最終話 金曜日までの五泊 6
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やがて時刻が一時半を回ろうかというころ、俺は改めて身構えた。「一度目の第四夜」における電源設備異常は、この時間に起こっていたはずだ。
今夜のショーもそろそろ幕開け。今度こそ奴らをさばききり、勝利の朝を迎えてやる。
と意気込むのはいいとして、だが肝心のトラブルのほうがやって来ない。詰所の電灯はいまだ元気な様子で、白い光を発し続けている。
少しして一時四〇分でも明かりはそのまま。また少し経って五〇分、さらに時は過ぎ午前二時、もうひとつおまけに、午前二時一〇分になっても一向に異常は訪れなかった。
(そうか、スタートのタイミングはランダムなんだ……)
これまでやり直しの機会がなかったので分からなかったが、どうもそういうことらしい。これは思った以上に運の要素が重要になりそうだ。
異常がないのを疎む、というのも変な話だが、どうせ不都合が起こるなら願わくば早めにお願いしたい。下手に焦らされるとそのぶん怖さが増してしまう。
などと考えていたところに、ついにその時が訪れた。暗転と復旧とエネルギー残量表示。
第四夜、ラウンド2だ。
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それからおよそ二時間ほどのあいだ、俺は必死に多勢に無勢の戦況を耐えつづけた。
ある時は天井裏の“ねずみ”を追い返し、またある時は、腹を空かせた食人鬼に滑り込みで電気刺激を与えてやる。くわえて詰所の東西の出入り口も抜かりなく監視し、さらには不必要なエネルギー消費も極力抑えるよう努力する――夜勤四日目にしては堂に入った立ち回りである。職人技と言ってもいい。
こうなると、不安要素はやはり例の女だ。
今レストラン内にいる人形のうち、彼女だけは明確な対処の方法がない。眼前に急にやって来られたとて、俺にできるのは「どうか騒ぎ出さないでくれ」と天に祈るくらいである。
だが、そうした祈りは往々にして届かないものだ。
午前四時二〇分。この夜、最初の高笑い。
PCモニターが輝きを失くし、ひとりの警備員が完全に無防備な状態となり果てる。
危機は危機なれど、今回は運が味方した。というのも、偶然にも大鬼への対処が済んだばかりだったのだ。
そのうえダクト内の黒髪女も直前に追い払ってあるし、穴あきゾンビと鹿男も事前に居場所を把握してある。両者ともさきほど見たかぎりでは、そろってメインホールにいたはずだ。少なくとも「今にも突入してくるか」という切迫感はない。
(いけるぞ! これなら少しは持ちこたえられる……!)
心臓が早鐘を打ちはじめる。
その忙しない音を自身の耳に捉えながら、俺は静かに待った。黒く染まった四角い画面に、ふたたび希望の火が灯るのを。
そうしてどれくらいの時が過ぎただろうか。五分か。あるいは十分か。気持ちの上では十五分以上も経過したように思われた。
しかし実際には、その停滞はわずか三分間の出来事だった。
モニターは何の前触れもなく息を吹き返した。すでに見飽きたはずの監視カメラの映像が画面に戻ったとたん、俺は思わず拳を握りしめた。
無意識に逆さ女のほうに目をやる。女は相変わらず微笑を浮かべているものの、しかし心なしか、その顔は苦々しげに歪んでいるようにも見えた。
どうあれ感慨にふけっている暇はない。今は一刻も早く、状況を把握しなければ。
まずは例の逆さ女。彼女は俺が一瞬目を離した隙に消えてしまった。人を困らせるだけ困らせて満足したのか、今は倉庫に戻っておとなしくしている。
次に大鬼だが、管理システムの表示を見るかぎり彼についても心配は無用なようだ。次の制限時間まではまずまず余裕がある。
残るは通路とダクトとを行き交う三体だが、彼らもまったく問題なし。以前より攻勢が緩やかというか、昨夜の忙しさに比べれば可愛いもの、といった印象である。
ここに至ってようやく俺は実感した。ついに苦境を乗り越えたのだ、と。
また同時に、「この世界においては運も実力のうちなのだ」と痛感もさせられた。迫りくる脅威には全力で応戦するとして、さらにそのうえで、万全を期したあとは神の加護を祈るしかない。
ここではピンチもチャンスもつねに気まぐれに訪れる。最も重要なのは、好機を最大限に活かす度胸と胆力とを持ち続けることだ。
逆さ女の強襲をかわしたのちも、夜明けまでにはまだ一時間以上あった。
しかしその後は大きな危機もなく、監視作業はまさに盤石そのものだった。唯一の不安要素を切り抜けたからだろう、みなぎる自信と高揚感とが、俺の闘志をより一層に盛り上げていた。
一方、電力の消費量は必要最小限に抑えられているため、エネルギー残量も十分以上にあった。こうなれば怖いものなど何もない。
そういうわけで結局、それから業務終了まで俺の好調が途切れることはなかった。
これで全日程五日間のうち四日目までが終了した。
明日もまた、何か未知の存在とまみえることになるだろう。だが、今夜の経験があれば乗り越えられない壁などない。
そんな清々しさを全身の感覚で受け止めながら、俺はこの日も無事、生きて詰所から脱出した。
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