最終話 金曜日までの五泊 2


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 さて、ではどうして俺が最初にこの話をしたのかといえば、つまりこの世界で目覚めて最初に気付いたのがその点だったからである。


 今度の俺はしがない警備員であった。名前はデイビッド・キャプラン。歳は二十五。奇しくも、俺が“初めて死んだ時”と同じ年齢である。



 この時、俺は都市郊外に建つ一軒のファミリーレストランにいた。「恐ろしい怪物が潜む恐怖の館」をテーマにした不必要にユニークな店だ。


 俺は雇われてからからまだ日が浅く、深夜帯のシフトを担当するのはこの夜が初めてのことだった。


 緊張を押し殺し、勤務開始時刻の十分前に警備員の詰所に顔を出すと、そこには人っ子一人いなかった。驚くことに引き継ぎの者さえいない。勤務前に先輩からレクチャーを受ける予定になっているのだが、まさかこの日に限って遅刻でもしたのだろうか。


 それにしても、この詰所はまたずいぶんと狭苦しい。


 正式名称は〈深夜帯勤務従事者専用詰所〉。そもそも三メートル四方の広さしかないうえに、部屋中央にでんと鎮座する中央管理コンソールが床面積の大部分を占有しているため、あとは椅子二脚を置くのがやっとという有様である。「深夜帯勤務従事者専用」などと仰々しい冠がついているわりに、仮眠用のベッドを置くスペースすら確保されていない。



 どうあれこのコンソールである。


 物としては極々ありふれた業務用デスクトップパソコンと机のセットで、見た目に特筆すべき点はない。強いて挙げるとすれば、店内各所の防犯カメラと連携した外部記憶装置が接続されていることと、防犯システムを操作するためのアプリケーションが導入されていることくらいか。


 俺が“例の事柄”についてはっきりと確信を持ったのは、そのモニターの正面に置かれた椅子に腰を下ろした瞬間だった。つまり、「この世界はくだんのホラーゲームに影響されたものに違いない」と。


 シチュエーションはそっくりそのままだし、何よりこの風景だ。


 古くて狭苦しい警備室。眼前に見える無機質なモニター。もはや既視感すら覚えるほどしっくりくる。


 そうなるとこの後の展開もおおかた予想がついてくる。この先、俺を指導してくれるという先輩と直接顔を合わせることはまずないと見ていい。深夜〇時から早朝六時までの長いながい勤務時間を、俺は独力で切り抜けねばならない。



 その時、卓上の固定電話が鳴った。受話器を耳に当てると、気取らない感じの男の声が聞こえてきた。


「やあキャプラン君、はじめまして。私はマシュー・フレデリクソン。どうぞよろしく」


「よろしくお願いします」


「いやあ、すまないね、予定ではもう少し早く研修をはじめることになっていたんだけど……まあ、今日のところは大目に見ておくれよ」


「あの、フレデリクソンさんは今夜こちらには来られないんですか?」


「ああ、そのとおり。よく分かったね。というのも、研修といっても単にビデオを見てもらうだけだからさ。必要なことはぜんぶそのビデオが教えてくれる。だから、私の出る幕はないんだよ」


「はあ、なるほど……」


「じゃあ早速はじめようか。目の前にパソコンがあるだろう? その中に動画が保存されているんだけど、ええっとファイルの場所は――」


 指示どおりにPCを操作していくと、ほどなくその映像は再生されはじめた。



 映像の内容をまとめると以下のようになる。


 第一に監視カメラの説明。


 カメラはレストランのメインホールをはじめ、キッチン、食糧庫、トイレの出入り口付近、備品の倉庫、およびそれらをつなぐ通路を中心に設置されている。なかには換気ダクト内部に備え付けられた物もあるらしいが、その理由についてはとくに触れられることはなかった。


 次に防犯設備の紹介。


 建物の外に繋がるドアはすべて電子ロックで施錠されている。ただ、屋内でそうした防犯用の鍵が採用されているのは、この警備員詰所と事務所の二か所のみである。


 詰所の出入り口はコンソールの右方と左方にそれぞれ一か所ずつあるが、二つある理由は「電子錠の誤作動による閉じ込め事故防止のため」とのことだった。これらの鍵はアプリケーションで遠隔操作できるようだ。


 最後に動機である。つまり、なぜこのレストランは営業時間外まで警備員を必要としているのか、ということだ。


 この点については俺も興味津々だったのだが、残念ながら動画中では軽く触れられるに留まった。なんでも、夜中に誰もいない状態が続くと店が何者かにいたずらされるのだという。例えばキッチンが荒らされたり、ホールの椅子が倒されたり、はたまたトイレの鏡が割られたり、といった調子である。


