二人の霊媒師
凛道桜嵐
二人の霊媒師
午前一時。
すっかり紺色の空が広がり昼間と違って喧騒した賑やかさが無くなりひっそりとした時間が流れ職場も人がまばらであるもののあちらこちらでパソコンをカチャカチャと打つ音が聞こえてくる。
私の作業用の机の上にはブラックコーヒーが二本置いてあり、眠気覚ましの為に営業で外回りをしたときにコンビニで買った栄養ドリンクが転がっている。眠気がピークに来ていたので気分転換の為に周りを見渡したら数人の男の先輩も女の先輩も含めて上司もまだ作業をしていた。
誰も一言も話さずずっとこの切り詰めた空気で私達は黙々と作業をしている。
今私がしているのは営業先に持って行く資料の改善と報告書。そして今はまだ営業で紹介できない物件への資料作りをしている。
ただ、今日は本気で帰りたい。どうしたものかと考えていると、上司が「少したばこを吸ってくる」と言って外にある喫煙所に行こうとしていた。
私は帰るなら今だと思い静かに帰る準備をしていた。
帰ってから仕事の続きをしよう。
パソコンを閉じて鞄の中にコソッとしまうと上司はそのままフラフラと喫煙所に向かっていった。
私はすかさず立ち上がりコートを着る。隣に座っていた佐々木さんも虚ろなめをしながら私と同じように帰る支度を進めていた。
私は、一足先に準備が出来たので
「お疲れ様です。」
と声を掛けるとボソボソとお疲れ~やおつ~と返事が返ってきた。
この職場は上司が居なければかなり平和である。
仕事は忙しいし、難しいがそれよりも上司の説教部屋と呼ばれる所で一時間以上の説教を聞く方が余程堪えるし、休み等関係なく連絡が来ては怒鳴られる事の方がとても大変である。
上司が帰ってきてしまってはまた家に帰れないと思ったので、良いタイミングで上司がたばこを吸いに席を外してくれたのは本当に助かった。
私は小走りになりながらエレベーターを押して会社の玄関に向かった。
スマホの画面を付けて時間を見て確認をする終電の時間は終わり帰る電車は無い。
タクシーを拾うしかないが運良く来てくれるとは思えないので、アプリを使って料金が少し増したとしても良いと思いタクシーを呼ぶことにした。
久しぶりにタクシーを使うのだが絶対交通費で請求してやるというのは忘れないようにしないと。と何回も思いながらタクシーを会社の近くに呼んだ。
私の会社は領収書さえあれば交通費が戻ってくる規則になっていた。
冬が少しずつ去り春の訪れがあってもまだ夜は肌寒い。風が今日は強く余計に寒く感じる。早くタクシーが来てくれないかなと思いながら私はタクシーの車が来る方をずっと見ながら待っていた。
暫くするとタクシーが指定していた場所に止まった。私はそのタクシーに乗り込むと真っ先に住所を伝えた。今日のタクシーのおじさんは良い人そうで
「お姉さんお疲れ様だね。住所ここだね。分かりました~」
と言い私がシートベルトを付けるのを確認してからゆっくりと前後確認した後に発進した。
「お姉さんはどんなお仕事をしているの?」
とゆったりした声で聞かれる。私は車の中で寝ようと思っていた気持ちを切り替えて回らない頭をフル回転させて質問の内容を頭の中で文字に置き換えて
「えぇと、私は商談営業をしています。基本夕方には商談が終わるんですが商談が終わった後は会社に戻ってはほぼ資料作りで追われてます。」
今日も今日とて商談が上手くいかず帰ってきて早々上司に報告した後に説教部屋で二時間怒鳴られたのを思い出し仕事の説明をしながら自嘲な笑いが零れた。
この仕事をしてもう四年になるが、この仕事に新卒として就職出来たときはこんな日々を送る事なんて想像もしていなかった。それこそ上手くいかない事があってもきっと良いこともあって色んな世界が見えるなんて思って期待して出勤していた。しかし、あれから四年が過ぎた日が今はそんな世界は存在しないことを身をもって体験した。
そんな姿を目に見えてタクシーの運転手のおじさんは分かるのかバックミラーで私の姿を見ながら
「営業さんなんだね、それはとても大変だ。もう春の訪れが近いって言ってもまだ寒い日が続いているのに。いつもこんなに遅い時間まで働いているの?」
「そうですね。大体この時間でもう少し遅いときもあります。」
車の中が暖房で暖かいせいか乗車する前よりも眠気が襲ってきているのを必死に堪えつつ私は質問に答える。
まあ。営業というのも表向きで私の本当の仕事は毎月出版される雑誌の記事を書く仕事である。
記者と言うとどこの雑誌を書いているのかとか今どんな事が注目し、他者に話さないからと言っては興味本位でどんな記事を今書いているのかと聞いてくる人も居る為、仕事でアポを取って話を聞く時以外では営業と言うようにしていた。
私は半分眠りながら今月号について考えていた。
実は先月これなら掲載して貰えるだろうと思って書いた記事が上司の判断で没になり、今月はちゃんとした記事を書かないと減給するぞと脅されていた。
実際減給されるかは分からない。ただ、今月掲載出来る記事が出来なければきっとまた説教部屋に連れて行かれるだろう。
こんなに毎日遅い時間まで働いているのだ。説教部屋に行くことだけは避けたかった。
そう思いながら私はタクシーの窓から東京の星が少ない夜空を見ていた。
朝七時に起床する。
四時間も寝れていない。正直起きるのが辛い。でも起きて会社に向かわないといけない。
スーツを着ながらノートパソコンを鞄に入れる。
化粧は社会人になって最初の頃はしっかりしていたが最近では全くしなくなった。
朝顔を洗うのも最近は面倒になり余裕が出来たときにしかしなくなった為最近おでこに大きなニキビが出来た。
26歳になりもうニキビでは無く吹き出物だと最近隣のデスクに座っている先輩に聞いたが、意地でもニキビだと思うようにしていた。
何故か吹き出物と思うと大人になってしまった気持ちになったからだ。
15分くらいで用意しながら私は冷蔵庫に入っていたバナナを片手に玄関を出た。
歩きながらバナナを食べる。
歩く振動に少し食道に詰まりそうになるが、これを今の時間に食べながら行かないと朝ご飯は抜きになってしまう。朝ご飯を抜いてしまっては頭が働かず記事なんて書ける訳無いし、アポの電話にも集中出来ず下手したら話を聞いてくれないかもしれない。そう思うと喉につっかえようが私は口にバナナを放り込んだ。
職場に着くとあのまま職場に寝泊まりしていた人も居たらしく椅子をベッドのようにして並べて寝ている人も居たり、寝ずに記事を書いているのか眠気を飛ばす瓶を片手に必死にパソコンを打っている人も居た。
私は挨拶そこそこに自分の席に座る。すると机の上に付箋が貼られていた。
その付箋には
「テーマ:霊媒師について記事を書いて纏めろ!」
と書いてあった。この文字は多分上司の字だ。きっと煙草を吸って戻ってきて私が退勤したのに気が付いて付箋を貼ったに違いない。
「あーーーー」
と朝来てまだ疲れが取れない私に新しい記事の内容を書けと仕事を渡されてまだ何もしていないのにもう家に帰りたくなるくらい一気に疲れの波が私に押し寄せてきた。
「霊媒師って何?ホラー系?夏じゃ無いのになんで今の季節でホラー系なの?」
と独り言を言いながら鞄の中からパソコンを取りだし、電源を入れて画面を立ち上げる。
検索で霊媒師と入れてヒットさせると沢山ホームページが紹介されるが、偽物がほぼだろうと思う物ばかりだった。
中にはお祓いしてますという文字が書かれていたが、写真家やホームページからして占いを主にしている文が記載されていてなかなかこれだと思う記事が見つからなかった。
どうにかして一件くらいは見つけたい所だがなかなか見つからない。
髪の毛を両手でクシャクシャにして唸り声を上げながら付箋の文字を睨み付けた。
上司がこんなテーマを私に押し付けてこなければ今持っている内容の記事に集中が出来たのに、余計なことをしやがってと思いこの付箋をグチャグチャにしてゴミ箱に捨ててやりたいが、もしもそれが上司にバレたらどんな嫌がらせをされるか分からない。付箋一枚に振り回されている事に余計に腹が立った。
そんな姿を隣のデスクに座っている佐々木さんが話しかけてきた。
「どうした?」
と外はコートが必要なくらい肌寒いのに佐々木さんの感じている季節は違うのか半袖で最近髪が後退しているらしく年々広くなっているという噂をされている広いおでこには数滴の汗が付いていた。
「いや、実は朝来たらこの付箋が貼られてて。」
と私は付箋を佐々木さんに見せる。
「なに。・・・・霊媒師?この時期に?」
と付箋を見ながら右眉を少し上げながら奇妙な物を見るような表情で聞いてきた。
「そうなんですよ。夏だったらホラー系は分かるんですけどもう季節的に春に向かってますし、今こんなの記事にしてもまた没貰いそうです。」
と泣き言を言うと佐々木さんが少し考えながら
「霊媒師の当てなんかあるのか?」
と聞いてくる
「そんなのあったらとっくに電話してアポ取りますよ。SNSでもインターネットでも引っかかりそうなくて、自称霊能力者だというユーチューバーは居るんですけど、どうも怪しくて。まぁいざとなったらその人達に話を聞きに行きますけれども。」
と言うと佐々木さんは私の話を途中まで聞いた後何かを思い出したかのようにメモ帳を開いて何かを探していた。その手帳は表紙は黒く中にはびっしりと文字が書かれているが佐々木の字は汚く横に居ても読めそうな字はなかなか無さそうだった。しかし、佐々木には何がどこに書いてあるのか分かるようでページを雑にめくり何かを探している。そして
「あった。これだ。この人この新宿二丁目のBARで働いてる七星京采(ななせ けいと)がそういうのに詳しいって聞いたことがある。」
「七星さんですか?その人がBARで働きながら霊媒師をしているんですか?」
「口コミでしか評価はされていないがかなりの人気者だ。その世界では知らない人は居ないというくらい有名だと聞いたが俺も会ったこと無いからな~。」
と後ろに腕を組みながらのびーとする佐々木を横目に私は急いでメモにBARの住所と店の名前七星の名前を書いた。
「今日にでもそのBAR行ってきます。」
「ああ、今日確か待てよ。・・・あーお店今日やってるから大丈夫だ。客としてまずは話を聞いてみたら良い。」
と携帯でBARの定休日を検索しながら教えてくれる佐々木に心から感謝をした。どうしたら良いのかと行き詰まっていた時にこんな救世主が現れるなんて今回は良い調子かもしれない。と思い私はパソコンで七星京采について調べた。
七星京采はそれなりに有名らしくSNSでも名前がヒットするが多くはイケメンという話題で有名だった。
霊媒術をしているイケメンとして女学生を含めて若い女性に人気らしくBARで七星と話せただの、お酒を作ってくれただの写真がアップされているが肝心の七星の写真はNGらしく誰も写真を掲載されていなかった。
せめて顔さえ分かれば今日お店に行った時に話しかけやすいかもしれないと思っていたがこれでは望みが薄そうだ。と私は少し落ち込みながらふと気になりスマホを見た。
そこには大学時代に知り合い連絡先を交換していた喜咲 実慎(きさき みちか)からLINEが着ていた。
実慎は大学で同じ授業を取っていた事をきっかけに話すようになり、よくレポートを一緒に書いたりまた私生活の恋愛相談も受けていた。
その実慎のメッセージには
「久しぶり。急に連絡してごめんね。実は相談したいことがあって聞いて欲しくてLINEしたの。もし良かったら返事ください、待ってます。」
と書いてあった。
私は何事かと思い非常階段に出て実慎に電話をした。
まだ午前中だ。もしかしたら出ないかもしれないと思いながら呼び出し中の文字が浮かぶ画面を見つめる。
