第四話 インファースト 1
一
最初に目に入ったのは受付カウンターだった。というより、受付カウンターの死骸と言うべきか。
パソコンなりタブレット端末なり、案内や事務手続きに必要だろう機器は何一つ残されておらず、見えるのは不法侵入者の痕跡ばかり。例えばファストフードの包み紙や紙カップ、およびスナックの空き袋などだ。
(こんな廃墟で飲み食いして何が楽しいんだ)
俺はゴミをカウンターの端によけつつ考えた。同じ食べるなら奇麗な景色を見ながらのほうが断然に良いはずだ。
そうして空けたスペースに、手持ちの荷物を下ろす。
頑丈さが売りのジュラルミンケース。中にはハンディタイプのビデオカメラをはじめ、ウェアラブルカメラ、小型集音マイク、フラッシュライトなどの撮影機材が収納してある。
そう。俺は撮影のためにここを訪れたのだ。
簡潔に言えば、ここは廃棄されたホテルである。
このホテルが廃業した事情については俺もそれほど明るくない。むろん、直接的な理由は業績不振により採算が取れなくなったことなのだろうが、その原因が片田舎の山中という立地のせいなのか、あるいは何かの事件のためなのかは定かでない。
ともあれこの宿は看板を下ろし、経営者と従業員らは一人残らず去り、残る建物は解体もされず放置されるままとなった。
俺にとって重要なのはその後だった。
廃業から十年ほどが経ったころ、この建物にまつわる妙な噂が流れはじめたのだ。
その噂とはつまり、「五十年前に地元を騒がせた連続殺人犯のカニバリストが、死後も獲物を求め、このホテル内をさまよい歩いている」というものである。
現実に「人食い」というと熊かピューマあたりが思い浮かぶが、地元警察によるとこの廃墟に野生動物が住み着いた様子は認められないという。
その公的な情報が、かえって「食人ゴースト存在説」を煽っている節もあった。正式に遺体が見つかったわけでもないのに、である。
そういう経緯もあってか、ホテル周辺は現在も立ち入り禁止区域になっている。
しかし世間には物好きも多い。「入るな」と言われれば余計に入りたくなるのが人間のさがだ。
いかにも面倒な話だが気持ちはよく分かる。なぜなら、俺もまたそういう性質を備えているからだ。
くわえてもう一人――
「おいトム、俺のヘッドバンド知らないか?」
俺はそばにいる相棒に訊いた。
返ってきた答えはこうだった。
「ヘッドバンド? 準備運動でもするのか?」
「その返し、これで何度目だよ――カメラを頭に固定するやつに決まってるだろ」
「へへ、分かってるって……ほら、俺の予備を貸してやるよ」
そう言ってトム――トーマス“ザ・フレッシュ”ブレイディは、手元のヘッドストラップを投げて寄越した。
「おい、これちゃんと洗ってあるのか? なんだかカビ臭いぞ」
「前に使ったあと洗濯したさ……多分、五年くらい前かな?」
五年間も放置していたヘッドストラップか……まあ、自分のを失くした俺が悪いのだ。文句は言うまい。
〈フレッシュミート・サンドイッチ〉といえば、一部には名の知れた動画クリエイターチームだ。
活動期間は今年で四年目。発起人のトムが大学時代に立ち上げた組織である。
構成人数は二人。ザ・フレッシュとアール・オブ・サンドイッチだ。なぜ俺が「サンドイッチ伯爵」と呼ばれているのかについては、ここでは割愛することにする。またの機会に、というやつだ。
どうあれ俺、エドワード・ローソンと相棒のトムは現在、動画制作を生業にしている。いや、そうすべく日々努力を重ねている。主に扱うジャンルは心霊スポットや廃墟などの探索動画だ。
取り扱う題材の性質上、時には“ちょびっとだけ”法に触れることもあるが、幸いにしてこれまで大きな問題に発展したことは一度もない。俺たちが無茶をする場合は、決まって管理が甘い施設を選んでいるからだ。
むろん例の廃ホテルも例外ではない。そもそも周辺に人通りがないからだろう、一帯の立ち入り禁止措置は早々に名目上のものとなっていた。おかげで今夜も邪魔が入ることはなさそうだ。
ただ、ここに来るまでの長く過酷なドライブには、まったくうんざりさせられたが。
支度を終えて腕時計に目を落とすと、四角張ったデジタル数字が深夜〇時を告げていた。そろそろ頃合いだ。
俺は手持ちのビデオカメラをトムに向けた。次いで、ハンドサインで五秒のカウントダウンをしたのち、キューを出した。撮影開始だ。
「――さあみんな、腹は空かせてきたか? フレッシュミート・タイムだ! 今日、俺とサンドイッチがやって来たのは、多くのリクエストをもらっていたあの『食人ゴースト』ホテル。ここは――」
静まり返ったエントランスにトムの声が響く。
ノイズはなし。機材は好調。バッテリーも満タン。順調な滑り出しだ。
流暢にしゃべる相棒の姿をレンズに収めながら、俺はたしかな手ごたえを感じていた。
×
そうか、今回はこういう系なのか……
さしずめ「肝試し系ユーチューバーもの」とでも言うのか、近年よく見るようになった設定だ。
俺個人としては、この系統の源流は『アウタートラスト』という作品にあると考えている。「ある人物から内部告発を受け取ったジャーナリストが、人里離れた医療施設に単身潜入する」といったストーリーだ。
この作品のもっとも分かりやすい特徴はプレイ画面に表れている。いわゆる一人称視点タイプなのだが、作中のほぼすべての場面で、主人公が持つビデオカメラが大きな役割を果たすのだ。
暗い病院内で身の危険を感じながら、かといって懐中電灯も点けられず、カメラの暗視機能のみを頼りに独りさまよう――想像するだけでもぞっとするシチュエーションだ。
その画面演出が生み出す独特の恐怖感が受けたか、このビデオカメラ風エフェクトはのちに多くのインディーホラーゲームで採用されることになる。
そして、「カメラで撮影をおこなう主人公」という設定になると自然、近年話題の動画クリエイターをモチーフにしよう、という流れになるのである。
なるほど「動画撮影」という題材はじつにユニークだ。銃をカメラに、予備の弾丸をバッテリーに置き換えることで、サバイバルホラー界に新風を吹き込んだと言っても過言ではない。たとえ敵は倒せずとも、暗闇を切り開くカメラはプレイヤーにとって立派な武器となり得るのだ。
むろん、アウタートラスト登場以前から、懐中電灯などを用いて同様のルールを打ち出していた作品はあろうものの、完成度や知名度の高さで同作品に敵うものは多くない。この一作が時代のアイコンの一つであることに、疑いの余地はないだろう。
が、最近では、そうしたビデオカメラ演出がもつ革新性を軽視し、単に雰囲気づくりとグラフィックの粗隠しとのためにこれを採用するケースも珍しくない。
安易にそういうことをすると安っぽさに拍車がかかる一方なので、やはりどんなアイデアもコンセプトとの親和性次第だと言えよう。
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