第3話 契約 ――10:14 a.m.
ある者は彼女をこう呼ぶ。「生徒会長」と。
またある者はこう呼ぶ。「黒髪の悪魔」と。
度を超えた雑務処理能力と悪を許さぬ潔白性、更には教師陣からの人望、加えて財閥のご令嬢という人脈を兼ね備えた、何かの創作の登場人物の設定かと錯覚してしまう程の、完璧で究極の
ただ……、こいつには一つ、ある重大な欠点がある。
シンプルに言えば、性格が悪すぎるのだ。
目的の為には手段を選ばない事で非常に有名で、生徒会選挙で上級生含む他の候補者へのネガキャンを躊躇なく実行したり、校内でよくスマホを使っている奴の名簿者リストを作成して一斉検挙を行ったりなど、数々の鬼畜の所業で生徒を震え上がらせてきた――そんな風に、風の噂で聞いている。それ以上はよくわからない。今まで一度も口を利いた事なんて無かったし。それでも、ヤツが性悪で見栄っ張りな人物であるということは、丁度先程の科白からも容易に想像できる。
その悪魔が今、見ず知らずの他人を呼び出して、恋愛小説の主人公ばりの赤面ものな告白をしている。
……さっきの太陽フレアの電磁波で頭がイカれてしまったんじゃないだろうか。人体に影響はほとんど無いとの事だったが、一瞬で世界中の町並みから灯りを奪い、通信ネットワークを麻痺させた人類滅亡級の大災害だ。正直何が起こっても不思議じゃあない。
頭の中で激しく渦巻く5W1Hを何とか落ち着かせて、一つに絞って。俺は次の第二撃を打ち放った。
「へぇ、こいつは驚いたな。どうして本校の偉大なる生徒会長様が、今更見ず知らずの他人とデートなんてしようと思ったんだ?」
学校では優秀だったかもしれないが、この場での素行不良者は俺じゃない、お前だ――、至極真っ当な疑問にカモフラージュされた、自身の優位性保持の為の冷やかし。怒るか、狼狽えるか、さぁ、テメェはどう出る?
だがそんな俺の予測とは裏腹に、悪魔はさも当たり前のように言い放った。
「最期の日くらい誰かとデートをしてみたいと思ったから。それ以外に理由なんてある?」
……無い、な。確かにそれ以外に理由なんて無い。実際俺だって特に理由なく彼女という存在を心の内で求めていた訳だし。
ふと、朝の時に感じた生々しい欲望が、俺の頭の中で蘇った。
そうか、これはチャンスなんだ。もしこのデートを成り行きで上手く遂行できたら、俺は紳士に生まれ変わり、彼女いない歴≠実年齢を見事証明、Q.E.Dまで持っていく事が出来る。なに、難しい事なんて一つも考えなくて良い。話をテキトーに合わせるのは俺の十八番の一つ。それでそのままあの世にオサラバだ。
どうせ死ぬならやってやろうじゃねぇか。今までの最低で最悪な人生が全部チャラになる程の快楽を味わって、この世の全てを嘲笑いながら地獄に逝ってやる。ヤベェな。自然と笑いが込み上げてくる。あぁ神様、あんた本当に最高だ。
これまでの短い人生で、多分一番の大笑いが口から飛び出した。
「いいぜ。その告白ノッてやる。どうせ明日皆死ぬんだ。…楽しんで行こうぜ。」
「デートを楽しむのは当たり前の事でしょ。貴方の方こそ、私を楽しませてくれるんでしょうね?」
人生最期、いや、人類最期の日。こうして、化け物と悪魔の奇妙な契約が、ここに成立したのであった。
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