何回かコールの後に通話中に表示が切り替わった。
私は急いでスマホを右耳に当てる。
「もしもし?久しぶり。LINE見て驚いて電話したんだけど大丈夫?」
と言うと、向こうから何かビニール袋をガサガサしているのか音を立てながら実慎が話し始めた。
「急にごめん。実は相談したいことがあってLINEしたの。今相談しても大丈夫?」
と聞いてくる実慎の声は学生時代とは少し違いどこか疲れ切った様子で声が低く力強さや覇気を感じられなかった。
「大丈夫だよ。だから電話したの。電話で話せる内容かな?もし良ければ今聞くよ?」
「ありがとう。あの、引かないで欲しいんだけれど幽霊とかさ呪いとかって信じてる?」
と少し怯えるようなどこか言葉に否定をしないで欲しいという願いが籠もっているような音がスマホから聞こえてくる。
「幽霊とか見たこと無いから分からないけれども、否定はしないよ。どうして?何か思い当たる節があるの?」
「実は、私大学時代から付き合っていた彼が居たの覚えてる?」
あぁ、そうだ実慎には時和 悠把(ときわ ゆうは)という男子生徒と付き合っていた。
あれは確か大学2年の10月頃に時和から告白されて付き合い始めたのを聞いたことがある。
時和とはサークルが同じというのがきっかけで声を掛けてきたと話していたような気がするがあまり覚えていない。ただあの時、実慎は時和の事は好きでは無く恋愛感情が無いのに付き合って良いのか分からないと相談してきたのはハッキリ覚えている。
女子高出身の実慎にとっては男性に対してどこか一線を置いて接触する所があったのでよくある悩みだなと思って聞いていたので印象手だったのだ。
「時和くんだよね?」
と確認するように聞くと
「そう。覚えててくれてたんだね。実は、最近まで彼と付き合ってたの。年齢のことも含めて結婚の話も出てたんだけれども、彼って学生時代の時はそれこそ太陽みたいな明るくて皆の中心にいる性格だったんだけれど、今の会社に勤めてから性格がかなり変わっちゃって気に入らないと怒鳴ったり、私に暴力を振るうようになって。ずっと前の彼に戻ってくれるって信じて見守っていたんだけれども、段々エスカレートしてきて結婚も脅迫に近い感じになって、私の服装や髪型にも口出ししてきてスカートは履くなって言ってきて、なんで?て聞くと浮気するつもりなんだなって言われて殴られるの繰り返しで。」
と途中から恐怖だった出来事がフラッシュバックでもしたのか涙声で実慎は話してきた。
ただこの話と呪い、幽霊は何が繋がるのかと思いあまりにも時和がいかに暴力的になって実慎を自分の思い通りにしようとしていたのかについて語り始めたので少しでも早く席に戻り私は佐々木が教えてくれた七星について調べたい。
「時和くんと幽霊と呪いについて何が関係するの?」
と少し焦る声で私は実慎に聞く。
実慎は自分の話が逸れてしまっていたことに気が付いたのか小さくハッと息を飲むと深呼吸一度すると呼吸を整えながら涙声で震えた音を元に戻すようにして
「実は、その時和くんが私を呪っているの。」
「どういう事?」
「時和くんと別れたのは2ヶ月前で私の母親が私が帰省しないことに不思議に思ったらしくて。その時には時和くんから何か文句を付けられては毎日殴られてて顔に青あざが出来てたりしてて職場はマスクをすれば誰も聞いてこなくて楽だったんだけれどもさすがに実家に帰れなくて、母親に帰省しないのかと聞かれても誤魔化してたんだけれどもある日母が私達が暮らしてるマンションに来て・・・母は私と時和くんが一緒に暮らしてることも知ってたから仕事が本当に忙しいんだろうとか家事が出来て無くて部屋が散らかっているのではと思って心配してくれただけなんだけれど、私の姿を見た瞬間に何があったのかとか聞いてきて。私ももう限界だったから母に話したの。それで時和くんが仕事で居ないときに私は有給取って暫く実家に帰ることだけを伝えて運べる荷物だけを片手に実家に母と帰ったの。それで私の父も母から話を聞いて父は凄く時和くんに怒ってくれて。それで2ヶ月前に父の説得もあり、時和くんの両親も話を聞いてくれて。時和くんのお母さんは泣いて謝ってくれて。それで別れたの。
でも、時和くんは納得してなくて。別れた後も連絡が来るだけじゃなくて仕事復帰した私の職場に婚約者ですって言って来たりして。私どうして良いのか分からなくて母を頼りながら時和くんに連絡しないで欲しいとこれ以上してくるなら警察に相談するとLINEで伝えたの。もちろんこの事は時和くんのご両親にも伝えて時和くんの行動を見張るように伝えたの。それで時和くんの嫌がらせに近いストーカー行為は終わったのだけれど、先月の終わり頃に、私今実家から通勤してるんだけど実家に髪の毛とか藁人形とか大量に送られるようになって。それで先日人間の指が送られてきたの。父がすぐに警察を呼んで対応して貰ったら本物の人間の指だって分かって。その犯人が時和君だって時和君のご両親が自分の息子の指が無いことに気が付いて病院に連れて行ったのと話を聞いて私に送ったことを自白したらしいの。結局今は時和君は会社を辞めて実家今居るようになって、今まだ弁護士に相談中なんだけれども接近禁止令を出して貰えるように話を進めている状況なの。
それで、なんで時和君と呪いが関係するかについてなんだけれど。
私の担当してくれてた弁護士さんが私と電話で話している最中に事故に遭って。それも歩道を歩いている最中に花壇が頭上から落ちてきて今重傷で。犯人はまだ捕まって無くて。私の会社では更衣室にある私のロッカーから何かが原因なのかは分からないし、中には服しか入ってないのに火が急に燃えて私のロッカーを中心に燃えて。すぐに火災報知器が作動してくれて大事にはならなくて良かったけれども、ロッカーの中に藁人形と髪の毛が落ちてたの。でも、時和君のご両親に連絡しても時和君は仕事を辞めた日から外出していないって言われるし。
そんな事が何度も起こって、今もポストに毎日藁人形と髪の毛が入っているの。だから呪われてるんじゃ無いかと思って。」
「なるほどね。そんな事があったんだね。大変だったね。今も続いてるのか。それで私は何が出来るのかな?」
「確か、雑誌とかの会社に勤めてるって言ってたよね?」
「あーうん。記事を書いたりしてるよ。」
「あのさ、言いにくいんだけれどもそういう呪いとかを払ってくれる人とか知ってたりする?何回かその会社の雑誌を時和君が買って読んでて、時々そういうホラー系特集とか書いてたの読んでたから。」
「あーなるほどね。話が分かった。丁度今私霊媒師について調べている所なの。今日その霊媒師として活動している人に会うから一緒に来る?私だけじゃ警戒されるかもしれないし、実慎は今私に話したことをその霊媒師に話してくれたら良いから。」
「本当?仕事の迷惑にならない?」
「ならないよ。ただ、もし実慎が嫌でなければ今回の出来事や霊媒師に話をする内容について記事に書かさせて欲しいの。もちろん名前は伏せるし書いて欲しくないことがあったら言って貰えたら伏せるから。」
「そんな事で良いのなら協力するよ。お祓い屋さんを紹介して貰えるのであれば何でも話すよ。もうそれぐらい今の状況が辛いの。」
「分かった。その霊媒師の人が働いているのが新宿にあるBARなんだけれども大丈夫かな?」
「BARにその人が居るの?お酒少しなら飲めるから大丈夫だけど。」
「うん、良かった。じゃあ8時半に後でLINEでお店の場所について地図送るからお店の前で待ち合わせでも大丈夫?」
「分かった!大丈夫!本当にありがとう!」
最初の電話の時とは違って実慎の声が昔のように明るくなった。
私もどうやって七星さんと話をするかきっかけを考えていたので話しやすくなったことに対して実慎には申し訳ないが良かったとホッとした。
午後8時半。
私は新宿にあるBARの前に居た。
見た目は普通のビルの中にある普通のBARで特別に何か変わった個性があるBARでは無さそうだった。
実慎は少し遅れてやってきた。学生時代の時とは違って本当に大変な目に遭っていたのだろう。痩せ細って見た目が同い年よりは少し老けて見えた。
「お待たせー」
と声を掛けてきた実慎に私は久しぶりだねと言いながら昔の学生時代の時に接していた時と変わらないように意識しながら話した。
二人でBARの入り口に立つと少し緊張感が増した。
普通に仕事帰りに友人と一緒にBARに行くのであれば緊張などしないだろう。ただ、今日は取材を含めて全く私の仕事のやり方を知らない子と一緒にこのBARに入り話をしなくてはいけないのだ。
少し不安を覚えつつも私はBARの扉を開いた。
中は黒をメインにした壁と椅子。電球は派手ではなく丸い形の電球がいくつか天井からぶら下がっていた。
私達は少し戸惑いつつ入り口から中に入ると
「いらっしゃいませ~!!」
と野太い声が聞こえた。
「あらっ!初めましての子達よね!いらっしゃい!カウンターにする?それともテーブルが良いかしら?」
と見た目はがっつり男性なのだが話し方が完全に女性である。
しかも、見た目は短髪の顎髭を綺麗に揃え眉毛は凜々しく普段から身体を鍛えているのか胸筋がしっかりある体育会系を思わせるような人だった。
私はカウンター席に座り実慎も私の後からカウンター席に隣同士になるように座った。
「今日は本当に来てくれてありがとうっ!さぁ、何飲む~?カクテルでもビールでもあるわよ!もちろんお水やウーロン茶もあるから遠慮無く言ってちょうだい!」
と腰に深緑のエプロンをし、白いTシャツに黒いネクタイ、そしてピシッとアイロンがされてある黒い長ズボンを着た男性が私達に一生懸命メニューを見せながら話しかけてくる。
この人が七星さんなのだろうか。
そう思いつつも私達はビールを頼んだ。
私達が飲み物を頼むと彼は
「は~い!じゃあちょっと待っててね!」
と言って私達の前から席を外した。
私はその間に店の中をそっと観察した。お客さんは20代半ばかそれよりももう少し上の人達が来ていて、テーブルには沢山飲み物の他にちょっとしたおつまみが置かれていた。
そこまで騒がしい雰囲気はなく、クラシックな音楽が聞こえるくらいの声量。
カウンターの席からは沢山のボトルが並べられているのが見え、先程の男性と同じ格好をした他の人がお酒を作っては運んだりしていた。
暫く先程の男性に二人して圧倒されていたが、先程の男性がお酒を持ってきた頃にはかなりBARの雰囲気に慣れて二人でヒソヒソとどれが七星さんなのか霊媒師なのか話していたくらいだった。
私達がヒソヒソと話していると先程の男性がビールを両手に私達の前に来た。
「はーい!キンキンに冷えたビール持ってきたわよ~!」
と目の前にソッと置いてくれた。
私達はお礼を言いながらビールをお互いに乾杯した後一口飲んだ。
私はいつ聞こうかタイミングを見計らっていた。しかし、他の客が居るのにモタモタ機会を伺っていては前に進まない様な感じがしたので、先程の男性に意を決して話しかけた。
「あの、七星さんですか?」
と単刀直入に聞く私に驚いた顔を見せるがすぐに表情を元に戻し笑顔で
「違うわよ~私はこのBARの店長をしてます現哉(げんや)ですっ。よく間違えられるのだけれど、今七星ちゃんはまだ来てないわよ!」
「あっ、すいません突然急に。実は私達七星さんに会いたくて今日来たんです。」
一見失礼に思われるだろうと思いながらもこの現哉さんには正直に言わないとどんな嘘でもバレてしまうような気がしたので私は素直に言うことにした。
実慎はそんな私の単刀直入の態度に戸惑っていたものの静かに横に座ってくれていた。
「なるほどね~。もしかして七星ちゃんの噂を聞いて来たって感じなのかしら?」
