第30話 人形のような美少女と球技大会

「蒼さん? もう行きますよ?」

「おー……」

「もうっ、まだ寝ぼけているんですか?」


 蒼井は呆れながら、小さい子供を相手にするような口調で言う。

 今日は体育祭当日、とてもとても眠い。

 なぜだろう、別に楽しみにしているなんてことないのに。


「あ、もしかして楽しみでした?」

「いやー? 別に楽しみとかはないかな」

「そうなんですか?」

「ただ、なんか寝付けなくてさ」


 俺は寝癖を直しながら、蒼井に向かってそう言うと、鏡越しにニマニマとしている蒼井が見える。


「な、なんですか、その笑みは」

「それは楽しみにしているということなんですよ」

「そ、そうですかね」

「はいっ! きっとそうですよっ」


 朝からなんて平和な会話なんだと感じながら、蒼井が玄関から出ていく、うしろ姿を眺める。


「それでは、行ってきますっ」

「ほーい」

「蒼さんも遅刻しないように来るんですよ?」

「わかってますよ」


 眠たいとはいえ、ここから二度寝なんてしないだろう……ま、まぁ? 朝にコーヒーくらいは飲んでもいいだろ。


 俺はインスタントで作ったコーヒーを一口。


「それでは、

「おーあとでなー」


 正直、蒼井からこの言葉を聞けるとは思わなかった。

 蒼井が米村家に越してきて、最初はまじで見向きもされていなかったのに。


 最近はだんだんと打ち解けてきているのが分かるので、気分がいい。

 でもたまに――――


「こういうのがあるからなぁ」


 顔を拭いたタオルを入れようと洗濯機の中を覗き込む。

 蒼井の下着であろう、薄ピンクの可愛らしいブラジャーが洗濯機の中から俺のことをこんにちはと見つめている。


「こういう誘惑が多いなぁ」


 男もつらいぜ。

 そんなため息を吐きながら、バタンと洗濯機の蓋を閉める。


 ◆

「蒼っ~! ちゃんとクラT持ってきたか?」

「持ってきたよ、俺だけ運動着はさすがにクラスで浮くだろ」

「ちがいねぇや」

「みんなの熱意は?」

「すっげぇ盛り上がってるぞ、打倒先輩ってな」


 あの明人でさえ、盛り上がっているというのだ。

 教室の中じゃお祭りなんじゃないか? まぁ、この球技大会がお祭りみたいなもんなんだが。


「それどんだけ、盛り上がってんだよ……辛いって」

「とか言って、お前も実は盛り上がってんだろ?」


 俺はそんなわけないので、ハッと鼻で笑う。

 ちなみに俺の競技はドッジボールである。


「盛り上がってたら、バスケに来てるか」

「…………さぁな」


 本当はバスケの方がよかったんじゃないか、そう考える。


「おい明人! 作戦会議するぞっ」

「ちょ、ちょっと待てよ! 俺は後半組のBだから、行かなくてもいいだろ」

「Aのやつ一人休みなんだよ、それに補欠で入ってたやつも二人部活で怪我してるし」


 なにやら、トラブルがあるみたいだ。

 まぁ、こういう行事にはトラブルがつきもの。

 だからこそ面白い。


 こういうのが、案外思い出になったりするって、先生が言ってた。

 俺はドッジボール班なので、ここらへんで消えさせていただきます。


 音を立てずに、俺はその場から立ち去る。


「蒼ー!」


 教室に入ると、思い切り背中を叩かれる。

 睨みつけながら、くるりと振り返ると、ちっこいショートカットの女の子がニッコリとした笑顔で出迎えてくれた。


 その笑顔からは信じられないくらい痛い叩きだった。


「よぉ、最悪な出迎えをありがとう」

「いやぁん、い・い・の・よ」

「はいはい」


 悠里が色気を出そうとしているのだろうが、全く感じられない。

 ふざけているようにしか見えないので、笑ってしまう。

 しかし、笑うと面倒なことになりそうなので、必死に耐える。


「あーそうそう、男子のバスケ大丈夫? 人数足りる? 3、4人でれなくなったでしょ?」

「あー、大丈夫なんじゃね? 明人たちが対応してるし」

「明人で大丈夫?」

「アイツはこういう時に関しては大丈夫だよ、頼りになる」


 中学の時だって、アイツはチームをまとめるのが上手な奴だった。

 だから、ちょっとくらいのトラブルどうってことないだろう。


「なんだか、明人のこと前から知ってるみたいな言い方だね」

「知ってるっつーの、中学から一緒だわ」

「いや、そう言う事じゃなくてさ……」

「なんだよ」


 悠里がなにかを言うとして止まった。

 俺が最後まで言えよという意味で、言ったがもじもじし始めた。


 さらに、なんかハッとしたりう~んと悩んだりしている。


「ん~……やっぱりなんでもないっ」

「そーかよ」

「総合でも一位狙ってるから全力だしなさいよ?」

「はいはい、誠心誠意がんばりまーす」

「ま、蒼が頑張っても頼りないだろうけど」

「ムカつく奴だな」


 うししっ、と漫画で出てくる悪ガキのような笑い方をする悠里を横目に俺は自分の席へ着く。

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