまったのを介護しなくてはいけない羽目になった。
現哉さんに気に入っているお客さんは中年の男性で見た目は俳優のように顔立ちがハッキリしている。背丈は俺よりは少し低いから170後半くらいかもしれないが俺は興味が無い。
そのお客さんは俺が前にお祓いをしたお客さんだ。
内容は確か仕事をしていても頭が重く霊感がある友人に見て貰った所何かが見えると言うので心配になってお祓いをしてくれる所を何カ所か探したが、どこも効果が得られず最後の砦だった俺の所に来たという話だった気がする。
俺はその人を見てすぐにその人の顎先まで人間の形をしたモノの両腕が背後から抱きしめるようにして居るのを見て祖母が愛用していたブレスレットの珠々を触りながら姉さんと同じ般若心経を唱えた。
席に座らずに俺の前に立ち尽くす男性の顔を見ながら俺はその両腕が消えるように祈る。
お経の半分くらいの所で両腕がスッと男性の背後に引いて行き霊の感覚が消えた。
一応念の為に最後までお経を唱え終わるとカウンターの空いている席にその男性を座らせて、
「もう大丈夫です。ただ念の為に」
と言ってキッチンに行って掌サイズのジップロックに料理で使う何でも無い塩を入れてその男性に渡した。
その男性はその袋を受け取ると
「これは?」
と聞いてきた。
「これは今貴方に取り憑いていた霊がもう二度と来ないようにする為の塩です。この塩を人差し指の一関節分くらいに取って舐めてください。出来れば朝会社に行く時に一匙、また帰宅したときに一匙舐めてださい。もしそれでもまた何か異変があればいつでも来てください。」
と言うと
「ありがとうございます。今本当に頭というか顔まであれだけ重く感じてこめかみがアイスピックで刺されているくらいに痛かったのが無くなりました。本物の霊媒師さんだったんですね。実はここに来るまで他の所でもインターネットで掲載されている所に行ってお祓いを受けたのですがどこに行っても変わらなくて病院に行っても偏頭痛では?て言われるし。俺偏頭痛なんて小さい頃からなったことないから急にこの歳でなるのかと思うとその診断も不思議でしかも痛み止めも効果無くて、それで霊感のある友人がここを紹介してくれたんです。その友人が最初に見てくれて何か見えるよって教えてくれて、俺が困っている事を知って調べてくれたみたいで。」
と霊が居なくなったからなのか先程まで物静かなどちらかと言うと疲れ切って項垂れていた頭をグイと持ち上げると先程まで死んだ魚のような目をキラキラと輝きながら話し始めた。
俺はその様子を眺めていると休憩に入っていた現哉さんが戻ってきた。
現哉さんが戻ってきたのを確認すると現哉さんは俺の目の前に座るお客さんを見ては頬を赤くして小走りでこっちに来たなと思ったら俺に思いっきりタックルして床に転がされた。
俺は
「何するんですか!」
と現哉さんに言うが俺の声が耳に入らないのか先程中年の男性に
「いらっしゃませ~!初めてのお客さんよね!やだ~!!お兄さんとってもイケメンだわ!!俳優の山崎賢人君を渋くさせた感じってよく言われない?」
と騒いでいる。俺はタックルされた所を擦りながら立ち上がると中年の男性が
「大丈夫ですか?」
と小声で聞いてきたので静かに頷くと現哉さんは俺の事を完全に忘れているのか
「何か飲みます?メニュー表を見て何か食べ物食べたいのがあったら言ってね!今日なんかトキメキがありそうな気がしてたけれどきっとお兄さんに会えることを神様が教えてくれてたんだわ!」
と女子高生のようにキャッキャッとその場を飛び跳ねる俺はそんな現哉さんを軽く睨みながら
「現哉さん、マジで痛いです。」
と言うと
「あら!やだ~七星ちゃんどうしたの~?大丈夫~?」
と聞いてきた。本気で自分が何をしたのかを覚えていないのかそれともわざと言っているのかは分からない。けれどもすっとぼけた様な顔に少し苛立ちを覚えながらも心の中で静かに
(この人は店長、この人は店長)
と何回も呟きながら痛む腕を擦りながら呟く。
