第11話 人形のような美少女に報告

「あ、あのー、蒼井さん……?」

「はい? なんですか?」

「謝らなければいけないことが一つ……あります……」


 頭を下げながら、蒼井に申し出る。

 蒼井の表情はまだ、いつもと変わらない。


「な、なにかやらかしてしまったのですか?」

「あ、あのー……俺と蒼井さんのことで」


 俺がそう言うと、蒼井の表情が曇る。

 蒼井の顔には不安が見える……。


「……名前知ってるのバレました」

「……はい」


 蒼井は首を傾げながら、他は? みたいな表情をしてくる。

 困ったな……。それ以外は何もないのだが……。


「もしかして、それだけですか?」

「そ、それだけって……どういうところで、一緒に住んでいるのがバレるのかわからないですよ?」

「たしかに、そうかもしれませんが、名前を知っているだけで、そうはならないと思います」

「そっか……」


 蒼井はあまり気にしていない様子。それどころか、拍子抜けといった表情をしていた。


 俺が蒼井でも、頭を下げてまで謝られたのが、名前を知られただけというのは拍子抜けするかもしれない。


「――――ですが、私の為にそうやって、考えてくれるところとか、謝罪をちゃんとするところとか、ありがとうございます」


 蒼井は、そう言いながら俺に頭を下げてきた。

 長く綺麗な髪の毛が、光の具合で金色に見える。


 さらりと、髪の毛が白い頬を伝って薄紅色のふっくらとした唇にかかる。


「蒼井さんの為……というか自分の為でもあると思うから、感謝なんてしなくていいんですよ……」

「ふふっ、素直じゃないですねっ」

「はい? なんですかそれは」

「素直じゃないから、素直じゃないって言っただけです」

「あ、そう」

「蒼さんのことは信用してますよ」


 フワッとした花のような笑みが、自分が不安に思っていたことなんて、消し飛んでしまった。


 蒼井と一緒に住み始めてから、大体一か月が過ぎた。

 前よりも一緒にいるときの会話は増えた。


「そういえば、学級委員長って聞きましたよ?」

「い、今更ですか?」

「だって他クラスの学級委員長なんて気にならないですもん」


 俺がそう言うと、蒼井はたしかにと納得していた。


「私も、そう言われると興味ないですね」

「でしょう?」

「今は学級委員長なので、多少は気にしていますが……なんで男の人って、すぐに声をかけてくるんですか?」


 普通に疑問なんですけど、という声が顔から駄々洩れである。


「それは、あれじゃないか? その……ほら、仕事とかさ? そう言う話じゃない?」

「じゃあなんで彼氏いるの? とか連絡先教えてとか言ってくるんですか?」

「あ、蒼井さんが、可愛いからではないでしょうか」

「……そうですか、やはり皆さん見た目なんですね」


 声色がすこし悲しそうだった。

 表情も髪の毛に隠れてよく見えないが、きっと笑顔ではないだろう。


「いや、まぁ……見た目から入る人が多いのは否定しません。相手を知るための第一の情報は見た目とか、口調とかでしか判断できないですし」

「そうですね……全員が悪い人じゃないというのは、分かっているんですが……」

「別に無理に男子と付き合わなくていいだろ」


 俺がそう言うと、蒼井はフッと鼻で笑った。

 何事だと思い蒼井の方を見る。


「ごめんなさい、蒼さんも男の子なのに、変な感じと思いまして」

「そういえば、俺とは普通に話してるけど――――嫌い! 無理! ってはならないんですか?」

「えっと、蒼さんが良い人、というのはもう知っていますし、それに毎日会っていますし、変な事してこないですし……そういう風には思わないです」

「変な事とは……?」

「い、いいんですっ! そう言う事は別に――――でも、もしそう言う事をしたら、たとえ蒼さんでも嫌いになります」


 蒼井は言い切った。

 ズバッと言い切った。何のためらいもなく。

 自分はここまでする覚悟があるぞ、という意志表示だ。


「俺がそう言う事をすると思います? それに俺は恋愛とかそういう色恋沙汰にはちょっと懲りてるんですよ」

「そうなんですか? 私のクラスの男子は、彼女作るぞー! って大きな声で言ってる人いますけど」

「昔、色々あってですね」

「そうなんですね……」


 まだ、変なことをする可能性があると思われていることには残念だった。

 ここまで言われてする勇気、というかするわけがない。



 それに俺は中学の時の出来事がきっかけで、恋人を作るなどのことはあまり興味がない。というよりも、面倒くさいことに巻き込まれたくはない。


 中学の時の出来事なのだから、笑って済ませろ。

 もう、気にするなとか、中学の恋は遊びなんだから、そういう事を言ってくる奴もいた。しかし、中学の時のトラウマは今も癒えない……。


 だから、俺は知り合いが誰もいなさそうな、遠い学校に進学した。


「ごめんなさい」

「え? なんで蒼井さんが謝るの?」


 急なことで俺の頭は混乱していた。

 蒼井さんは申し訳なさそうな表情で俺を見つめてきた……。


「いいですよ、別に大したことではないです」


 俺はそう言って、ニッと笑った。

 今思うと、ちゃんと笑えていただろうか、と不安になる。

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