第一話 ミスティヒル 2


    ×


 ああ、いいじゃないか……これはいい……銃その物ではなく、こういうふうに拳銃を入手する事、それ自体がいい……


 未知なる脅威との遭遇。初めての戦闘。アイテム探索。近距離用と遠距離用、それぞれの初級武器を確保――オーソドックスながら破綻のない導入、奇をてらわない手堅い構成……いいぞ……これでいいいんだよ、これで……


    ×


 ほかにも何か役立つ物はないか、とひととおり調べてみるが目ぼしい発見はなかった。まあ、これ以上を望むのは贅沢だろう。どうあれマップが手に入ったおかげで、進むべき方向は分かったのだ。


 俺は満ち足りた気分でコンビニを後にした。次いでその流れのまま、町の中心部に向かって歩きはじめた。


    二


 日が暮れて辺りに宵闇が漂いはじめたころ、俺はようやくミスティヒルのメインストリートにたどり着いた。道中、あのスタンド店員とよく似た化け物を何度か見かけたが、ここまではどうにか見つからずにやり過ごすことができた。一方で、普通の人間とはただの一度も出会わなかった。


 そんな調子だと町全体が荒廃しているのでは、と不安もあったが、意外にも街並みそれ自体に大きな異常は見られなかった。街灯などの公共設備もまともに機能しているし、割れた窓ガラスがあちこちで散乱していることもない。おかげで、夜道でも身がすくむほどの恐怖は感じなかった。


 来る前はうらぶれた田舎町とばかり思っていたが、実際に訪れてみると印象が違った。大通りには立派なホテルや大病院が立ち並び、商店が軒を連ねるあたりはショーケースの明かりできらきらと輝いている。路肩に停まる車両のいくつかには、名の知れた高級車メーカーのエンブレムが嫌味なくあしらわれていた。


 実に活気のある通りだ。ただ、そこに一人の人間もいないことが不気味だった。



 俺の目的地はこの大通りの北にある集合住宅だった。六階建てで質素な外観の建造物。手紙によると、その四〇四号室が“妻の部屋”ということになっていた。


 俺は順調に通りを北上していった。道中、何度か例の穴あきの化け物たちと小競り合いになったが、うまく切り抜けた。どうやら奴らはさほど高い知能を持ち合わせてはいないらしい。物音で興味をそらしたり、バールの一撃でひるませたりするのも、そう難しいことではなかった。



 そんな調子で歩みを進めるうち、ふと背中に視線を感じた。ちょうど、目的地まで残り半分といった辺りだった。


 何やら胸騒ぎがする――ちかちかと瞬く一本の街灯を前に、俺は足を止めた。


 直後、ガラスが割れるような音が静けさを切り裂いた。


 背に衝撃を感じたのはまさにその瞬間だった。何か大きなものが背後から突進してきたのだ。


 思わず身体がつんのめる。そうしてバランスを失った俺の胴体に、何者かが腕を絡みつかせた。色白で、か細い腕だった。


「た、助けてください!」


 そう悲鳴を上げたのは俺ではない。声の主は俺の背に飛び込んできた人物だ。


「悲鳴を上げた」ということはすなわち、口および顔があるということ。その人物は化け物の一種ではなかった。


 ナチュラルブロンドのショートヘア。色素の薄い肌。小柄で華奢な体つき。おびえた声はハープのよう。


 赤いミニワンピースにベージュのジャケットを羽織ったその姿は、どこからどう見てもか弱い人間の少女だった。


――この娘はいったい誰だ?


 当然の疑問だがそれにかかずらっている暇はない。


 ふと周りを見ると、俺たちはすでに取り囲まれていた。敵は二人か三人……いや、四人だ。通りの暗がりからこちらを見つめる四つの人影。直感で分かる。この四人は確実に化け物だ。


 なるほど、この少女は奴らに追われているらしい。これまた俄然ドラマチックになってきた。


 だったら、こっちもヒーローらしいことをやってやろうじゃないか。すなわち――


「君、走れるかい?――よし、こっちだ、付いてこい!」


 俺は少女の手を取って駆け出した。いったんメインストリートを離れ、二車線の道路に沿った脇道に入り込む。そこからさらに進路を変えつつ、ビルとビルの隙間を縫うようにして暗い街路を突き進んだ。