「実はそうなんです。彼女が実は色々恐怖体験をして呪われているのかもしれないと思っていると相談してくれて、たまたま私が七星さんの事を知っていたので今日来たんです。」
「あらーそうなのー。んーと今日の七星ちゃんはね、後30分くらいしたら今日はバイトの出勤日だし当欠の連絡も来てないから来ると思うわよ。」
とズボンのポケットからスマホを取り出して時間を確認して店長の現哉さんは教えてくれた。
私達はそれぞれ顔を見合わせ頷いた後、現哉さんに教えてくれたことに感謝の言葉を述べた。現哉さんは感謝の言葉を述べた私達に対していいのよ~と手をバイバイするように振りながらテーブル席に座っている人達のグラスを下げてくると言って席を外した。
私は今日は七星さんの出勤日と確認してくるのを怠っていたのに反省していた。
年齢的にフリーターなのではと勝手に思っていたが、もしかしたら大学生なのかもしれなかったのだ。
そう反省を両手でこめかみを押さえながらビールに小さく溜め息をつく私に実慎は話しかけてきた。
「七星さんまだ来てなかったんだね。ねぇ、七星さんってどういう人なの?」
「私もそこまで調べきれなかったんだけれど、若い女性を中心に人気のイケメンしか分からなくて。でも人気の割には誰も盗撮とかしていないし、七星さんはツイッターとかで活動もしていないのよ。完全に口コミでしか活動はしていないみたいなの。先輩の情報でも20代前半でしか分からなくて、ただ話は何でも聞いてくれると。後基本は話くらいならお金とは取らないという話よ。」
「無料で聞いてくれるって事?」
「あくまで話を聞くことに対してはという事についてはね。ただお祓いとなるとお金は掛かるみたいだけれどもそれが内容によって変わるからあまり先輩も分かっていないみたい。」
「そうなのか。今回もしかしてお金掛かるかなと思ってたからそれなりに持って来ちゃった。」
「情報伝えるの忘れてた。ごめん。もう、本当私今日ダメダメだわ。七星さんが今日来るかどうかについても調べてくるの忘れてたし、実慎に今日はお金掛からない事について言うのも忘れてたし。反省してしっかりしなきゃ。」
と私はビールを一口飲んだ。お酒を飲むと判断力が鈍くなってしまうが、気持ちを切り替えるには良い飲み物だ。
「さっきの店長さんが今日は来るって言ってたし大丈夫でしょ。」
と励ましてくれる実慎は優しくこれが上司だったら怒鳴り散らされて、会社に戻った瞬間に説教部屋に連行されることだろう。
今日は実慎で良かった。上司じゃなくて本当に良かった。と思いながら二人でビールとを飲んで待っていると、スタッフの出入り口と思われる扉から茶髪の男性が現れた。
背は180㎝くらいあり、髪はタイタニックに出演したレオナルド・ディカプリオを思い出させるようなセットされた髪型で顔は日本人離れしたハーフ顔だった。
眉毛が凜々しく整えられていて二重の幅が日本人よりも幅広で鼻が高く、白い綺麗な肌には髭一本も生えていなく先輩達とは違って青々した色にもなっていなかった。
こんなイケメンならそれは人気が出るなと感心しているとその男性と目が合った。
毎日無精髭を生やした人達に囲まれ社会人になってからはイケメンという人達との関わりも含めて恋愛事態を忘れていた私でさえも一瞬で恋心を奪われるような気持ちになった。
しかし、すぐに頭を切り替えて今日は仕事で来ていること。今回雑誌の記事にならない内容だったら本気で上司に減給されるかもしれない事。また、七星さんが取材に答えてくれるかは分からないこと。それだけに集中しないと本気で立場が危ういことを思い出して両頬を軽く叩いて気合いを入れる。
七星さんは他の店員に挨拶をしながら空いたグラスを下げたりさりげなく
テーブル席の片付けをしてはお客さんに挨拶をしていた。
「イケメンで仕事も出来るのか。」
と独り言を呟くと実慎が
「本当にイケメンだよね。最初彼からバラの花びらが舞っているように見えた気がした。少女漫画に出てくるイケメン登場のシーンみたいに思えた。あの人が七星さんなのかな?」
「分からないけれども、あのイケメンさはそんな気がする。久しぶりにトキメキを思い出させられた。」
と頭を抱える私をクスクスと実慎は笑っていた。
そんな実慎の姿を見て私は少しだけ安心した。何故なら電話越しではかなり思い詰められていたように思えたからだ。会った時もそうだった。久しぶりに見た実慎は不幸その物を背中に背負っているように見えたのだ。
七星さんに実慎が話を出来るのかも最初は心配だったが、今の実慎だったらちゃんと出来事を話せるだろうと実慎の笑顔を見ながら安心した。
そんな私達のカウンター席にイケメンが空いたグラスとお皿を持って近づいてきた。
そして流し台に置くと洗い出した。
背中越しからでも分かるイケメン。
これが仕事で無ければイケメンを拝みながら飲むお酒はきっと何倍も美味しかっただろう。と思うと少し悔しかった。
すると洗い物をしているイケメンに店長の現哉さんが近づいて話をし始めた。
会話までは聞こえないが、何かコソコソと二人で話している。
店長の現哉さんは私達に接客していた時と同じような雰囲気で話しているが、イケメンは物静かなのか笑顔が無く無表情で相槌をうっては何かボソボソと返していた。
「無表情のイケメンも最高かよ。」
と言う私にお腹を抱えながら
「もう恋に落ちてるじゃん。」
と実慎が笑う。
「お願いだから私が仕事を忘れそうになったら机の下で私の太ももをつねって。」
と言うと余計に笑い始めた。
私は半分以上本気で言っていたのだ。そんな私のトキメキとの戦っている最中に店長の現哉さんが洗い物が終わったイケメンを連れてカウンター席に来た。
イケメンは腰に巻いたエプロンのポケットからハンカチを出して手を拭きながら近づいて来た。
店長の現哉さんが私達に
「ほら、さっき言ってた七星ちゃんよ!」
と言いながらイケメンの背中を押して私達に紹介してきた。
イケメンは無表情ながらも目つきは優しく少しペコリと頭を下げながら
「七星です。いらっしゃいませ。」
と低い声で言ってきた。
「声までイケメンかよ。」
とつい呟くと現哉さんが
「あら!やだ!貴方も七星ちゃんのイケメンに恋しちゃった?」
と聞いてきた。私は思いっきり顔を振って
「恋はしていません!!」
と強く否定する。
「あら~残念!恋バナ出来るかと思ったのに~結構七星ちゃん目的で来る人は皆男女関係無しに七星ちゃんに惚れる人が多いのよ~。」
「そうなんですか?確かにイケメンさんですもんね。男性にも恋されるんですね。」
とビールと片手に持ちながら実慎が現哉さんに聞く。
「令和の時代は同性愛なんて当たり前になってきているじゃない!まだまだ日本は法律が遅れているけれども、海外では当たり前の所では当たり前なのよ。それにイケメンを見て飲むお酒は最高よっ!」
とクネクネ腰を曲げて話す現哉さんの意見は最もだと思いながら私は頷いていた。
少しお酒が回りすぎたのかもしれない。お酒は弱い方では無く、むしろどれだけ飲んでも酔わない私が今日はイケメンに出会って舞い上がったからか頭の中が雲の上に居るようにフワフワした気持ちになっていた。
「それで!今日は何で七星ちゃんに会いに来たの?」
と現哉さんが私達に聞いてくる。
私は戸惑いながら素直に答えた。
「私記者をしていて今霊媒師について調べているんです。その時にたまたまこの子が、実慎が自分が呪われているかもしれないと言い出して、それなら取材も含めてお話しできないかと今日参った次第です。」
「なるほどね~。話は大体分かったけれど、七星ちゃん写真を撮られることも含めて雑誌とかのインタビューも今までお断りしているのよね。やっぱりバイトさんだし一般人だからね。私も店長として七星ちゃんが働きにくくなるのは嫌だし。」
と遠回しに断られた。しかし、私も負けない。この断りの文は既に想定済みだった。
「そうだろうと思っていました。どんなに七星さんの名前が出てきても七星さんの写真を含めてどんなお祓いをされていらっしゃるのかについてもSNSを始め何処にも記載されていなかったので、もしかしてと思っていました。私が七星さんの情報を知ったのも会社の先輩である佐々木から聞いたからです。」
と答えると佐々木の名前に七星さんが反応した。
「佐々木さんってあの少し頭が後退してきている人?」
と言ってきた。イケメンとは言え佐々木さんに失礼だが他に特徴が無いのが彼のある意味良いところかもしれない。と思いつつ私は共通点が見つかったことに対してこの機会を逃しはしないと思い仕事モードを全開にして七星さんの目をジッと見ながら
「そうです!その人です!」
と少し大きな声を出してしまった。実慎に少し声を抑えるように言われてハッと気が付き姿勢を正す。
「その佐々木さんっていう人は七星ちゃん知ってるの?」
と現哉さんは七星さんに聞くと七星さんは頷きながら
「昨年くらいだったかな、それくらいにあるお祓いの依頼を受けたときに一緒に佐々木さんていう方が一緒に来て取材させて欲しいって言ってきたんだけれど、姉さんが断ったんです。俺はチラッとしか見てないから話してないですけど。」
「そうなの~、七星ちゃん的にはこの方の取材とかは受けても大丈夫なの?」
「俺は顔さえ掲載とか後名前とかを仮名にしてくれるなら良いですよ。」
「えっそうなの?私てっきり七星ちゃんって取材も含めて全てNGなのかと思っていたわ~。」
と七星さんの発言に驚く現哉さんに対して静かに
「姉が嫌がるんですよ。取材とか。」
と言った。
実慎が手を小さく挙げて
「あの~七星さんってお姉さん居るんですか?」
と聞いた。
私も今日下調べした中にお姉さんが居ることについては何処にも書かれていなかったので確かにと思いながら実慎と一緒に聞く姿勢を作って七星さんの顔をジッと見た。
「はい。あーあんまり姉さんが嫌がるからあんまり表では言ってないですけど、腹違いの姉が居ます。」
「腹違い?」
と実慎が少し驚いた声を上げる。
「はい、父親が一緒で。今は姉さんと一緒に祖母の家に暮らしてるんです。」
「なんで腹違いのお姉さんと今も一緒に暮らして居るの?親御さんも一緒に暮らしているの?」
と私が出るまでも無いくらいに実慎が七星さんに質問攻めしていく。店長の現哉さんも初耳だったのか一緒に七星さんの話を聞いていた。
「いや、親は違う所にそれぞれ住んでいます。俺の母親は他に男が出来て飛びましたし、姉の母親はマンションに一人で暮らしてるって聞いてます。俺達の父親は今は実家に少し前に出来た彼女と一緒に暮らしてますよ。」
「七星ちゃん複雑な環境にいるのね。」
とグスンと鼻を鳴らす現哉さんの目には少し涙が浮かんでいた。
「いや、そこまで複雑じゃないです。姉とは俺が高校生くらいの時に姉が居ることを中学生の時に父親から聞いていたので、俺の姉ってどういう人だろうと思って住所調べて手紙を出したことをきっかけに仲良くなったんです。最初はそれこそ離婚の原因になった俺を嫌がっていましたし、俺自身嫌われているかもと思ってましたが段々手紙のやり取りをしているうちに姉が会っても良いと言ってくれて高校生の時に会ってお互い同じ環境だし、俺はよく一人で過ごして父方の祖母の家に祖母と一緒に居ることが多かったので、祖母の介護をしている俺に同情してくれたのか、姉が祖母の家に同居するようになって祖母が亡くなってからも祖母の家を父に交渉して二人分の養育費を払わないで好き勝手にやっていた分家を姉に引き継ぐという話に持っていってくれて俺も住む場所が奪われること無く姉と今でも一緒に暮らしてるんです。」
私は七星さんの話を一生懸命メモをしながら聞く。
実慎がそんな私を横目に
