2. あなた、犬派?


「お客様、シートベルトをお願いします」

 少し身をよじることで視線だけ横に向けてからようやく、乗務員が隣の客に話しかけているのが分かった。


「ああ、すみません」

 そう言って隣に座る婦人は金具を音を言わせながらつなぎ合わせ、それを横から出歯亀みたいに確認した。だがなんとも言えない不安が俺を襲う。気流の激しさや下降する機体が体に掛けるGだけではない。さっきまでそこに居た無二の友達がいないことだ。

 そこで俺は何でもない風に立ち上がり、乗務員を寄せ付けないような歩き方で機体の前後ろを行き来しながら見知った顔を探した。ただ一つ難点がある、相棒はかなり小さいのだ。恐らく同じように席に座っているならまず顔は見えないだろうから、真っ黒の毛並みの良いのを覗き込みながら探す。すると当然衆目を集める訳で、だからといってこんなとこで暴れ出すと放り出されるのは地上から数千メートル上空であるから、収穫ナシと見るや手洗い場に入り、作戦会議として相棒と再会する方法を列挙してみることにした。大声で名前を呼んでみる、着陸してから一人一人確認する、乗務員を問いただす。どれも名案なんてとても言えない。発展性のない真っ白な壁と便器に囲まれるのに飽き飽きして個室を飛び出すと。前の方の席、確か俺の座っていた周辺が何やら騒がしい。

 

 男の子がひとり、俺の席を占有していた。泣きじゃくりながら。子供の両親らしき二人は無理やり引きずり出そうとするけど、あの二人はイソップだか何だか云うギリシア人の奴隷が導き出した教訓をすっかり忘れてしまったようだ。北風は賭けにこっぴどく負けて家財全部を差し出したんだぞ。

 俺の席の横に座っていたご婦人はそれを見て笑いながら、手持ちカバンを漁り二つのキャンディを取り出した。

「ねえねえキミ、飴要るかい?」

「いらない」

「それじゃあ何が欲しいんだろう」

「さっきの犬。さっき通っていったでしょ?」

「おばさんは見てないなぁ」そういうと彼女は新しい飴を取り出し、数えて三つの飴を並べる。

「これはチキンビーフ、でももう一つあるから」

「それはなに?」

 一応のところ泣き止んだその子の様子を見ていると、席の合間を通り抜けるヒョコヒョコした毛並みが一つ、相棒に違いない。俺はそれにコマンド部隊みたいに付いて行き、分厚い(当たり前だが)非常口の前で見失う。再び立ち上がって見渡そうとすると窓から丁度顔を覗かせた太陽とバッタリ目が合い、俺の目は一瞬完全に視力を失った。

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