そんなやり取りを中年の男性はクスクスと笑いながらビールを頼んできた。
俺はきっと現哉さんの事だからこの場所から動くことは無いだろうと思ってビールをコップに注ぐ為に動く。
冷蔵庫からビールを取り出しコップに注いでいる時にチラッと現哉さんの事を見ると案の定顎下に両手で拳を作って上目遣いをしながら中年の男性に色んな質問をしていた。
「はぁー」
と溜め息を着くと他のバイトの新藤がコソッと俺の側に来て大丈夫か?と聞いてきた。
俺は頷きながら現哉さんの方を指さすと新藤はそれを見て
「まじか~現哉さん今日はきっとあの中年の人の前に付きっきりになるぞ。」
と言う。今までもそうだった現哉さんのタイプの人が来るとその場から動かなくなるのだ。
溜め息をつきながらビールを持って行くと中年の男性は現哉さんの質問に答えながら俺にお礼を言ってビールを受け取った。
俺はその場を去ってテーブル席に飲み物のお代わりは必要ないかと聞きながら空いた皿を下げながら店内を見て回る。
この店に俺が20歳になってすぐ頃から働いている。
もう1年世話になってる。最初の出会いはたまたま俺の友達が面白い店があるというのを聞いて遊びに来たのがきっかけだった。
この店が開店してからは5年は経過しているようだったが、真新しく大学では飲食店は2年で無くなってしまう事が多いという話を聞いていたので凄い長くやってるお店なんだと思いながらお店の扉を開けた事を今でも覚えている。
扉を開けるとオネエ言葉の男性が出迎えてくれて友人はその姿を見て面白がってカウンター席に座ると勝手にビールを注文されてオネエ言葉を使う男性に色々質問していた。
俺は初めての世界に圧倒されながら静かに友人の隣に座るとオネエ言葉の男性が俺に話しかけてきた。
「二人共若いけれど本当に20歳超えているか確認しても良いかしら。」
と学生証か保険証を提示するように言ってきた。
俺は黒い財布から学生証を友人と一緒に見せると先程まで少し強張った顔が緩み
「良かったわ~。未成年だったら私怒られちゃうから見せてくれて有り難うっ!お礼に投げキッスしてあげるわ!チュッ!」
と投げキッスをしてきたので俺は全力で逃げ、友人はお腹を抱えて笑った。
俺が全力で逃げたことが不満だったのか
「何で逃げるのよ~この現哉様のキッスは特別なのよ~」
と言ってきた。
何が特別なのかと言いたいが初めて会った人にそんな事を言ってしまっては失礼だと思い小さくすみませんと言うと、現哉さんはプリプリと呟きながらキッチンに入って行った。
現哉さんという店員が目の前から居なくなると、友人が
「な?噂通りに面白い店だろ?」
と笑いながら俺にしか聞こえないように小さい声で話してくる。
俺は面白いというよりも呆然としながら反応出来ずにいた。
現哉さんは俺達に冷えたビールを持って来ると
「はーい!かんぱーい!!」
と言いながらグラスを持つフリして乾杯してきたので俺も友人も慌てて何も無い空想のグラスに乾杯する。
一口飲むと冷たい苦みがある炭酸が口の中に溢れる。
友人が勝手に注文したので何も言わなかったが、ビールを飲んだのは今人生初めてだった。家では姉さんが買って来てくれる甘いお酒しか飲んだ事が無かったのでこんなにビールって苦いのかと少し大人の男になれた気がした。
友人はごくごくと飲むが俺は少しずつしか飲めなかった。
もしかしたらあまり好きな飲み物では無いのかもしれないと思いながら黙って飲む姿をジッと現哉さんが見てくる。俺はその視線を感じて
「何ですか?」
と少しぶっきら棒に聞いた。この目線は今までにも経験している。小学校の高学年になってから女子からその目線を感じ知らないふりをしていたが休み時間になると他クラスの女子達がキャアキャアと騒ぎながらクラスの中を覗いてくる。
俺は最初は何事かと思いながらも気付かないふりをしていたが、ある日の放課後に下駄箱で靴を履き替えている時に知らない女子3人が好きな人は居るのかと聞いてきて、いないと答えてから毎日のように誰かに呼び出されては告白されるようになった。