「お姉さんはどうして今も一緒に暮らしてるの?お互い介護が必要無くなったのなら一人暮らしくらいしたい年齢じゃ無いの?」
「あ~それは俺が嫌なんで。」
と何も無いかのようにして七星さんが答える。
聞いていた三人の時が止まる。頭にハテナマークが三人共出ていた。
時が止まったのを解くようにして現哉さんが動いてくれた。
「えっ?私てっきり住む場所とか生活費を節約したくて一緒に暮らしているのかと思ってたのだけれど違うの?」
と言うと七星さんは何がそこまで疑問なのかと言わんばかりの顔で
「はい、違います。何なら一回姉は一人暮らししようと家探ししてましたけれど、俺が止めたんです。」
「一人暮らしが嫌だったという事なのでしょうか?」
と私はメモを必死に取りながら聞くと
「いや、俺一人には慣れてるんでそういう理由じゃ無いです。ただ姉を離れたくなかったんです。」
「七星さんってもしかしてシスコン?」
と実慎が皆が口にしたくても堪えていた言葉を言う。
七星さんの顔を見るのが怖い。先程まで聞いたことはすぐに答えてくれた七星さんの声が止まり、反応が気になったが顔を見ることが出来ない。
実慎を見ると何も気にしていない、聞きたいことを聞いただけだという顔で七星さんの顔を見ている。現哉さんも私と同じ気持ちなのか実慎をジッと見つめて七星さんの顔が見られないという表情で時が止まっていた。
数秒の出来事が数時間に感じた。それくらい私達を纏う時間が止まり酸素さえも止まったように感じた。
七星さんは暫くした後に
「あーそうかもしれないです。姉にはそう言われています。姉離れしてくれって。」
と言い出した。
私はバッと七星さんの顔を見るが何ともないように答える七星さんが少し怖く感じた。
この年齢なら例えシスコンであっても恥ずかしくて言わない人が殆どだろう。また七星さんの見た目の年齢からしてお姉さんは私達と変わらないはずだ。結婚や彼氏が居てもおかしくない。私は恐る恐る左手を小さく挙げて七星さんの顔を遠慮がちに見ながら
「お姉さんに彼氏とか結婚の話は無いんですか?」
と聞いてみた。七星さんへのインタビューなのに全く関係ない七星さんのお姉さんの質問をしてしまっているが今はそんな事よりも興味の気持ちが勝ってしまった。
七星さんはそれまで実慎を見ていたがさっきまでメモを取るのに必死だった私の顔を見ると
「今姉さんに彼氏とか居ないんで。」
と少し怒りを込めた目で答えてきた。その目を見てヒッと思ったがすかさず現哉さんが
「でも、お姉さんもいつかは彼氏とか出来るんじゃ無いの?だって七星ちゃんのお姉さんよ。絶対モテるじゃない!男が放っておかないわよ!」
と言ったが七星さんはさっきまでの静かさが何処に行ったのか少し苛立ちを見せながら
「姉さんは結婚しません。させません。俺が居るんで。」
と言った。
さっきまでのイケメンだけの七星さんが急に重度のシスコンイケメンに変わった。
こんなに想われているのはそれこそ迷惑に嫌に思っているかもしれないが、どれだけ前世で徳を積めばこんなイケメンにここまで想って貰えるのかと思うと少し羨ましく思った。
しかし、これ以上お姉さんの話を聞きすぎて実慎のお祓いについて話を聞けなければ取材の意味も無い。なので私は空気の流れを変えるようにわざとらしく
「そうだ!今日七星さんにお会いしたかったのも実は私の友人である実慎が呪われているのかを見て欲しかったからなんです。」
と言うと現哉さんも私と同じくこれ以上お姉さんの話を七星さんに聞くのは危険と思ったのか話に乗っかってきてくれた。実慎だけはもう少し聞きたそうにしていたが、渋々話始めた。
お酒の力もあるからか実慎は私に話していたときよりは少し気軽な気持ちで話し始めた。
七星さんは私が聞いた話をそのまま話す実慎をジッと静かに見つめ先程までの怒りの感情を完全に消して最初の時と同じ無表情で聞いていた。
私は実慎が話し終わるのをジッと待った。
店長の現哉さんも接客を忘れて実慎の話を真剣に聞いている。
実慎が話し終わると七星さんに
「私はやっぱり呪われているのでしょうか?」
と聞いた。
七星さんは暫くジッと実慎を見た後にゆっくりと口を開き
「俺が感じでは少し生き霊は居ますけれども、すぐに解決しますよ。そこまで強い想いというよりも一時のように思いますし、その元彼さんについてお会いしていないのでその方の生き霊なのかは分かりませんが、多分話を聞いている感じではその元彼さんの生き霊だと思います。」
と言いながらキッチンの所に行くと塩を棚の中にあった掌サイズの小さいジップロックに入れて持ってきた。
「七星ちゃんこれは何?」
と小さいジップロックに入った塩を見ながら全員がまた頭にハテナマークを浮かべた。
「これを毎日人差し指の指先くらいの量を舐めてください。そうすれば少しずつですが生き霊と切れると思うので。」
と言った。
「それだけで解決されるんですか?」
と実慎は聞きながらその塩を両手で大切な物を受け取るようにして受け取ると
「はい。すぐには切れないと思いますが一週間もすれば切れるかと。また友人でも家族でも良いので一人にはならないでください。その生き霊の願いは貴方が孤独に独りになることを強く望んでいるように感じるのでその思いには負けないでください。でも今日ここに来てくれて良かったです。これ以上我慢していたら家族に対しても何か起きていたと思います。だからここで切ってあげた方が貴方にとっても元彼さんにも良かったと思います。」
と言った。実慎は途中から涙を流しもうボロボロと化粧を取れるのもお構いなしに涙を流していた。
私はメモを取るのを少し止めて実慎の細くて背骨がゴツゴツと出ている背中を優しく撫でた。呼吸が乱れながらも実慎は七星さんに
「何かお祓いとか特別な事をして貰わなくてももう何も無くなりますか?」
と聞いた。途中途中呼吸が乱れているからか聞きづらい所もあったが聞きたい事が何かは実慎の想いは強く伝わってきた。
七星さんもその実慎の想いが伝わったのか聞き返すこともしないで
「大丈夫です。もう大丈夫。この塩を舐めて自分の呼吸さえ整えて、また家族、友達と会社の人達とも会話をするようにすればもう大丈夫です。」
と言った。
私は特別な事をしないという七星さんに対して少し本当にもう大丈夫なのか?と心配になったが実慎が良いように環境が変われば良いなと思いながら少し様子を見てみようと考えた。
七星さんが一週間かかるというのであればその頃には実慎の周辺で何も起きなくなっていれば七星さんは本物であるという証拠になる。
記事を書くまでには時間もまだある。それまでに七星さんについて知る為にお祓いをして貰った事がある人を探して話を聞くのも良いかもしれないと考えた。
この一連を黙ってみていた店長の現哉さんが
「良かったわね~これで本当に何も無くなると良いわね。でも、今まで七星ちゃんに相談に来た人は皆解決して中にはあの壁に飾ってある花束を贈ってくれる人も居るのよ~」
と入り口付近に飾ってある大きな花瓶に大きな花束が飾られていた。
「凄い花ですね。その人はどんな悩みを相談されたのかとかは聞いても良いですか?」
と聞くと
「どうかしら~七星ちゃん話しても良い?」
と七星さんに現哉さんが聞くと静かに頷いて、少し席を外しますと言ってテーブル席にお酒のお代わりを聞きに行ってしまった。
現哉さんは少しワクワクしたうような表情をして
「実はあの花をくれたのは主婦なのよ!ある時多分誰かからの紹介なのか分からないけれども、夜の10時頃だったかしらいきなり来てね。それこそもう限界だっていう状態でね~他のお客さんもビックリするくらい切羽詰まった感じで七星さんは何処に居ますか?て聞くもんだから丁度その日は七星ちゃんはお休みでね~さすがにそんな切羽詰まった人をそのまま家に帰すわけには行かなかったから、すぐに七星ちゃんに連絡入れたら電話くれて暫く店の端で七星ちゃんとその主婦は話してたんだけれど、暫くしたら主婦の人が私に携帯を返してくれてまだ通話中だったから出たら、七星ちゃんがその人にメモで七星ちゃんの住所を書いて渡して欲しいとか言うもんだから急いでその人に七星ちゃんの住所を書いて渡したの。
それから暫くしてその主婦が花束を持って来てくれて七星ちゃんにお礼を言いにまたお店に来てくれてね~
後から聞いた話だと主婦に悪霊かよく分からないけれども良くない者が取り憑いていたみたいで、七星ちゃんの家でお姉さんと一緒にお祓いしたみたいよ。
凄く感謝してたのは聞こえてたし。
その主婦の人は今は常連さんになってくれたけれども、この間来てくれた時に教えてくれたけれども七星ちゃんよりもそのお姉さんの方が力は強いみたいなの!でも、私でもそのお姉さんに会わせてくれなくて。ずっと疑問に思っていたけれどもあんなに七星ちゃんがシスコンだとは思わなかったわ。」
「そうなんですね、お姉さんの方が霊媒師としてとても力がお強いんですね。他にお姉さんについて七星さんは仰っていませんでしたか?」
とメモをしながら聞くと現哉さんは少し考えるような表情をして記憶の中を探っているのか暫く黙り込んだ後
「ん~何かしら~。さっき聞いたのがほぼ初めてな気がしたけれども、ただお姉さんは家でする仕事をしていてあまり家から出ないのは聞いたことあるかな~
それと家事はお姉さんと一緒にやるみたいでよく一緒に出かけたり、買い物に行くのは話を聞くわよ!今まで気にしてなかったけれどもよく考えればそういう日は七星ちゃんとてもご機嫌だった気がするわ~。」
と言う話を私はメモを取りながら聞く。
これはお姉さんの事を調べたいが長く一緒に居ると思われる現哉さんでもお会いしたことが無いのであればお会いしたり、また取材を七星さんよりも拒否されている話からして記事にするのにはとても無理な感じがした。
その後は現哉さんと実慎が世間話で盛り上がり七星さんも他のお客さんと話したりカクテルを作ったりするのに忙しくしていて話をこれ以上は聞けるような状況では無くなってしまった。
私はメモ帳を仕舞うと現哉さんと実慎に混じってお酒を飲みながら盛り上がった。
少しは記事の方向性が決まったのだ。
テーマを提供されてからここまで進むことは珍しいくらいだ。今回は掲載させて貰えるかも知れないと思うとお酒がどんどん進んで沢山飲んだ。
次の日は案の定二日酔いで家で倒れ込んでいた。
取材で一日外回りと上司にLINEすると了解と返信が来た。
こういう時にこの仕事で良かったと思ってしまう。他の記者達はどうか分からないが私の会社は上司に怒鳴られることは多いが、取材という名目で一日が自由に使える。
実際昨日七星さんに話を聞いているので全く嘘では無い。バレないように聞いた話を纏めれば今日一日の行動くらいは誤魔化す事は出来るだろう。
そう思って私は布団に包まった。
二日酔いを経験する度に毎回もうお酒を飲まないと誓うだが、その場の雰囲気とかに流されていつも飲み過ぎて次の日に反省するのはもう慣れた。
酔わないから良いと思うのと酒に強くても時にはこうやって二日酔いになるのだ。
二日酔いになるのは殆ど無いのだが、本当に時々なるのだ。
たまたま外れを引いてしまったのは運が悪かったと毎回思うが、いつもはどんなに飲んでも二日酔いなんてならないので今回も油断してしまった。
少し反省をしつつも私は少し良くなって来るとノートパソコンで昨日聞いた話を纏めた。
纏めながらやはりお姉さんに話が聞きたくなった。
きっと七星さんよりももっと詳しい話やお祓いの仕方を見れると思うとアポを取りたかったが、昨日の店長の現哉さんの話では取材目的では絶対難しい。
「はぁ~」
と溜め息が出る。
