第2話 追想 ――10:13 a.m.
小学校生活も終わりを迎える頃、突然、何の前触れもなく両親が離婚した。原因は不倫、それもダブル。要するに父も母もどっちも赤の他人と不倫してたって訳だ。不倫に手を染めた理由は、『貴方がいなくて寂しかった』だの、『仕事がキツくて癒しが欲しかった』だの何だの……。
ここまででも十分嗤える話だが、本当に面白いのはここから。両親が離婚した場合、当然子供の親権はどちらかが持つことになる。それはそう法律で決められている。
ところが。あろうことか、あのバカ共はどちらも俺の親権を『いらない』と主張してきた。
そんなに自分の息子の事が嫌いだったのか、それとも新しい家族がそれ程魅力的だったのか、はたまた数年後の俺の性格の悪さを予知していたのか、その理由は分からずじまいだが、何れにせよ、俺は12歳で親から捨てられた。
一応親権は母親が持っている
――とまぁ、とにかくそんなこんなで、俺は中学に上がる時に超グレた。目に映るモノ全てにムカついて、キレて、叫んだ。でも暴れられる程の体力は無かったから、所謂「キレると恐いタイプ」程度に落ち着いた。高校に入ってもそれは変わらず。俺は他の奴らから、実に有り難い事にひたすら敬遠され続けた。
だから俺には、「通常、一般的な学生が送るであろう健全で文化的な標準レベルの生活」というものがまったく分からない。
インスタグラムとか、ティックトックとか、フェイスブックとか。最近インスタライブとかいう存在意義不明な訳分からんものを初めて知った。
『本校では部活と勉強両方に力を入れており……』(by校長)ナルホド、俺も現在絶賛部活動中だぜ、名前帰宅部って言うんだけどな。
ん?バレンタインデー?ホワイトデー?レンアイ?アオハル?ナニソレオイシイノ?
永遠に治る事のないグズグズに膿んだ傷口を全身に抱えて、絶望する訳でもなく、かといって素敵な未来を崇める訳でもなく、ただただ今の状況に嘲笑うだけ。輝く青春、その対極に位置する捻くれた者。それがこの俺、犬井 拓司という化け物である訳だ。
……でも、そんな俺にも、彼女くらいはいつか出来るんじゃないかと思ってた。
電車に乗って周りを見回す度にいつも確信する。明らかに取るに足らないようなクズい奴にも、隣に立って笑ってくれる女子はいる。詰まる所、とりあえず生きていればいい。それさえ出来ていれば、いつか巡り巡って向こうからやってきてくれるはず。
だが、そのキショい夢ももう終わりだ。我が人生十六年と二週間、日本人の平均年齢をくらぶれば、夢幻の如くなり。恋愛経験ゼロ、彼女いない歴=実年齢という何とも残念な肩書のまま俺は天に召されなければならない。
いや、もう諦めて発想を変えよう。これは寧ろ、悲劇ではなく幸運だと思うべきなのかもしれない。こっから生きてもどうせロクな事は無かった。無視されて、踏みつけられて、ミミズのように泥を啜る人生。ポジティブにいこう。神様は俺に甘き死を齎してくれたのだ。最大限感謝してその死を受け入れようではないか。
――そんな風に、数分前までの俺は思ってた。
……OK。言いたい事は分かる。唐突に話が切り替わって、何がなんだかわからなくなってるんだろ?安心してくれ、俺自身が今一番この状況に混乱している。
よし……、一旦話の整理をしよう。今俺が立っている場所は、前の話と打って変わって、学校の体育館裏の狭い敷地の中だ。この高校ではカツアゲとコクハクの聖地として知られている。『体育館裏に来い』。短く書き捨てられたルーズリーフの破片を自分の下駄箱の中に見た時、間違いなく俺は前者に遭遇すると思った。まぁどうせ暇だしと足を運んだワケだけれども。
あぁ、それと言っておくが、今日はいつもより学校が早く終わっている。全く、人生最期の一日なのだから誰かと大切な思い出を作りなさいと、朝のSHRだけで授業を終わらせた学校側の対応には、感涙と拍手喝采を禁じ得ない。アイツらマジで最高で最低だ。
そして――、恐らくここが一番重要なポイントなのだが、今、俺の目の前には、一人の女子が突っ立っている。そう、先程まで俺が呆れる程切望していた、あの「女子」だ。そいつはほんの数秒前、天地のひっくり返る様な、とんでもない事を口にしやがった。
恐る恐る、柄にもなくどこかのAIアシスタントのような口調で尋ねてしまう。「スッ……スミマセン、もう一度、今の言葉を復唱してもらってもいいですか?」
一瞬、永遠とも思えるようなあからさまな沈黙がその場に流れる。
「( ´Д`)=3 ハァ 」
そんな日頃使ってもない絵文字が自然と頭の中を満たしてしまう程に、やたら大袈裟な溜息をついて。そいつは腰まで届きそうな黒い長髪をさらりと撫でて、赤い角ばったメガネの奥から養豚場の豚でも見るような目をこちらに向けながら、はっきりと、俺に言った。
「だから、何度も言わせないでよ、貴方馬鹿なの?今日一日、私とデートして。」
身も竦むような侮蔑と、気恥ずかしくなるような慕情。その余りの落差に、俺の頭は激しく灼かれてしまった。
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