最初は戸惑いながら申し訳ないと罪悪感を抱きながら断っていたが、毎日続き男子から揶揄われるようになると鬱陶しい気持ちにもなった。
告白されて誰かが俺を好きになってくれる事はとても嬉しい事だし感謝しなくてはいけないが、告白する時に友人を連れて来たり断るとその場で泣き出して付いてきた友人に怒られる事、またその事について噂話を流しそれを聞いたクラスの人達が揶揄って来るのが嫌いで仕方なかった。
高校になってからはそれが酷く他校からも門で待ち伏せして来る人も現れて最悪の毎日だった。
でも俺の日常は姉さんのお陰で変わった。
姉さんが通う大学に行って幼少期の姉さんの写真を片手に大人になった姉さんを見た時に天使か女神かと思った。
輝き友人達に微笑む姉さんを見て俺はこんな美しい人を初めて見たと思った。
姉さんの周囲は常に何か透明の羽衣が舞っていた。姉さんは気が付いているのか分からないが俺には姉さんの背後から羽衣が出て天使の羽のように背中や背後から優しく姉さんを抱きしめるようにして包む透明の羽衣はとても美しく俺は暫く遠くから姉さんを見つめることしか出来なかった。
暫くして姉さんに直接会うようになってからは姉さんの傍に居ることが幸せでしか無い。
俺には姉さんが居るのだ。だからなのか、最近ではそういう目線を感じると以前よりも冷たくあしらってしまう態度になってしまう。
俺が冷ややかな目で見ているのに気が付いたのか現哉さんは
「貴方、何処かでバイトしてない?」
と聞いてきた。急にどういう意味なのか理解出来なかったので
「してませんよ。」
と言った。本当はバイトを探している途中なのだがなかなか見つからない。
高校の時から学費を稼ぐ為にバイトを何個か掛け持ちをしているのだが、接客業をするとお客さんに告白をされたりしつこく電話番号を聞かれたり、しまいにはストーカーをされた事があった。また従業員に女性が居ると既婚者でも告白して来る人が居て半年以上は同じ職場で働く事が出来なかった。
そして今先月にバイトを辞めてしまったので色んな所を探しているがなかなか見つからない日々を過ごしている。
そんな俺の事情を知っているのかと思うくらいに
「貴方の事だから相当人間関係に困ってるでしょう。貴方目立つもの~。もし良かったらこの店で働かない?このお店は男性従業員しかいないし、基本今の所は私も含めてノーマル(同性愛者では無いことを言う)しか居ないもの~。勿論福利厚生もしっかり付いてるし、交通費も全額支給!大学の授業に合わせて好きな時にシフトを組んでくれて構わないわ!そして何より夜の仕事だから他のバイトと比較して給料は高いわよっ!!」
と全力でアピールしてくる。
俺はそれを聞きお客さんのトラブルとか大丈夫かと聞くと
「私が居るから大丈夫よっ!なんたってこの現哉様を超える鉄壁は無いわっ!」
と自信満々に言ってきた。
俺はそれを聞いて笑った。現哉さんは気が付いていないのかもしれないがこの人は人の波を自然と動かす事が出来るタイプだ。何かトラブルが起きてもその空気を簡単に操りそしてそのトラブルを解決出来る。こういう人はなかなか居ない。
俺は笑いながらその場で承諾した。
友人はその光景を見ながらいつの間にかビールを飲み干していて少し頭をグラつかせながら
「おかわり~」
とキッチンに向かって叫んだ。
あれから色々あった。
最初は大人しく真面目に働いていたが、夜のお店だからなのか良くない霊をまとった人が来たり現哉さんに悩み事を話している人の中には呪われている人も居た。
俺は最初は人前で何か行動をするのが出来なかったが祖母が亡くなった時に俺は何も出来なかった悔しさを思い出して勇気を出してお祓いのアドバイスのように声掛けをするようになった。最初は怪しさ満載で疑ってくる人も居たがそこは現哉さんが何も言わずにサポートしてくれた。