どうしたものか。先輩の佐々木さんには七星さんを教えてくれた事についてと佐々木さんのお陰で七星さんから話を聞けた事を伝えると良かったなと言ってくれたが、佐々木さんもお姉さんだとは思っていなかったが女性が取材は駄目だと言われた事については覚えていると話してくれた。
佐々木さんは仕事の合間を作ってくれて電話をくれた
「やはり難しそうですかね。」
と私が洗濯物を干しながら電話で佐々木さんと七星さんのお姉さんに話を聞くことが難しいかについて話していた。電話の向こうでは会社にまだ居るのか上司が他の人に怒鳴っている声が電話の奥から聞こえていたが、佐々木さんは上司にバレないように非常口に出てきたのか歩いて呼吸が乱れたのか小さい声で
「まぁな。俺もあの時の女性がお姉さんなのかはその時は知らなかったが、拒否感というか拒絶感というのかお祓いが必要な方以外は今すぐお帰りくださいって言われて入れてくれなかったからな。お寺みたいな大きな門がある家でな閉められた後にわざとらしく鍵を閉められたからそれ以上出来なかったからな。」
「でも先輩は七星さんのお家知っているんですよね?」
「それは知ってるよ。後でその住所はLINEしてやる。だけどあそこはアポを取るのが難しいしさすがに門の前で寝泊まりした日には警察呼ばれるかもしれないからな~さすがにそんな事になった日には上司にどれだけ怒られるか!ハハハ」
と笑う先輩に私も連れられて乾いた笑い声が出た。
上司からの説教部屋への呼び出しなんて想像しただけでも恐ろしいが、正直もう少し話を聞きたいのが本音である。
どうしたものかと悩みを先輩に打ち明けるが先輩も難しいと言わんばかりな感じだった。
最終的に先輩と話をして纏まったのは、七星さんのお店に通って七星さんからお祓いの仕方とかを聞くしか無いという事だった。七星さんだけでもかなりの情報量だ。それで上司を誤魔化すしかと話になった。
今はどうしようもない、もう少し時間を掛けないといけないように思えた。
私は実慎にもLINEを送ったが既読にならず返信ももちろん来なかった。
暫く私は記事を書くのに没頭していた。
七星さんの事で忘れていたが他のテーマについて記事を書かなくてはいけないのだ。
二日酔いをした次の日からはまた職場で記事を書くことに追われていた。
気が付くと七星さんと出会い実慎と久しぶりに会った日から一週間経過していた。
スマホは記事に追われていたのもあって見ていないことに気が付いてスマホを見ると実慎から返信が来ていた。
メッセージの内容を見ると
「先日は七星さんを紹介してくれて有り難う。あれから七星さんがくれた塩を人差し指の指先くらいの量を飲むと何処か気持ちがスッキリする感じがしてあれから怪奇現象というのかな呪われていると思われる出来事もあと言っていなかったけれども誰かに常に見られているという感覚も無くなって食欲も少しずつだけれども戻ってきたの。
それと同時に時和君に対して接近禁止命令が確実に出る事になって、私生活も一人にならないようになるべく人と一緒に過ごしていたら時和君の事を思い出す時間がまだ少しずつだけれども減ってきて今はとても良い方向に向かっているような気がする。本当にありがとう。それと本当に申し訳ないのだけれども、七星さんにもう一度会いに行ってお礼を直接言いたいんだけれども、一緒に行ってくれないかな?なるべく一人を避けているのに家族にお願いして連れて行けないし、一緒に行ってくれると助かるんだけどどうかな?日程は合わせるからいつでも大丈夫だよ!」
と書いてあった。
私は手帳を広げるとアポが入っているのは今週三つだ。
それも今日はたまたま入っていなかった。
私は実慎にメッセージを貰ってから二日経過していたが、すぐさま連絡をして今日なら大丈夫だと返信した。すると既読がすぐ着いて
「良かった!私も今日平気だから仕事終わる頃にまた連絡するね!」
と返信が来た。これでまた七星さんと話をするきっかけが出来た。
どうにかしてお祓いの仕方も含めてお祓いの現場を見せて欲しいが出来るだろうかと思いながらやり途中だった仕事を再開させた。
9時に私達は新宿二丁目にある七星さんが働いているBARに来ていた。
電話で店長の現哉さんに七星さんに今日来るかどうか聞いてみたところ8時半から出勤だと言っていたので、私はどうかお姉さんにインタビューや他にもお祓いの事について話を聞けないかと思いながら菓子折を片手にまた実慎は会社の帰りに買ったのかそれともそれより以前に購入していたのか両手で持てる程の大きさの白い箱が入ったデパートの袋を手にしていたので中身何?と聞いてみたらフラワーアレンジメントと言っていた。
この手もあったかと思いながら、お菓子が七星さん含めてお姉さんも好きだと良いなと思いながらBARのドアを開き中に入った。
BARの扉を開くと黒を基調としたシックなお店の雰囲気に包まれ、私はまたカウンター席が空いているか見ていると店長の現哉さんが私達の入店に気が付いたのか
「いらっしゃいませ~!また来てくれてありがとうねん!」
と大きな声で他の店員にも他のお客さんにも私達が入店したことを伝えるように声を掛けてくれた。他の店員さんがサッと目の前に来てくれて
「カウンター席でも大丈夫ですか?今日テーブル席が空いて無くて。」
と少し申し訳なさそうな顔で私達に聞いてくる。
私達は元々カウンター席が希望していたので
「カウンター席が良いと思っていたので大丈夫ですよ。」
と伝えると申し訳なさそうな顔だったのがパァと晴れて
「良かったです。お席まで案内致します。」
と言ってカウンター席に案内してくれて椅子を引いて座らせてくれた。
今日はバイトさんの数が多いがそれ以上にテーブル席には沢山の女性が来ていた。
その中に一際目立つイケメンがいた。七星さんだ。
その女性集団は七星さんのファンらしく七星さんを何度も呼んでは色々と質問をしていたが七星さんはそんな質問に対して一つ一つ丁寧に、でも無表情で答えていく。
今日はもしかしたら七星さんと話すことは難しいかもしれないと思いながら店員さんに私はカクテルを実慎は麦茶を頼んだ。
暫く飲み物とおつまみを食べながら実慎の話を聞いていた。
実慎の話によるとあの日から本当に藁人形、髪の毛が実慎をつきまとう事が無くなり不安なったり一人の空間になる時は必ず塩を舐めるようにしていたらしい。
その事で安心感も得られて全く眠れなかったのが睡眠も食欲も昔のように戻ってきているのだと言っていた。あの塩はこの店の塩で料理にも使われている何か特別な物のようには思えなかったがここまで効果があるのは驚きである。
暫くその話を聞き、実慎が職場の同僚に今までの話をした所皆が味方になってくれ二度と時和君が現れても上司も含めて会社の人達が実慎と会わないようにしつこく騒いだりする場合は警察に対応をして貰えるように話し合ってくれたようだ。
本当に良かったと思い実慎に良かったねと言おうと思った時に目の前で急に
「本当に良かったわね~。」
と声を掛けられたので驚き私達は声のした方をバッと見ると目の前で空いたグラスを布巾で拭きながらウンウンと頷く店長の現哉さんが居た。
多分途中から話を聞いていたのだろう。
実慎に
「本当に良かったわ~。貴方と記者をしたいって言って訪ねてきた子の事もちろん覚えているし、心配していたのよ~七星ちゃんに相談しに来る人は多いから来てくれた人全員を覚えているわけで無いのだけれども、貴方達みたいに相談と取材両方を七星ちゃんに聞いてくる人は今まで居なかったから。それに七星ちゃんも初めて取材を受けてたから印象的でね~。本当に良かったわ。」
とグスグス鼻を鳴らしながら目頭を押さえて話しかけてきた。
「先日は本当にお世話になり有り難うございました。今話してた内容がほぼほぼ全部なのですが本当に七星さんにお話しした事でガラリと物事が全てが変わって今はその環境に慣れるのに必死です。」
とフフフと口元を手で隠しながら話す実慎に現哉さんは
「七星ちゃんにそれ言ってあげて~きっとあの子なら喜ぶわよっ!」
とウィンクしながらちょっと待っててね~と言って拭いていたグラスを棚に戻して布巾を干し、女性達が集まってお酒を片手に騒ぎ七星さんに捕まえては無表情の彼に色々質問をしている所に現哉さんはスッと上手く会話の流れに入っていき
「ちょっと~七星ちゃんばっかりに夢中にならないで私にも沢山質問して頂戴よっ!寂しいじゃない!」
と言いながら七星さんにカウンター席の私達の所に行くように指示してくれた。
そんな現哉さんの対応を見ながら私はつい
「あんな上司が良かった。」
とつい愚痴をこぼした。それを聞いた実慎が
「確かに現哉さんの対応力とか周囲への気の使い方が凄いよね。尊敬するし、そんな上司だったら残業代出なくても必死に働けそう。」
と私が思ったことそのままを言ってくれる実慎に無言でハイタッチを求めた。
実慎は少し驚いた顔をしたものの何も言わずに一緒だねと言わんばかりにハイタッチをしてくれた。そんな私達を不思議に思ってか七星さんが
「なんでハイタッチしてるんですか?」
と聞いてきた。
私達は本日もバラの花びらを背後から舞いさせて登場したイケメンの七星さんに心の中で拝みながら
「現哉さんが私達の上司だったら幸せなのにね。ていう話をしていたんです。」
と素直に言うと七星さんはチラッと女性達の集団の中で騒ぐ現哉さんの姿を見ると
「確かにあの人には大変お世話になっていますが。」
と言った。実慎がカウンターから身を乗り出すようにして
「現哉さんとの出会いって何か聞いても良いかしら?」
と聞いた。確かに七星さんがBARで働いた理由や現哉さんとの出会いは気になる。私達は密かに心の中できっと運命的な出会いだったのではと思っていたが、七星さんは無表情で
「いや、タウンワークを見て給料が良かったので応募したら受かっただけです。」
と言ってきた。
え?と私達は拍子抜けしていると
「現哉さんに出会って例えば七星さんがあまりにも格好いいから採用されたとかは無いの?」
と思っていたのと違うと言いたげな顔で私は七星さんに質問したが
「いや~あの人あんな話し方してますけれども同性愛でも性同一性障害でも無くてただ、あの話し方ならきっと相手も話しやすいだろうって言う理由で女性らしい話し方しているだけで、結構性格はサバサバしてますよ。」
と言ってきた。
あれだけ理想の上司、現哉さんの素性が本当は努力の末に出来上がった物だと知り驚きで七星さんにお礼と取材をもう少しさせて貰えないかという話をするタイミングを完全に失ってしまった。
暫く現哉さんの話をしていたが、実慎が思い出したかのように
「そうだ!忘れないうちにこれ。あの前回本当にお話を聞いてくださりありがとうございました。本当にあれから怪奇現象というか嫌がらせが無くなって。今日それで七星さんにお礼を言いたくてBARに来たんです。」
と袋を渡した。七星さんは無表情で
「それは良かったです。お礼まで持ってきてくださりありがとうございます。でも、もしまた何かあったらいつでも話をしに来てください。その時はもうお礼とかは持って来て頂かなくても大丈夫です。俺も姉もお礼の品とかを貰いたくて霊媒師しているわけでは無くて、悩んでいる人苦しんで助けを求めている人にただ少しでも力になれたらとしているだけなので。」
と言った。イケメンな上に姉弟揃って特別な力を威張って振るうのでは無くあくまでボランティアとして活動をしている事に感動していたが私は記事を書くために心を鬼にしなくては、と思い紙袋を取り出して渡そうとした時にBARのドアが勢いよく開いた。
勢いよく開いたBARのドアの所にグレー色の上下のスーツを着た40代後半に近く無精髭というか手入れは一応しているけれども目の下に隈だけでは無く頬に猫に引っかかれたような引っ掻き傷があるサラリーマンが立っていた。
