エピローグ 空気(かぜ)と共に去りぬ

「『かがりび』笹倉より『はしだて』。補給船『たんちょうづる』は、無事『かがりび』に収容完了」

[『はしだて』天野了解。回収の手際はさすがだったな]

「ありがとうございます」

 私は、無事に指揮官と交信していた。

 私は間に合ったのだ。

 私の中にあった、肉体でも服でも装備品でもない「質量」を投げ捨て、稼いだ僅かな推進力で、壁まで到達することに成功した。壁に着いてから、自分の行為を受け入れるまで多少の時間がかかってしまい、通信機の前に着いた瞬間に呼び出されてしまうほど、ギリギリのゴールとなったのだが。

[笹倉ちゃん。収容ドックを開けた際、空気の漏出量が想定より多かったみたいなんだけど、ドックのエアロックに問題でもあったか、分かる?]

 宇宙空間で空気は貴重だ。捨てるなんてもったいないことはできないから、『かがりび』のドックを開放するときは、基本的に空気を別空間に保護しておくことになる。

 しかし私は今回、意図的に多少の空気を残した。

 ……空気を残し、開放の時に「空気の流れ」を作ってやらないと、ドック内に漂っている物体が放出されないもの……。

「イエ、ワカリマセンネ」

 私は全力でしらばっくれた。


 今回の不祥事が明るみに出ることはなく、私はその後も数回に分けての宇宙飛行士の仕事を全うすることとなった。

 私の行為は数十年後に、「衛星軌道上の小天体に、水の痕跡!」というスクープを引き起こしてしまうのであるが、私が自身の行為との因果関係を知ることはない。

(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

遠き宇宙(そら) 遠き故郷(ふるさと) 遠き床(ゆか) 今井士郎 @shiroimai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