Bad dancers

Zenak

第1話 覚醒 ――8:33 a.m.



「—―今日未明、巨大隕石が地球に迫っているとの情報が日本政府より発せられました。」


 パリーーーーン


 持っていたガラスのコップがするりと利き手をすり抜けて、ありきたりな音と共に床に散らばる。


 まだ寝起きで怠い頭が、強引にテレビの方へと引っ張られる。


 しんとしたリビングの中で高く響くのは、いつもこの朝の時間帯に見かける女の名物ニュースキャスターの声。


 事の重大さの割に、そいつ(名前忘れた)は淡々と続けた。


「隕石は現在、既に地球を中心として半径約300万キロメートル圏内に侵入していると観測されており――、」


 300万キロ?思ったより結構遠くね?

 

 嗚呼、そんな風に一瞬でも考えた俺が馬鹿だった。


「このペースでは約12時間後、明日の早朝には太平洋近海に衝突するとの事です。

………尚、現在時刻から約30分後に地球に到達すると予測されている、未曾有の太陽フレアについての情報ですが――、」




『………なーんだ、よくある隕石衝突モノ(?)か。もうそういうのは見飽きたんだよね。太陽フレア意味あるのか知らんけど。』


『どうせ残された時間でどうにかして隕石をくい止めるか、或いは好きな人に告白でもしに行くんだろ?〆も夢オチか?』


『へっ、よくいるんだよなぁ。こうやって衝撃的な書き始めにすれば何とかなると思ってる奴。』


『あ〜、マジでおもんないわこの小説。ページ開いた時間返せよ。』とか何とか思ってる画面の前のそこのお前。


 その長ったらしい御高説、俺も激しく同意するぜ。いや~、だっていくら何でも味気なさすぎるだろ、この夢。


 太陽フレアはいいとして、何かこう、もう少し捻りという奴が欲しい。丁度家の真上に隕石が落ちてきたとか、実はそれは宇宙人の船で、これから起こる同胞の地球侵略を阻止する為に先駆けて飛んできた……とか何とかさ。


 ていうかそもそも、本当に明日隕石が降ってくるならニュースキャスターの奴こんな神妙な顔してねぇし。あーあ、覚めるならさっさと覚めてくれよ。こっちはまだ眠たいんだから起こしてくれるな、ってな。


 だからまず、俺は自分の顔面を引っ叩くことにした。ほら、よく言うだろ?落ちるとか轢かれるとか、夢の中で強いショックを受ければ大抵は目が覚めるって。何なら今のイライラを解消する手段としてもいくらか有効かもしれない。正に一石二鳥というわけだ。不自然極まりない話だが、どうやら夢の中での俺はかなり冴えているらしい。


 バチーン!!


 今度は皮膚が叩きつけられる痛々しい音が、テレビの音を掻き消して、そこまで広くもないリビング全体に響き渡る。常人なら、これを聞いただけでその轟音から想像しうる暴力に萎縮してしまうに違いない。まぁでもこれ全部夢だから問題ナs



 …………?……おかしい。


 普通に痛い……だ、と?


 じゃあこれは…、この目の前に広がっている世界は……全て、現実だとでも言うのか……?


 その瞬間、逃れられようの無いある一つの真実が、突然ポンッ、と軽快な調子で目の前に突きつけられる。その余りに残酷すぎる事実と遅れてやってきた激痛に、俺は情けなく悲鳴を上げてしまった。


 ……そうだ。考えてみれば、初めから何もかもおかしかったんだ。


 そもそも、頭の悪い俺の夢の中に、『ケンナイ』だの『タイヨウフレア』だのそんな小難しいワードが登場する筈がない。こちとら『ゴコウセツ』っていう言葉もつい最近ようやく覚えたばかりなんだぞ。


 だとしたら酷すぎる。俺は今まで割と最悪な人生(当社比)を送ってきた。どんなに辛い事があっても、どんなに嫌な事があっても、その都度歯を食いしばって必死に踏ん張って、どうにか耐え抜いてきた。


 あぁ、それなのに神様、一体なぜこれ以上貴方は更なる惨い仕打ちを私に差し向けられるというのか!!いくら何でも性格悪すぎだろテメェ。


 頭の中で威勢よくそう毒づくのはいいものの、やはり精神的に限界が来てしまっているせいか、力が抜けて、思いっきり台パンをかましてやる事も出来ない。


 座っていた椅子から崩れるように抜け出して、手と足を四方へ放り出し、ごろんと床上に横たわる。そうでもしないと落ち着いていられない。


 たった二文字。


 たった一つの二次熟語が、俺を下敷きにしてどっしりと上に鎮座している。


 その言葉から逃れる術は……無い。


『 童 貞 』


 それはさながら、黒い雷雲を纏い、嵐吹き荒ぶバカでかい雪山の如く。


 ただ静かに、だが圧倒的な(謎の)凄みと威圧感を以て、俺の頭の中で屹立していた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る