遠き宇宙(そら) 遠き故郷(ふるさと) 遠き床(ゆか)

今井士郎

プロローグ うごけない宇宙(そら)

 大地を両足で踏みしめるのって、とても尊いことだと思う。

 この際、逆立ちして両手で触れているのでもいい。

 うつぶせになったり仰向けになったりで、全身で地面を感じるのも、大変結構ではないだろうか。

 とにかく私が言いたいのは、大きなものに触れていられるのは、とてもとても幸せなことだ、ということだ。

 それが、四方八方を押し包み、窮屈をもたらし続けていたとしても。


 ぐるぐると辺りを見回してみる。どちらを見ても、青みがかった金属の壁だ。

 首を動かすだけでは足りないので、身をよじって姿勢を変える。振り回した手も足も胴体も、遮る物は何もなく、空を切る。

 見回した壁のところどころに、取っ手や突起、ロボットアームが配置されているのが見える。私にとって正面の壁には、先ほど通ってきた、人一人通れるくらいの通路。背後に位置する壁は、中型船舶程度の乗り物がゆったり通れるよう、壁ごと開くことが想定された構造。通ってきた通路も開閉式の壁も、固く閉ざされている。

 頭上の壁は、比較的近い。手を伸ばしても届かないが、伸ばした指先から1メートルといったところだろうか。

「えーっと」

 私は、何度目になるか分からない呻き声を上げる。

 足をばたつかせてみる。何にも触れない。動けない。

 腕を振り回してみる。以下同文。

 胴体を曲げ伸ばししたり、ねじったりしてみる。疲れるだけだった。

 頭を抱えたくなる衝動のままに、両手で後頭部のおさげを握ってみる。 何度も染めようかと考えて断念した我が黒髪のポニーテールは、まぁそれなりの手触りを返してくれた。

「どうしよう」


 衛星軌道上に浮かぶ、宇宙ステーション試験機「かがりび」の、収容型宇宙船ドック。要は大きな倉庫スペース。

 宇宙船内にしては異例とも言える広いスペース in スペースの中で。

 無重力空間に浮かんで文字通り、ありとあらゆる『拠りどころ』を失った私は、どこにも動けなくなっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る