 ところが、試しに夜警を置いてみるとぴたっとそういう現象が止んだため、現在では警備員を常設するようになったらしい。


 簡単ではあるが、以上が「研修ビデオ」の内容である。



 ひととおり動画を見終わったころ、フレデリクソン氏からふたたび電話がかかってきた。見計らったような完璧なタイミングだった。


「やあ、ビデオは楽しんでもらえたかな? これでだいたいの事情は分かってもらえたかと思う。あと何か、訊いておきたいことはあるかい?」


「いくつか質問があるのですが……」


「なんだい?」


「まず、どうして換気ダクトの中を見張るカメラがあるんですか?」


「ああ、それは以前この店のオーナーがね、『夜中のいたずらはアライグマの仕業に違いない!』って言ってさ、そいつらが通りそうな所を余さず監視できるよう特別に用意させたのさ」


「ああ、なるほど……では、この詰所の鍵が遠隔操作できるのは何故なんでしょう?」


「そうできるような仕組みになっていたから、かな……いや何代か前の夜警がね、これが頭は切れるんだけど『ものぐさ』な男でさ、PCの管理アプリと電子ロックが連携できるのをいいことに、勝手に設定しちゃったらしくてね……それでまあ、『座ったまま鍵の開け閉めができるのはたしかに便利だよね』ってことで、結局そのままになってるんだ」


「そうでしたか……では最後に、フレデリクソンさんは今、どちらにいらっしゃるんですか?」


「どちらって……自宅だけど?」


「え? てことは、わざわざお休み中にお電話くださっているんですか?」


「いやあそれは……実のところ、私も本来は店に行って引き継ぎをするべきなんだけど、例のオーナーに『ビデオを見るよう伝えるだけでいいぞ』って言われてね。まあ夜間警備に関しては管理が甘いんだよ、うちは。動画中で説明されていたとおり、防犯というよりかは妙な事が起きないよう人を置いてるだけだからって」


「はあ……」


 現場の人員が俺一人なのもそれが理由か。


「そういうわけで、まあリモートワークってやつさ。私としては、家にいて電話するだけで残業代が出るんだから文句なんて全然ないけどね……だから君も気負わずやればいいよ。『アライグマ』が悪さしないようにだけ注意してくれればいいからさ――それじゃあキャプラン君、朝までよろしく頼んだよ」


 最後にそう言うと、フレデリクソンは電話を切った。



 人の声がなくなると急にもの寂しさが湧いてきた。


 手狭な部屋もこういう時に限ってはありがたい。広々とした空間はかえって孤独感を増長するものだ。


 ともあれまずは状況把握である。


 コンソールを操作し、カメラの映像をあちこちに切り替える。キッチンや食料庫には変わったところはない。いたって普通の飲食店のバックヤードだ。


 特徴的なのはやはりメインホール。それと、廊下である。


「恐怖の館」がコンセプトだけに内装のベースはアンティークの洋館調。くわえて、要所要所に恐ろしげなデコレーションが施されている。例えば派手な血しぶきだったり、大げさな爪痕だったりという具合である。


 とくに蜘蛛の巣はいずれも出来が良く、まるで本物と見まごうよう――いや、あれは実際、本物なのか……?


 さておき注目はメインホールだ。


 そこには、他の装飾に輪をかけて目を引く物体が陳列されていた。ずばり、人形である。


 狼男にバンパイアにフランケンシュタインの怪物――それらの人形はいずれも等身大サイズで迫力満点。いや、満点とするにはいくぶん粗が目立つが、少なくとも飲食店の展示物としては及第点である。


 顔ぶれは有名どころがそろっており無難な印象を受ける。そもそもコンセプトが特殊ゆえ、メンバーはあえて王道で固めた、といったところか。


 人形たちは各テーブル席から満遍なく見えるよう、ほどよく分散して配置してあった。子ども向けとはいえ決してやっつけ仕事ではない。週末の家族のレジャーとしては、必要十分と言えるだろう。



 以上のように店内の大部分は問題ないのだが、ただ一か所だけ、俺にとって気がかりな場所があった。備品の倉庫である。


 監視カメラを通して見るかぎり、倉庫の中はほとんど空っぽだった。そこにあるのは細かいガラクタが乗ったアルミ製の棚が何台かと、あとは作業台くらいのものである。作業台の上には何も乗っておらず、大きさはちょうど人が横になれるほど。ベッド代わりには丁度いいだろう設えだ。


 気になるのは「置く物もないのにどうしてこの広さの倉庫が必要なのか」という点だった。


 この倉庫の面積は、ざっと見ただけでも警備員詰所の倍以上はありそうだ。


――食糧庫は別に用意してあるのに、いったいなぜこのような空間がレストラン内に確保されているのだろう?


 考えて答えが出る疑問だとは思えない。この点についてはいったん保留するのが無難か。



 その後、俺は詰所の電子錠の動作チェックをしたり、研修動画と同じフォルダー内に保存されていたデジタルマニュアルに目を通したりなどして、その日の勤務時間を消化していった。


 そうして結局、一日目は何事もなく朝を迎えた。若干の肩透かし感は否めないものの、「まあ初日はこんなものか」という思いも同時に存在していた。

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