店のお客も含め全員がその男性に注目した。しかしサラリーマンは皆の視線を気にすること無くカウンターに居る七星さんを見つけると一目散に駆け寄りカスカスの声をお腹から出すように強張った表情で今すぐにでも七星さんに縋り付くようにして
「どうか、妻と息子を助けてください。」
と言った。
七星さんはそんなサラリーマンの姿に驚きもせずいつもの事だと言わんばかりに私達の席に座らせ水が入ったコップを目の前に出した。
私はサラリーマンが来たことで渡すタイミングを逃した菓子折をまたそっと足下の鞄の傍に置き直した。
勢いよくBARに入ってきたサラリーマンの名前は実采稔一朗(みこと じんいちろう)。
歳は45歳。新橋にある保険会社に勤めている。
今回七星さんに会いに来たのは営業先の人との飲み会でたまたま聞いたことがきっかけで藁にも縋る思いで来たらしい。
内容は息子さんと奥さんが半年前から様子が変だという事だった。
息子さんの年齢は高校1年生。
ずっと志望していた学校に合格し喜んで学校に通っていたが夏頃を過ぎた辺りで部活で知り合った友人達と幽霊スポットに行くと言って帰ってきてから様子が可笑しく。
今はその日を境に不登校になり、自室から一切出てこなくなった。
お風呂や歯磨き、食事は自分達が居ない時間にしているらしく家の中を動く気配はするが毎日深夜2時頃に決まって壁に頭を何度もぶつけるという行動をしている。
最初は妻と二人で息子の行動を止めていたが、一時期仕事が忙しくなり家族の事に目を向ける時間が減っていた時に妻が今度は段々と変になり息子の部屋の扉に沢山お札を貼ったりするようになった。
息子の部屋はかなり荒れていて、ゴミが散乱しているという荒れ方では無く何か鋭い爪を持った動物が部屋の中を暴れ回ったような教科書や部屋に飾っていた植物の鉢植えの切り口が綺麗に切られ散乱していた。また部屋の壁には血文字で書いたのか赤黒い色で十字架が壁一面に書かれていた。
妻は、最初は息子が冷蔵庫を漁った時に食べる物があるように息子用に食事を作っていたが、今はそんな息子に対して疲れたのかご飯を一応用意はしているが焦げた物や味も砂糖と塩が間違えているというレベルでは無いくらい味も変で気が付いた時はその食べ物を勿体ないと妻には申し訳ないと思いつつも息子には食べさせられないと思いゴミ箱に捨てて新しくご飯を作って冷蔵庫に入れておくという日もあった。ただ、妻が変な行動を取るのは料理だけでは無い。
近所の庭に咲いている花や公園の花を黙って取って来ては息子の部屋の前に置くのだ。
近所の人達が言いづらそうに言ってくれた事によって発覚したが、それまでは全く気が付かなかった。
お金を渡してお花を供えるのであれば花屋さんで買ってきたら良いと何度も話し、お金を余分に渡したお陰で今では花屋さんに行って沢山花を買っては息子の部屋の前に無造作に置くようになった。
その花達はある程度廊下に溜まったら稔一朗さんが捨てているようだが、特に捨てられても奥さんは何も言うわけでは無く無言で花を息子の部屋の前に供えるという奇妙な行動を毎日取っているという話だった。
黙って私達は聞いていて、私は許可を得ていないが稔一朗さんの話をメモに取っていた。
一気に話したからか稔一朗さんは話し終わった後、七星さんが出した水を飲み干した。
七星さんはそっと空になったコップを手に取ると新たに水を入れると稔一朗さんの前に置いた。
稔一朗さんはコップの水を再び一口、二口飲むと小さくお礼を言い
「私の妻と息子はやはり呪われているのでしょうか。何かに取り憑かれているのでしょうか。」
と聞いた。
七星さんは少し真剣な顔をして稔一朗さんの顔を見る。そして少しカウンターから身を乗り出すと稔一朗さんの顔に近づき匂いを嗅いだ。
いきなり目の前にイケメンが近づいてきて驚いたのか息を止める稔一朗と私達は七星さんの行動に釘付けになっていた。
暫く稔一朗の匂いを嗅いだ後七星さんは
「息子さんと奥さんを俺の家に連れてくる事は可能ですか?住所は教えますから。」
と聞いた。
稔一朗は何が何か分からないという表情で無言で頷く。
七星さんは店の名刺に住所をサラサラと書くと稔一朗に渡した。
「明日は少し無理なので、明後日のお昼頃に来て貰えますか?」
と聞いた。稔一朗はすぐにスケジュールを確認し、有給が取れるか会社に電話すると言ってスマホを取り出し誰かに電話をし始めた。
私はそんな様子を見てこれはチャンスかもしれないと思った。
稔一朗さえ良ければお祓いの現場を見ることが出来るかもしれない。
そう思い菓子折を再び手に持ち七星さんに渡しながら
「あの、稔一朗さんの許可が下りたらで結構ですのでお祓いの現場を見させて貰えないでしょうか。また今回の事を記事に書かさせて貰えないでしょうか?」
と深くテーブルに額をくっつけるようにして菓子折を両手で七星さんに献上するようにしてお願いをした。
七星さんはどんな顔をしているのか私はテーブルしか視界に入っていないから分からない。呆れているのかもしれない、嫌そうな顔をしているのかもしれない。分からないがとにかく今しかチャンスは無いと思った。
そう心臓が爆発しそうになりながら菓子折を献上するような姿勢で居るとボソッと頭上から七星さんの声がした。
「このクッキー姉ちゃんが好きなやつ。」
運良くお姉さんの好きなお菓子だったらしい。ここは畳みかけるしかない。そう思いテーブルに付けていた額を離し顔を上げて七星さんに一生の願いだと言わんばかりの顔で
「そうなんですね!今このお菓子若い方を中心にとても人気だと聞いていてインスタグラムにもよく掲載されていたので、七星さんはもちろんのことお姉様もお好きかと思い本日持って来た次第です。」
と言うと七星さんはその菓子折を見ながら凄く優しそうな顔になり口元が少し笑顔になった。イケメンの笑顔の破壊力は凄まじかったが今はそんな気持ちを捨てないといけない。そう思うが身体が言う事を聞いてくれず菓子折を持った両手の震えが止まらなかった。
七星さんは小さい笑顔のまま菓子折を手に受け取ると
「姉さんに聞かないと分からないので、もう少ししたら5分休憩貰えるのでその時に姉さんに電話して聞いても良いですか?まぁ、名前はもちろんですが写真とか撮らなければ大丈夫だと思いますし、姉さんがこの辺は記事にしないで欲しいと言う所があった際には記事にしないと約束して貰えますか?」
と聞いてきた。
「はい!もちろんです!約束いたします!取材料金もお支払いいたしますし、あ名刺。名刺を渡すのでお姉様に聞いて頂けませんでしょうか?」
と名刺を急いで名刺入れから出す。
七星さんは私の名刺を見ながらあまり興味が無いという顔でポケットにしまった。
そんな私達やり取りを見てくる稔一朗さんに私は気が付いた。
稔一朗は会話に入りづらそうにしておずおずと
「今会社の者に確認した所、有給取れそうなので行けます。息子の様子からして車でお伺いする事となると思いますが、近くに駐車場とかありますでしょうか?」
と聞いてくる様子に先程の笑顔が一気に消え無表情に戻った七星さんは
「そうですか。駐車場なら俺の家の駐車場に止められるので気にしないでください。」
と言った。
「本当ですか?良かったです。ありがとうございます。」
とお礼を言う稔一朗を見ながらスマホを見て
「これから休憩に入るので。後、姉取材の件を聞いてきますから稔一朗さんに取材をしても良いか許可取りお願いします。」
と言ってスタッフルームに行ってしまった。
取り残された三人。私は気まずさもありながら稔一朗さんに取材について話をすると優しすぎる性格なのか、または頼まれた事に対して拒否が出来ないのかすぐに許可してくれた。
実慎は私の取材の許可が下りたことに対して自分の事のように喜んでくれ、
「やっぱり今日私お酒飲む!すみません!ビール!」
と店員さんに頼むくらいだった。
まだお姉さんの許可が下りていないがお祓いの現場を見れるかもしれないと思うと、私も嬉しさと人の不幸を喜ぶのは如何なものかと思うが抑えきれないワクワク感が勝ち私もビールを頼んだ。
稔一朗さん家族のお祓い当日。
私は電車で七星さんの家に向かっていた。
お昼2時に来て欲しいという事とお姉さんの許可は、
「弟が言うのであれば。」
という一言で無事に取れた。
手土産はプリンだ。七星さんに聞いた所お姉さんはプリンが一番好きとの事だったので朝から行列に並び午前中で売り切れるという有名のプリンを確保して七星さんの家に向かった。
駅からバスに乗って10分程のバス停で下車する。
七星さんが書いてくれた住所をスマホで検索し地図を確認しながら向かう。
バス停から5分程の所に佐々木さんが言っていた大きな門が見えた。
二階建ての一軒家で大きな木の門があり門の上には瓦の屋根が着いていた。
20代の二人が住むにはとても立派な建物である。圧倒されていたら後ろから紺色の車が近づいて来た。
運転手を見ると稔一朗さんが乗っていて、助手席には稔一朗さんと同い年くらいの奥さんと思われる白髪混じりで一つ結びにしている女性が乗っていた。
稔一朗さんはあの日とは違って今日は私服だった。
水色と白のストライプの長袖を着ていて、奥さんは茶色の長袖ワンピースを着ている。
私は軽く会釈して七星さんの家のインターホンを鳴らした。
ピンポーンという大きな音が家の中に響き渡る音が聞こえる。暫くしてから
「はい。」
と女性の声がした。
「あの私本日実采 稔一朗さんのお祓いに同行させて頂くお約束をさせて頂いた者です。」
と言うと
「はい。分かりました。稔一朗さんご家族もご一緒ですか?」
「はい。今車で到着したところです。」
「分かりました。門が自動的に開きますので門が開きましたら左手にあります駐車場に止めて頂けますでしょうか?」
「分かりました。」
と言うとプツと通話が切れて門の鍵が開く音がした。佐々木さんの話からして手動で鍵を閉めるのかと思っていたので自動なのかと思い凄い場所に二人で住んでいるんだなという私の生活の違いに驚きながら稔一朗さんに駐車場の説明をした。
稔一朗さんは
「分かりました。インターホン押してくれてありがとうございます。」
と言ってきたので気にしないでください。と言いつつ稔一朗さんの後ろに座っている青年の姿を見てギョッとしてしまった。
髪の毛は何ヶ月も切っていないからか肩まで伸びていてボサボサの黒髪。
伸びきった前髪から覗く目は血走っていて今にでも噛みついてきそうな程怒りの感情が伝わってくる。稔一朗さんが無理矢理嫌がる息子を連れてきたのかと思う程の形相で、服は長袖を着ているから分からないが手には手袋をしていた。
私が息子さんを見ているのが稔一朗さんにバレてしまったのか、少し気まずそうな顔をしてきたので私はすぐに車から離れて門が開ききるまで車を一切視界に入れないようにした。
思った以上の酷さだった。
これは実慎よりも酷いと思っても良いかもしれないそれくらい車内の空気が淀んでいたのだ。正直これからこの家族の傍に居てお祓いを見る事が怖く感じ緊張感で冷や汗が出てきた。
門がゆっくりと開き、稔一朗さんは車を発進させて門をくぐって駐車場に車を止めていた。
車を何度か往復させて入れている様子を見ながら私は七星さんの家に圧倒された。
門を潜った時にどこか聖域のような場所に来たような、神社の鳥居を潜ったような感覚がした。そして目の前に広がる大きな庭と一軒家。
駐車場は三台くらい車が止められるくらいのスペースがありその中の一つに多分七星さん達の車だろうと思われる黒い車が置かれていた。
