第五話 ジパング怪鬼譚 2


    ×


 さて、そろそろ解説すべきだろう。


 今回、俺が転生したのは『アヲオニ』系ホラーゲームの世界である。主要キャラは日本の学生、舞台はいかにも怪しげな洋館、探索の動機は肝試しという軽率なもの――ここまでの導入は、まさしく典型的な流れだと言える。



 アヲオニの最大の特徴はタイトルにもある「鬼」の存在である。


 一度見たら忘れられない強烈なビジュアルにくわえ、どうあがいても太刀打ちできないという絶望感。どこにでも現れては追ってくる異常な執念深さ。


 この群青の怪物はまさに、アイコンと呼ぶに相応しいカリスマ性を備え持っている。



 また、主人公らの人物造形も話題を呼んだポイントだ。


 警官や軍人や特殊部隊、あるいは霊感を備えた巫女というのではなく、あくまで等身大の学生グループ。


 そうした背景がプレイヤーに与える親近感は、実際のゲームプレイを促す強力な動機付けとなるのだ。この点は純国産ゆえの強みというか、日本市場に主眼を置いたからこその結果だろう。



 システム面に話を移せば、使用されているゲームエンジンも特色の一つである。


 アヲオニは〈RPGツール〉シリーズのエンジンを用いて制作されている。このソフトはその名称が示すとおり、主にロールプレイングゲーム(見下ろし形2DRPG)を作るための製品である。


 それを使ってホラーアドベンチャーを作るのはいくぶん挑戦的な趣があるが、実は「ゲームを一本完成させる」という面においては、これは理にかなった発想であった。というのもホラーゲームの場合、RPGを一本丸々完成させるのに比べ、いくつかの工程を少なく済ませることができるからだ。


 それもそのはず、敵シンボルに触れた時点でゲームオーバーになるならRPG系の戦闘システムは出番がない。主人公や敵キャラ、および武器防具や魔法などのパラメーター、くわえてストーリー進行度と取得経験値とのバランス調整等を丸ごとカットできるなら、ゲーム完成のハードルは確実に下がることだろう。



 そうした事情もあってか、とくに〇〇年代終盤から一〇年代にかけて、バラエティ豊かなRPGツール製フリーホラーゲームが世に生み出されることとなった。


 それらの作品群は例にもれず玉石混合なのであるが、その中から代表作を五本挙げるとするならば、アヲオニは確実にその五本のうちに入るだろう。


 なんといっても知名度が圧倒的だ。PCゲーム版の続編はもちろんスマホ移植、ノベライズ、漫画化、さらには映画版や舞台まで公演されるなど、同作はフリーゲームとしては異例の多方面へのメディアミックス展開がされている。この事実は、同作の人気を物語る明確な証拠だと言えよう。



 そういう具合に、日本国内ではAAAタイトルにも匹敵する人気を誇るアヲオニ。


 しかし、ここであえて個人的な話をさせてもらうならば、俺は実際にプレイしたことはついぞなかった。2D見下ろし型より一人称ゲームが好みだというのもあるが、ことこのアヲオニに関しては、他者のゲーム実況動画を見るだけですっかり満足してしまったのだ。エンディングはおろか隠し要素までばっちり見てしまった後では、いかんせん「自分でもプレイしてみよう」という気にはならない。



 そんなわけで、今夜の洋館探索は図らずも俺のアヲオニ――のオマージュ作品――初挑戦の機会ということになった。


 何が起こるかは大方予想がついているが、だからこそ生じるある種の独特な緊張感に、俺は早くも呑まれつつあった。


    ×


 転生して高校生なったとはいえ、肝心の中身は俺のままだ。立派な社会人というか「くたびれきったサラリーマン」。単独行動が怖いとは口が裂けても言えない。


 しかしアヲオニ初プレイ、それもVR以上に“リアル”な一人称での挑戦となると、さすがに平然としてはいられなかった。正直なところ、扉一枚開けるにもおっかなびっくりの心境だ。



 そうして及び腰に調べはじめた一階東側エリアであるが、結局、さしたる手応えは得られなかった。


 この一帯にあるのは主に娯楽に関した部屋だった。重厚なソファセットと本棚を備えた談話室。ビリヤード台やダーツボード、ポーカーテーブルなどが並ぶ娯楽室。グランドピアノが残されたままのボール・ルーム。俺のような一般庶民からすれば、まったく非日常の世界である。


 それらの部屋はいずれも埃にまみれていたが、荒らされた形跡は見られなかった。つまり、化け物の痕跡もないということだ。絵にかいたような空振り。残念がるべきか、それともほっとすべきなのか……


 どうあれほかの三人にも知らせておこう、とスマホを取り出したところで、タイミングよくメッセージの着信音が鳴った。アプリを起動してみると、いつもの四人で作ったグループに新しいメッセージが届いていた。


 送信者はメイだった。彼女は続けざまに四件の短文を送信していた。


――みんな大丈夫?


――二階は寝室とか書斎? とかがあるけど、別に変わったところはないかな


――ただ全部すっごい高そうってだけ


――マジ映画の中みたい


 じゃあこっちと似たようなもんだな――と俺が返信するより早く、タカヒロがメッセージを寄越してきた。


――俺のほうもダメだ。一階の右のほうはでかいテーブルのある部屋とか、でかいコンロが付いたキッチンとか、あとは古いベッド付きの居間っぽいのがあるだけだ。もっと奥に何かあるかもしれないけど、今のところ無駄足だな。怪物なんて影も形もねえ


――そのベッド付きの部屋は使用人の控え室かもね


 と割り込んだのはユウキだった。


――玄関の近くで寝泊りして、急な来客にも対応しやすいようにしてあるんだ


 続いてタカヒロが応じる。


――へえ、詳しいじゃん。


――前にドラマで見たんだ


――そうか。で、シュウジのほうはどうなんだ?


(シュウジって誰だ?)と一瞬だけ考えたが、俺である。


 俺は現在までの“成果”を報告した。


 最初に反応を示したのは、やはりタカヒロだった。


――うーん、全員空振りか……わかった。じゃあ、俺はもうちょっと奥まで見回ってみるから、また何か見つけたら教えてくれ。向こうの部屋が物置になってるっぽくってさ。


――あ、ちょっと待った。


 と送ってきたきり、タカヒロは唐突に沈黙してしまった。



――タカヒロ君? 大丈夫?


 三分ほど経ったころ、痺れを切らしたのかメイが訊いた。だが返信はない。


 いったんタカヒロの無事を確かめに行くべきか? このまま自分の持ち場を回るのも悪くはないが、ここは大事を取るのが賢明かもしれない。


 同じ行くなら近くにいる者が向かうべきだろう――俺はその旨をメッセージアプリで伝えると、すぐにタカヒロの元へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る