 四対一ではさすがに分が悪い。それに、他人をかばいながら戦うのは経験がない。正面から戦って勝ち目が薄いなら、つまり逃げるよりほかに手はないのだ。




 ほどなく行き当たったのは小さな商店が並ぶ小道だった。


 それらの店の一つに的を絞ると、俺は拳銃で窓を撃ちぬいた。ショーウインドウのガラスが砕け、即席の入り口が出来上がる。


 店の中は見通しが良かった。視界をさえぎる背の高い棚はほとんどなく、天井ライトもしっかり明るい。一瞬、この店の店主が血相を変えて現れたらどうしようかと考えたが、その心配は不要である。これまでこの町で出会った人間はたったの一人だ。


 俺は少女を先導しつつ店の奥に進んだ。「ここで入手すべき物」を探すために。


 店内フロアにも「それらしい物」はいくつか見られたが、それらはあくまで見本品。そのままでは使えないよう安全対策がほどこされている。


 目的の物はレジカウンターの奥で見つかった。こういう店ならさぞ立派な物が用意されているだろうと思ってはいたが、まさしく期待どおりの成果だった。


 その時、俺が手にしたのは一丁のショットガンだった。全長およそ一メートル。口径は一二ゲージ。ポンプアクション式で装弾数は八発。


 早い話、俺たちが逃げ込んだのは銃器店だったのだ。


 棚の見本品は安全のために撃針を抜くなどしてあるが、護身用の銃なら話は別だ。まあ、使える銃を見つけたからと言って、俺がそれを使いこなせるかはまた別問題なのだが……


 などと考えているうちに店先が騒がしくなってきた。さきほど少女を追っていた連中が追いついたのか、あるいは騒ぎを聞きつけて新手が現れたのか。


 喧噪はすぐに店内まで浸食してきた。青白い電灯が“奴ら”の影を浮かび上がらせる。


 首から下はただの人。ビジネススーツやカジュアルなパーカー、なかには上品なスカートをはためかせる者もあった。


 異様なのは頭部のみ。後頭部まですっかり貫通した不気味な大穴だけだ。


 背後で少女が息をのむ気配がする。見ると、彼女は真っ青な顔をしていた。きっと恐ろしくてたまらないのだろう。


 そんな彼女の肩に俺はそっと手を置いた。


「大丈夫だ……ここで少し隠れていてくれ」


「でも、あなたはどうするんです……?」


 涙でうるんだ瞳がじっとこちらを見上げる。思わず頬が熱くなる。


「心配ないさ」


 照れ隠しに短く言うと、俺は一気にレジカウンターから躍り出た。


 ショットガンの狙いをつけ、まずは一発。くたびれたビジネススーツの胸元に真新しい弾痕を刻み込む。手応えばっちりだ。


 フォアグリップを引きさらに一発、続けざまにもう一発と、俺は次々に標的に散弾を浴びせていった。


 高らかに銃声が鳴り響くたび、ある者は商品棚に向かって吹っ飛び、またある者は出入口近くの窓ガラスを突き破る。戦いは想像したより一方的で、かつ速やかに終わりを迎えた。ピストル一丁ではこう上手くはいかなかっただろう。


「すごい……!」


 と小さくこぼしたのは例の少女だった。振り返ってみれば、彼女は目を丸くして驚いていた。


 もう心配ないよ――と声をかけようとした丁度その時、少女の背後で影がうごめいた。直後、彼女は乱暴に床に押し倒された。突然のことに声もあげられないのだろう、身動き一つしない少女の上に、大柄の男が覆いかぶさる。


 一目瞭然。その男はあの化け物どもの仲間だった。


(裏口から入ってきたか……!)


 散弾は使えない。この位置関係では少女にまで被害が及びかねないからだ。


 俺は床を蹴って駆け出した。と同時に、適当な位置にショットガンを放り投げる。そのまま敵の眼前まで一気に近寄ると、勢いそのままに男の肩を蹴り上げた。


 激しい敵意が俺の全身を包み込む。男は眼下の獲物のことも忘れ、上体をのけぞらせて俺を威嚇しはじめた。その胸板は見るからに肉厚だ。


 その分厚い胴体のど真ん中に狙いを定めるや、俺は素早く三度、拳銃の引き金を引いた――噴き上がる鮮血!


 男は声にならぬ叫びをあげて崩れ落ちた。その後しばらくは身体をぴくぴくと痙攣させていたが、間もなく完全に動かなくなった。


 それをきっかけに惨劇の銃器店に束の間の静寂が訪れた。少なくとも、当面のあいだは。

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