また庭は石道が門から家の玄関まで続いていた。毎日掃き掃除をしているのか石道には砂利一つ落ちていなかった。
稔一朗さんが車を止めると中から奥さんを始めに稔一朗さん。最後に息子さんが出てきた。
息子さんの足はふらつきその様子を見て稔一朗さんがすぐさま息子を支えた。
頭がグッタリしていて体調でも悪いのかと思うくらい先程の血走った怒りとは真反対の状態だ。
奥さんはどこかボーと空を眺めて心ここにあらずと言った放心状態で立っていた。
稔一朗さんは息子さんを肩に担ぎながら七星さんの家に向かって歩く、その背中を追うようにして奥さんがフラフラとまるで稔一朗さんに引っ張られているような感じで歩いて行く。その三人に少し離れながら私も七星さんの家の玄関に向かって歩いた。
七星さんの家の玄関に着くとインターホンを押す前に女性が玄関のドアを開けて出てきた。
女性は私と変わらないくらいの年頃でメイクはバッチリだが七星さんと少し似ているのか肌が七星さんよりも白く、目はクリッとした猫目に近い目をしていて鼻と口が小さく女優かモデルのようなスタイルで黄色のワンピースを身に纏いとても美しかった。
髪の毛が焦げ茶色で見た目は本当にエマ・ワトソンに似ているように思えた。
こんなお姉さんだったら確かに七星さんが重度のシスコンになるのも分かる。
お姉さんは私達の姿を確認すると目は優しく慈愛に満ちた笑顔で
「よく来てくれましたね。」
と透き通った声で言った。弟の七星さんとは真逆の態度に佐々木さんに聞いていたお姉さんの印象が全く違う事に驚きの感情が隠せず、動揺していると
「貴方は記者さんですよね?」
と聞いてきた。稔一朗さん達はお姉さんの誘導で家の中に入ろうとしている。
そんな稔一朗さん達に対して背中を向けて一番後ろに紙袋を持って突っ立っている私にお姉さんは声を掛けてきた。
私は紙袋を慌ててお姉さんの前に突き出すようにして腰を90度に曲げ
「本日はお世話になります。あの、本日の取材料金とお姉様がお好きだと弟さんから伺っていた表参道にあるプリンです。」
と言うとお姉さんは鈴が入った鞠がコロコロ地面の上を転がるような声で笑い
「まあ!あの有名なプリンね!あのお店いつも行列でしょう。とても長い時間を掛けてプリンを買って来てくださったのね。ありがとうございます。」
と紙袋を受け取った。お姉さんの所作は美しくプリンが入った袋を受け取る行動でも凜としていて隙間が一切無いくらい美しかった。
プリンを受け取ると家の中にどうぞと言って案内してくれた。
家の中に入ると暖かい感覚がした。
お日様に当たっているような心臓の中にオレンジ色の何とも言えない暖かい光が入ってくるように感じた。
私は不思議な体験にオドオドしながら稔一朗さん達が靴を脱ぎ揃えている姿を見て私も慌てて靴を脱ぎ、稔一朗さん達の靴に揃えるようにして家の中に入った。
家の中に入るとお姉さんがこちらです。と言って客間らしき部屋に案内してくれた。
畳の部屋で他の部屋とは違い和風な部屋に仏壇が端に置いてある。
仏壇には二人のお祖母様だと思われる女性の写真が飾られていた。そして部屋の真ん中には正方形の木で出来た机が置かれていてお姉さんは稔一朗さん達家族の分の紫色をした座布団を横一列に並べ、私には少し離れた部屋の隅に座布団を敷いてくれた。
私はお姉さんが敷いてくれた座布団に正座すると稔一朗さん達もそれぞれ座布団に座る。
息子さんは正座が出来ないのか足を投げ出すようにして座った。
息子さんの様子は車の中に居た時と比べてかなり違い大人しく頭を下にブランと下げて力無しのような姿勢だった。
お姉さんは私達が座布団に座っている間に部屋を出てキッチンに向かっていたのか、お盆にお茶を人数分持って戻ってきた。
私はお茶を畳の所に置かせて貰い、テープレコーダーはもちろんのことメモを取る準備をした。
お姉さんはお茶を配り終わると稔一朗さん家族の目の前に静かに正座した。
お盆はお姉さんの足下に静かに置かれその仕草一つも本当に素敵な女性だと思わされた。
お姉さんは一呼吸置いた後に慈愛に満ちた笑顔で稔一朗さんに向かって話しかけた。
「本日は遠い所からおいでくださいましてありがとうございます。
私の名前は七星柑奈(ななせ かんな)です。弟の七星京采(ななせ けいと)とは腹違いの姉弟です。本日は弟の紹介にてお話を含めてお祓いをさせて頂けたらと思います。」
とゆっくり頭を下げる。私と稔一朗さんは慌てて頭を下げるが奥さんと息子さんは無反応だった。
「本日は息子さんと奥様についてお話をお伺いしたいと思います。まず始めに息子さんと奥様のお名前をお伺いしても宜しいでしょうか?」
と聞く柑奈さんの斜め後ろにソッと部屋に入ってきた弟の京采さんが正座して座る。
「息子は海人(かいと)で妻は編実(あみ)です。」
と京采さんに軽く会釈し挨拶をしながら稔一朗さんは柑奈さんの問いに答える。
「海人さんと編実さんですね。分かりました。」
と白い紙にそれぞれの名前をカタカナで柑奈さんは書き始めた。
「それではお話をお伺いしたいのですが。まず始めに海人さんに異変が起きてから編実さんにも異変が起きたというのでお間違い無いですか?」
「はい。息子が友人達と夜心霊スポットに行ってから様子が変で、妻は最初は普通だったのですが最近は意識または心がどこかに行ってしまったような状態が続いてまして。」
「そうでしたか。お父様はよく耐えてきましたね。とてもお辛かったでしょう。もう大丈夫です。海人さんのご様子を見る限り心霊スポットで何かを拾ってきてしまった。あるいは何かをご友人と共に壊してしまったのでしょう。とても強い怨念が海人さんの頭にグルグルと巻き付いているのが見えます。雲のような形が海人さんの頭にグルグルと巻き付いています。
海人さんはとても強い方ですね。このグルグルした怨念を薙ぎ払おうとして壁に何度もぶつけていたのではありませんか?」
「はい。深夜2時頃に壁に向かって何度も額をぶつけるんです。」
「そうでしたか。海人さんの中で必死にこの怨念と戦っている姿が見えます。とても大変そうです。少し海人さんの額に触れさせて頂いても宜しいですか?」
「えぇ、もちろん。」
と稔一朗さんは海人さんの頭を両手で持ち上げて柑奈さんが額に触りやすいようにすると、車の中で血走っていた目がグッタリとした目になり力無い表情をしている海人さんの額に柑奈さんは右手に人差し指と中指を揃えてソッと触れた。
「やっぱりそうだわ。海人さんは本当に頑張って戦っています。うんうん。もう大丈夫よ。海人さん私の声が聞こえますか?そう私の名前は七星柑奈です。初めまして。お父様のご要望で本日は海人さんの頭に巻き付くこの雲のような形をお祓いさせて欲しいの。そうよ。大丈夫もう怯えなくて良いわ。よく頑張ったわね。でももう少しだけ頑張れるかな?私のお手伝いをして欲しいの。そう怖くないわ。もう痛い事もない。ただ私が息をして、息を吐いてと言ったらその行動をして欲しいの。大丈夫かな。・・・・あらあら大変身体が上手く動かせられないのね。今額に私の指が当たっているのは分かる?そうその体温に集中すれば海人さんはもう自分の意思で呼吸が出来るわ。そう額に集中して。」
そう柑奈さんは海人さんの額に指を当てながら海人さんの傍に寄った。
海人さんの呼吸は荒く、何かうめき声も聞こえてくる。
先程までグッタリしていた様子が少しずつ車内に居た海人さんの表情に戻ってきている。私は息を殺してその様子を見つつメモを必死に取る。
文字が震える。海人さんから感じられる怒りの感情に恐怖でどうなってしまうのかと思うと文字がまともに書けなくなっていた。
そんな私と同じ気持ちなのか稔一朗さんも自分の息子の様子に恐怖を感じているようだった。少し海人さんから距離を取ろうとする稔一朗さん。奥さんの編実さんは海人さんの様子に全く気付かないのか虚ろな目で天井を見ていた。
京采さんは柑奈さんの様子を見ながらいつでも動けるように少し腰を浮かせていた。
柑奈さんは一人だけこの恐怖に対して凜とした態度で海人さんの額に指を当てながら海人さんの名前を呼び続ける。
すると、海人さんの呻き声が発狂に変わった。
部屋に響き渡る程の鼓膜が破れそうな程の大きな声で喚き、口からはボタボタと涎が垂れ海人さんのズボンを濡らしていく。
そんな様子にも柑奈さんは毅然とした態度で傍に居た。
そしてその時間がどれくらい経過しただろうか。
海人さんの叫び声が急に止まった。
柑奈さんは呼吸を荒くする海人さんの額から指を離し背中を擦った。
「海人さん、聞こえますか?頑張りましたね。もう大丈夫。少し呼吸を整えましょう。息を吸ってそして吐いて。」
と海人さんの背中を擦りながら話しかけると海人さんは柑奈さんの声に反応しているのか呼吸を整えようと必死に酸素を吸ったり吐いたりしている。
「そうその調子。」
と擦る柑奈さんの様子を見て京采さんは腰を下ろし、稔一朗さんは圧倒されて固まっていた。そんな私も完全にメモを取る事を忘れ今起きている出来事に対して恐怖と安堵感が入り交じった感情でいっぱいになっていた。
「海人さん、少し頭の中が晴れてきましたね。しっかりここに今居るという事、今私が海人さんに話しかけて居ることが少しずつで良いので理解していきましょう。大丈夫。もう大丈夫。」
と背中を擦りながら海人さんに話しかける。
海人さんは最初は呼吸を整えることに必死になっていたが少しずつ柑奈さんの言葉に反応し状況を理解しようとしているようだった。
「そうです。その調子。もう少しでもう完全に海人さんのお祓いが終わります。今私の声が理解出来ますか?」
と言うとハッキリと海人さんが頷いた。
「良かった。」
と微笑むと海人さんの背中を擦り続けた。暫くそうしていると海人さんの呼吸音が安定してきて一定のリズムを刻むようになった。
その様子を見て背中を擦っていた柑奈さんは手を離し、ワンピースのポケットから緑色の珠々を出した。
そして珠々を見せながら腰が完全に抜けている稔一朗さんに
「この珠々は私専用の珠々です。今から海人さんに取り憑き海人さんの事を壊そうとしていた怨念を完全に払います。ただ、この珠々の効果は今だけです。一番大切なことは海人さんが持ち帰ってしまった物があるのであればそれをお寺に処分して貰ってください。そして、海人さん自身が遊び半分で行った場所に対して反省と謝罪をしてください。寺で物を処分して頂くときに手を合わせるだけで十分です。もし海人さんが持ち帰っていたのでは無く何かを壊してしまったのであれば帰りに塩を渡しますのでその塩を朝、昼、晩と必ず1ヶ月の間は人差し指の分くらいは舐めて心から反省と謝罪をしてください。お父様、息子さんにそれをさせる事を約束して頂けますか?」
と聞くと腰を抜かした稔一朗さんは何度も何度も頭を上下に振って力なく分かりました。分かりました。と言った。
その言葉を聞いて柑奈さんは海人さんにまた話しかけた。
「海人さん聞こえてましたか?今お父様にお話をした事が出来ますか?」
と聞く。
海人さんはまだ項垂れながらも力強く何度も頷いた。
「分かりました。それではこれからお祓いをしますね。」
と言い珠々を何度か両手であやとりをするようにジャラジャラと鳴らし、柑奈さんは目を瞑った。そして小さな声でお経を唱える。
そのお経は般若心経だった。
小さな声で何度も珠々を鳴らしては般若心経を唱える。
そして何度か珠々を鳴らした後、海人さんの背中に珠々を擦りつけるようにして擦る。
暫くしてからお経が唱え終わると、海人さんの頭が持ち上がった。
目が先程とは全く違いしっかりしている。どこかスッキリしたような表情の海人さんに背中を珠々で擦りながら
