ミモザの作り方

@o714

1. 先送りの魔術


 俺は笑う、手元のジャックとクイーンも微笑み返したからだ。本当はどちらが先に笑い出したのか?でもこれは真っ当な幻覚で、俺の手札はたしか9と10。可もなく不可もなく。だから一層勢いは増す。オペラ歌手やらソプラノみたいな高音ピッチは出せないけど、それでも店の窓ガラスを手あたり次第に吹き飛ばすことに関しては負けず劣らずだろう。


 まずそこいらのモップを掴む、清掃員のフリで眠気に打ちのめされた顔をして。そして無邪気に構える、槍投げを専攻した大学生みたいに。さっきまで冷たいグラスをしっかり掴んでいたからだろうか、濡れた手は摩擦力を失っているから哀れな棒切れはスタラグ・ルフト3の懲罰房から店の外へ世紀の大脱出を敢行する。するとそれを目の当たりにした警備員は狂喜と興奮のあまりか頭に血を上らせる、ここまでは単純な四則演算だ。一方でディーラーの手を離れたボールがどのマス目に止まるかっていうのは、卓越した技術とそれでも越えられない自然法則の気まぐれ、遠心分離機にかけたら出てくる血漿けっしょうみたいな黄色い水のことで、とにかく俺は葬式に出るみたいなネクタイを締めた男どもから重大な宣告を受ける前にピンボール台の下に潜り込んでいた相棒、その首の襟の所をぐいと掴むと店から飛び出した。


 俺は道すがら相棒に話しかける。

「おい、いい加減にしろよ。お前があんまり酷いから遂に追い出されちまった」

 相棒は大きなあくびを一つして、この追及がどれほど無為なことかを気づかせる。俺は平静を装うことで体面を守ることとした。

「ああ分かったよ。別に何か盗られたんでもない」

 相棒は黙って階段下を指す、地下鉄だ。良いアイデアだろう、この中途半端な時間ではタクシー共も日付線を超えようとなんとか頑張っている最中だろうから。せっせと足を動かして狭っくるしい鼠の住処にたどり着く。砂山から綺麗な小石を一つ見つけるように荒ぶる運命の荒波から幸運を見つけ出すなら、構内のベンチに座れたことはその年代記に加えてしまっていいかもしれない。

 最後にはこう書き加えておく、偉大なる僭称者、アンティオキアの王がここに没す。


 とにかく一回休むべきだろう。アドレナリンの作用が落ち着いて体内の熱が冷めていく感覚、陽はとうの昔に沈んで地下は下水道みたいに涼しい(空調の発明のおかげもある)。夏真っ盛りの地下鉄で凍死なんていうのも面白いだろうか?

 相棒が静かに椅子に体を預けてしまっているのを見て、俺も真似するように顔を上に向けて寝そべるように椅子にもたれ掛かる。すると小さいのにやけに張り切る照明がちょうど目に降りかかり、虫眼鏡で集約されたような驚く量stunningの光の線が飛び込んできた。

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