第六話 ダンス・イン・ザ・ショーウインドウ 4
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それからしばらくは平穏な道が続いた。道幅ほどほど。見通し抜群。ほっと一息つきたいところだが、座って休めないのが辛いところだ。
次に行きついたのは複数の道が伸びる中継地点だった。天井から下がる案内板を見るに、道なりに進むとお手洗いがあるようだ。三階と同じ構造だとするとその先は行き止まりである。
エレベーターに向かう道はやはり塞がれているし、従業員用とみられるドアは電子ロックがかかっている。
残る選択肢はあと一つ。階段に続く道だけだ。
俺は迷わずその道を進んだ。どうあれ一階に下りれば出口が近づくのは間違いない。
問題があるとすれば一点で、つまり階段を下りるという行為そのものである。
さきのエスカレーターでの苦戦が脳裏に蘇り、思わず二の足を踏みそうになる。とはいえここで足を止めるのは自殺行為だ。もはや覚悟を決めるしかない。
エスカレーターと違って道幅が広いため、頼りにできる手すりは片側のみだった。
一見、悪条件にも思えるが、実際は今度のほうが楽だった。段一つ一つの高さがエスカレーターのそれと比べて低かったからだ。後ろに下ろす足が地面を捉えやすいと、それだけで安心感がまるで違う。
結局、俺は事前に稼いだ距離をほとんど失わずに一階までたどり着くことができた。
三
壁に大きく「1F」と書かれてあるからには、ここは一階なのだろう。察するに出口は近い。
二階と同じく頭上に案内板が見える。そのシンプルかつ機能的な表示板には、たしかに「出入口」を意味する表記と矢印とが認められた。
(出口まであともう一歩だ!)
そういう期待感とは裏腹に、俺のなかには一抹の不安も同時にあった。その危惧は、「そう簡単に逃がしてくれるはずがない」という直感に根ざしたものだった。
もしかするとこの道も封鎖されているかもしれない――
ここは焦らず、いったん進路の様子をあらためるのが吉である。そんなわけで、俺は視界を確保するために追っ手のマネキンを誘導することにした。この作業ももうすっかりお手の物だ。
少しして、出口に向かう通路が少し観察できるようになった。ざっと見た感じシャッターが下りている気配はない。
しかし何も障害物がないかと言えばそうでもなく、ここを抜けるには大きな壁を越えねばならないようだった。
ちなみに壁というのは比喩である。
実際そこに見えたのはコートの後ろ姿だった。ここまでくると「誰かいるのか」とはちらりとも思わない。考えるまでもなく、あの後ろ姿はマネキンのそれだ。
そういえば、三階で最初に見かけたマネキンがああいう洒落たコートを着ていたはずである。もしや先回りされていたのか?
(ここから先は二人がかり――か)
二人というか二体というか。
怖いのは、あのコートのマネキンが何をきっかけに動き出すのか判然としないことだ。今のところはただ突っ立っているだけだが、いつまでもそのままだとは思えない。
一定距離まで近づいた時か、それとも追い越したタイミングか。いずれにせよ初動を見逃せば命はない。
慎重に慎重を期し、俺はデニムジャケットのマネキンと何度も前後位置を入れ替えながら、じわじわともう一体のマネキンに接近していった。
そのうち一メートルもないほどまで距離が詰まるも、しかしまだ相手に動く気配はない。
(追い越したあとが本番か……?)
ならばコートのマネキンについてはひとまず後回しだ。先に地形の把握を済ませておこう。
いま俺が立っている通路はそれなりに道幅があり、大人四人がすれ違うにも十分な広さを備えていた。くわえて装飾も控え目なため、見通しはまさに抜群である。
ただ、そのぶん最前のショッピングエリアと比べると殺風景な感は否めなかった。
なにせ通路の両脇にはただ壁がそびえるのみ。それも、一面くすんだ白色ときている。案内図はおろかポスターの一枚も貼られていないため、余計にわびしく感じられる。だがそれゆえに、非日常的な清潔感は十分あるので、商業施設の入り口としては斬新なコンセプトだと評せるのかもしれない。
道は十メートルほど進んだところで左に折れている。おそらくその先に正面玄関があるのだろう。
当然、曲がり角の向こうがどうなっているのかは分からないし、角の部分で視界が遮られるため、事前に稼いだマネキンとの距離もリセットされてしまう。そのうえ、十中八九これから敵の数が一体増える。
(ここが正念場か……面白くなってきたじゃないの……)
大きく息を吸い込み、腹に力を込める。そうして気合いを入れてから、俺は力強く一歩を踏み出した。言わずもがな後ろ向きに、である。
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