蛇足

私は今、棺桶に入った幸君の顔を見ている。血色が無く、安らかな死に顔を見ると涙が込み上げて来る。

泣きじゃくりながら、私はこれからのことを考えた。彼の居ない世界で私は今から彼を想いながら抜け殻の様な人生を送るんだ。きっとそれは幸せじゃない。私は幸せになれない。

彼の居ない世界は薄暗く、何の希望も無い。そうなんだろうと思うし、そうであって欲しいと願う私が居た。



どうも幸です。

これから話す物語は後日談でもあり、蛇足でもあるんですが、一応報告させてもらいます。

それで、いきなりで大変申し訳ないのですが、楓ちゃんが亡くなりました。

歩道橋の階段から足を滑らせて、頭の打ちどころが悪くて、それは呆気なく。僕の居ないところでポックリと。

あまりのことに茫然自失になり、いつの間にか彼女のお葬式に出ていて、お坊さんのお経を聞いていました。

そうすると段々と実感が出てきて、涙が込み上げてきました。なんでだ、なんで彼女が死んだんだ?突然の彼女の死で頭がパニックだというものありましたが、何故だか彼女が死ぬわけないという確固たる自信が僕にはあって、それが打ち砕かれたのが信じられませんでした。

彼女の死に顔は、突然死んだというのに満足な笑みを浮かべており、とても幸せそうなのが印象的でした。

数日後、その笑顔の意味を僕は知ることになります。


「これ、楓の机の1番上の引き出しに置いてあったの。まるで見つけてくれと言わんばかりだったわ。」


そう言って、楓ちゃんのお母さんから僕が手渡されたのは一通の手紙であり、僕は自分の部屋でその手紙に目を通しました。


幸くんへ

この手紙を幸君が見ている頃、私はこの世に居ないでしょう……なんてことを私が書くことになるなんて思いもしませんでした。

ですが、私が死ぬことはもう決まっていることなので、これは揺るぎません。

幸君は覚えてないかもしれませんが、私たちは夢で多次元世界の神様と出会ったのです。

詳しく説明すると長くなるので割愛しますが、神様から私達が付き合ったままだと幸君が死ぬと告げられ、私の心は掻き乱されましたし、心の整理がつきませんでした。

それで幸君がどんどん話を進めて、死んでも良いから付き合いを続けることを選んでしまったので、私は焦りました。

アナタの居ない世界で私1人生きたところで意味が無いと思ったからです。

そして記憶を消されて現実に帰されることになり、私は待ってと声を出すことも叶いませんでした。

しかし、神様は幸君だけを帰して、私を残しました。そうしてこう言ったのです。


「何か言いたいことがあるんじゃないのかい?」


渡りに船とはこのことだと思い、私は思いの丈を神様に伝えました。


「わ、私は幸君と別れたくないし…幸君を死なせたくありません。」


ただの我儘にも聞こえる言葉でしたが、神様は邪険にせず、うんうんと頷いて、こんな提案をしてくれました。


「一つだけ方法がある。それは成瀬君の代わりに君が死ぬことだ。そうすれば成瀬君は助かるよ。」


私は、それを聞いて死ぬ恐怖よりもアナタが助かることが嬉しくて、とても喜びました。

今考えると少し怖いですね。

だから、すぐにそれでお願いしますと言ってしまったのです。


「良いのかい?死ぬんだよ。」


「し、死ぬのは嫌ですけど、幸君の居ない世界で生きている方がもっと嫌です。き、きっと、他の世界の幸君に死なれた私は全員が不幸せの筈です。私は幸せに死にたいんです。」


私の言葉に嘘偽りはありませんでした。アナタの居る世界で死ねることは、私にとって唯一の幸福なのです。


「……分かった。これ以上引き止めるのは野暮だな。君の願い通り、運命を変えよう。元々、不変点では無くなった事象だ。死を無くすこと自体は無理だが、死ぬ対象を変えることはぐらいは出来るだろう。」


「あ、ありがとうございます。」


こうして私は自分の幸せな運命を選び、記憶をそのままにしてもらって現実に戻りました。

記憶をそのままにしたのは、運命を変えたことをアナタに説明する義務があると考えたからです。

私が急に死んでびっくりしましたか?しましたよね、それで悲しんでくれてますか?……ごめんなさい、不謹慎でしたね。

でも他の世界では私ばかりが悲しんでいるでしょうから、すいませんがアナタだけは悲しんでもらえますか?勝手な彼女ですいません。

さて長々と書いてしまいましたね。口下手なくせに文章にするとスラスラ書けてしまえるから不思議です。

最後にアナタと出会えて良かった。アナタが好きでした。アナタと過ごした日々は私の宝物でした。

愛しています、さようなら。悲しみ終わったら、私のことは忘れて幸せになって下さい。

私は幸せでした。


楓より



手紙を読み終えた僕は放心状態になり、自分のベッドに突っ伏した。

読んでいる途中で全てを思い出しました。小さな神様と出会ったことも、提案をされたことも、そして僕が死ぬ道を選んだことも。

楓ちゃんのここぞという時の行動力を甘く見たことが悔やまれます。

彼女は自分の力で幸せを勝ち取ったんですね。それはあの笑顔の死に顔を見れば分かります。

ですが、幸せになれなんて無茶振りですよ。彼女が僕のいない世界で幸せになれないように、僕も彼女のいない世界では幸せになれる筈がありません。

もうすぐ再び悲しみが押し寄せてくるでしょう。それがこれから死ぬまで、ずーっと続くのです。達の悪い病みたいだ。

でも、一つだけ誇らしいことがあります。それは僕が、僕だけが多次元世界において、彼女を唯一の幸せに出来た成瀬 幸であるということです。まぁ、同時にどの多次元世界の成瀬 幸よりも不幸せというのは皮肉でしかありませんがね。

あぁ、ほら、涙が溢れてきました。

生きるって辛いことなんですね。












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僕と君とのマルチバース タヌキング @kibamusi

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