第45話 人形のような整った美少女と俺の呼び方

「おはよーございま……おはよう」

「はい、おはようございます」


 昨日の約束事で、家では敬語ナシ、蒼井のことは幸奈と下の名前で呼ぶことが約束されている。


「――――あの約束を破ったらどうなるんだ?」

「約束を破ったら、針千本飲ませます」

「えぇっ!?」

「それは冗談です」


 急に怖いことを言いだすなと思いながらも、蒼井のことだから冗談だろうとは感じていた。


「指切りで約束してませんもんね」

「してたらするの?」

「…………それはどうでしょうか」

「ちょっと、お腹イタクナッテキタ」


 指切りで約束をしていたら、本当に針千本飲ませてきそうで恐怖を感じてしまう。蒼井のことだし、しないとは思うが、一週間くらい口をきいてもらえなくなりそうで怖い。


「それで、あの約束を破った場合の話だよ」

「あの約束を破ったら、私の機嫌が斜めになります」

「そりゃあ、たいへんだ」

「それに、ちょっと悲しいです」


 男性の諸君に一番効くのはこういう、怒るとか、拗ねるとかそういうのではなく、悲しくなると言われることだ。自分の行いで相手が悲しくなることが一番心に来ると俺は思う。


「悲しいとか言われちゃったら、約束破るわけにはいかないよなー」

「ふふっ、ありがとうございます」

「その代わりなんだけどさ――――」

「なんでしょうか?」


 蒼井は首を傾げ、まん丸の目で俺のことを見てきた。


 蒼井にも呼び方についての約束事をつけようと考えていた。

 俺なりの小さな反撃でもあるし、約束を守るのなら蒼井にもしてもらわないと割に合わない。


「俺のことも下の名前で呼んでくれ」

「いつも呼んでるじゃないですか、って」

「さん、じゃなくてで」

「よ、呼び捨てですか……?」



 急なお願いごとに蒼井は困惑している様子だった。

 そのあたふたしている様子を俺は楽しんでいた。


「い、いいですよ? 私もお願いしているのでそれくらいなら……」

「ふ~ん? それくらいですか?」

「な、なんでしょうか……怖いです」

「じゃあ、今呼んでみてくださいよ」

「今ここで……ですか?」

「はい、そうです」


 俺は迷いなく即答する。

 すると、蒼井の顔が段々と赤くなっていくのが分かる。


「そ、蒼……くん」

「くん? ですかぁ?」

「…………」

「俺は名前呼び捨てなのに、そっちはくん呼びですか」


 俺がわざとらしくそう言うと、蒼井は顔を赤くして、下唇を噛みながら、俺のことを見つめてくる。


「……いじわる」

「――――ぐっ、はぁっ!!」


 この蒼井の「いじわる」という言葉は破壊力がヤバかった。

 語彙力が無くなる程に、ヤバかった。


「ご、ごめんなさい…………くん呼びで大丈夫です」

「本当ですか?」

「ほ、本当」

「よ、よかったです……男の子の下の名前を呼び捨てにするなんて初めてですから、緊張しますね」

「くん呼びにしてください」


 俺はよろよろになりながら、蒼井の申し出を了承する。

 ダメだ、この可愛らしさは死人が出るレベルだ。


「蒼……くん」

「はい、なんでしょう」

「アウトです」

「はい?」

「さっき敬語でしたよね?」

「――――あ」


 たしかに、さっきはいつも通りの話し方になっていたと指摘されて気が付いた。


「ふふ、さっき私に意地悪した罰です」

「可愛い罰だな」

「か、可愛くないですっ。罰なんです!」

「わかったよ」


 蒼井のよくわからない反論に、俺は笑いながら返事をする。

 俺の反応に蒼井は納得がいっていない様子だった。


「じゃあ、今度は蒼くんが私の名前呼んでみてくださいよ」

「幸奈」

「ひゃ……はい」


 蒼井の声が裏返ったような気がしたが、今は自分の心臓の音がうるさすぎてなにも考えることができない。


 平然を装ったつもりだが、若干声が震えていた。

 同年代の女の子の名前を呼び捨てにするのが、とても恥ずかしすぎる。


「やっぱり、名前呼び禁止にしようか迷います」

「なんでだよ」

「だ、だって……」

「だって?」

「なんでもないですっ」


 蒼井はそう言いながら、逃げるように家から学校に向かってしまった。 

 耳まで真っ赤になって走る様子は目に焼き付いた。


「アンタたち、どこまで仲良くなってるのよ」

「母さん……うるさい」

「私は大歓迎よ? 幸奈ちゃんとっても可愛いし、礼儀正しいし」

「そんな気はない」

「今はでしょ? まぁアンタ鈍感そうだもんねーお父さんもそうだったし」

「母さんたちの話は長くなるから学校行って来る」


 俺はそう言いながら、学校へ向かった。

 母さんの俺に対してのニヤついた視線に腹が立つ。


 まるで青春だねぇ~と言わんばかりの表情である。



 

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