第5話 人形のような美少女と電車の中

 入学式が終わって、学校の最寄り駅から電車に乗り、家に帰る。


 電車に揺られながら、今日のことを考えていた。

 まず、同じクラスに蒼井はいなかったこと、明人が同じクラスだったこと。


 今日の出来事はこのぐらいだろう。

 そう考えていると眠気が襲ってきた。

 俺は眠気に逆らわずに、目を閉じた。


 目を開けると、誰かが俺の身体を揺らしていた。

 その手は小さく、白い。


 眠い目をこすりながら、上へ向けると、蒼井が俺の身体を揺すっていた。


「な、なにしてるんでしょうか……」

「米村さん、さすがに寝すぎでは……もう次の駅で降りますよ」


 俺に対しての米村さん呼びにすこし動揺しつつも、体を起こす。


「もしかして起こしてくれたのか?」

「もしかしなくてもそうです、同じ駅で降りるのを知っているのに見過ごしたりはじませんよ」


 俺の為に起こしてくれたのか――――と考えたのも束の間、キョロキョロと周りに見られていないか、確認する。


「なにしてるんですか?」

「そりゃ、こんなところ見られちゃ、危険だからです」

「危険……ですか?」

「それは――――」


 こんな美少女が電車に乗っていた同じ学校の男子生徒を起こしていた、なんてことがバレたら周りの男から反感を買う可能性がある。


 それにトラブルを避けるためにも、同じ家に住んでいるなんてことがバレないようにしなければいけない。


「なんですか?」

「ほ、ほら、同じ家にさぁ……ね?」

「同じ駅で降りても、同じ家に住んでるとはだれも思いませんよ」


 蒼井はきっぱりと言い切る。

 たしかに、それはそうなんだけどさぁ……。


「まぁ、念には念を的な」

「駅を降りてからで問題ないと思いますよ。私は本屋さんに寄ってから帰るので」

「了解」


 俺がそう小さく返事をしたところで、駅員のアナウンスが聞こえてくる。

 自分の足元に置いておいた、荷物を持ち、降りる準備を完了させる。


「あ、そうそう、ありがとう」

「なんでお礼を?」


 蒼井は急にお礼を言われて困惑している様子だった。

 俺は起こしてくれたことに対して言ったつもりだったが、伝わっていなかったらしい。


「いや、俺のこと起こしてくれたお礼言ってなかったから……」

「そ、そうですか……」

「うん。だからありがとうって」

「ど、どういたしまして」


 すこし照れ臭そうに、蒼井は頭を下げた。

 扉が開いた瞬間、スタスタと歩いて行ってしまった。


 そんな後ろ姿を見ていると、周りの目線が蒼井に引っ張られていくのが分かる。


 電車に乗っている時も目線すごかったからな……。

 気にしないようにはしていたが、チラチラと見られていたし、なんか殺気にもにたような目線を送られていたようにも思う。


「ま、いっか」


 俺は小さく一言つぶやいて、電車を降りた。



◆蒼井視点

 電車に乗ったら、米村さんと会った。

 とても眠そうな目をしていた。すると間もなく眠ってしまった。


 別に寝かせておけばいいと思っていたが、いつまでたっても起きない。

 この人は本当にちゃんと睡眠をとっているのだろうか? 心配になってしまう。


 次の駅で降りるというのに――――まったくもうっ。

 私は彼の肩を揺さぶった。

 最初は弱く揺らしていたが、起きる気配がないので、徐々に強くしていった。


 しまいには叩いていた気がするけど、怒られたら素直に謝ろう、そう考えていた。


 起こされた彼は、とても驚いていた。

 彼が、なにか言おうとしていたのをやめたのは気になりますが、追求はしない方がいいですよね。


 それに、何を思われてたって別に平気ですし……。

 彼が私の為にも考えていてくれたことは嬉しいですが、電車の中で気づかれることなんてないですし、電車を出たら対策するに決まっているでしょう。


 それなのになんでそこまで、さっきから周りをチラチラと確認しているのでしょうか。


 正直に言うと、挙動不審で怖いです。


 電車から降りようとすると、なぜか「ありがとう」と言われました。

 私は意味が分かりませんでした。


 お礼を言われる筋合いなんてないのに……。

 お礼をされることなんてしていないのに、彼は「ありがとう」と言ったのです。


 それについて聞くと、自分を起こしてくれたから……そんなのでお礼を言われるのは初めてでした。


 どう反応していいのかわからずに「ど、どういたしまして」と、戸惑いながら出た言葉がそれでした。

 それと同時に電車の扉が開いたので、私はすぐに本屋さんへ向かいました。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る