第34話 人形のような美少女はバスケ姿が見たい

「そういえば、今日の結果はどうでしたか?」


 蒼井がキッチンでココアを作りながら聞いてくる。

 俺はその姿をリビングから覗き込みながら、ハッキリ言った方がいいのか考える。


 別に話を盛ったところで、どうにもならんのだがな。


「いやぁー、頑張ったんだが決勝トーナメント行けなかったなー」

「そうなんですか? それは残念ですね」


 リビングからキッチンを覗き込むと、蒼井がなにやら落ち込んでいるのが分かる。


「ほんと、最近は表情というか、雰囲気が分かりやすくなったよな」

「なんですかー? 何か言いましたか?」


 ボソッと、独り言を言ったつもりなのだが蒼井に聞こえていたらしい。

 悠里にも聞かれてたし、俺の独り言ってもしかして大きいのか?


「いや、何も言ってないよ」

「そうですか……」

「まぁ、負けたのは残念だけど、勝負だからな、勝ち負けがあるのは仕方ない」

「そうですけど……明日はどうするんですか?」


 コトッと音を立てて、ココアの入ったコップを俺に渡してくる。


「あ、ありがとうございます」

「どういたしましてー」

「あ、美味しい」


 温かく、ココアの甘い味が口の中に広がる。

 蒼井も俺に続くようにココアを一口飲む。


「ま、明日は寝るか応援くらいですかね」

「そういえば、バスケの補欠に入ったって聞きましたよ?」

「げ……なんで知ってるんですか」

「水嶋さんから聞いたんです」

「悠里から?」


 蒼井の口から水嶋悠里の名前が出るとは思わなかった。

 俺はびっくりしたが、そういえば面識あるよなと思い出した。


「ゆうり……名前呼び」

「え……?」

「あっ、いや、べ、別になんでもないです」


 蒼井はボソッとそう言った。

 言った後は、ココアをくいっと飲む。

 ココアを飲む唇がふっくらとしていて、柔らかそう…………なんて。


「え、その反応は別にじゃないでしょう……」

「べ、別にって言ったら、別になんでもないんですっ!」


 いやいや……益々、別にって感じじゃないでしょう。

 でも、これ以上がっついて聞くのはねぇ……。


 ――――良くない。良くないよぉ?


「さいですか、さいですか」

「は、はいっ。別に何でもないんですっ」

「りょーかいです」


 俺はそう言いながら、ココアをグイっと飲む、程よくぬるくなっていたので、コップに入っているものを飲み干す。


「おかわりいりますか?」

「あー、じゃあ、もらいましょうかね?」

「はい、わかりました」


 ニコッと笑いながら、俺のコップをキッチンへ持っていく。


「本当に、なんでもないですからね?」

「わーかってますよっ。そんなに心配しなくてももう詮索しません」

「ありがとうございます」


 そう言いながら、リビングから姿が見えなくなる。

 もう、最後にチラッとこっちを不安そうに見てくるのも可愛らしい。


 でも、どんだけ不安なんだよと考えてしまう。

 でも、詮索はしないって言ったし、それで嫌われるのはごめんだ。


 この件は聞かなかったことにしよう。

 蒼井がココアをもう一度、持ってきてくれて話が再開する。


「それで、蒼さんのバスケ姿が見れるかもしれないんですね?」

「まぁ、怪我とか、交代で出るかもしれないけどさぁ……あんまり期待しないでくださいね? それに出るつもりは最後までありませんから」

「……どうして、そこまで出たくないんですか?」

「…………っ」


 俺は蒼井のその質問に、どう答えればいいのか言葉が詰まる。

 蒼井のことは、これまで生活を共にしてきて信用もしている。


 しかし、いい出せない自分がいる……。

 言って楽になりたい自分と、言いたくない自分。

 ――――なのか。


 この時点では、俺はよくわからなかった。


「ぶ、ブランクがあるからですよ……」

「なるほど、ブランクですか」

「そうそう、急にやって活躍できるほど、甘くないですよ」

「でも中学の時の感覚が残ってたりとか」

「多少はありますけど、相手も高校生ですし、先輩になると尚更俺より上手ですよ」

「それは……そうかもしれませんけど」



 蒼井は俺の言葉に不満がありそうな顔で納得していた。

 しぶしぶ、納得したってところかな。


「俺がバスケしても、特に何もないですよ?」

「蒼さんのバスケ姿を見たいんです、ビデオじゃなくてっ」

「そ、そうですか……」

「はいっ」


 そんな、純粋でまっすぐな目で見られると……。

 思わずなのも考えずに二つ返事で「はい」と答えてしまいそう。


「し、試合に出ることがあったら、頑張ります……」

「はいっ、お願いしますっ」


 そう言いながら、長い髪の毛をゆらりと揺らして、はにかんだ笑顔を向けてくる。


 いやいや……反則でしょ。

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