第40話 人形のような美少女と体育祭後

「本当、大活躍でしたよね?」


 体育祭も終了し、家で蒼井の手料理を食べていると、ふと彼女が思い出したようにその話題を出す。


「み、見てたんですか……」

「そりゃあ、隣のコートでしたし」

「それもそうですね、あはは……」


 俺は恥ずかしさのあまり、蒼井の顔を見ることができない。

 あの試合を見られていた、最初はほんの少しでもかっこいい姿を見せれたらなんて思ってた。


 ――――でも、いざ蒼井とこうして直接話してみると、恥ずかしさが勝つ。


「かっこよかったです」

「え? かっこいいですか?」

「はい、普段とは違って、真剣な感じがして」

「蒼井さん……それ結構辛辣じゃないですか?」

「ふふっ、ごめんなさい。でも初めてあんなに真剣な恰好見たかもしれませんね」


 蒼井はそう言いながら、食べ終わった食器を持ち上げ、横を通り過ぎていく。


 俺も蒼井に続いて、食器を片付ける。


「いいんですか? 私が先にお風呂いただいても」

「いいんですよ、俺はちょっと疲れたので、入る気分にもならないです」

「私が上がったら、入るんですよ?」

「俺は子供ですか……」

「だって、放っておいたら入らないでしょう?」

「それは…………」


 ぐうぅ……蒼井の言葉に否定できない自分が悔しくなんて情けない。


「入ります……」

「はい、よろしい」


 蒼井はそう言いながら、ペコっと頭を下げる。

 その時、長い髪の毛がゆらりと揺れる。

 今日の体育祭で使った制汗剤だろうか? 髪の毛が揺れる時にフワッと香った。


 やばい、本当に俺って変態かもしれない。

 妙な罪悪感を抱えながらソファーに横たわる。


「はぁぁー、今日は本当に疲れたなぁ……」


 明日が休みだから、このまま寝てしまおうか。

 そう考えた時もあったが、何度も蒼井の言葉がよぎる。


「入らなかったら、絶対に今度から信用してもらえなくなるよな……」


 しかし、睡魔とは凶悪なものだ。

 こんなに寝てはいけないと考えても瞼が自然に落ちていく。


「――――んぅっ……、うあっー」


 俺は大きく背伸びをする。

 なんだか身体がとても痛い。

 ソファーで寝ていたからか、寝起きが悪い。


 俺の身体には寝るときにはかけていなかったであろう毛布が全身を覆っている。


「母さんか? いや、今日は遅くなるって言ってたな……蒼井さんか?」


 周りを見渡すと、誰もいない。

 時刻は22時を回らないくらいだった。


 俺がソファから足を出そうとすると、何かもぞもぞとソファの下で動いている。


 人間だ。

 高校生らしき、女の子がもぞもぞと動いている。


 ――――可愛らしくスースーと寝息を立てながら。


「蒼井さーん、ここで寝ると風邪ひきますよー」

「…………」


 声をかけても反応がないので、蒼井の部屋に運ぶことにした。

 蒼井を起こさないように、そっと身体を起こす。


 柔らかく、軽い身体を持ち上げる。


「しっかりと食べているのに、この軽さは一体……」


 全然食べていないとか、ダイエットし始めたとかじゃないのに、この軽さ……本がいっぱい入った段ボールの方が重い。


「よいしょ」


 蒼井を肩が出ないようにベッドに横にさせる。


 俺の目に白い身体、出るところは出て、引っ込むところは引っ込む、男性の理想像がベッドで眠っている。


 俺はその瞬間、耐えられなくなり――――魔が差した。

 止めようと思った時には手が伸びていた。


 ムニムニとマシュマロのような感覚が指先を伝わる。


 俺は蒼井の白い頬を、ムニムニと突く。


「や、やわらけぇ……」

「ん……」


 蒼井が声を挙げた瞬間、物凄いスピードで、指をシュバッと自分の身体の近くに引き戻す。


 心臓がドンドンとなるのが分かる。

 冷や汗のような変な汗まで出てきていた。


「さっさと、お風呂入るか……」


 自分のしたことに少し罪悪感を感じながら、俺はお風呂に向かった。

 指先にある、蒼井の頬の柔らかさの感覚が残りながら。



◆◆◆ 一時間程前 蒼井視点

「すみません、お風呂あがりました」


 私がお風呂から上がり、リビングへ向かうとまだ明かりがついていた。

 声をかけても反応がない。聞こえなかったのかと思いソファーの方へ向かうと、蒼さんは目を瞑っていた。


「蒼さ……ど、どうしましょう……」


 声をかけて起こそうとしたのだが、寝顔があまりにも気持ちよさそうで、起こすことができなかった。


 風邪をひかれるのも困るので、私は自分の部屋から、ブランケットをとってきて蒼さんの肩から足にまで、そっと被せる。


「涎まで垂らしています……ふふっ」


 涎まで垂らしている。

 そんな姿を見てしまい、とても可愛らしく見えてきてしまう。


「だ、ダメですよね。人の寝顔を見て、笑ってしまうなんていけないですね」


 自分と同い年の男の子の可愛らしい一面を盗み見している。

 しかし、今日の蒼さんは、いつもと違って、とてもキラキラしてました。


 同じ家に住んでいる、赤の他人……だったはずなのに……。

 家族のような、男の人の中で一番安心できる存在……。

 

「わ、私は何を考えているんでしょうか……」


 はぁっと、ため息を吐きながら目を閉じる。

 すうぅーと段々と意識が遠のいていく。

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