その後暫くそういう話を聞いてはお祓いのアドバイスをする。俺の力ではそこまでの強さは無い。それを理解しているからこそアドバイスとその人を見てまたその人の話を聞くことしか出来なかった。
しかし、それが続くと俺のアドバイスを受け止めてくれた人達が感謝を述べにまた店に来るようになった。そしてその話題が他の人に伝わって最近では俺のお祓いの噂を聞いて来る人が多くなった。
現哉さんには何も聞いてこないので、相談してくる人が増えていく事を感じた頃に話した事がある。
休憩時間がたまたま一緒になった現哉さんに俺は
「最近俺のせいですみません。」
と謝ると現哉さんは売上票を片手に見ながら
「あら、何かあったの?」
と聞いてきた。
「いや、最近俺がお祓いみたいな事をしているせいでそれ目的に来る人が居るから。」
「そうね!最近多いわよね!それがどうしたの~?」
「いや、気持ち悪くないんですか?俺がそういうの見えるタイプというか分かるのって。」
「なーんでよ~、最初は少し驚いたわよ!でもね、それも含めて七星ちゃんじゃない~。
それに私からすれば有り難いわよ!だって最近見なさいよ!この売り上げ!七星ちゃんが来る前から比較したら何倍も売り上げが伸びているのよ!それに時々七星ちゃんが接客したお客さんで七星ちゃんにお礼って言って高いお酒を送ってくれる人も居るのよ?もうむしろ私からすればイケメンだけじゃない七星ちゃんを見つけて従業員にしたあの日を心から感謝しているのよ!他のお店に七星ちゃんを取られなくて良かったわん!てね!」
とウィンクしてくる現哉さんに俺は条件反射のようにそのウィンクを避けながら
「ありがとうございます。」
と言った。
「はぁ~そこは可愛くないわね。七星ちゃんだけよ。私のキッスもウィンクも全力で逃げるの~。現哉不満~プンプン」
と頬を膨らます現哉さんに
「本気で可愛くないので止めて貰えますか?それに条件反射で動いちゃうので意識して避けてる訳じゃないんで。」
と言うと
「七星ちゃん酷いわ!この私の乙女心を弄ぶなんて!」
と泣き真似をしてきたので面倒になって俺は自分のロッカーを開ける。
俺のロッカー内側には沢山の姉さんの写真が飾ってある。
これを休憩中に見ることによって癒やされるのだ。
俺は姉さんの写真を見て静かに拝む。そんな姿を呆れた顔で
「七星ちゃんは残念なイケメンよね。」
と言ってきた。どういう意味なのかは分からないが現哉さんは姉さんの顔が可愛いと言って前にお店に連れて来てと言ってきたのを俺が拒絶した事から俺の事を重度のシスコンと呼ぶようになった。
他の従業員も俺のロッカーを見ては最初は彼女が居ないなら女性を紹介してやると言っていたが姉さんの写真を大事にロッカーに貼っている姿や携帯の待ち受け画面が姉さんだと知ると急に言われなくなり、時には肩をポンポンと慰められる事が多くなった。
でも俺はこの店の人達には心から感謝している。
いつもならもう働いてすぐに人間関係のトラブルに巻き込まれている所だが、今の仲間達は上手くトラブルを回避してくれる。
俺は今まで働いてきた中で一番のびのびと働けていた。
ただ今のこの瞬間は違う。
現哉さんのタックルは意外と痛く陰からジッと睨み付けるようにして見ていても俺の目線に気が付かないのか、目の前のタイプの中年の男性に夢中の現哉さんと俺のその目線に気が付いて笑いながら俺の肩を押しながら仕事をするように他の従業員に移動させられた。俺のまたその姿を見て他のお客さんは笑っていた。
俺はすぐに気持ちを切り替えて仕事をこなす。集中すれば早くバイトの時間が過ぎていく。
どんどん空いていくお皿を流し台に持って行き洗っては干しての繰り返しをしていると他の従業員に今日はもう時間になるから上がれと言われて上がろうとした。するとその従業員に現哉さんがスタッフルームに居るからタクシー呼んであるので家まで連れて帰ってやってくれと言われた。
俺は小さく
「えー」
と面倒という顔をしながら他の従業員の人達にも帰る為の挨拶をしてスタッフルームに入ると真っ赤の顔をした現哉さんが床に仰向けになって潰れていた。
