第38話 体育祭 後編
明人から任せたぞという、熱い頼みごとをされた。
まったく、こんな中学の途中で部活をやめたやつに、何を頼んでいるんだか……。
変なプレッシャーをかけないでいただきたいものだ。
コートに入る前に、ふと隣のコートを見る。
そこには、観客が俺たちの方と比べ物にならないくらい多い。
その理由も蒼井のクラスが試合で、蒼井が選手として出ているためだ。
本人からしたらどう思っているのだろうか? 俺が蒼井の立場だったら、集中できないし、やめてほしいと感じる。
「あっちの試合、終わったな……蒼井さん勝ったのかな?」
「今はこっちの試合の方が大事だろ」
「まーそうなんだけどよぉ」
おいおい、もうあきらめモードか……。
味方の話しているこえが耳に入り、フッと失笑してしまう。
「米村、ずいぶんと余裕そうだな」
「あ、いや、ごめんごめん……なんか緊張しちゃって」
「大丈夫だ、もう捨て試合みたいになってるから」
「ふ~ん、そっか」
靴ひもをキュッと固く縛り、コートに入っていく。
「これから1年4組と3年3組の後半戦を行います」
「怪我しないようにお互い頑張ろ」
「は、はいぃ……お、お願いします」
こちらのチームリーダの声は異様に小さかった。
先輩の圧がすごいんだ。
こうして俺たちBチームの試合が始まった。
◆
「戻れ戻れっ!」
「体が弱いなぁ」
「うわっ!」
最初の攻撃が決まらずに、相手のカウンターを食らう。
その際、止めに言った一人が先輩とぶつかり、吹き飛ばされる。
この時オフェンスファウルになったのだが、先輩はそれが気に食わなかったらしい。
嫌味を言うかのように、「弱い」や「ガリガリ」などと審判に聞こえない声で言ってくる。
「大丈夫か?」
「やべーよ、超痛いわ」
もう、Bチームの士気はどんどん下がる一方だった。
こちらのボールから試合が再開する。
もちろん今回も俺にボールは渡ってこない。
――――そう思ってたんだけどなぁ……。
「米村っ!」
名前を呼びながら俺にパスを出してきた。
丁度胸元に来るボールを手で受け止める。
その瞬間、ズシンッと手にボールの衝撃が伝わる。
やべ……この感覚、久しぶりだ。
「懐かしいな……」
「は?」
「やっぱり……いいな、この感覚」
「お前なに言ってんの?」
相手の身体が上に伸び、低い姿勢から高くなった瞬間。
俺は右手でドリブルをして、身体を盾に横を抜き去る。
「なっ! はっ」
先ほどの姿勢では、急にスピードを上げた選手には追い付けない。
「すまんっ! 抜かれたっ!」
「切り込んでくるぞっ!」
中を固めてくれるのは好都合。
俺なんかに、二人ディフェンスに回す方が嫌だよな。
前回の試合も、さっきも突っ立っているような奴、マークすることねぇもんな。
俺はピタッと止まり、ゆっくりと左手をボールの横に添え、右手で押し出すようにシュートを放つ。
大きく綺麗な放物線を描き、リングへと吸い込まれていき、ふぁさっとネットが音を立てる。
一瞬静かになる。異様な空気が漂う感じがした。
「綺麗なシュート!」
「おお! ドリブルもうまかったよな!」
まずは同じクラスの奴らから段々と声が出てくる。
1点入るのと、入らないのでは空気が段違いだ。
「まぐれはそう続かないぞ? 一年の陰キャ君?」
「まぐれじゃなかったら、もう一本入りますね」
俺がニコッと嘲笑すると、相手は舌打ちをして、睨みつけてくる。
やべ……自然と煽っちゃった……。
ボールはまた俺へと渡ってくる。
今回はちゃんと姿勢が低く、右や左にゆさぶりをかけても、動じない。
一度返し、もう一度パスをもらう。
ゆっくりと近づき、ドリブルの速度を上げ、緩急をつける。
さすが先輩というべきか、抜かれてもシュートコースがない所に俺を誘導して抑えようとしてる。
ゴールの横ですかさずシュートモーションに入ると、周りのディフェンスも引き寄せられてくる。
俺はそのタイミングで、外の仲間にパスを出す。
「おっしゃ、フリーいただき」
冷静に決めまた追加点。
先輩たちに一歩も引かない戦いとなっている。
「やっぱりすげぇな……おい」
「え……やっぱりって?」
「あ、いやなんでもない」
「米村ディフェンスもいいぞ!」
そうベンチから声が聞こえる。
俺の方に注目は……ってもう遅いか……。
だんだんとギャラリーも増えていくのが分かる。
「このっ、1年のくせに……」
「へへっ、足元注意してくださいね?」
「へ? 足元?」
そう言って、俺の言葉通りに足元を見る。
