第14話 人形のような美少女と朝の勉強

 俺は今、普段ならあり得ない時間に電車に乗っている。

 理由は、今日早く起きたこと。それと蒼井に「せっかく早起きしたんですから、今日は早めに学校に行ってみてはいかがでしょう?」なんて言われたからだ。


 電車に揺られている間、イヤホンをしながら音楽を聴いているが、別にこんなに早く出なくても、いつもより一本早い電車で行けばよかったんじゃ……と今更思う。


 そして学校に着いたが、やはり誰もいない。

 来ているものはいるが、みんな朝練で教室には俺一人なのだ。


 いつもはガヤガヤとうるさく感じるこの教室でさえ、シーンと静かなのだ。

 外から野球部の声が聞こえてくる。

 高校球児の掛け声は迫力がある。校庭全体に響き渡っている。


 蒼井はいつもこんな早くに来て、何しているんだ?

 瞑想でもしてるのか? そう思い、蒼井のクラスに顔を出す。


 すると、蒼井は机に向かってカリカリカリカリとペンを走らせていた。

 勉強していたのだ。

 一番早くに来て、静かな教室で一人で勉強。毎日、これを繰り返していたんだろう。


「勉強かー、えらいですねー」

「そ……こほんっ。米村さん……」

「別に今は誰もいないし、名前でも……」

「ここは家ではな学校です、誰が聞いているかわかりませんよ」

「うっ……たしかに」


 学校でバレてしまったら、すぐに噂は広がるだろう。自分の体験談でもある。


「そういえば、どうしたんですか? 何か用がありましたか?」

「あー、いやーその……」


 暇だから顔を出しに来た。なんて一生懸命、勉強をしていた人の目の前で言えない。


 言葉にならない声を出しながら、その場をやり過ごそうとしていた。


「もう、誰もいなくて面白くないとか思っていたんですか?」

「えっ! な、なんでわかるんですか……」

「本当に思っていたんですね……じゃあ米村さんも勉強をしたらどうですか? 捗りますよ?」


 勉強を提案されたが、俺は夜型なので、まったくやる気にならない。


「勉強はしたくないって顔ですね……ですが、大丈夫ですか? もうすこしで中間テストがあるでしょう?」


 俺の顔を見るなり、心配そうな表情で見つめてくる。


「ま、まぁ……ぼちぼちですかね?」

「私でよければ教えましょうか?」

「…………え? いいんですか?」


 まさかの言葉だった。

 蒼井から勉強を教えてもらえる、こんなご褒美みたいなことがあるのか?


「あ、でも無理にとは言いませんけど」

「今すぐ、勉強道具をもってきますっ!」


 すぐに、4組に戻り、自分のバッグから筆箱、ノート、教えてもらう教科の教科書やワークを持って、すぐに蒼井のところへ向かう。


「持ってきました!」

「じゃあ、今から集中して取り組みましょうか」

「はいっ!」


 基本的に自分で進め、分からなくなった場所を蒼井に教えてもらうというスタイルだ。


 自分でやってもわからないので、何回も教えてもらうことになる。

 しかし、嫌な顔一つせずに、蒼井は勉強を見てくれる。


「米村さんは基礎はできているので、応用をしっかりやれば7,8割は取れると思いますよ」

「授業はちゃんと聞いてますからね」

「いいことですよ」


 7,8割はテストで取れると言われ、やる気と自信が出てきた。


「すこし休憩しましょうか」


 そう言いながら、蒼井はマイボトルの蓋を開け、中身のお茶を飲む。

 

「お茶か? 自分で作ってるのか」

「ま、まぁ……節約にもなりますし、あとは美容にもいいらしいので……」

「美容ねぇ……必要なんだ」


 俺がそう言うと、蒼井さんの眉がピクッと動いた。

 そして、ピリついた空気になったのが分かる。


「私でも?」

「あ、いや……その」

「私が生まれてきて、最初から、このまま出てきたと思いますか?」

「……思いません」

「美容マッサージや洗顔、乳液、化粧水、顔パック、髪質改善のシャンプーやリンス、ヘアオイル、しっかりとしたタオルドライなど、色々なことが必要なんです!」


 ものすごい、早口でペラペラと喋る。

 途中から呪文のように聞こえてきた。


 そして、とても大変なことなんだと気づかされる。


「た、大変ですね」

「そうなんですっ! 女の子は大変なんです!」

「軽々しい発言、ごめんなさい」


 俺が謝罪をすると、蒼井はふぅーと息を吐く。


「わかってくれればいいんですよ、他のみなさんも同じようなことを言ってきますから、男性にはあまり理解がないものだとは思います」

「………………」


 俺は一言も喋れなかった。


「米村さんはしっかりとわかってくれるから、まだいいです。他の人なんて、教えてもそんなの必要ないだとか、しなくてもあの子より可愛いとか言う人もいますから」


 他人事だとは思えない。さすがに誰かを引き合いに出したりはしないが、俺も似たようなことをしていた。


 しっかりと反省しよう。


「美容にも、コツコツと努力が必要なんですね……」

「そうですよっ」

「あ、そろそろ、戻りますね」

「はい、ではまた後で……」

「勉強ありがとうございました」


 そう言って、俺は4組へ戻る。

 今日の謝罪と感謝を込めて、お礼でもしよう。

 ケーキでも買ってたら、喜んでくれるだろうか……。


 俺はそう考えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る