「よく頑張りましたね。もう大丈夫。海人さんが必ず私と交わした約束を守ってくだされば、二度ともう頭の中に居た人物は戻ってきません。もう大丈夫ですよ。」
と言った。
海人さんは掠れた声で
「ありがとうございます。」
と言った。
柑奈さんは海人さんのお礼の言葉ににっこり笑うと
「お次は奥様の編実さんですね。」
と海人さんの傍から離れて最初に座っていた席にまた座り直した。
「編実さんは海人さんの気に当てられてしまったというのと海人さんを救いたいという気持ちで自分を見失ってしまっています。でも海人さんとは違って編実さんのお祓いは簡単ですのですぐに終わりますよ。」
と稔一朗さんと海人さんに柔やかに言うと稔一朗さんと海人さんはそれぞれお願いしますと頭を下げた。
柑奈さんは編実さんの顔を覗き込む。しかし天井を見上げている編実さんの視界には入らないのか柑奈さんは必死に編実さんの視界に入るように動き回る。そしてやっと視界に入ったのか笑顔で
「初めまして、編実さん。息子さんの海人さんに取り憑いていた霊はもう居なくなりました。今までとても心配でしたね。海人さんが壊れていくのでは無いかと心配で心配で仕方なかったでしょう。とても心が押しつぶされる感情になっていましたね。もう大丈夫です。海人さんはしっかり戦い今は勝つことが出来ましたよ。今度は編実さんの番です。そうです。もう大丈夫なのです。編実さんが心配なさっていた海人さんはもう無事です。安心してください。」
と話しかける。そして海人さんに
「お母様の背中に手を当ててお母さんと呼んで頂けますか?」
と聞いた。海人さんは力が上手くまだ入らないのか身体を引きずって編実さんの背後に移動する。そして柑奈さんの言っていた通りに編実さんの背中に左手で手を当ててお母さんと何度も呼んだ。
すると編実さんの目からは大量の涙が溢れてきた。その様子を見ながら柑奈さんは
「息子さんの、海人さんの声が聞こえますか?そうです。この声は貴方が必死に守ろうとしている息子さんの、海人さんの声です。海人さんは今お母様の背中に触れて一生懸命お母さんを呼んでいます。耳を澄ましよく息子さんの声を聞いてください。そして声がする方に来てください。もう道に迷うことはありません。」
と言い柑奈さんはボロボロと涙を流す編実さんの涙を指で拭いていた。途中弟の京采さんがピンクのキャラクターが描かれたタオルを持ってきて柑奈さんに渡す。
そのタオルを有り難うと言いながら受け取り、編実さんの涙を丁寧に優しく拭いてあげる。
編実さんは涙を流し段々呼吸が荒くなったと思ったら声を上げて泣き始めた。しゃっくりを上げながら大泣きする母に対して戸惑いながらも背中を擦り母を呼ぶ海人さんの隣で涙を静かに流す稔一朗さんの姿があった。
私もこの空気に飲み込まれて涙が止まらなくなっていた。
編実さんはどれだけ心配だったのだろうか。楽しく学校に行っていた自分の息子がいきなり学校に行かなくなっただけでは無く、自傷行為をして苦しむ姿を24時間見守ることしか出来ない母親の気持ちを考えると涙が止まらなくなった。
メモ帳は私の涙で濡れて文字が滲んでいくが、私の涙は止まること無くただ流れていった。
暫く大声で泣いていた編実さんの声が小さくなり、編実さんの呼吸音がヒックヒックと聞こえるようになった。
落ち着いてきたのだろうか。そう思っていると編実さんの頭を柑奈さんが何度か撫でた。
「そう。沢山今まで我慢していた分を全て出してください。もう大丈夫です。編実さんもとても大変でしたね。よく頑張りました。とても強いお母さんです。もう大丈夫ですよ。」
と何度も頭を撫でると編実さんの頭が少しずつ下に下がりまだ呼吸は乱れているが、少しずつ柑奈さんと海人さんの声に反応するようになってきた。
「お母さん」
と掠れ声で呼ぶ海人さんの声に一生懸命探すようにして編実さんは海人さんの姿を探す。
そして背後に海人さんが居ることに気が付くとまた涙を目にいっぱいに溜めて海人さんを力強く抱きしめた。
そしてまた大きな声で泣く。その声は安堵の声だった。
お祓いは無事に終わった。
あの後30分近く編実さんは海人さんを抱きしめて泣き続け、稔一朗さんも涙を流しながら二人を強く強く抱きしめた。
3人の家族愛に満ちた空気に包まれ先程までの海人さんと編実さんから感じていた恐怖心が一気に消えていくのが分かった。
もうこの3人は大丈夫だと私は確信した。
そして柑奈さんはその3人を見て慈愛に満ちた笑顔で見守り、少し落ち着いて来た頃に私を含めて3人にお茶を飲むように言った。
3人は大声で泣いていたのが急に現実的に気持ちが戻ったのか恥ずかしそうにしてお茶を飲み干した。
私もお茶を飲むととても心が一層に穏やかになった。お茶は甘く砂糖でも入っているのではと思えるくらいに美味しく、私の喉と心を潤した。
そして私達は七星さんの家を後にすることにした。
3人に中くらいの大きさのジップロックに入った塩を弟の京采さんが渡す。
「3人共がこの1ヶ月の間必ず人差し指くらいの量を口に含んでください。そして海人さんは心霊スポットで持ち帰ったしまった物があれば必ず探し近所の神社で構いませんのでお焚き上げをしてください。その時に必ず3人が同席し心の中で構いません、謝罪と反省の言葉を呟いてください。また物が無い場合。何かを壊してしまった場合は塩を舐める時に毎回3人共が謝罪と反省の言葉を心の中で呟いてください。大変かと思いますが、一ヶ月間は必ず守ってください。またお母様がご購入されたお札に関しましては神社にお焚き上げし頂くようにお願いします。ゴミ箱に捨てても良いですが念の為に神社でお焚き上げして貰ってください。ただその時は同席はしなくても大丈夫です。」
と3人に京采さんは話す。3人は何度も頷きながらその話を理解し覚えようと何度も繰り返し3人で確認しながら聞いていた。
私はそんな姿を見ながら片付けをしていた。
ボイスレコーダーの録音を止めてメモ帳と一緒に鞄にしまうそしてお茶の入っていたコップを机の上に置き帰る支度をしている時に柑奈さんが話しかけてきた。
「どうでしたか?記事に出来そうですか?」
と穏やかな表情で聞いてくる姿に天使のような神様のように感じた。
「はい。本日は無理を言ってしまいすみませんでした。本当にありがとうございました。」
と言うとパァと笑顔になって
「それは良かったです!」
と両手を胸辺りで手を合わせてピョンピョンとその場で軽くジャンプした。
「本当に良かったです!実は緊張していたんです。初めて取材を受けたので大丈夫かしらと心配だったので。」
と八の字に眉毛を動かしながら言う姿はとても愛らしく感じた。
「いえ、本当に取材を全てお断りしているという話を伺っていたものでしたからご迷惑になっていないか、またお祓いの際に邪魔にならないかと私も心配でしたが大丈夫だったでしょうか?」
と聞くと意外だという顔で
「取材はただ中にはこういう霊媒師に対して疑念を抱く方達が多く中には偽物では無いのかとか本物の証明を見せて欲しいという風に仰る方もいらっしゃったので基本はお断りしていたんです。本物の証明など出来はしません。本物かどうかなんて私でも分からないのです。」
「そうなんですか?」
「えぇ。今私達が居るこの世界が夢か現実なのかを証明して欲しいと言われても困りませんか?私が見るこの世界は私にとって本物であって現実なのです。ただそれを証明しろと言われたら難しくないですか?」
とフフフと笑いながら話す言葉に確かにと思いながら頷くと
「でしょう?でも取材を求めてくる方達はそれを答えろと仰るので対応が難しいのです。でも貴方は弟から話を伺った中でそんな事を聞いてくる方では無い事もまたご友人が困っている際に手を差し伸べることが出来るという様子を聞いてこの方ならと思い今回初めて取材を受けることにしたのです。」
「そんな。私なんてまだまだ試行錯誤しながらの一人前の記者とは言えない人間です。でも今回見てきたことを必ず良い記事に致します。それは必ず約束します。何度も書き直して掲載して貰えるように頑張ります。」
と柑奈さんの目を見ながら決意を心の中で強く決めながら言うとコロコロと笑いながら
「それでは雑誌楽しみにしてますね!身体には気をつけてしっかり睡眠を取ることを忘れずにまた何かありました際にはいつでも連絡をください。」
と柑奈さんは笑顔で言ってくれた。
私はそんな柑奈さんの言葉に勇気を貰い、必ず記事にしてみせると心に決めて気合いを入れ直した。
そして稔一朗さん達家族と共に七星さんの家を出ると来た時よりも気持ちが軽くまた庭に生えている大きな木の青々とした葉が風に吹かれているのを見ては太陽の光さえもいつもよりも輝いて見えた。
私は七星さんご姉弟に挨拶をして、稔一朗さんご家族にも挨拶をして私は駅に向かうバスに乗った。
先月、生まれて初めて取材を受けた。
弟がバイト先から電話をして話してきた事がきっかけだった。
弟は毎日何が起きたのかを私にいつも笑いながら話してくれる。
夕飯の時間は弟の話を聞いて聞いてという声で食卓が溢れる。
私が大学生になった時に手紙が来た腹違いの弟。
最初は両親の離婚のきっかけだった彼と会う事は容易ではなく、最初は何度もお断りの文を返事をしていた。
しかし、何度も会いたいという弟の言葉に負けて弟の最寄り駅にある喫茶店でお茶をし、話したら思っていた人で無いことを知り何度も会うようになった。
それから色々合ったが今は2人で助け合って生活をしている。
時には彼がモテている話を聞いて彼女とか居るなら同棲とかしたいのでは?と思った事もあったが弟はそんな心配は要らないから大丈夫の一点張りで別に暮らすことを嫌がった。
今まで父にも弟の母にも放置され1人でこの家で父方の祖母の介護をしながら暮らしていた事を思いだしまた1人になるのが怖いのかもしれないと思うとそれ以上は言えなかった。
そんな事を思っていると玄関のドアが開く音がした。
弟が大学から帰って来たのだ。私は急いで玄関に向かいお帰りと声を掛ける。
弟は少し汗ばんだ額を腕で拭いながらただいまと歯を見せて笑う。
彼は外では無表情だが、家ではいつも笑顔だ。
幼さがまだ残る彼を見て、今まで一人っ子として育った私にとって可愛い可愛い弟に出会えて良かったと思う。
弟は帰ってきて早々に鞄から一つの雑誌を手にして私に見せてきた。その雑誌は先日取材を受けた所が出版している雑誌だった。
弟は買う時に見つけたのかここに載っているよと言いながらページをペラペラと捲る。そんな弟に早く手を洗ってうがいをしなさいと言いながら弟の鞄をリビングに持って行く。
私が歩くとその後ろにページを探しながら着いてくる弟にヒヨコのようだと思いながらフフフと笑った。
そして私達はリビングに着いて弟は私達の事について書かれた記事を見つけて私に見せて洗面所に行ってしまった。
私は今生まれて初めて受けた取材の記事を読んでいる。
記事から溢れてくる霊媒師についてどんな者なのか、またお祓いがどのように行われてどのように空気が変わっていったのか。また友人の久しぶりの笑顔を含めて家族愛に出逢えた喜びが記事の文字からとても伝わってきた。
あの時に来た人がこんな風に私達のお祓いを見て感じたのかと思うと少し自分の事なのに不思議な全く別人の話のように思えた。
今日は少し風が強い。庭に生える木の葉っぱが風に吹かれて音を立てている。
また暫くしたら弟を通してや電話で私に助けを求めてくる人達に出会うかもしれない。ただ1人でも多くの人が今の苦しみや辛さから救われて欲しいと思う。
その人達を救う為に私はこの力を持って生まれてきたのだ。
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