第19話 人形のような美少女と大雨

 今日、家から出るときは雨はぽつりぽつりとしか降っていなかったのに、学校が終わるころには、ザーザーと大雨になっていた。


 蒼井に傘を持っていけと念入りされていたので、電車だからと甘えずに傘を持ってきた。


「うひゃー、めっちゃ降ってるな」

「だなー、お前傘持ってきたのか?」


明人に聞くと、首をふるふると横に振る。


「こんなに降っているのに、傘を持ってこないとは」

「はぁ~? お前だって電車なんだから、いつも雨の時持ってきてなかったろ!」

「俺がそんな男に見えるのか?」

「見える」

「そうだな、中学なんて髪の毛びしょ濡れで帰るなんて当たり前だったからな」


 そう言いながら、中学の時のことを思い出す。

 部活が終わった後、傘もないので走って雨の中帰った。


「明人、お前どうすんだ?」

「明人は部活あるから、まだ帰れないでしょ!」

「悠里……お前に聞いてない」

「うっわ、酷いな~。それに6時過ぎには止むらしいよ」

「それはどうかな」

「なにそれ」

「天気予報が絶対とは限らない」


 まぁ、絶対ではないが、大抵は当たる。


「ひねくれてる~」

「こういう時の蒼の目って死んでるよな」

「失礼な、こんなに生に満ち溢れている瞳は他にないだろう」


 まったく自分でもなにを言っているんだか。


「明人、部活頑張れよ」

「おうよっ! サンキューな」

「えー、私には?」

「悠里……こけんなよ」

「はぁっ!?」


 明人と悠里の二人に応援をして、俺は家に帰る。


 雨の中、キャンキャンッと犬の鳴き声が聞こえる。

 今朝、通る時はいなかったのに、段ボールの箱に、拾ってあげてくださいと書いてある。


 可愛らしい子犬が、段ボールの中から俺を見つめる。

 しかし、なぜだろう。誰か心優しい人が段ボールのところに傘を置いて行っているのだ。


「優しいな……悪い、そんな目で俺を見つめるな」

「くぅ~ん?」


 俺は、その子犬を見て見ぬふりをして、家に帰ろうとしたが、俺の目に置いてある傘が目についた。


「この傘……どっかで見たことあるような……」


 蒼井の傘に似ていた。

 彼女の物かどうかはわからないが、さすがに……。


「まさかな……」


 俺は早歩きで家に向かった。

 すると、蒼井が自分のバッグを雨よけに、歩いているのが見えた。


「おーい」


 反応がない。

 この距離では、聞こえないのだろうか。

 50メートルくらいの距離だ。


「おーい! 蒼井さんっ!」


 俺が大きな声で蒼井を呼ぶと、彼女はくるりと振り返る。

 前髪が、濡れているせいで白い綺麗なおでこにぴっしりと張り付いている。


「ど、どうしました?」

「どうしましたって……蒼井さん傘はどうしたんですか?」


 俺は急いで、蒼井さんを自分の傘の中に入れる。


「す、すみません……その、あげちゃいました」


 そう言いながら、濡れている前髪を手でかき分ける。

 あげちゃいました。その言葉に、先ほどの子犬のところに置いてあった傘を思い出す。


「もしかして、子犬にですか?」

「へっ! な、な、なんでそれを?」

「似ているなとは思ったんですが、まさか、蒼井さんの傘だったとは……」


 俺はそう言いながら、ふぅっと息を吐く。

 蒼井は、申し訳なさそうに眉を下げる。


「ご、ごめんなさい……」

「どうして謝るんですか? 悪いことはしてません――――ですが、自分の身体も心配してください!」

「は、はい……」


 俺が声を張って言うと、蒼井の眉はさらに下がる。

 さらに、髪の毛からブレザーワイシャツ、スカートまで濡れている。


 ワイシャツから、ピンク色の下着が透けて見える、

 しかし、そんなことよりこのままでは蒼井が風邪をひいてしまう。


「早く、お風呂に入らないと……、制服とか髪の毛も乾かさないといけませんね」

「は、はい……そうですね」


 家に着くなり、すぐに蒼井をお風呂場に移動させ、風呂を沸かす。

 その間、制服を着替えてもらい、乾かす。


 お風呂が沸くまでに、髪の毛もドライヤーで乾かしてもらう。


 コンコンと、お風呂場の扉をノックする。

 扉の向こう側から「はーい」と声が返ってくる。


「お風呂沸いたので、ゆっくり長く入ってください」

「ありがとうございますっ」

「ちゃんと温まってくださいね」

「は、はいっ!」


 妙に高い声で返事が来る。


「ありがとうございました……そのごめんなさい、心配をかけてしまい……」


 蒼井はお風呂から出るなり、俺に謝ってきた。

 頭を下げると、長く綺麗な髪の毛がゆらりと流れる。


「全然、気にしないでいいですから」

「あの、今日の勉強会はお休みでお願いします」

「はいはい、一人でやりまーす」

「すみません、それでは」


 そう言うと、すぐにリビングから自室へ戻って行った。

 お風呂に入って、眠くなったのだろうか。

 その時は、そう思っていた。


「おはよー」

「あら? 今日はお休みかと思ってたわよ」

「え? ちょっと何言ってるの?」


 朝から何を言っているんだか、今日なんて絶好の登校日和だろうがってくらい、日差しが強く、太陽さんがこんにちはと微笑んでいる。


「だって、いつもならとっくに家を出ている幸奈ちゃんが、

「…………え?」

「心配で確認しても、大丈夫ですって言われて――――って! あんたどうしたの急に」


 俺は急いで、蒼井の部屋に向かった。

 ノックをしても、返事がない。


 俺は蒼井の部屋の扉を開ける。

 蒼井は自分の部屋で


「蒼井! 蒼井!」


 俺は必死すぎて、蒼井の名前にさんを付けるのを忘れていた。


 すぐに母さんが駆けつけて、熱を測った。


 高熱だった。蒼井はそのまま母さんに連れられ病院へ、俺は学校に間に合う最後の電車に乗れずに遅刻が確定した。

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