(四)-3

 そんな困窮した生活の中のある日、母の様子を見に来てくれた医師が、東京の華族である橋本家への養子の話をもってきた。そこで、盛久は年の離れた弟の豊久を養子に出すことにしたのだ。

 盛久は弟が養子に出る日のことを覚えている。西洋式の背広を着た橋本家の執事が弟の手を引いて歩いて行ったことを。もう二度と会えないと思うと、涙がボロボロ出たことを。

 しかし、故郷で貧しい生活を送るよりも、東京の華族の家でその後を生きれば、立派に出世の道を歩めるだろう。その方が弟のためだと思っていた。だから、悲しくても寂しくてもそうすることが正しいと思っていた。もう二度と会えなくなるとわかっていたとしても。

 その弟が、今、目の前にいるのだ。


(続く)

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