俺は姉さんに現哉さんを送ったら帰ることをLINEするとすぐに返事が来て
「お疲れ様!疲れたでしょう。現哉さんもきっと疲れが溜まっていたのね。気をつけて帰って来てね。もし小腹が空いてたら夕飯の残りがまだあるから食べられるようにしておくから教えてね。」
と来た。
心の中で姉さんに癒やされながら急いで着替える。ロッカーの鍵を閉めて俺は現哉さんのロッカーから貴重品が入った鞄を持ってそのまま現哉さんを担いで外に出る。
店の外に出ると夜風が吹いてとても気持ちよかった。
隣に酒臭い人が居るのがとても残念だが、夜風はとても気持ちよく働いて疲れた身体を癒してくれる。暫くするとタクシーが目の前に止まった。運転手さんに確認するとさっきの従業員が呼んでくれたタクシーだった。
住所は聞いているのでと言われたが、一応念の為に一緒に乗って現哉さんの家に送っていった。俺は現哉さんを家まで送って帰ろうとするとタクシーのおじさんが俺が戻ってくれるのを待っていてくれた。
俺はそのタクシーに再び乗り家に帰宅したのである。
それが昨日の出来事。
今日は1限から授業がある。
寒くて仕方ない季節に朝早く起きて布団から出るのはキツイが姉さんが俺が起きてくるのをきっとキッチンで朝ご飯を作りながら待っているに違いない。
そう思って勢いよくベッドから出ると身体が凍るような寒さに包まれた。
「寒すぎる。」
とボソボソ言うとベッドの横に置いてある祖母ちゃんの写真を見た。
ニカッと笑う祖母ちゃんの写真に俺は手を合わせておはようと心で挨拶をする。
この行動は祖母ちゃんが居なくなった時からの毎日の日課できっと何処かで祖母ちゃんが見守ってくれていますようにと思いながら手を合わせる。
俺は暫くそうした後に階段を降りてリビングに向かう。
途中で靴下を履いてくれば良かったと思うほど足先が冷えて痛かった。
でも起きないと遅刻するし姉さんにも迷惑を掛けてしまう。
そう思って必死にリビングに向かう。
リビングは姉さんが暖房を着けてくれたお陰で暖かくさっきまで指先まで冷えていた足先がじんわりと暖かくなっていく。
台所では姉さんが焦げ茶色の髪をサラサラとなびかせながら朝ご飯を作ってくれていた。
「おはよう」
と姉さんに声を掛けると姉さんは振り返りながら笑顔で
「おはよう、今日も寒いね。」
と笑顔で応えてくれた。
俺はそんな姉さんの笑顔に朝から心臓がギュンと捕まれたような感じがして左胸を押さえ、神に朝から感謝した。
(今日も姉さんは美しい、有り難う神様)
とどの神に感謝しているのか分からないがその辺の神様に感謝した。
「あらどうしたの?体調悪いの?」
と朝ご飯のスクランブルエッグや野菜を乗せたお皿をテーブルに並べながら姉さんが声を掛けてきた。俺は我に帰って
「ううん、大丈夫だよ。顔を洗ってくるね」
と言って洗面所に向かう。
洗面所で顔を洗う。そして顔をタオルで拭きながら鏡を見る。
俺は元々体毛が薄いのか髭が生えない。男らしく髭を生やしたいのだがなかなか生えてこない。でも姉さんは髭が無い方が好きかな~と以前テレビの俳優に向かって言っていたので生えてこなくても良いと思ってもいる。俺の中では俺の好きなファッションよりは姉さんの好みかどうかが重要なのだ。
友人達はその考えにそろそろ姉離れしろと言ってくるが当分はこの気持ちを素直に吐き出すようにしている。誰にどう思われようが姉さんに嫌われなければそれで良いのだ。
俺はそう決意した後手に持っていたタオルを洗濯機に入れて、リビングに戻る。
因みにこの行動と決意も毎日決まった行動である。
俺はリビングに戻り椅子に座ると姉さんがもう椅子に座って俺が来るのを待っていた。
テーブルにはロールパンが二つ、またスクランブルエッグに野菜が添えてあり湯気が立ったコーンスープにはクルトンが浮いていた。
俺は朝から温かそうな料理にお腹の虫を鳴らしながら席に座る。
俺のお腹が鳴ったのが聞こえたのか姉さんはフフフと口元に手を当てながら笑うと俺が座ったのを見て