この先輩……馬鹿なのだろうか。
足元掬われないようにって意味だったんだが……。
ま、ボールから目を離したならラッキーだ。
このままボールカットして――――。
「前見ろっ!」
「おっと! 騙したなお前!」
「いや、勝手に勘違いしただけでしょう」
「うるさいっ!」
そう言って、身体をぶつけながら、ドリブルしてくる。
じりじりと押され、ゴールに近づいていく。
「くそ……力じゃ、どうしても……」
「おらっ!」
力んだ声とともに、先輩は振り向きシュートへ向かう。
俺は床へ転び、ボールはフワッと俺の頭の上を通っていた。
「へへっ、わりぃな」
転んでいる俺に手を伸ばしてくる。
「すみません」
「…………ここからは力づくでも点を決めてやるよ」
力づくでも、綺麗なシュートでも同じ点数になるのは変わらない。
「うおっ!? ものすごいスピードで、体をぶつけてくる」
ファウルじゃないのかとも思うが、審判は笛を吹かない。
先輩の圧に俺は一度パスを出す。
さっきとは違い、先輩のディフェンスと圧から逃げるためのパスだ。
「チッ、逃げたか……」
その言葉が、とても心に刺さる。
しかし、パスを出した先でも、攻めあぐねていた。
「お、また来たな」
「……なんすか、怖いですよ先輩」
「お前上手だな」
「……そっすか?」
「あぁ、バスケ部でもない俺が一人で抑えられると思えない」
「そうですかっ」
先輩との会話を終わらせ、また右へと抜く。
いや、右へ抜かされた。
そこには、もう一人待っていた。
たしか……この人、バスケ部だったような。
そのまま、勢いでシュートまで……なんて甘くはない。
早い……。カバーが早いというか、話し合ってたんだろうな。
左手にボールを持ち換え、身体を入れ、先輩の胸を右手で押しながらスペースを作り、シュートモーションに入る。
ブロックしに来たところで、走ってきた味方にパスを出す。
味方がレイアップを決めついに同点に追いつく。
「うおぉぉぉぉ!」
「まじで3年生相手に勝てるんじゃ」
「いけいけー!」
ギャラリーも多くなり、興奮度MAXってところだ。
自陣に戻る途中で蒼井が友達と一緒に試合を見ていた。
両手をぎゅっと握り、祈るようにしながら。
試合してる俺らより緊張してるのかよ。
その姿をみて笑いそうになってしまう。
しかし、次のシュートはあっさり決められ二点差。
引き分けどころか、ここで外したら勝利は見えなくなる。
相手も確実に中に切り込んでくると思っているのか、少し下がって守っているし、俺が2、3回中へのドリブルを見せたためだろう。
中へ切り込むと見せかけてのバックステップで、スリーポイントのラインの外へ出る。
「頑張ってくださいっ!」
その時、蒼井の声だけはっきりと聞こえた。
なんでだろうな、このシュートだけは、外す気になれないし、外せないし、外さない。
「前だっ! 打ってくるぞ!」
「もうおせーよ」
そのまま、一段と大きな放物線を描き、音もなくリングへ吸い込まれる。
「逆転だぁ!!」
「くそっ、ボールをバスケ部に回せっ!」
「一人で行く――――」
今日初めて、俺はバスケ部の先輩とマッチアップする。
「抜かれたら負けだな」
「そ、そうだな」
クラスメイト達には緊張が走り、ギャラリーは大興奮。
「本当にすごい………」
「悠里?」
「――――こんなの、ずるいよ」
「おーいゆーりー! どうしたのさっ」
「あっ……驚きすぎて」
「ねっ! まさか米村君がここまで運動できるとは、かっこいい見直しちゃった」
◆
「先輩、お手柔らかにお願いします」
「残念だけど無理そうだ」
先輩の揺さぶり、ドリブルにも対応する。
シュートを打たせて外させればいい。
少しでも時間を稼ぎ、1秒でも考えさせろ。
「ついてくるなぁ、1年生」
「ありがとう…はぁはぁ、ございます……」
やばい、こんなときにどっと疲れが。
そう考え始めた瞬間、一瞬だったその隙に右へ抜かれる。
「まずいっ!」
先輩が俺のことを抜いた直後だった。
ビーッと試合の終了を告げるブザーが鳴った。
勝った。俺たちは勝ったんだ。
最悪……目立ちすぎた。
そう思いながら振り返ると、バスケのメンバーの奴らがのしかかってきた。
「お、重い……」
「お前すげぇよおい!」
「やったなっ!」
こうして、俺たちの試合は勝利を収めた。
しかし、次の試合で俺は足をつり、Bチームは4人で戦う事になり、敗北となった。
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