幕間 7
見上げた徹底ぶりである。一から十まで徹頭徹尾、おはようからおやすみまでまるっとまとめてコメントしづらい。
「こういうのが一番困るんだよなあ、あれこれ言いにくくってさあ……」
と無意識に独りごつ俺に、女神さまは言う。
「あら、お気に召しませんでした? わたくしとしては、どことなくアーティスティックで興味を引かれるようでしたけど」
「たしかに芸術的ではあると思います。でもだからこそやりにくいんですよ、批評が。だって『芸術的だからこれはこれで良い』なんて意見がまかり通ってしまったら、評価のしようがないじゃないですか。それでは評価基準の根幹を個人の感性任せにするようなものです」
「ああ……でも、そんなもんじゃないです? おおかたの芸術作品なんて。結局は受け取り手の感受性次第ですよ」
「うぐう……いやまあ、たしかに女神さまのおっしゃることにも一理あるんですけど……しかしですよ、じゃあ翻ってさっきの世界が面白かったか、また他人に勧められるかって訊かれると、僕としては『はいそうです』と素直に肯定はできないんですよ。それは退屈とまでは言わないけど、どうにもまとまりがなくって全体がこんがらがっているというか……結局、何が伝えたいのか全然分からないんです」
「なるほど、まあ『一般的に面白いかどうか』ってことになると話は別ですね。とくに、さきほどの世界がホラーゲームの一作だと考えると余計に」
「そうでしょうそうでしょう。だいたい、ああいうのはホラーというよりウォーキングシミュレーターに分類すべきですよ。怪物に襲われるでもなし、ゲームオーバーがあるわけでもなし……なんというか、ハンバーガーを頼んだのに抹茶あんみつを出されたような気分です」
「でも、抹茶あんみつは美味しい――」
「――美味しいですよって話じゃあないんですよ。僕も甘い物は大好きです。けど、今はもっとストレートにお腹を満たしたいというか……」
「ちょっと今は気分じゃない、ってことですね?」
「そう、まさにそういうことです! いま我々が携わっているこの長い旅路、いわば『ホラーゲーム異世界探訪』とも称する旅程のなかに、唐突にこの手の芸術作品を放り込まれるといかんせん収まりが悪い。反応に困るというか飲み込みにくいというか――」
「まあまあ柳田さん……そういう変わり種も、一つくらいはあってもいいんじゃないですか? ちょっとした寄り道だって旅行の楽しみのうちですよ」
「え?……うーん……たしかに、改めてそう言われると一作くらいはいいかもしれない。気分転換というか箸休めというか……」
「箸休めだったら最高じゃないですか、抹茶あんみつ」
「…………たしかに!」
そういうわけで、今しがた体験してきた世界について、我々の見解はようやく一致を見た。
言われてみればちょっとしたアクセントがあっても何ら困ることはないのだ。
俺は一貫性や統一感にとらわれるがあまり、柔軟な考えができなくなっていたのかもしれない……
といったところでひと段落ついた。
そろそろまたあの時間がやってくるのだろう。すなわち、次なる旅立ちの時である。
「では柳田さん、落ち着いたところでお楽しみの続きとまいりましょう。今度は『ハンバーガーが出て』くるといいですね?」
「あの、それなんですが女神さま、今度は少し、特別な世界に送ってはいただけませんか? なんというか、『まさにこれぞ』というような異世界に」
「はあ……まあ善処してみますが、最初にお伝えしたように、行き先を決めているのはわたくしではなく柳田さんご自身の心です。わたくしはその深い部分を読み取って、あなたを望みどおりの場所にお連れしているわけでして……」
「あ、そういえばそうでしたね……分かりました。では、いつもどおりにお願いします」
「はい、たしかに承りました!」
「すいません、女神さま。もしかすると今度の旅は――」
「はい?」
「――いえ、なんでもないです」
――もしかすると、今度の旅はいつもと違うものになるかもしれない。
その一言をぐっと飲み込むと、俺はこれまで以上に固く瞼を閉じた。
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