「頂きます。」
と手を合わせて言った。
俺も一緒に手を合わせて朝ご飯を食べる。
こんな日は祖母ちゃんが死んだ日からずっと体験している出来事で、姉さんは今は仕事はしていない。
理由があるようだが俺は何も知らない。聞いてはいけないような気がして聞いていない。ただ毎日この家の空気を常に浄化して木々達に話かけては情報を得ているらしい。
そして家事は全て姉さんがしてくれている。
俺は家の事は全て任せっきりだが姉さんはそれで良いと言ってくれたのでバイトの時間が自由に取れるのだ。
姉さんが食べていた物を飲み込んで
「今日は何限まであるの?」
と聞いてきた。
「今日は3限。お昼ちょっと過ぎに帰ってくるよ。どうして?」
「そうなのね、実は今日午前中に例の刑事さんが来るみたいなの。多分少しお話しして帰られると思うし、夕飯の買い物をそれくらいにするから外で待ち合わせして少し散歩しようか~。」
「待って。散歩は分かったけれども、何?今日刑事さんが来るの?聞いてないんだけど。」
「あら~。言ったと思っていたけれどもこの間例の事件遭ったでしょう?その時にお祖母さんの知り合いの刑事さんを通してまだ新人の刑事さんが今日来るって言ってたわよ。多分警察に協力してくれないかっていう話だと思うのだけれど。」
「それ、姉さんはその話を受け入れるの?」
「まさか!私がしている事は商売じゃないもの。ただのボランティアにしか過ぎないわ。」
「でも、姉さんの力や今やって来ている霊媒師の仕事は一定のお金を貰うべきじゃない?それにこの間だって取材受けて仮名だったのにどこからか情報が漏れたのか以前よりも相談に来る人が増えたじゃないか!姉さんの言っている事も分かるけれどもある程度お金を貰っても良いと思うけど。お気持ちをくれる人達に断ったりしなくても良いと俺は思う。」
「そうね、でも私がしている霊媒師の仕事はお祖母さんと住職さん以外に教えてくれた事では無いのよ。ほぼ自己流なの。それにお祖母さんのやり方は自分に憑依させるやり方で私とは根本的に違ったわ。だからね、私がしている事が本当に正しいのかなんて私には分からないの。でもそれでも全力で向き合うわ。ただそこを商売にするのはまだ引っかかりがあるのよ。」
「なるほど。姉さんがそう言うなら俺は姉さんのやり方に着いていくよ。でも今日来る刑事さんって俺会ったことある人?」
「ありがとう。えーどうだったかしら。この間会ったのは年配の刑事さんじゃなかった?多分私も今日来るって連絡をしてきた刑事さんは初めましてのはずよ。」
「その刑事が変な人じゃないか俺今日学校休んで一緒に会うよ。」
「駄目よ!ちゃんと学校に行きなさい。いつ風邪引いたりして欠席しなくてはいけなくなったりしたら困るから行ける時はなるべく出席しなさい。お姉ちゃんとの約束よ!」
「・・・・・うん分かった。姉さんがそこまで言うなら今日は学校に行くよ。でもなるべく早く帰ってくるから。LINEもするから刑事と話している時でも必ず返事してね。心配だから。」
「分かった分かった。ほら冷めないうちにご飯食べなさい。」
そう言われて俺は少し膨れっ面になりながらご飯を食べる。コーンスープは俺の心配を落ち着かせるかのように心を温かく満たした。
俺は渋々学校に来て授業を受けた。授業中は携帯を弄るのが禁止をしている先生が多く、LINEが送れなかったが休憩時間になれば姉さんに連絡すると若い刑事さんだったが美味しそうな可愛いマカロンを手土産に持って来たそうだ。
マカロンの写真を送ってきた姉さんの画像をすぐに保存する。
俺は3限の終わりを今か今かと思いながらチャイムの鳴る時間を何度も教室にある時計を見ながら確認してウズウズしていた。
チャイムが鳴ると一目散に教室を飛び出し、大学の最寄り駅まで走って電車に乗る。
俺の大学は家から遠くにある場所ではないのですぐに家の最寄り駅に着いた。
姉さんに電話をすると買い物が終わって今公園に居ると言われた。
俺は
(何で公園?)
