第38話 体育祭 後編

 明人から任せたぞという、熱い頼みごとをされた。

 まったく、こんな中学の途中で部活をやめたやつに、何を頼んでいるんだか……。


 変なプレッシャーをかけないでいただきたいものだ。


 コートに入る前に、ふと隣のコートを見る。

 そこには、観客が俺たちの方と比べ物にならないくらい多い。

 その理由も蒼井のクラスが試合で、蒼井が選手として出ているためだ。


 本人からしたらどう思っているのだろうか? 俺が蒼井の立場だったら、集中できないし、やめてほしいと感じる。


「あっちの試合、終わったな……蒼井さん勝ったのかな?」

「今はこっちの試合の方が大事だろ」

「まーそうなんだけどよぉ」


 おいおい、もうあきらめモードか……。

 味方の話しているこえが耳に入り、フッと失笑してしまう。


「米村、ずいぶんと余裕そうだな」

「あ、いや、ごめんごめん……なんか緊張しちゃって」

「大丈夫だ、もう捨て試合みたいになってるから」

「ふ~ん、そっか」


 靴ひもをキュッと固く縛り、コートに入っていく。


「これから1年4組と3年3組の後半戦を行います」

「怪我しないようにお互い頑張ろ」

「は、はいぃ……お、お願いします」


 こちらのチームリーダの声は異様に小さかった。

 先輩の圧がすごいんだ。

 こうして俺たちBチームの試合が始まった。


「戻れ戻れっ!」

「体が弱いなぁ」

「うわっ!」


 最初の攻撃が決まらずに、相手のカウンターを食らう。

 その際、止めに言った一人が先輩とぶつかり、吹き飛ばされる。


 この時オフェンスファウルになったのだが、先輩はそれが気に食わなかったらしい。


 嫌味を言うかのように、「弱い」や「ガリガリ」などと審判に聞こえない声で言ってくる。


「大丈夫か?」

「やべーよ、超痛いわ」


 もう、Bチームの士気はどんどん下がる一方だった。


 こちらのボールから試合が再開する。

 もちろん今回も俺にボールは渡ってこない。


 ――――そう思ってたんだけどなぁ……。


「米村っ!」


 名前を呼びながら俺にパスを出してきた。

 丁度胸元に来るボールを手で受け止める。

 その瞬間、ズシンッと手にボールの衝撃が伝わる。


 やべ……この感覚、久しぶりだ。


「懐かしいな……」

「は?」

「やっぱり……いいな、この感覚」

「お前なに言ってんの?」


 相手の身体が上に伸び、低い姿勢から高くなった瞬間。

 俺は右手でドリブルをして、身体を盾に横を抜き去る。


「なっ! はっ」


 先ほどの姿勢では、急にスピードを上げた選手には追い付けない。


「すまんっ! 抜かれたっ!」

「切り込んでくるぞっ!」


 中を固めてくれるのは好都合。

 俺なんかに、二人ディフェンスに回す方が嫌だよな。


 前回の試合も、さっきも突っ立っているような奴、マークすることねぇもんな。


 俺はピタッと止まり、ゆっくりと左手をボールの横に添え、右手で押し出すようにシュートを放つ。


 大きく綺麗な放物線を描き、リングへと吸い込まれていき、ふぁさっとネットが音を立てる。

 一瞬静かになる。異様な空気が漂う感じがした。


「綺麗なシュート!」

「おお! ドリブルもうまかったよな!」


 まずは同じクラスの奴らから段々と声が出てくる。

 1点入るのと、入らないのでは空気が段違いだ。


「まぐれはそう続かないぞ? 一年の陰キャ君?」

「まぐれじゃなかったら、もう一本入りますね」


 俺がニコッと嘲笑すると、相手は舌打ちをして、睨みつけてくる。

 やべ……自然と煽っちゃった……。


 ボールはまた俺へと渡ってくる。

 今回はちゃんと姿勢が低く、右や左にゆさぶりをかけても、動じない。


 一度返し、もう一度パスをもらう。

 ゆっくりと近づき、ドリブルの速度を上げ、緩急をつける。


 さすが先輩というべきか、抜かれてもシュートコースがない所に俺を誘導して抑えようとしてる。


 ゴールの横ですかさずシュートモーションに入ると、周りのディフェンスも引き寄せられてくる。

 俺はそのタイミングで、外の仲間にパスを出す。


「おっしゃ、フリーいただき」


 冷静に決めまた追加点。

 先輩たちに一歩も引かない戦いとなっている。


「やっぱりすげぇな……おい」

「え……やっぱりって?」

「あ、いやなんでもない」

「米村ディフェンスもいいぞ!」


 そうベンチから声が聞こえる。

 俺の方に注目は……ってもう遅いか……。


 だんだんとギャラリーも増えていくのが分かる。


「このっ、1年のくせに……」

「へへっ、足元注意してくださいね?」

「へ? 足元?」


 そう言って、俺の言葉通りに足元を見る。

