幕間 4

 今回、先に口を開いたのは女神さまのほうだった。


「やあやあ、今のはちょっと気の利いたエンディングでしたねえ……数々の苦難を切り抜け、ようやく二人で脱出かと思いきや、そこにはさらなる波乱の影が…………王道かつインパクト充分! 手堅い幕引きです。柳田さんも、そう思いませんか?」


「いや同感です。二人の活躍の続きが見てみたくなるような、そんな終わり方でしたね」


 ここまでくるともう疑問には思わない。俺がこの空間に舞い戻ってきたことも、また俺の意識が、〈エドワード・ローソン〉氏ではなく柳田啓吾のままであることも。


 それよりも、俺もこの時ばかりは今しがた体験してきた世界について、誰かと意見を交わしたくてたまらなかった。顔は火照っているし手も震えている。興奮冷めやらぬ、という言葉そのままの精神状態だ。


 そのせいか、俺の声は自分でも分かるほど上擦っていた。


「大袈裟でなく、終盤のピンチの時はもう駄目かと思いましたよ。心から信頼する相手に裏切られるのが、まさかあれほど辛いことだとは……まあ、本当はトムは裏切っていなかったわけですが、いやあ、そこがまた良いですよね。どきどき感だとか不安感だとかを、きちんとエンターテイメントとしてお届けしようという意気込みが感じられて」


「展開に次ぐ展開、どんでん返しに次ぐどんでん返し! ストレスと爽快感との適度なバランス配分がキモですね……というわけで、今度こそ完璧にご満足いただけた、ということでよろしいですね?」


「はい、僕も今回こそは骨の髄まで満足しました」


「そうですか! いやあ、よかったよかった…………」


「…………ええ、よかったですね…………」


「……ねえ……いや、本当に…………」


「……はい…………?」


――なんだこの沈黙は。


 そう考えたのは俺だけではなく、どうやら女神さまも同様らしかった。それが証拠に、俺たちはしばらくのあいだ二人して首を傾げあっていた。


 このままでは埒が明きそうにない。俺は自分から行動を起こすことにした。


「あの、女神さま?」


「はい?」


「いや、すっかり楽しませていただいた、のは間違いないんですが、それで、次はいったいどうなるのかと――」


「え、『次』っていうのは、次のホラーゲーム世界ってことですか? いやあ柳田さん、欲しがりますねえ」


「いやそういう意味ではないんですが――」


「いえいえいえいえ、そうご遠慮なさらずに! 世間では腹八分目なんて申しますが、たまの贅沢ぐらい、存分に味わってもバチは当たりませんからね。それに、この際はっきり言ってしまいますがここに居続けたってしょうがないわけでして……だったら、せっかくの機会です、もうじゃんじゃん楽しんじゃいましょう、じゃんじゃん!」


「じゃんじゃん」


「はい! じゃんじゃん!」


 いいんだろうか……まあいいんだろう。なってったって女神さまのお墨付きだ。


「てなわけで、新たな旅立ちのお時間です。さあリラックスしてください」


「分かりました、もう一切合切おまかせします」


「ご信頼いただき、ありがとうございまーす! ではでは……お土産、お待ちしておりますね!」


 物理的に何か持って帰ることは可能なんだろうか?


 などと考えるが早いか、早速、意識が千々に散らばりはじめた。


 その得も言われぬような脱力感に、俺は戸惑いつつも自らの自由を明け渡した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る