最終話 金曜日までの五泊 4
×
以降、エプロンゾンビは頃合いを見計らっては詰所を攻撃してくるようになった。
執念深く、おまけに疲れ知らずの相手ではあるが、幸いにしてそこまで機敏ではない。意表を突くような突飛な行動もしないため、冷静に現在位置を把握していれば案外、対処は簡単だった。
ただ不安なのは、数で攻められたら厄介だ、という点である。
防犯アプリケーションの仕様上、一度に監視できる範囲には限りがある。複数箇所のカメラ映像を同時に画面に映すことはできない。くわえて、操作者が未熟だという懸念点もある。
そういう状態で、もし仮に敵方が二体、三体と結託して攻め込んでくれば、さすがに耐えきれるかどうか分からない。むしろ、高確率でどこかで誤算やミスが生じることになるだろう。
しかし不幸中の幸いか、この不安は杞憂に終わった。
結果から言えば、今日到着した三体の機械人形のうち、能動的に襲いかかってきたのはあのエプロンの個体のみであった。
おかげで命拾いというか、とにかく「第二夜にして早くも絶望」という事態だけは避けられた。
まあ、この時点ではまだまだ様子見といったところだろう。おそらく本番は明日三日目。明くる夜こそが第一の勝負所に違いない。
俺はその本番に備えるような気持ちで、この日の夜勤を無事、勤めあげた。
三
三日目。
言わずもがな今夜も一人きり。明朝まで孤独な戦いだ。
前二日と同様、この日も勤務がはじまるなり電話が鳴った。かけてきたのは当然フレデリクソンだ。
「やあ、こんばんは。昨晩は大変だったらしいね、何だか妙なことがあったそうで……」
例の人形と電源設備との“予期せぬエラー”については当然ながら報告を上げてあった。証拠映像もしっかり残っているため、信憑性は抜群だ。
「それで、キャプラン君、今日の昼間に業者に来てもらって検査したんだけど、残念ながら今のところ原因は不明らしい。丸一日かけて調べてもさっぱりだそうだ。いやあ、だらしがないね……というわけで、さしあたり今夜は様子見をお願いしたいってさ。昨晩と同じように過ごしてみて、どういうふうになるか確認したいんだって……どうだろう、協力してもらえるかな?」
今のこの状況で「ノー」の選択肢は取れるものなんだろうか?
「……そうか! ありがとうキャプラン君、助かるよ!……ところで、実は一点、伝えておかなきゃいけないことがあるんだけど」
「うっ……なんですか?」
「昼間に業者に来てもらった時、ついでに新しいモデルの人形を持ってきてくれるよう頼んであったんだ。まあ早い話、ゆかいな仲間が増えたってことさ」
増えたのはおそらく敵である。
「ほら、カメラで倉庫を確認してごらん?」
俺はフレデリクソンに促されるまま、モニターに“怪物たちのねぐら”を表示させた。するとそこには、彼の言葉どおり新しい顔ぶれが到着していた。腰まで伸びた長い黒髪が特徴の女性と、鹿の頭らしき被り物を着用した男性の人形だ。
なんと、ここでまたも望外の再会。まさしく望みもしていなかった展開である。使いまわしは感心しないぞ。
と、そこで今一度、先輩警備員の声。
「どうだい、なかなか個性的な二人だろう。新入り君たちが『悪さ』をしないよう、今夜もしっかり見張ってくれたまえよ。はっはっは!」
冗談めかして言う彼の声に悪意は感じられない。この男は悪気なく他人を怒らせるタイプだ。
それから二言三言あいさつを交わしたあと、今夜の通話は終了した。
さあ、また長く孤独な夜のはじまりだ。
×
さて倉庫だが、正確にはこの中にある人形の数自体は昨晩と変わっていない。例のエプロンの個体を除く残り二体の穴あきゾンビ人形が、メインホール内に移動されたのだ。デビューまもなくレギュラー昇格とは大したものである。
そんなわけで、モニター越しに見えるのは今夜も三体の人形の背中のみ。この三者がいつ動きだしても対処できるよう、目を離さないようにしなければ。
と思うや、早速映像が乱れはじめた。何かが起こる前兆だ。
少しして画面が戻るとエプロンゾンビの姿がない。
(さあ、お出ましだ……)
彼は倉庫のとなりのメインホールまで移動していた。その積極的な攻めの姿勢には、「今夜こそは」という意気込みが色濃く表れていた。
気合い充分なれど、彼ばかりに気を取られていてはいけない。
むしろ、今現在どういう動きをしてくるか不明な黒髪の女と鹿男のほうが、危険度としては高いのだ。ここはあくまで、倉庫の監視を優先するのが上策というものだろう。
くだんの二者のうち、先に動いたのは鹿男のほうだった。
結論から述べれば、彼はエプロンゾンビとほぼほぼ同じ行動を取るようだ。倉庫からメインホールへ、メインホールから通路へ、そして通路から警備員詰所へ――順々に移動しつつ正面から攻撃をしかけてくる。なんともオーソドックスな戦法だ。
両者の違いを挙げるなら一点で、それすなわち使用する通路の差であった。エプロンゾンビは前夜と同じく西側の通路を行き来するが、対する鹿男はもっぱら東側の通路を利用する。これでようやくバランスが取れたと思えなくもない。
ともあれ油断は禁物だが、本音で言えば一安心だ。攻撃の仕方が正々堂々としているだけ、彼らなどはまだ有情なのである。
