第15話 太陽の様に眩しい笑顔の少女

「お前どうしたんだよ、いつもはこの時間にいるはずねぇのに……」


 朝練が終わり、制汗剤のにおいがする明人が驚きながら話す。

 俺は頬杖をつきながら、こういう日もある。と言いながら、机に座る。


「それにしても、朝練なんてご苦労なことで」

「蒼は体動かさないと、やばいんじゃないか?」

「フフフ、あまり太らない体質なのだよ」

「そういうことじゃねぇ、健康的な意味でだ」

「ぴちぴちの高校生じゃぞ」

「それを言って萌えるのは女子高校生の場合だけだ」


 たしかにと俺はうんうんと頷く。


「あれーっ! 蒼めっちゃ早いじゃんっ!」

「悠里……お前までなんなんだよ」

「いやいやいや、いつも遅い人がこんな時間に席に座っているなんて、びっくりでしょ」

「ほらー、俺だけじゃなかっただろう?」


 多数決だと2対1で俺が負けている。

 それに授業が始まるまでの時間が、こんなに長いとは思わなかった。


 ――――そう考えると、いつも俺の登校してる時間って……やめよう。

 こんなことを考えても、誰も得しない。え? 時間を無駄にしているって? その分睡眠をとれているので、無駄ではない。


「今日は、雨が降るかもなぁ」

「いやいや、雪でしょっ!」


 そんなことを言いながら、二人はケラケラと声を出しながら笑っている。

 そんなに面白い物かね? と思ったが、別に不快でも何でもないので、放っておいた。


「朝早く来て、暇だったんじゃない?」


 何してたの? という興味本位で聞いてきたんだろう、悠里の目からは純粋な疑問といったようにしか受け取れない。


「勉強だよ、テストも近いしな」


 俺が勉強、テストという単語を口に出すと悠里は「うげぇ」と子供が苦くて美味しくないものを食べた時みたいな、表情をした。


「ちゃんと進んでるのか? 勉強は」

「やーめーてー」


 悠里は棒読みの声で、そう言い、明人を見ると、耳を塞ぎながらそっぽ向いた。

 まぁ、俺も人のことを言えた立場ではないが、こちらにはとても心強い、先生がいるからな。


「一人で勉強してたの?」


 悠里がなんとなく聞いてきた。

 なんでこういう時の、勘はいいんだよ、とか思いながら、必死にどうすれば怪しまれないか考えた。


「一人だよ、誰もいなかったんだぞ?」

「まっ、それもそっかー」

「一人なら勉強も捗るわな」


 そうそう、適当に相槌を打つ。

 本当は学校のアイドルと二人きりで勉強してました。


 そんなことを伝えたところで、どうせ信じてもらえないのはわかっている。しかし、自分から蒼井との関係をばらすようなことはしない。


「あーあ、でも勉強かー、部活と両立って結構難しいんだよぉぉ」

「だよなぁ、俺らなんて、テスト前の土曜日、練習試合だぞ?」

「さすが、運動部だな……」


 さすがに大変そうだなぁ……と二人を見ていると、悠里が俺の方をジーッと見てきた。


「な、なんだよ……」

「明人から聞いてんだけどさぁ? バスケやってたんでしょう? なんで辞めちゃったの?」


 明人……俺がバスケやってることバラしたのか、とチラッと見ると、両手を合わせごめんっと言いたそうな表情だ。


「やめた理由か……単純に、センスがなかったんだよ」

「蒼……」

「えー! もったいないっ! そんなの続けてみないとわからないじゃん!」


 明人が何か言いたそうな動きをしていたが、悠里の声にさえぎられてしまう。

 まぁ、俺からしたら、今回のは悠里に感謝だな。

 明人のことだから、どーせ上手だったとか言いそうだからな。


 悠里の言っていることもわかる。

 センスがない、それだけで辞めてしまうのはもったいない。

 センスがない、しかし何事もやり続けた者にしかわからない、なにかがきっとあるだろう。


 そのなにかは、友達かもしれないし、時間かもしれないし、勝利の喜びや成長の嬉しさ、敗北の悔し涙。

 色々とあるかもしれない。しかし、そのすべてが、やり続けた者にしか味わえない。


 ――――いや、やり続けた者にのみ価値があるのかもしれない。

 決して、やり続けなかったものが悪というわけではない。しかし、やめたからといって、否定的になってはいけない。つまらなかったから、とか、それで言うと、俺も否定的だったから、悠里はもったいないと言ったのだろう。


「今度一緒にやろーよ! 教えてあげるよ?」

「ハハッそれは心強いな」

「この水嶋先生に任せなさいっ」


 慎ましやかな胸をポンと叩いている。

 しかし、その少女の表情はまるで太陽のように眩しかった。

 


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