 この先輩……馬鹿なのだろうか。


 足元掬われないようにって意味だったんだが……。


 ま、ボールから目を離したならラッキーだ。

 このままボールカットして――――。


「前見ろっ!」

「おっと! 騙したなお前!」

「いや、勝手に勘違いしただけでしょう」

「うるさいっ!」


 そう言って、身体をぶつけながら、ドリブルしてくる。

 じりじりと押され、ゴールに近づいていく。


「くそ……力じゃ、どうしても……」

「おらっ!」


 力んだ声とともに、先輩は振り向きシュートへ向かう。

 俺は床へ転び、ボールはフワッと俺の頭の上を通っていた。


「へへっ、わりぃな」


 転んでいる俺に手を伸ばしてくる。


「すみません」

「…………ここからは点を決めてやるよ」


 力づくでも、綺麗なシュートでも同じ点数になるのは変わらない。


「うおっ!? ものすごいスピードで、体をぶつけてくる」


 ファウルじゃないのかとも思うが、審判は笛を吹かない。

 先輩の圧に俺は一度パスを出す。


 さっきとは違い、先輩のディフェンスと圧から


「チッ、逃げたか……」


 その言葉が、とても心に刺さる。

 しかし、パスを出した先でも、攻めあぐねていた。


「お、また来たな」

「……なんすか、怖いですよ先輩」

「お前上手だな」

「……そっすか?」

「あぁ、バスケ部でもない俺が一人で抑えられると思えない」

「そうですかっ」


 先輩との会話を終わらせ、また右へと抜く。

 いや、


 そこには、もう一人待っていた。

 たしか……この人、バスケ部だったような。

 そのまま、勢いでシュートまで……なんて甘くはない。


 早い……。カバーが早いというか、話し合ってたんだろうな。

 左手にボールを持ち換え、身体を入れ、先輩の胸を右手で押しながらスペースを作り、シュートモーションに入る。


 ブロックしに来たところで、走ってきた味方にパスを出す。

 味方がレイアップを決めついに同点に追いつく。


「うおぉぉぉぉ!」

「まじで3年生相手に勝てるんじゃ」

「いけいけー!」


 ギャラリーも多くなり、興奮度MAXってところだ。

 自陣に戻る途中で蒼井が友達と一緒に試合を見ていた。


 両手をぎゅっと握り、祈るようにしながら。


 試合してる俺らより緊張してるのかよ。

 その姿をみて笑いそうになってしまう。


 しかし、次のシュートはあっさり決められ二点差。

 引き分けどころか、ここで外したら勝利は見えなくなる。


 相手も確実に中に切り込んでくると思っているのか、少し下がって守っているし、俺が2、3回中へのドリブルを見せたためだろう。


 中へ切り込むと見せかけてのバックステップで、スリーポイントのラインの外へ出る。


「頑張ってくださいっ!」


 その時、蒼井の声だけはっきりと聞こえた。

 なんでだろうな、このシュートだけは、外す気になれないし、外せないし、外さない。


「前だっ! 打ってくるぞ!」

「もうおせーよ」


 そのまま、一段と大きな放物線を描き、音もなくリングへ吸い込まれる。


「逆転だぁ!!」

「くそっ、ボールをバスケ部に回せっ!」

「一人で行く――――」


 今日初めて、俺はバスケ部の先輩とマッチアップする。


「抜かれたら負けだな」

「そ、そうだな」


 クラスメイト達には緊張が走り、ギャラリーは大興奮。


「本当にすごい………」

「悠里?」

「――――こんなの、ずるいよ」

「おーいゆーりー! どうしたのさっ」

「あっ……驚きすぎて」

「ねっ! まさか米村君がここまで運動できるとは、かっこいい見直しちゃった」


「先輩、お手柔らかにお願いします」

「残念だけど無理そうだ」


 先輩の揺さぶり、ドリブルにも対応する。

 シュートを打たせて外させればいい。

 

 少しでも時間を稼ぎ、1秒でも考えさせろ。


「ついてくるなぁ、1年生」

「ありがとう…はぁはぁ、ございます……」


 やばい、こんなときにどっと疲れが。

 そう考え始めた瞬間、一瞬だったその隙に右へ抜かれる。


「まずいっ!」


 先輩が俺のことを抜いた直後だった。

 ビーッと試合の終了を告げるブザーが鳴った。


 勝った。俺たちは勝ったんだ。


 最悪……目立ちすぎた。

 そう思いながら振り返ると、バスケのメンバーの奴らがのしかかってきた。


「お、重い……」

「お前すげぇよおい!」

「やったなっ!」


 こうして、俺たちの試合は勝利を収めた。

 しかし、次の試合で俺は足をつり、Bチームは4人で戦う事になり、敗北となった。

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