と思いながら姉さんが居る公園まで走る。
外は寒いはずなのに俺は走ったせいで身体が暑くなり額には汗をかいていた。
走りながら上着のチャックを開けて公園まで休み無しで着くと、姉さんの姿を探した。
暫く姉さんの姿を探していたら姉さんが一人でブランコを漕いでいた。
買い物の袋を横に置いて貴重品が入った鞄を胸に抱えながら一人でボーとブランコを漕いでいる。俺は姉さんに小さく手を振ると姉さんは俺に気が付いて手を振り返してくれた。
俺は姉さんの近くに行くと姉さんは少しずつ両足の足裏を使って地面に擦るようにしてスピードを緩め止まった。姉さんはそれでもボーとしている。
もしかして朝会った刑事に何か酷い事でも言われたのかと思い姉さんに駆け寄ると
「お帰り~。京采。」
とゆっくり姉さんが声を出した。
「姉さん、具合でも悪いの?大丈夫?」
と慌てて聞くと
「ブランコが在ったから懐かしくて漕いでみたら気持ち悪くなっちゃって。どうしたものかと考えてたの~。」
「え?大丈夫なの?吐きそう?」
「それは大丈夫よ~。ただクラクラするだけ~。」
と言いブランコから立ち上がる姉さんを支えるが大丈夫と言って地面に置いていた買い物袋を持とうとするので俺はその袋を姉さんよりも早く持ち
「姉さん帰ろう。」
と言った。
姉さんは頷くと公園をフラフラと歩き始めた。
本当に午前中に何も無かったのだろうか?俺は前を両手を広げて伸ばしながら歩く姉さんの後ろを着いていくようにして歩く。
姉さんは歩きながら木々達の声を聞いているのか木々達を見ながら冷たい風が吹いてくるのを全身で受け止めるようにして歩く。
「姉さん、本当に大丈夫なの?」
と前を歩く姉さんの背中に声を掛けると姉さんは前を見ながら
「何が~?」
と聞いてきた。
「俺さ、姉さんと違って木々達の声も聞こえないし力も姉さんみたいに無いけど、俺だって姉さんの力になりたい。」
と言った。姉さんはその言葉を聞いて急に立ち止まり振り返った。
「あのね、京采。人はそれぞれ合う合わないがあるの。たまたま私は木々達や自然の声を聞けるし私の力になってくれる。京采にもこれからきっとそういう出会いがあるわ。それが虫かもしれない、土かもしれないそれともこの世には存在していないモノかもしれない。でもそれは今まだ出会ってないだけよ。もっともっと京采が色んな声に耳を傾けて信頼できるモノを探せばきっと出会え京采の力になるわ。」
「本当?」
「えぇ本当よ。でもそれがいつ出会えるかは私には分からない。それがいつ出会えるのかを言えたら良いのだけれども、私にはそこが分かる能力は無いの。でもね必ずこの力があるのは理由があって守ってくれる人達や自然があるはずよ。だから絶対に諦めたら駄目よ。」
と言う姉の姿は凜としていて迷う俺の気持ちにいつ頃から気付いていたのかと聞きたくなるくらいに俺が欲しかった言葉をくれた。
俺は刑事が来ると聞いて少し不安で寂しかったのかもしれない。
もし俺も姉さんと同じ力があって霊媒師として一人前に認められていたのなら今日の会話に同席出来たはずだ。
でも姉さんは俺に同席させずに学生としての本職の勉強を優先させた。
それが俺の中で気付かないうちに負の感情になっていたのだろう。それを一目見てなのか木々達に言われたのか分からないが姉さんにはお見通しだったのだ。
俺が少し気まずそうにしている姿を見て
「私は京采を頼りにしているわ。でも何か遭った時は姉さんが必ず京采を全力で守る。お祖母さんの時のような後悔は二度としないわ。絶対に私が守るから。私はずっと京采の傍に居るからその事を忘れないで。」
と言う姉さんの背中からは羽衣が見えその羽衣が俺の身体まで伸びそして俺を暖かく包んでくれた。姉さんに見えるモノと俺が見えるモノは違う。だからこそ俺にしか出来ない事を見つけて姉さんが姉さんなりに力をコントロールをするように俺も俺のやり方で力の使い方を見つける。
俺は姉さんの羽衣に包まれながら大きく頷いた。
俺の霊媒師としての修行はまだまだこれからだ。
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