(となると、怖いのは……)
俺はまた倉庫内をモニターに映しだした。現在時刻は午前一時一二分。黒髪の女はいまだ沈黙を守り続けている。
まさか朝までこのままということはあるまい。もしかすると、彼女は昨晩のような電源設備の異常に合わせて行動を開始するつもりなのかもしれない。
いずれにせよ、この女の動向は要チェックだ。
×
それから約二時間半後、状況はいくぶん様変わりしていた。
まず何より例の電気設備異常だ。
赤みを帯びたライト、エネルギー残量の表示、電子錠とカメラの使用制限。
二日連続で発生したということは、明日以降も必ずこうなると覚悟しておくのがいいだろう。
暗闇の訪れとともに、人形たちも騒がしさを増してきた。
西からゾンビが攻めてきて、やっとそれに対処したかと思えば、矢継ぎ早に東から悪質カルト教信者がやって来る。一方が引っ込めばもう一方が、と忙しなく動く彼らの様子は、ともすればモグラ叩きのようでもあった。
さらに脅威は彼らだけに留まらない。あの女人形がついに動きだしたのだ。
東西二本の通路には先客がいるとして、では彼女はどこに進路を取るのかと言えば、その答えはズバリ、キッチンである。
より正確には、彼女はキッチン上部にある換気口からダクト内に侵入し、その中を通って詰所に攻め込むつもりらしかった。それが証拠に、調理場に佇む女はカメラのほうには目もくれず、ただ一心に空調機器だけを見つめていた。
面白いのは、「この詰所は天井部分にもロック機構が設けられている」ということだ。なるほど勤務中に頭上から“アライグマ”が降ってくるのは恐ろしいに違いない。ここは当店オーナーの英断を称えるべきところだろう。
その後、実際に事が動いたのはさらに三十分ほどが経過したころ、時刻が午前四時半に差しかかったころだった。
時間帯としては終盤戦と言って差し支えない。勤務終了が早朝午前六時と定められているため、この時点で残り時間は全体の三分の一以下。また、エネルギー残量は四七パーセントとなっていた。設備異常の発生が二時ごろだったことを考えると、まずまず順調といったところか。
こうして調子がいい時に不確定要素が増えるのは、実際迷惑きわまりない。
だが逆に捉えれば、あの女が今の今まで静かにしていてくれたことが、むしろ望外の幸運だったのかもしれない。
そんな大人しいはずの黒髪の女が、俺が何度目か分からないキッチンの確認をしたと同時、天井の換気口に向かって飛び上がった。ネコ科の大型獣を思わせる、しなやかかつ大胆な身のこなしだ。
急ぎ換気ダクト内部の映像をモニターに表示させる。やがて画面に映しだされたのは、狭苦しい金属トンネルを信じがたい速度で這い進む、あの女の姿であった。
青白い腕をむき出しにして、両目を真っ赤に血走らせる。まさしく凄まじい形相だ。彼女は猫類のなかでも血に飢えたジャガーに違いない。
などと考えるや、詰所の屋根裏からけたたましい音が聞こえてきた。音の原因は考えるまでもない。あの女は今まさに、俺の真上にいるのだ。
意識より先に本能が働いたか、考える前に身体が動いた。両手が無意識にキーボードを叩く。とたん、天井の換気口が「カチッ」と音を立てて施錠された。
間を置かず部屋中に響く騒音。換気口の蓋一枚へだてた向こう側で、肉食獣が怒りに身を任せて暴れまわる。あの女が自身の青白い腕を振り回す、その光景まで網膜に浮かぶような迫力だった。
この間、カメラは不具合を起こしたままだった。次にダクト内の映像が戻った時、そこにはすでに彼女の姿はなかった。
もしやと思ってキッチンを見る。すると、女はたしかにそこにいた。急襲が失敗したと見るや、すぐさま定位置に戻ったのだ。この判断の早さはぜひ見習いたいものである。
さあ、ここからはいよいよ三対一だ。
俺は直前の急襲にすっかり心を乱されていた。正直、恐ろしかったからだ。
その恐怖心も影響してか、これまでにも増して忙しい警備作業に、俺はまったく忙殺されてしまった。
右からかと思えば左、左からかと思えば上、上からかと思えば右……いずれの襲撃も、すんでのところでなんとか防いでいるという有様である。
最前からバクバクと心臓の高鳴りが止まず、身体には負担がかかっていたが、おかげで集中力はいつになく研ぎ澄まされていた。
コツは未来予測と修正と、それらの積み重ねによるパターンの構築だ。「ここからこのタイミングで攻めてくるだろう」という予想と現実との差異を蓄積し、予測の精度を高めていく。失敗はつねに成功の種なのだ。
そうするうち、やがて十五分も経つと三人組の威圧感にも慣れはじめ、わずかながら冷静さも戻ってきた。
次いで三十分後にはカメラを使わず物音だけで女人形の攻勢を察知できるようになり、さらにそこから四十五分が過ぎたころ、独房のような詰所に歓喜のチャイムが響きわたった。
こうしてまた空に朝日が昇り、三日目の夜勤は滞りなく終わりを迎えた。
エネルギー残量は業務終了時点で残り一八パーセント。申し分のない結果である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます