最終話 金曜日までの五泊 3
二
二日目。
俺にはある予感があった。すなわち、「いよいよ今夜からが本番だぞ」という確信めいた予感が。
詰所に着いてモニターの前に腰を下ろすや、すぐさま電話が鳴り響いた。出てみると、案の定フレデリクソン氏の声が聞こえた。
「やあ、昨日はいい夜を過ごせたかな? 今日も引き続きよろしく頼むよ…………さて、今夜はちょっと伝えておかなきゃならないことがあってね……まずは、監視カメラで倉庫の中を映してもらえるかな」
言われたとおりにすると呆気に取られた。
そこには奇妙な光景が広がっていた。無機質で寒々とした部屋のなか、三名の人物が壁に向かって整列している。見ようによっては刑の執行を待つ死刑囚のようでもあった。
言葉を失っていると、またも先輩警備員の声が聞こえてきた。
「ははは、驚いたかい? でも安心していいよ、彼らは本物の人間じゃないからね。いや実は、このたび新しく展示の目玉を用意することになってね、その試作品が届いたんだ」
「新しい人形ですか?」
「ただの人形じゃないよ。なんと電子制御付きの機械人形さ。それも、自分自身でそこらを歩き回れるほど精巧なモデル! どうだい、すごいだろう?」
たしかにすごい。嫌な予感がすごい。
「ま、そういうわけだからキャプラン君、新人同士、仲良くやっておくれよ」
それじゃあ今夜も頑張ってね、と最後に付け加えると、フレデリクソンは通話を終えた。
作り物と分かったところで“彼ら”の不気味さが緩和されることはなかった。俺は失礼を承知で、物言わぬ同僚たちをまじまじと観察した。
まず気になったのは、彼らの正体が分からないことだ。
いや、機械じかけのロボットだというのはむろん理解している。分からないのはそのモチーフ、つまり何をモデルにしているかだ。
カメラの位置の関係から監視モニターに映るのは人形の背面のみなのだが、それにしても特徴らしい特徴が見受けられない。
新たに到着した三体のうち、一体は背広姿だろうか上下そろいのほっそりとした衣服を着用している。また別の一体はエレガントにスカートを着こなし、残る一体はTシャツにジーンズというカジュアルなスタイルに、エプロンをかけた格好である。いずれの面々も「恐怖の館」の住人としてはいくぶん役者不足の感が否めない。
――世の怪物は、こうもありふれた身なりをしているものだろうか?
と考えたところでふと思いつく。
(そうか、ゾンビだ!)
言わずもがなゾンビとは生ける屍だ。その醍醐味は、「市井の人々が恐ろしい化け物に変貌する」という点に尽きる。
なるほど、それならありふれた服装のほうがかえって説得力が増すというものだ。
しかも今回に限って言えば、仮にロボットがぎこちない動きをしたとしてもそれはそれでゾンビらしさが出るのではないか、という期待もある。
(いやあ、よく考えたものだ……)
などとのんきにうなずきながら、俺は二日目の勤務をスタートさせた。
×
異変が起きたのは時計が午前一時三〇分を指したころだった。
何気なくカメラを切り替えていると、倉庫の人形が一体足りないのに気が付いた。背広姿のものとスカートの個体は確認できるが、エプロンを着けた男性らしき一体が姿を消している。
(ついにはじまったか……)
期待半分、憂鬱半分であちこちの防犯カメラを覗いていくと、やがて脱走者は見つかった。彼がいたのはメインホールの中央付近だった。
ところでこのメインホールだが、これは位置関係でいえば建物の北端に位置している。ホールは一般客用の正面玄関も兼ねていて、北側を大通りに接する形である。
そのホールのすぐ西側に面しているのが例の備品倉庫だ。人形などの装飾を取り出しやすいようにか、これら二つの部屋はドア一枚で直接行き来できる作りになっている。
翻ってメインホールの南側は、東西それぞれ一本ずつ計二か所から通路が伸びており、西側の通路は事務所と機械室へ、また東側の通路はトイレや従業員用のロッカールームなどへと続いている。くわえて、この二本の通路は南端で警備員詰所にも通じていた。
そして最後にキッチンだが、この厨房は文字どおりレストランの中心部に当たる。通用口はやはり東西に一か所ずつ用意されていて、それぞれ前述の通路につながる構造である。
また、キッチンとメインホールの間にはカウンター式の窓口が設けられており、直接の通り抜けはできないもののシェフとウェイターとが連携しやすい作りになっている。なかなかどうして気の利いた設計ではないか。
以上の位置関係を考慮すると、あの「エプロンゾンビ」が次に向かうのはおそらく西側の通路である。そこを南下して、こちらに近づいてくるつもりなのだろう。
そういう具合に簡単な予想を立てつつも、俺はしばしのあいだ状況を見守ることにした。
×
結局、俺はそれから一時間ほど例のゾンビを観察することになった。
予想に反して、敵はなかなかこちらに攻め込んでこなかった。彼はただふらふらと、メインホールや倉庫、および事務所の前あたりを行ったり来たりするばかりだ。
興味深いことに、彼がその両脚で歩き回る姿それ自体は、ついぞ確認されなかった。彼が移動する際は決まってカメラが不調をきたし、やがて映像が戻った時には、敵はすでに行動を終えているのだ。
この感じだと単にシステムエラーで暴走するロボットというよりかは、やはり何か霊的な力が働いている印象である。
そうこうするうち、エプロンゾンビはメインホールと西側通路とのちょうど境目あたりで動きを止めた。
ホールに出入りする者の人相を記録するためだろう、ここのカメラは比較的ひくい位置に設置されている。おかげで、俺はここに至ってようやく相手の顔かたちをあらためることができた。
瞬間、頭の中で小さく火花が散った。シナプスを駆けめぐる電流が心地よい刺激を作りだす。
俺はその顔に見覚えがあった。というより、その顔面部に認められる強烈なまでの個性が、俺の記憶にしっかりと焼きついていたのだ。
その個性とはつまり「穴」だった。それも顔面から後頭部までぽっかりと開いた大穴だ。
こうした造形は“デイビッド・キャプラン”氏にとってはまるで関わりのないものだ。
しかし、かつて一時は「柳田啓吾」であり、またかつて「マーク・ベイカー」氏でもあった俺自身にしてみれば、それは忘れがたい記憶の一つと言っても過言ではなかった。
〈ミスティ・ヒル〉で過ごした半日が脳裏によみがえる。いま思えば、あれほどアグレッシブに動き回ったのはあの時が人生で初めてだった……あのあと、ルーシーは無事に父親と再会できただろうか?
思わぬ出会いに感慨を呼び起こされるも、今はノスタルジーに浸っている場合ではない。わが身に迫る危機は過去の中だけではなく、今この瞬間にもまた、確かに存在しているのだ。
とはいえ具体的に何をどうするのかはまだ決まっていなかった。
考えてみれば、俺がすべき事などただの一つもありはしないのだ。だいたい、詰所の入り口を施錠さえしていれば、敵はこちらに手出しできないのである。
さらに言うなら、目下のところ鍵を開ける理由はまったくない。それなら、何も藪をつついて蛇を出すこともないのだ。
(このまま朝まで逃げきってしまおうか……)
だが当然、そうは問屋がおろさなかった。
その時、突如として詰所が暗闇に包まれた。部屋中の明かりという明かりが一斉に消えたのだ。
いったい何事かと焦るも、電灯の光はすぐに戻った。ただし、頭上の光はさきほどより断然暗いうえ、全体に赤みを帯びていた。
次いでコンソールのモニターが復活すると、そこには以下の表示が現れていた。
〈非常電源稼働中〉
どうやら電気が止まったようだ。
オーナーが電気代を払い忘れでもしたのだろうか? むしろ、そうであればまだ安心できるのだが……
ともあれこの非常電源、エネルギー量に限りがあるらしい。モニター画面の端に目をやると、〈エネルギー残量98%〉という表記が出ていることに気がついた。
さらに確認すると、詰所の扉に関する注意書きが見つかった。なんでも、鍵を閉めているあいだは余分にエネルギーを消費してしまうらしい。どういう理屈なのかさっぱりわけが分からない。
また、そうした電力の消費はカメラの切り替え時にも発生するらしく、頻繁に操作をおこなっていると見る見るうちに残量が減少してしまう。ということは、おそらく電力が底を突くと施錠もできなければカメラも使えないという、完全に手詰まりの状態に陥ってしまうのだろう。その事態だけは是が非でも避けなければならない。
どうあれ、この時点ではっきりしていることは一つ。やはり生き残るには工夫が必要だということだ。
はっとしてカメラで状況をたしかめると、エプロン姿の人形が見当たらない。直前までいたメインホールと通路との境目にも、ホールに並ぶ食卓のあいだにも、また倉庫中にも奴の姿は認められなかった。
まさかと思って詰所の出入り口付近を画面に映しだすと、そこにはたしかにあの大穴の開いた顔があった。
慌ててドアを遠隔ロックする。
直後、ばんばんとがむしゃらに戸を叩く音が詰所中に響きわたった。間一髪、ぎりぎりセーフといったところか。
夜勤二日目、深夜二時三七分――戦いはこうして幕を開けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます