僕と君とのマルチバース
タヌキング
君のことを愛してる
僕の名前は成瀬 幸(なるせ こう)。高校2年生、本当に何処にでも居る平凡な男である。
そんな僕には可愛らしい彼女がおり、名前は有栖川 楓(ありすがわ かえで)。控えめで自己主張な少ない子だけど、時折思いもしないような大胆な行動をする子である。
「幸君、一緒に帰ろう。」
「うん、楓。帰ろうか。」
僕らは出来る限り一緒に居て、周りの人達から仲睦まじいカップルとして有名になるぐらいだった。
「こ、幸君、私のこと嫌いになったらすぐに言ってね。私は幸君の重荷になるぐらいなら、すぐに別れるからね。」
「そんなことは万に一つも無いから大丈夫だよ。」
心配性で自分に自信のない楓ちゃんは、すぐにネガティブな発言をしますが、そんなところも可愛く見えてしまうのは、僕が彼女を愛しているからでしょうか?
楓ちゃんと愛を育みつつ学生生活を楽しんでいると、ある日の夜、とある夢を見ました。
その夢は真っ白な空間に僕と楓ちゃんだけが居て、楓ちゃんは分かりやすくテンパっています。
「こ、ここは何処?私は誰?」
「楓ちゃんは楓ちゃんだよ。落ち着いて。」
慌てふためく楓ちゃんの両肩に手を置いて落ち着かせようとする僕。さて、夢にしてはリアルですが、どうしたものでしょうか?
「やぁ、待っていたよ。」
不意に後ろから声がして振り向くと、そこには白いTシャツに青い短パンの小学生くらいの少年が立っていました。
「君は誰?」
僕がそう問いかけると、少年は無邪気に笑いながらこう答えました。
「僕は多次元世界の観測者。君たちの言葉で分かりやすく言うと、神ってとこかな。」
「えっ?」
あまりに突拍子も無い話に僕は言葉を失いました。いきなり現れた子供が神だなんて信じられない……筈なんですが、何故か疑う気持ちが出て来ずに、すんなりと少年が神だということ信じてしまっています。あと、ここが単なる夢ではなく、隣に居る楓ちゃんが本人であることも理解しました。
「面倒ごとは嫌いでね。強制的に君たちに僕を信じ込ませた。ちなみにこの体も適当に作ったアバターって感じかな。テキトー過ぎて子供になったけど、気にしないで。」
「は、はぁ。」
神様がテキトーというのは些か問題があるように思いますが、まぁ、神様に苦言を呈するのもおこがましいですね。
「そ、その神様が、わ、私たちに何の用ですか?」
楓ちゃんが震える声で質問。勇気を出して偉い。
「それじゃあ、単刀直入に言うよ。」
何を言われるのかと僕は身構えましたが、いくら身構えようとも、次に神様の言ったセリフは衝撃が強過ぎました。
「君たち別れなさい。じゃないと成瀬君、君は死ぬ。」
「はっ?」
と、突然何を言い出すんだろう?なんで別れないと僕が死ぬんだ?
「……説明をお願いします。」
「よろしい、では説明しよう。」
そうして神様は淡々と説明を始めました。
「この多次元世界は並列するいくつもの世界から出来ている。その世界の違いは大小様々だ。だが違う世界においても決して変わらない決められた予定が存在する。差異はあれど結果は変わらない予定。僕はそれを不変点と読んでいる。不変点は世界を作る重要なファクターだ。ゆえに変えることのできない。」
不変点そんなものが存在してたなんて、でも、そもそも多次元世界ってのが本当に存在してたのも驚きなんだから、情報が多くて頭が付いていきません。
「んで、端的に言うけど、君たちが付き合って成瀬君が死ぬことも不変点として、どの世界に組み込まれているんだ。」
頭をハンマーで叩かれたような衝撃が走る。どの世界の僕も死ぬって……信じたく無いけど疑う気持ちが湧いてこないです。僕なんかが死ぬことが不変点だなんて、そんな大層な人間じゃ無いぞ僕は。
「い、いやぁああああ!!そ、そんなの嘘よ!!嘘だと言ってください!!幸君が死ぬなんて嫌だぁああ!!」
当人の僕よりも楓ちゃんの方がショックが大きかったらしく、そのまま泣き崩れてしまいました。僕のためにここまで悲しんでくれる彼女を置いて僕は死ぬのかと思うと、ズキリと胸が痛みます。
しかし、ここで一つ疑問が浮かんできました。
「なんでそのことをイチイチ僕らに言うんですか?変えられないことなんでしょ?」
そう、変えられないことなのに、わざわざ本人に宣言する必要無い筈です。数多の多次元世界の一つに住む僕等に何で先のことを教えたのでしょう?
