1. 船の中のクルーな面々
宇宙船の中は、基本的に狭い。
わざわざ大気圏を脱出させる構造物だ。大きさも重量も大敵である。使える資材の量は非常に制限され、無制限の空間が確保できる訳はない。 だだっ広い宇宙船「かがりび」内で頭を抱える4時間前。「かがりび」と違い標準的なサイズの宇宙ステーション「はしだて」の船内で、私は
「ったい!!」
移動の力加減に失敗し、またしても通路の縁に頭をぶつけていた。
「大丈夫か。笹倉」
「アイアイ。怪我はしてないです」
ぶつけたあたりをさすりながら、もう片手では壁の取っ手を掴んで体を固定する。
「笹倉ちゃんは、受け身がヘタすぎんだよ。メガネ大丈夫?」
「割れていません」
「ロボットアームの名手が、自分の体の操縦はヘタなのは、どういうわけだ?」
「笹倉ちゃんは、全体的に固いんだよ~! 態度も言葉遣いも体の使い方も! 俺が体の使い方教えてあげようか?」
「それ、あと一歩でセクハラですからね?」
「濡れ衣だっ!?」
「はしだて」のクルーは、現在3名。指揮官の天野さんと、さっきから軽口を叩いている、実験スペシャリストの原田さん。それに加えて、ミッションスペシャリストの私、笹倉。
天野さんと原田さんは名前の響きが微妙に似ていて、通信越しや緊急時に混同しそうな気がする。どちらかでいいので、婿入りでもして改名して欲しい。でなければ、コールサインでも設定して欲しい。スカイフィールドとライスフィールド……ダメだ。長くなるばかりで全然楽にならない。コールサインの設定は、私とは別のセンスの持ち主に依頼すべきだろう。これも「固い」という奴か。
「準備はできそうか?」
天野さんの問いに、「はい」と答えた。
「こちらから『かがりび』に持ち込みたいものは特にありませんし、『おおたか』にも問題はありません。宇宙服だけ着込んだら出かけられます」
「了解。じゃあ、予定通り1時間後に発進で良いか?」
「そうですね。30分後にエアロック開けます」
私は両腕で体を引っ張り、宇宙服を格納する一角に、自分の体を放り込んだ。
宣言通りの30分後、装備を完了した私は「はしだて」のエアロックから宇宙空間に出た。EVA(船外活動)開始。のそのそとポールを這っていき、宙間移動船「おおたか」に乗り込んだ。
1ヶ月前に地球を出た私は、「はしだて」を経て「かがりび」目掛けて飛んでいく。私を運んでくれる宇宙の鳥が「おおたか」だ。
2時間の移動を経て、私は「かがりび」に到着。
「おおたか」が「はしだて」にドッキングできていれば、危険な宇宙空間をわざわざ這うこともないはずだった。しかし、「はしだて」唯一のドッキングポートは、地球と行き来するための宇宙船に占有されていて、宙間移動船はドッキングできない。いつものこととは言え、面倒極まりない。
「はしだて」と違い、「かがりび」には複数のドッキングポートが備わっている。ドッキング自体が神経を使う作業であるとはいえ、EVAなしで乗り降りできるのは、精神衛生上、非常に楽だ。
ドッキングポート越しに、移動用の「おおたか」から目的地である「かがりび」に移動した私は、宇宙服を脱ぎ捨てた。
実験的に構築された大型宇宙ステーション「かがりび」。
私のミッションは、地球から送られる物資を、「かがりび」の特徴である収容型ドックに迎え入れること。
宇宙空間ではなく、【空気の入る宇宙船内に】物資や宇宙船を迎え入れる運用が可能か。その実験のために、私は「かがりび」に単身乗り込んだのだ。
そしてこの日が、私の宇宙飛行士人生で、最も思い出深く、忘れたい一日になった。
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