「ふむ、勘が鋭いな君は。そうわざわざ変えられないことを教えるほど僕は暇じゃ無い。だが、もしも運命を変えられるとしたらどうする?」
「運命を変える?」
「そう、君たちの世界は他の世界と少し違っていてね。なんと成瀬くん、君が死ぬことが不変点にはなっていないんだよ。」
神様の言ったことは希望のある話で、僕は素直に嬉しかったです。
「ということは、僕は死ななくても済むんですか?」
「まぁ、条件次第だが、そういうことだ。」
やったと喜びたいところですが、条件次第という言葉が引っかかって、喜ぶに喜べない僕。
そういえばさっき何か言ってたな。
「まさかその条件って、僕と楓ちゃんが別れることですか?」
「ふっ、君は本当に察しが良すぎるな。人間にしておくには惜しい存在だ。」
やっぱりか、そんなことだろうと思いました。最初に別れなさいとか言ってたしな。要するに僕と楓ちゃんが付き合い続けるのがトリガーとなり、僕が死んでしまう未来に直行してしまうのだろう。
「えっ、どういうこと?なんで私たちが付き合ってるの幸君が死んじゃうの?」
慌てる楓ちゃん。僕も少し戸惑ってるぐらいだから、気の弱い楓ちゃんなら尚更でしょう。
「世界には変えられない流れが存在するんだよ。一度その流れに乗ってしまうと、もう後戻りは出来ない。今回のケースだと君たちがこれから先付き合い続けると必ず死が待っている。ゆえに僕はそれを止めるために君たちに助言しに来たんだ。せっかく不変点でなくなったのに、死んでしまうのは勿体無いだろ?」
えらくサービス精神旺盛な神様ですね。一個人の為にここまでしてくれるなんて、ちょっと親切が過ぎるんじゃないでしょうか。
「なんで僕らにそこまで良くしてくれるんですか?」
僕のこの問いに、神様はすぐに答えてくれました。
「僕はね。君の死ぬところを何度も、それこそ幾億も見たんだよ。そうしたら流石に可哀想に思えてきてね。丁度そのぐらいの時、君の死が不変点じゃない無い世界を見つけた。だから心情的にもタイミング的にも君のことを助けることにした。僕は神様だから融通も効くしね。」
要するに神様一個人として僕のことを助けてくれようとしてくれているわけだ。それってとてもありがたいことなのかもしれない。
「それでどうかな?君たちは別れる?別れない?まぁ、聞くまでもないよね。別れるだけで一つの命が救われるワケだし。」
「あっ、えっ……その。」
言葉に詰まる楓ちゃん。でもそれは迷っているからじゃない。彼女なら最終的には僕の生きる道を選ぼうとする。それは僕にとって、とても嬉しいことなのだけど、残念ながら僕の望む未来じゃ無いんだな。
「僕たちは別れません。だってそれは僕にとって死ぬより辛いことだから。だから別れません。」
キッパリとハッキリと僕はそう言った。迷いは少しも無かった。だって彼女と別れるなんて耐えられない。生きている意味がない。月並みな言葉だけど、僕にとって楓ちゃんは大切な存在なんです。
「いいのかい?……なんて無粋だよね。なんとなく君ならそう言うと思ってたんだ。だからこの提案は僕の自己満足。君たちがどう決断するか見たかった。」
そう言って神様は笑いました。ただ単純に面白かったのか、それとも別の感情があったのか、神様の思うところは人間の僕には分かりませんね。
「楓ちゃんはそれで良いのかい?」
「あ、アタシは……。」
「良いんですよ、死ぬ僕が良いって言ってるんだから。」
楓ちゃんは何か言おうとしていたけど、僕は自分の言葉でそれを制止しました。これは彼女の意見を尊重しない卑怯なやり方かもしれませんが、それでも楓ちゃんの居ない人生をダラダラと生きるのは、僕にとっては耐えられない苦痛なのです。彼女が誰か別の人と一緒に居るなんて場面を考えただけでも嫉妬で狂ってしまいそうですしね。
「分かった、それじゃあそういうことで。でも僕に会ってからの今までの記憶は消させてもらうよ。そうした方が君たちも生き易いだろう?」
「はい。」
自分がいつか死ぬことを考えながら生きるのは流石に辛いですからね。その辺のアフターケアがしっかりしてるのは流石は神様といったところでしょうか。
「あ、あの……そ、その。」
目に涙を貯めながら、楓ちゃんは困惑したままです。そんな彼女が愛おしくて僕は彼女をギュッと抱きしめました。
「大丈夫、楓ちゃん。死んでも僕は君のことを愛してる。」
普段言わないような甘ったるいセリフを言ってしまいました。でもこれが正直な自分の想いです。
こうして神様と出会った不思議な夢は終わり、僕は夢であった出来事の全てを忘れて普段の生活に戻っていきました。
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